螺旋階段を上がる





「気持ち良いなあ。」
 啓太と久しぶりにデートをしていた。
「ね、ね、和希。灯台だ。」
「そうだな。」
 海の近くの別荘にやって来た。
 夏休みが終わるギリギリになってやっと二人で来れた。仕事場からの直行で、スーツ姿ってのがちょっと場違いだけど、まあ、リゾート気分ではある。
「海の臭いだなあ。」
 まぶしそうに目を細めながら、啓太が笑ってるから、俺もつられて笑顔になってしまう。
「灯台のとこまで、歩こうよ。」
「いいよ。」
 人が居ないのを良いことに、手を繋いで歩く。
「夜は、花火して〜、あ、あとでスイカも食べよう。」
 明後日から学校だから、一泊しか出来ない。それが仕事のせいだったりするから、かなり申し訳ない気持ちになっていた。
「スイカかあ。」
「ん?」
「久しぶりに食べるなあ。あ、今年初かも。」
 仕事してたら、夏が終わってしまった。海なんてクラゲがうじゃうじゃいて、泳ぐ事もできない。
「ええ?もう夏終わるよぉ?」
「でも、初だ。うん。あ、そういえばカキ氷も食べてない。」
「え〜?俺食べたよ。夏祭り行った時。朋子なんかカキ氷とたこ焼きと一緒に食べて、具合悪くなってた。」
「へえ。夏祭りかあ。」
 行った事ないかも。
「来年は一緒に行こうよ。学園の近くで花火大会あったみたいだよ?来年は行こう?」
「行かなかったのか?」
「うん。」
 お祭り好きなのに、珍しいなあ。
「誰も誘わなかった?」
 花火大会っていつだったっけ?
 たぶん、会計部も学生会も寮にいただろう?成瀬さんだって、篠宮さんたちだって、クラスの奴らも。
「ううん誘ってくれたよ、皆。でも断っちゃったんだ。」
「なんで?」
「なんでって?だってさあ。」
「なに?」
 首をかしげると、啓太はじいっと、見つめて急にプイッと横を向いてしまう。
「なんか理由あるのか?」
 なんか、耳赤くなってないか?
「別に・・・ねえ、あそこなに?」
 なんだか、ごまかされた気がしながら、啓太の指差す方を見る。
「へ?ああ、あれはね、観光用の塔だよ。一番上に鐘がついてる。」
「へえ、登ってみようよ。」
「え〜?結構先だよ?」
「疲れた?年寄りだから?」
「年寄りって言うなってば。いいよ。行けば良いんだろ?」
「うん。じゃ、競争!!」
 突然啓太が走り出す。
「え?走るのか?」
「負けたら罰ゲーム!!」
 笑いながら、啓太が走っていく。
「ちょっとぉ?」
 啓太は、スニーカーだからいいとして、俺革靴なんだけど?
「まてよ。啓太!!」
 慌てて追いかける。砂浜は走りづらい。
「け、啓太。」
 ぜいぜいと、息を切らせ、なんとか追いつく。
「ふふふ、俺の勝ち!」
「ずるいよ、啓太スニーカーじゃないか。」
「あ、そうか和希革靴だ。ちぇ、じゃあこの勝負はお預けって事でいいや。和希お疲れ。」
 にっこりと、天使が笑う。
「ね、鐘のとこまで行こうよ。」
「うん。」
 さび付いたドアを開け、中に入る。
「暑っ。」
「あ、あれ?えっとこれってなんていうんだっけ?」
「ん?ああ、螺旋階段。」
 さび付いた、鉄製の螺旋階段だ。潮風にさらされてるんだから、仕方ないとはいえ、寂れた感じはいなめない。
「そうだそれ。へえ、始めて本物見たかも〜。」
「そう?」
「うん。おもしろ〜い。」
「そう?」
「あ、この中に入って見上げると、変な気分〜。」
 階段の中央に立ち、啓太がはしゃいでる。
「啓太?」
「ほら、ほら、和希もおいでよ。」
「うん。」
 啓太が手招きするから、仕方なく階段の中央の支柱に背中をつけるようにして立つと、顔を上げる。
「ね、面白いよね。」
「うん。」
 不思議な感覚、ぐるぐるとただ鉄骨が回っているだけなのに、ちょっと目線を変えただけなのに、面白いなんて。
「登ろうよ。和希。」
「うん。」
 狭い階段を手を繋いで登る。
「うわ、どんどん狭くなるよ。」
「うん。」
 さびだらけの、誰も来ない場所。きっと一人で来ていたら、視界に入る事もなく通り過ぎていただろう。
「到着!」
「はあ。」
「うわ、景色良いなあ。」
 鐘を吊るした小さな窓から、海が見えた。
 水平線。青い空に浮かぶ雲がもう夏は終わりだって教えてる気がした。
「来てよかったなあ。ね、和希。」
 啓太はにっこりと笑って、そう言うけど、やっぱり俺は、申し訳ないというか、罪悪感というかそんな気分が捨てきれずにいた。
「楽しい?」
「うん。」
 素直に啓太は頷く。でも、本当はもっとちゃんとした旅行をして、もっともっと色んな思い出を作るつもりだったのに・・って思ってしまう。全部仕事のせいなんだって、思う。
「ふふふ。俺ってやっぱり運が良いんだなあ。」
「え?」
「だって、和希の仕事、夏休みギリギリだったけど終わったし、こうして二人で遊びに来れたじゃないか?」
