お握り(啓太サイド)





 あいかわらず王様の居ない、夜の学生会だった。
「啓太、お前はもう帰っていいぞ。」
「え?」
 山積みの書類を不機嫌そうに片付けていた中嶋さんは、そう言うと煙草に火をつけた。
「え?でも・・。」
「お前が手伝える分はもうない。明日の放課後また来い。」
 躊躇する俺に、煙を吐き出し、うんざりしたように、書類をはじく。
「サボりは許さんぞ?」
「はい。」
 手伝えなくても傍にいたい、とは言えず、俺は渋々と鞄を抱え部屋をでた。
「・・・はあ、寒い。」
 もうすぐ冬休み。だから余計に忙しいのだ。それなのに王様は、今日もしっかり逃げ切って・・だから中嶋さんがあんなに大変なんだ。
「王様のばか、ばか、ばか、ばか〜!!」
 寒い寒い道を、一人淋しく歩きながら、夜空に向かって王様に文句を言っていたら、おなかが凄く空いていた事に気が付いた。
「急がないと食堂しまっちゃうな。」
 そう言って、気が付いた。中嶋さん何を食べるつもりなんだろう。
「どうしよう、買い置きのカップラーメンもうないはずなのに。」
 食堂が閉まるまで仕事が片付かない時、いつも夕飯はカップラーメンになる。
『いつもすまないな。これ差し入れ。』
 一応悪いと思っているのか、たいていは王様が大量に買ってきてくれて、俺たちはそれを食べながら、仕事を片付けているのだけど、さすがに連日、消灯ギリギリまでの作業が続いて、それも底をついてしまっていた。
「・・・どうしよう。パン・・・ああ、とっくに購買もしまってるよぉ。」
 昼間も食べる時間を惜しんで、中嶋さんは働いてて、だから、サンドイッチと牛乳を差し入れたんだけど・・あの後なにか食べたのだろうか。
「・・・とにかく食堂にいそがなきゃ。」
 俺は、慌てて、食堂に走った。
                    ◎
「はあ、はあ、おばちゃん・・・。」
 食堂は、人気が全くなかった。
「いない。帰っちゃったんだ。」
 どうしよう。
「ご飯くらいあまってないのかな?」
 厨房に入り、炊飯器をさがすと、保温状態になったご飯があった。
「あったあ。」
 ええと、おにぎり・・・えっと。
「・・・たしか、この辺に、篠宮さんが用意してる梅干があったはず。」
 篠宮さんごめんなさい。今度街に買い物行った時に、必ず買ってきます。
 心の中であやまりながら、梅干と海苔を取り出し、ボールに水を張る。
「ええと・・うわあん、旨く作れない。」
 何回やっても、形が旨くできない。残骸って感じの出来に溜息が出る。
「えい、失敗作食べちゃえ。・・・あれ?」
 塩味がない。
「塩、塩・・・。」
 慌てて塩を探し、付けながら食べる。
「次こそ。」
 水の付け過ぎが原因かも、よし。
「・・・・ふう、何とかできた。」
 塩味もつけたし。
「・・片付けて、よし急ごう。」
 お握りしかないけど、少しでも暖かいうちに食べて欲しい。
 ラップが見つからず、アルミホイルをお皿にかけて、落とさないように両手でしっかりと持ち、学校までの道のりを走る。
「はあ、はあ・・・あの・・中嶋さん。」
 ノックし返事を待たずに入る。
「なんだ?忘れ物か?」
 中嶋さんが不思議そうに俺を見つめてる。
「なんだ?その手に持っているものは。」
「あの・・お握りです。・・・カップラーメンもう無いって思って。」
 どうしよう。こんな形のいびつなもの・・・食べてくれるのかな?
「食堂のおばさんが帰っちゃって、あの・・俺・・・。」
「おにぎり?」
「あの・・・不恰好なんですけど・・。」
 言いながら、アルミホイルをはずす。
「・・・おにぎり?それが?不恰好というのは、形があって始めて使える言葉じゃないのか?」
「え?・・・あ。」
「・・・。」
 さっきまでは、一応、歪でもお握りの形してたのに・・。
「・・・・走ってきたから・・・あの・・・ごめんなさい。」
 こんなのさすがに、食べてくれるわけないよな。仕方ない。アルミホイル掛けて・・帰ろう。
どうしよう、中嶋さん何も言わない・・怒らせちゃった?俺。
「・・・箸。」
「え?」
「コーヒーじゃあわないな、日本茶入れてくれ。」
「食べてくれるんですか?」
 嘘みたい。
「・・・そんなんでも、なにも食べないよりはましだ。」
「すぐ、お茶入れますね。」
 どうしよう。凄く嬉しいかも。こんなに形の崩れたお握りを、食べてくれるなんて。嘘みたい。
「・・・・・。」
 机の上に、皿を置くと、マグカップに食堂から持って来た日本茶のティーバックを入れて、お湯を注ぐ。どうしよう、嬉しくて頬がゆるんできちゃうぞ?
「はい、お箸とお茶です。」
「お前は?食べたのか?」
 なんだか、嫌そうに?ご飯を口に運びながら、中嶋さんが聞いてくれる。
「はい、失敗作を食べました。」
「・・・そうか、これは失敗じゃないのか?ふうん?」
 皮肉たっぷりに、皿を見つめてる。・・う・・・泣きたくなって来た。
「・・・一応成功だったんですけど。」
 今や、半分に割れたり、形が崩れて、のりが付いてるだけになってる、お握りもどきを見つめる。
「ま、これを持って走ってきて、転ばなかっただけましかもしれないな。」
「・・・もう。中嶋さん。」
「・・・とりあえず、空腹はまぬがれたけどな。」
 全部食べてくれた。
「中嶋さん!!」
「なんだ?」
「大好きです。」
 どうしよう、凄くうれしい。あんな酷い形のもの・・全部食べてくれた。
「したいのか?それで誘ってるつもりか?ん?」
「そうじゃなくて!!もう。」
「ククク。次からは、せめて形が残ってないと食ってやらないからな。」
「え?」
 それって次も作っていいってこと?
「仕事の続きは、帰ってからするか。」
「はい、じゃあ、これ片付けます。」
 冬休み帰ったら、母さんにお握りの作り方習ってこよう。へへへ。
「・・・明日は丹羽を捕獲しないとなあ・・仕事が進まん。」
 ぼそりとぼやきつつ、書類を纏める中嶋さんを見つつ、俺は、頬が弛むのを抑える事が出来なかった。



「なんだ?この梅干。」
「えっと、この間ちょっともらったので。」
「そうなのか?気を使わなくていいのに。伊藤は律儀だな。」
「ありがとうございました。凄く助かりました。あの・・それで・・。」
「なんだ?」
「俺用のもここに置いてていいですか?」
「もちろん。」
「へへ、ありがとうございます。」
 食堂の棚に、お握り用の海苔と、ふりかけと梅干を並べる。
 中嶋さん、次も食べて下さいね。
                            fin


「あまあmハニー」さまに、ずうずうしく投稿した、お握り(中嶋編)の
啓太サイドです。中嶋編は、お握りを食べるまでの中嶋さんの葛藤が
書いてて楽しかったのですが、啓太から見てるとこんな感じ。




いずみんから一言

この「お握り」の連作をはじめて読んだとき、
「ヒデってカップラーメン食べるんだ!」
と、みょーな感動をした(笑)。
ヒデにとってどんな高級レストランの料理より啓太の作った料理の
方が美味しいはず。
そう思っているのは、もしかしたらこの作品がベースにあるのかも。
そんなことを思いながら読み返した。
あの頃がちょっと懐かしい。

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