甘い贈り物





 カタンカタンと電車が揺れる。
 お休み中の電車の中って、なんだか明るい雰囲気がするよね、なんて思いながら俺は電車に揺られていた。
『え−!お兄ちゃんもう帰っちゃうの?』
『うん。明日は用事があるんだ。』
 拗ねる妹を宥めながら、約束してる訳じゃないんだけどと心の中で呟いて、俺は電車に乗ったんだ。
「和希は家に帰らなかったのかなあ?」
 電車に乗る前和希に電話したら、和希は『一人で退屈だったんだ。』と笑ってた。
「‥着くのは夕方になっちゃうなあ‥。」
 家から学園まで2時間かかるんだ、だからちょっとした旅行気分で俺は電車に揺られていた。
 帰ったら和希の部屋に行って、明日暇かどうか聞かなくちゃ。それでどこか遊びに行こうって誘って、それから‥。
 流れていく景色を、ぼんやり眺めながら考えていた。
 和希は転校して一番最初に出来た友達だ。
 世話好きで、優しくて、ちょっと不思議な人だと思う。
 編み物が得意ってところがちょっと面白いよね。休み時間、いつも和希は俺の話を聞きながら、せっせと編み棒を動かして、魔法の様に綺麗な模様を作っていく。
 和希は、いつも傍にいて俺のくだらない話をにこにこ笑って聞いてくれる。
 俺はそれを当たり前みたいに思いながら、毎日を過ごしていた。
「和希は連休中何してたんだろ?ずっと寮にいたのかな?」 
 連休は楽しかった。中学時代の友達に会ったり、家族で温泉に行ったりして楽しく過ごした。なのに何か足りない気がして仕方なかった。
 何かが足りない、物足りない。何かを忘れて来たような、大切な何かが足りないようなそんな感覚に俺は困惑していた。
 『楽しいね』そう思って振り返ると、母さんが笑ってて、妹が『へへへ』なんて言いながら腕にしがみ付いて。友達とも大騒ぎしながらゲーセン行ってカラオケ行って過ごしてたのに、一人になると何か足りないって思う自分がいた。
 足りない、何かが、俺の隣に足りない。
 もやもやしたものを引きずったまま連休をすごして、俺はやっと気が付いた。 足りないものが何なのか、やっと気が付いて俺は慌ててしまった。
 和希が居ない。隣に居ない。足りないものはそれだった。
 楽しいって思いながら、でも‥って思ってた。
 和希が居ないと楽しい気持ちが半減しちゃう。その事に気が付いて、俺は一人、慌ててしまった。
 出会ったばかりの友達なのに、なんでそんな風に思うのか、分からない。
 たった数日傍に居ないだけで逢いたいと思う、その理由が分からなかった。
 理由なんて分からない。だけど和希に逢いたくてたまらないから、だから早く帰ろうって。そう思ったんだ。

「俺って変?」
 電車を降りてバス停へ向かいながら、和希の事を考えていた。
「変だよね?俺、絶対変。こんなの変、絶対に。」
 和希に逢いたくてたまらない。電話して和希と話した、それだけで何だか嬉しくて、どうしていいのか分からなくなった。
「俺‥どうしちゃったんだろう?」
 夕暮れの街角を途方に暮れながら歩く。
 荷物も自分の心も重かった。
「あれ?啓太ー?」
 声を掛けられた事にも気が付かぬまま、俺はぼんやりとアスファルトを見つめながら歩いていた。
「啓太?啓太ってば。」
「え?」
 大きな手に肩をがしっと掴まれて、俺は慌てて振り向いた。
「よ。今帰りか?バス行ったばかりじゃないか?」
「王様?え?‥‥あー本当だ!」
 慌ててバス停に走り時刻表を見ると、バスは5分ほど前に出たばかり、次のバスが来るのは1時間後だった。
「うわあ‥。」
 そういえば、電車が少し遅れたんだっけ‥ついてない‥。
「そうしょげるなよ。ほら、後ろ乗れよ。」
 しょんぼりと項垂れる俺に、王様は豪快に笑いながら、ヘルメットを手渡してくれた。
「いいんですか?」
「おうっ。乗れよ、裏道飛ばせばバスより断然早いぜ?」
 にやりと笑う王様に、ぺこんと頭を下げてヘルメットをかぶると、俺は王様の腰にしっかりと掴まった。

