おまけ〜喧嘩の理由その後〜





 バタン、勢いよくドアが開いて、しかめっ面の和希様が現れたのは、夏休みが終わる前の日だった。
「石塚?」
「はい、和希様お帰りなさいませ。お呼びいただければ参りましたのに。」
 ある程度予想は付いていたけれど、あまりにも素直にいらっしゃるから、つい笑ってしまう。こういうところが、和希様は変わらない。
 長年傍にいて、そういう姿がとても素敵だと思う。
「いいんだ、私用だから。」
「私用?ですか?」
「そ、私用。ほら、これ。」
 ずいっと紙袋を差し出される。
「なにか?」
「啓太からだ。」
「啓太様・・?」
「お前に、土産だそうだ。お世話になったお礼だと言っていた。」
「お土産を頂くような事は何もしておりませんが。」
 受け取りながら、頬が弛んでくる。
 啓太様の、心配りが嬉しかった。
「ったく、嬉しそうに。あれは俺のだからな。」
「・・・・・あ、お菓子だ。」
 和希様の言葉はとりあえず無視して、袋を開けてしまう。
 入っていたのは、ココア味のパウンドケーキ。
「石塚、甘い物食べたっけ?」
「少しなら。」
 実は、あまり得意ではない。
「啓太、自分が甘い物好きだから、普通にそう云うもの買っちゃうんだよなあ。それだって、ホテルで食べて一番美味しかったから、これにするんだあ。なんてさ。」
 惚気ともいうような口調で、和希様が説明するのを、羨ましい気持ちで見ていた。そうすると二人は仲直りをしたのだ。良かった。
「啓太様のご好意ですから、ありがたく頂戴いたします。」
 深々と頭を下げ、そうして紙袋を机の上に置く。
「でも、禁止だからね。」
「はい?」
「啓太が、石塚さんが優しくしてくれて、凄く嬉しかったから直接お礼を言いたいとか、色々言ってたけど、でも、今までどおりで居るように。」
「くす、承知しております。」
 独占欲の塊、と言ったら失礼だけれど、和希様は、啓太様に関してはそうなってしまうようだ。
「今までどおり、啓太様がいらっしゃっても、視線を合わすことなく、私達から話しかけたりもいたしませんから。」
 秘書達が、啓太様に好意を寄せている事に気が付いて、和希様は、ある指示を出していた。
『啓太が、サーバー棟に来ても、視線を合わせたり、話しかけたりしないこと。これは絶対命令だから。』
 それ以来、秘書達どころか、サーバー棟に詰めている職員全員が同じように振舞っている。それは啓太様には少し居心地の悪い行為だと思う。
「そうしてくれ。」
「・・・・はい。」
 それでもそれが和希様の愛情表現なのだと思うから、私達は素直にそれを実行しているのだ。
 啓太様のことを大切に思うけど、それ以上に、主人である和希様が、日頃では決して見られない幸せそうな顔で、啓太様の隣にいるから、だから私は、啓太様への思いを隠し、あえて鉄面皮とも云える顔で接する。
 たとえ、自室に啓太様のお気に入りのココアを常備していても。
「和希様?」
「なんだ。」
「あまり、啓太様を悲しませたりしないで下さいね。」
「俺は別に悲しませようなんて思ってない。」
「それは理解しておりますが・・。」
「啓太は俺のだから、一生!」
「理解しております。和希様。くす、一つご報告しますね。」
「え?」
「啓太様、将来の就職希望は、鈴菱だそうです。」
「聞いてないぞ!!」
「ふふ。」
 あの日、泣きすぎて瞼を腫らした目で、啓太様はそう言ったのだ。
『和希の片腕として働くには、どのくらい勉強したらいいですか?』
 と、それは痛々しいくらい、健気な行為だと思う。
「啓太様は、将来秘書として、和希様の傍で働きたいとおっしゃっていました。だからその為にどんな勉強をしたら良いのか知りたいと。」
「啓太が?」
 ほら、どんどん和希様の顔がほころんでくる。
「ええ、和希様にはまだ知られたくないけど、力不足だから、知られたくないけど、でもその為の努力なら何でもすると。」
