お握り(中嶋サイド)





「ち、買い置きがないのか。」
 啓太を先に帰した後、さすがに空腹に耐え切れず、丹羽の差し入れの、カップラメンを作ろうと、簡易キッチンにむかった。
「そういえば、仕事続きで、毎晩食べてたんだったな。」
 毎回の丹羽の脱走のせいで、仕事が溜まり、啓太を巻き込んで、一週間ほど消灯ギリギリまで仕事をしていたのだから、無理はなかった。
「まあ、一食くらい抜いても死んだりはしないか。」
 コーヒーをカップに注ぎ、飲みながら、煙草をふかす。
「・・・後は、持ってかえって片付けるか。」
 消灯ギリギリに寮に戻ると、当然篠宮がいい顔をしない。しかも、あいつが弟の様に可愛がってる啓太までまきこんでるのだから、更に機嫌が悪くなる。
 寮の規則や、篠宮の機嫌などは、どうでも良かったが、いかんせん、毎晩毎晩、篠宮の小言をきく時間がもったいなかった。
「篠宮の小言を聞く間に書類が何枚片付けられると思ってるんだか。ウットオシイ。」
 もっとも、俺に説教ができるのは篠宮ぐらいのものだから、努力を認めてやらないこともない。とは思う。
(それで規則を守る為に行動するかは全くの別問題なのだが。)
「このあたりは、会長印が必要だから・・・。」
 決済確認のみの書類を、丹羽の机のボックスに入れ、手付かずの書類を、封筒にしまう。
「・・あとは・・ん?」
 ノックの音?なんだ?警備か?
「・・・あの・・中嶋さん」
 恐る恐るといった感じで、ドアを開けて入ってきたのは、先に帰ったはずの啓太だった。
「なんだ?忘れ物か?」
「・・・あの・・。」
 言いづらそうに、啓太は、視線をそらしながら、小声で返事を返す。
「なんだ、その手に持ってるものは。」
 両手にささげ持った、アルミホイルをかけたもの。
「あの・・お握りです。・・・カップラーメンもうないって思って。」
 それで、心配して持って来たのか?
「食堂のおばさんが帰っちゃって、あの・・俺・・」
「おにぎり?」
 この不器用者にそんな芸当ができるとは知らなかった。
「あの・・・不恰好なんですけど・・」
 そういいながら、アルミホイルがはずされ、出てきたものは、お握りだといわれない限り、そうとは思える筈もない物だった。
「・・・おにぎり?それが?」
 これのどの辺がお握りだというのだろうか?不恰好どころか、形を留めてすら居ない。
「え?・・・あ。」
「不恰好というのは、形があって始めて使える言葉じゃないのか?」
 とてもお握りには、みえない。もしかしたら、形があったのかもしれない、という程度の塊に、海苔がへばりついていて、つぶれて種の出た梅干がみえている。
「・・走ってきたから・・あの・・ごめんなさい。」
 まだ、かすかに湯気がでている。少しでも暖かいうちに・・と走ってきたのかもしれない。
 しょんぼりとうなだれ、涙目になりながら、啓太は再びアルミホイルをかけようとしていた。
「・・・箸。」
「え?」
 とても、おいしそうといえる代物じゃない。普段なら、馬鹿にしてるのか?とでも言いたくなるくらいの物だ。
「中嶋さん?」
「コーヒーじゃ合わないな。日本茶を入れてくれ。」
「食べてくれるんですか?」
 信じられないという感じの声。
それは俺も同感だ。本当に食べるのか?と自問したくなる。
「・・・・そんなんでも、なにも食べないよりはましだ。」
 馬鹿げている。普段の自分ならきっと今頃、啓太の頭上にこの残骸をぶちまけている事だろうに、食べてやろうだなんて。
「すぐ。お茶入れますね。」
 泣きそうだった声は、とたんに明るくなり、小さな身体が簡易キッチンのついたての向こうに消える。
「これの何処が、お握りなんだ?まったく。」
 本当にあいつは、飽きないな。
「はい、お箸とお茶です。」
 割り箸と、マグカップに注がれた日本茶をだし、じっと、啓太は食べる様子をみている。
「お前は?食べたのか?」
 見かけよりはまともな味の、ちょうどいい塩加減に、苦笑いしながら、ボロボロとこぼれ落ちるお握りを箸で食べ始める。
「はい、失敗作を食べました。」
「そうか?これは失敗じゃないのか。ふうん?」