××××××


「ありがとうございました。助かりました。」
 頭を下げて、王様にお礼を言うと、篠宮さんに見つからないように気を付けながら、俺は廊下をダッシュした。
 荷物を部屋のベッドに投げ捨てて、和希の部屋に向かう。
 コンコンコンッ!コンコココン!!
 なんだかちょっとだけドキドキしながら、景気良くドアをノックした。
 帰ってきたよ。早くドア開けてよ和希。
「啓太!!」
「ただいま!!和希!元気だった?」
 驚く和希の顔を見たら、ドキドキが止まった。
「早かったなあ、門限ギリギリかと思ってたよ。」
 うん、俺もそう思ってた。早く帰って来られたのは王様のお陰なんだ。
「へへへ。駅からバス停に向かって歩いてたら丁度王様と逢ってさ、バイクの後ろに乗せてもらっちゃったんだ。気持ち良かったー。俺も二輪の免許欲しいかも。」
 なんだか頬がゆるんでしまう。
 俺ね和希に逢いたかったんだよ。何故だか分からないけど、すっごく逢いたかったんだよ。だから帰ってきちゃったんだ、こんなに早く。
「和希?」
 あれ?和希なんか機嫌悪い?
「あ、中入ってよ、啓太。」
 怒ったような顔してる。俺、なんか変なこと言ったかな?
「いいの?」
「勿論。」
 顔を覗き込むように聞くと笑顔で頷くから、俺は嬉しくなって
「わ−い。おっじゃましま−す。」
 なんて元気な声を上げて部屋の中に入ってしまう。
「あのさ、啓太?」
「あっ可愛い−!」
 部屋に入って見つけた、可愛い花束。母さんが食卓用にっていつも買ってくるような、小さなブーケ。
「あ、それ‥。」
「どうしたの?これ。」
 机の上の向日葵を指差しながら首を傾げる。
 可愛いけど、高校生の部屋にあって当然なアイテムじゃない。誰かからのプレゼントなのかな?そう思ったら、胸の奥が一瞬ツキンと痛くなった。
「プレゼントだよ。」
「プレゼント?へえ−−。」
 やっぱりプレゼントなんだ。くれたのは女の子?なんて思ったら心がまた、ツキンと痛くなる。
「‥へえ−って‥あのね、これは啓太にプレゼントなんだよ。」
 俺の気持ちに気付かずに、そんなこと言うから、言葉の意味が分からなくて、俺は和希の顔をポカンと見つめてしまう。
 なんで花束?なんで俺に?
「俺に?なんで?」
 和希がもらった物じゃないの?あれ?俺何ホッとしてるんだ?
「なんでって、明日啓太の誕生日だろ?」
「え?和希俺の誕生日知ってたの?」
 教えた記憶はないんだけど‥自信はないけど、無い気がする。それに俺、和希の誕生日知らないよ?
「花束は変かな?」
「ううん、嬉しいよ。ありがとう和希。」
 小さな花束を両手に持って、なんだか照れて笑ってしまう。嬉しくてたまらなかった。
「誕生日おめでとう。啓太、生まれてきてくれて、俺の傍にいてくれてありがとう。」
 ちゅっ。と音をたて、和希が額にキスをする。
「か、和希?」
 今のってキスだよね?額だけどキスだよね?
「ん?なあに?」
「な、なんでキス?」
 普通しないよ?キスなんて‥なんで?
「ん−?成瀬さんのまね?なんて嘘だけど。」
「もおっ。驚くだろ。」
 意味は無いの?な−んだ。‥え?何俺がっかりしてるの?
「くす。作戦大成功。」
 作戦てなんだよ?ぷんと膨れて和希を睨むと、今度は頬にキスされる。
「和希!!」
「これもプレゼント。そしてね、メインはこ−れ。」
 くすくす笑いながらコーヒーメーカーをセットして、和希が冷蔵庫からケーキを取り出す。