「・・・・・そうか。」
 ほら、誰も見た事の無い幸せそうな顔。
 私達の誰が、こんな顔をさせられると云うのだろう?
「だから、和希様?」
「なんだ?」
「必要な語学とか、知識とか啓太様に情報を・・・。」
「そうだな、うん、俺から言って見ようかな。啓太に将来一緒に働いて欲しい。俺のサポートをして欲しいって。」
「ええ、それでもよろしいかと。ただ。」
「ただ?」
「私から聞いたとは仰らないで下さいね。啓太様に内緒と頼まれておりますので、怒られてしまいます。」
「わかったよ。時間を置いて、言うから。」
 鮮やかに笑って、和希様が頷く。
「ありがとうございます。」
 深々と頭を下げ、そして思う。
 やっぱり啓太様は和希様にとって、必要な存在なのだ・・・と。
 そう思う。
「そうか、秘書・・・そうか。」
「和希様、鼻の下がのびてます。」
「え?・・・おい、石塚!!」
「嘘です。さて、仕事仕事。報告する事が沢山ございます。和希様。」
 啓太様が転校してきた当初、急がしい和希様の代わって、私達が影でフォローしていくうちに、秘書達の全員が、啓太様を好きになっていった。
 初めは、和希様の気まぐれにつき合わされるのが、少しだけ面倒だった。仕事は忙しく秒単位で進んでいく、なのになんでこんな余計な事を・・そう思っていた。
 だけど、クルクルと表情が変わる、愛らしい啓太様を見ているうちに、その笑顔や、行動や、明るさに惹かれて行く自分に気が付いた。
啓太様の笑顔が愛しかった。本当に啓太様が愛しい・・そう思い始めたのだ。
 そして、和希様の隣で笑う啓太様の姿を見て、もっともっと好きになってしまったのだ。太陽みたいだ。そう思った。
「うん。聞かせてもらおうか。」
 ソファーに座る和希様に、報告書などを提示しながら、思う。
「はい。和希様。」
 早くその日が来るといい。秘書として、啓太様が傍にいれば、和希様はどんなに心強いだろう。
 自分の楽しみを一切望まなかった和希様の、唯一の我儘。それは、啓太様の傍にいたい・・ということ。
 その為に、私達は行動した。和希様の唯一の我儘を叶えるために。
「まずは・・・。」
 報告をしながら思う。和希様の未来を。
 二人の未来を思う。幸せだと良い。ずっとずっと笑顔で居られたら良い。
 その為ならどんな努力もしよう。そう心に誓う。
 和希様が、何よりも大切だから。
 あの日、この部屋で啓太様をこの腕に抱き締めて、「愛していると」・・と伝えたかった・・・本当はそう思っていたとしても。誓う。
 大切だから、ずっと和希様に仕えていくのだと、昔あなたにそう誓ったから。
 だから、この思いは封印し、そして幸せのための誓いをたてる。
 和希様のために・・・・。
                             fin

             

        という事で、石塚さん視点のお話です。
        秘書達は、和希をかなり大切に思っているらしい・・?
        ちょっと、石啓ありかも・・と思ったのですが、私には書けそうも無いので、
        後日談を書いてみた次第です。







いずみんから一言

ということで、石塚さんである。
これ1本で「みのり的和啓世界における石塚さんのポジション」
が、過不足なく説明されていると思う。
原作にはほとんど出てこないキャラに正確付けをし、どういう
ポジションにあるかを説明する。
これはオリジナルをやった人でないとうまくいかないことが多いが
ヘヴンと平行してオリジナルを発表してこられたみのりさまは
いとも簡単にクリアしておられる。
いくらでも伸びていける人だったのに、と、あらためて思う。

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