「それって、運が良いって言うのか?」
 夏休みの最後の一週間、確かに一緒には居られたけど、でも俺はずっと仕事してて啓太を一人にしてた。
「あ、ごめん。和希が一生懸命仕事したから、終わったのに。俺の運のせいにしちゃって。怒った?」
「そうじゃないよ。俺のせいでどこにも行けなかったのに?啓太それでも運が良いって言うから。」
 だから、なんだか申し訳なくなってしまった。
 きっとこれからも、こういうことって続くんだろうなって。そう思ったから。
 俺と付き合ってて、良いことなんか何もないよなって。
 素直にそう思っちゃったんだよ。
「どこにも行けなかったって、ここに来たじゃないか。十分だよ。ホテルで一週間暮らしたのも楽しかったし。ご飯も美味しかったし。そりゃ和希は仕事してたから、そんな気分になれなかったかもしれないけど、俺楽しかったよ。」
「無理しなくて良いってば。」
 楽しいわけないじゃないか。知らない場所で一人でいたくせに。
「無理してないって。なんでわかんないかなあ。」
「啓太?」
「和希が一緒だったから、楽しかったんだよ。わかんない?」
「え?」
 にっこりと笑って、頭をぽんぽんとたたいて、また啓太は笑う。
「ねえ、啓太。なんで花火に行かなかったの?」
 不思議だった。友達や先輩に誘われて、啓太が理由もなしに断るなんて。
「だってつまんないし。」
「え?」
「和希がいないのに行ってもつまんないだろ?それに、和希がどこかで仕事してるって分かってるのに、俺だけ皆と遊びに行くって、なんか嫌だったんだよ。それだけ。」
「啓太?」
「夏祭りも、和希と行けたらもっと楽しかっただろうなって思ってたんだ。へへへ。家族で行くのも楽しかったけどね。」
「・・・。」
「不思議だよなあ。和希と一緒なら、部屋でごろごろしてるだけで楽しいのにさ。和希が居ないって思うと、なにしてても楽しい気分が半減しちゃうんだ。」
 照れてるのか、そう言うと啓太は俯いてしまった。
「啓太?俺のこと好き?」
 顔を覗き込みながら、聞いてみる。
「当たり前だろ?」
 照れたように、耳を赤くしながら、啓太が答える。
「俺も好き。」
 そうだよな、二人で居るのが楽しい。
 ただ、砂浜を歩くだけでも、ただ、寂れた塔の階段を登るだけでも。二人だから楽しいんだ。
 螺旋階段。一人じゃきっと登らなかった。
 啓太が面白いって言うから、興味が湧いたんだ。
「和希はつまらなかった?」
「今日?」
「うん。」
「いいや。楽しかった。啓太が傍に居たから、楽しかった。」
「・・・・へへへ。」
 にっこりと啓太が笑うから、俺もつられて笑った。
「な、来年は一緒に花火に行こうな。」
「うん。」
 約束を交わし、それからキスした。
「帰ろうか。」
「うん。」
 手を繋ぎ、階段を降りた。
 そして、相変わらずの人気のない砂浜を二人で歩いた。
 手を繋いで、砂浜を歩く。俺は革靴で、啓太はスニーカーで。
 ただそれだけで、楽しかった。
「あ〜。夏が終わるなあ。」
 何もなかった。仕事以外なにも。
「来年も此処にこようよ。」
「来年も?」
「うん。またあそこに登って海を見ようよ。」
「そうだなあ。」
 でも、啓太が傍にいた。傍にいて笑ってた。
 それだけで、俺は楽しかった。仕事して、ホテルに帰るだけなのに、啓太が待ってるって思うだけで、頬がゆるんできてた。
 そうだよ、俺も楽しかったよ。啓太。
「約束だよ。和希。」
「うん。」
 啓太が居ればたのしいんだ。どこにいても。
「帰ってスイカ食べようよ。」
「うん。」

 たった一日のバカンスだった。でも、楽しい思い出になった。
                                       Fin

           

           「喧嘩の理由」のその後のお話です。
            折角の夏休みなのに、一日もデートできないのも可哀想だなと
            思い書いてみました。







いずみんから一言

ああ、そうだ。これがみのりさまだ。
そう思うと涙が出て来てしまった。
温かくてゆったりとした時間を感じさせてくれる筆致。
読む人を優しい世界に連れて行ってくれていた。

夏の終わりの、どこか寂しさを感じさせる海。
誰もいない砂浜を歩いていくふたつの影。
おそらくは誰もがいとも容易くその場面を思い浮かべることが
できるに違いない。

せっかくの夏なのにデートできなかったのは貴女の方。
秋の初めとは決して思えないあの日は、9月だけれど
夏の終わりだった。
幼い頃、あせもができるたびに連れて行かれたという海を、
貴女は旅立ちの途中に立ち寄られたのでしょうか――

作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。