 これが成功・・というレベルの物だと言うのなら、失敗作は一体どんな出来だったのだろう。それはちょっと見てみたかった気もする。
「一応成功だったんですけど。」
 まあ、もともとがとてつもなく不器用なのだから仕方がない。大抵の事が啓太にはとても難しく時間のかかる事なのだ。そして時間を掛けたから・・といって、それが旨くできているとも限らない。啓太にとって、この学園で、周囲のレベルに付いて行く事すら大変な事なのだ。けれど、どんな事でも諦めずに努力し続け、全力をだす、それがこいつなんだろう。
「ま、これを持って走ってきて、転ばなかっただけましかもしれないな。」
 努力がたまに、空回りし報われなくても、諦めない。啓太にはそんなひたむきな所がある。啓太を可愛がっている、この学園の一癖も二癖もある人間達は、そんな啓太の様子を見て、余計に惹かれてしまうのだろう。
「もう、中嶋さん。」
 プッと頬を膨らませ、すねてみせる。
「とりあえず、空腹はまぬがれた。」
 なんでこんなもんを完食してるんだか、俺も焼きが回ったとしか思えないな。
「中嶋さん!!」
 空の皿を見つめ、とたんに笑顔になる。
「なんだ?」
 そんな様子に気が付かない振りをしながら、煙草に火をつける。
 らしくない。こんな俺は、全く持ってらしくない。
 それも全部こいつと出逢ったせいだ。
「大好きです!!」
 子犬のように、疑う事を知らない、お人よしの莫迦。きっと、こいつの頭の中じゃ、失敗作のお握りでも、全部食べてくれた優しい中嶋さんなんてものが出来上がっているんだろう。・・・なんだか納得いかない。
「・・したいのか?ん?それで誘ってるつもりか?」
「そうじゃなくて、もう。」
 くるくると表情が変わる。
「ククク。次からは、せめて形が残ってないと食ってやらないからな。」
 その表情につられて、ついついそんな事を口走ってしまう。
「え?」
 驚いたように、大きな瞳が見つめる。
「仕事の続きは帰ってからするか。」
 何事もなかったかのように、書類を片付けだす。
「じゃあ、これ片付けます。」
 空になった皿と、カップを持ち、啓太が笑う。
「・・・・明日は丹羽を捕獲しないとなぁ・・。仕事がすすまん。」
 柄にもないことをいった・・あれじゃ、このお人よしの莫迦をいい気にさせるだじゃないか。なんだか嫌な気分になりながら、それでもきっとまたあの歪なお握りを食べてしまうんだろうと、想像するのはおかしかった。
「啓太帰るぞ。」
「はい。」
 変わってきている。たしかに俺は、何かが変わってきている。
「中嶋さん、明日は俺買出ししてから、手伝いに来ますね。」
「・・・カップラーメンなら、丹羽に買わせるからいい。」
「・・・・くす。はい。」
 俺を、こんな風に変化させた落とし前は、つけてもらわないとなあ。啓太?
「あ、星が綺麗ですね。」
「啓太?」
「はい。」
「chu・・・・・・・。」
 卒業しても、手放してやらない。今、決めた。
「な、中嶋さん。」
「くくく。口直しだ。」
「・・・・もう口直しなんて酷いです!!」
 夜目にも解るほど、真っ赤にそまった啓太を置いて、歩き出す。
 その後、卒業までに何度中嶋が、あのお握りを食べたのか、知っているのは啓太のみだった。
                               fin



投稿したものとは、微妙に変わっているところが・・・。
啓太君食べてもらえて良かったねえ、と思いつつ。
「こんなもの食えるか!」と一徹返しする中嶋さんもちょっと
見てみたかった気がします。





いずみんから一言

まだ書き慣れていないのがよくわかる、初期の作品。
このあとどんどんどんどん上手くなっていって、そのスピードに
少なからず嫉妬を覚えていた。
この人はどこまで上手くなるのだろう。
そう思っていたら、そのままのスピードでゴールに飛び込んでしまわれた。
そんなに急がなくてもよかったのに。

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