「え?ケーキ?」
「そ、蝋燭もあるよ。」
「凄い‥。」
 可愛いケーキ。真っ赤な苺に生クリームのデコレーション。
「ハッピーバースディ啓太。一日早いけど、おめでとう。」
 蝋燭に火を灯して、部屋の電気を消すと、和希がじっと見つめるから、なぜかドキドキしてしまう。
「ありがとう。和希。」
 蝋燭の炎の向こうで和希が笑う。
「さ、願いを込めて吹き消して。」
「ふふ、何をお願いしようかなー。‥‥ふ−っ!!」 心の中で願い事を呟いて、炎を吹き消した。
「おめでと−!!」
 電気を消して和希がパチパチと手を叩く。
「へへへ、なんか照れるね。」
 どうしよう、凄く凄く嬉しい。
「なにをお願いしたの?」
「ん?和希ともっと仲良くなれますよ−にって。」
「え?」
 キスの仕返しに嘘をつく。
「な−んて嘘。何をお願いしたのかなんて言えないよぉ。」
 『いつも和希と一緒に居られますように』そんな事お願いしたなんて、恥ずかしくって言えない。
「なんだよ−!いいじゃないか、教えてよ!!啓太ぁ。」
「内緒!ケーキ食べようよ!ケーキ!ケーキ!」
「も−!」
 騒ぐ和希を無視して蝋燭を取りのぞくと、ぐさりとフォークを突き刺す。
「ん−!美味しいっ!!」
 ケーキを頬張りへへへと笑う。
「も−啓太−−!そのまま全部食べるつもり?」
「うん。」
 頷くと和希は、仕方ないなあって笑いながら同じようにフォークを突き刺し、ぱくりとケーキを食べ始めた。
「美味しいね。生クリームが最高に美味しい!」
 なんでこんなに幸せなんだろう?和希が傍にいるだけで、俺笑顔になっちゃうよ?
「啓太、ほっぺたにクリーム付いてるよ。」
 にこりと笑った後、和希はペロリと俺の顔を舐めた。
「え?か、和希っ!!舐めるなよ!」
 ほっぺじゃないぞ!今のは絶対違うってば!
「美味しいね。」
「美味しいねじゃな−い!!」
 まずいよ俺!なんで嫌じゃないんだ?
こんなの変、すごーく変!!
 焦る気持ちを誤魔化す様に俺はケーキを無言で食べ続けた。

 なんで嫌じゃないんだろう?
 なんで和希の傍に居たいんだろう?
 なんだか顔が熱くなってきたよぉ。
「啓太怒るなよ?な?明日二人だけで出掛けようよ。ね?」
「いいの?俺ね行きたい所あるんだ!!」
「どこでも付き合うよ。啓太の誕生日だからね。」
「やったー!!」
 分からないけど、傍にいても良いよね?
 俺和希といつも一緒に居たいんだもん。

 なんで?の理由が「好きだから」だなんて、俺はまだ気付いてなかった。

           Fin

※※※※※※※※※※
何といいますか、啓太くん恥ずかしいほど乙女です。
ちなみに次の日は、王様達に朝から捕まって二人はデートできないのでした。

2006/04/26、27(水・木) の日記に掲載




いずみんから一言

時期的にはひそかに病院通いをし、いろいろと検査をしはじめて
いた頃に書かれたんじゃないかと思う。
この文章を見るだけでは、すでに下がらなくなっている熱と
体調悪さを感じ取ることはできない。
ただ、「食べる」シーンが前にも増して目に付くようになったのは、
ご自身があまり食べられなくなっていたことの裏返しなのかも
と、思ってみたりしている。

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