リラックスし過ぎ 穏やかな午後の日差しが差し込む部屋。 のんびりとした時間が流れる場所で、恋人の膝に甘えながら微睡むのはなんて幸せな事だろう。 いつもは企業の要として、緊張と責任を強いられ忙しい毎日を送っているのだから、こんな時間を持つことはちっとも悪いことじゃない。優しく髪を撫ぜる恋人の指先を甘く感じながら、明日への鋭気を養うのだ。 のんびりと過ごす恋人との穏やかな時間。 それは確かに悪くない、悪くは決してないけれど・・・。 「・・・。」 気配を消して、そろりと目の前にたつ。 「あ。」 とまどう瞳に笑い掛け、人差し指を立てて唇に近づけると、きょとんとしたまま小首を傾げて可愛く見つめるから、笑顔のまま片目をつぶってこう告げる。 「啓太様キスしても良いですか?」 「え?」 驚く瞳ににっこりと笑いかけ、サラサラとメモを書いて手渡すと、大きな瞳が悪戯っ子のようにキラリと光った。 「ふふふ。いいですよ。和希良く寝てるみたいだから。」 含み笑いとウィンクと共に返される甘い答えに、少し胸が痛くなりながら努めて明るく、そして本当の気持ちが二人にばれない様に言葉を吐き出す。 「それじゃ、啓太様・・・。」 「はい。」 「ハイじゃないよ!啓太!!」 慌てて飛び起きるその姿に、ふたりそろって笑ってしまう。 「やっぱり・・。和希様?」 「え?」 「和希?なに狸寝入りなんてしてるのさ。」 「ええ?い、石塚!!」 「寝たふりしてサボっているから、ちょっといたずらしたんですよ。和希様?いくら今日はいつもよりも暇だからって、リラックスしすぎです。ここは仕事場ですよ?」 自分の心は綺麗に隠して、正論をぶつけると、やましい心が一杯の和希様は返事も出来ずに固まってしまうから、またふたりで笑い出してしまう。 「ふふふ。ひっかかったね、和希。」 「啓太まで酷いよ。」 「だってさ、疲れてるのかな?大丈夫かなって心配してたのに、寝たふりなんて酷いぞ?」 「そ、それは・・。い、石塚!!だいたいお前・・。」 「和希様がこうやってさぼっていると週末のお出掛け・・無理かもしれませんよ。どうします?啓太様?」 「え?そうなの?じゃあ、石塚さんお買い物付き合ってくれます?」 「勿論。喜んでお受けいたします。」 「何言ってんだよ。啓太!!石塚絶対禁止だからな。」 「くす。じゃあ、仕事しましょうね。和希様。」 慌てる和希様に、ポーカーフェイスで書類を見せて、そうして甘い恋人達の時間を壊してしまう。 「がんばってね和希。」 「啓太、すぐに終わらせるからな。さっさと終わらせて、ちゃんと週末あけるから。だから・・。」 「わかってるってば。和希以外とデートなんかしないから。安心してちゃんと仕事してね。」 「わかってるから!」 慌てて机にかじりついて、そうして仕事を始める姿に、啓太様が呆れた声をあげる。 「和希のこういう所って子供みたい。」 「でも、ああいうところが良いのでしょう?」 見つめる瞳の温かさに、また少し心がチクリと痛み出す。 あなたが和希様をみる瞳は、いつもいつも本当に優しくて暖かいのですね。私の入る隙間なんてどこにもない位の絆があるんですね。 「へへへ。はい。ああいう和希が良いんです。大好き。」 こそこそとする内緒話は、実はただの惚気話。 「何二人で話してんだよ!」 「え?和希様は私よりも年上なのに時々妙に子供っぽいなあって。」 「え?和希って石塚さんより年上なの?」 「はい。和希様は私よりも・・・。」 「石塚!!」 ああ、内緒なんですね。まったく。 「え?いくつなんですか?石塚さん。」 「え・・?ええと。」 「石塚!」 「・・・・・そうですね。情報量は高いですよ。」 「え?」 「石塚?」 「啓太様のキス一つ。さっきしそこねましたから。」 片目をつぶりそうして笑ってみせる。 本気では求める事なんて許されないから・・冗談で、求めてしまうおう。大丈夫。ポーカーフェイスは得意だから。 「え?」 「石塚!お前!!」 「え〜。どうしようかな。」 「け、啓太?」 慌てる和希様に、またふたりで笑いあう。 「冗談だってば。」 「冗談です。」 思わず重ねて返事をして、そうしてまた笑いあうから、和希様はすっかり拗ねてしまう。 「ちぇ。」 「ごめんね。和希。拗ねないでよ。」 「だって・・。」 「和希以外にキスなんて絶対に絶対にしたりしないから。・・ね?機嫌直して早く仕事終わらせてよ。」 「うん。」 「ごめんね、意地悪して。」 そっと机に近寄って、和希様の肩にふれる細い指。 「・・・じゃあ、お詫びにさ・・。」 拗ねた顔のまま、恋人を見つめる甘い瞳。 「ん?なあに?」 すぐに出来上がる二人の世界に、溜息をついてドアを閉める。 「失敗失敗。いい気になりすぎた。」 部屋にもどって自嘲する。 目の前の甘い光景を壊したくなって、意地悪をした。 少しだけ心を出したくて、けれど出し切れず冗談にしてしまった。 「リラックスしすぎたのは、私のほうですね。ここは私の仕事場。あの方は私の上司。気を緩めすぎて莫迦を見るのは私だ。」 タロットのFOOLのカードの様に、目隠しをしたまま一歩先へと進んでしまえば、崖へと真っ逆さまに落ちてしまう。それでも時折そのまま破滅へと進んでみたくなる。 『ふふふ。いいですよ。和希良く寝てるみたいだから。』 冗談と信じた言葉。それが・・・どれだけ甘く私の耳に届いたか、あなたは知らないでしょうね。 だけど・・・。 甘い言葉は、姿を変えて鋭い棘となって私の心を突き刺すのです。 暖かい日の差し込む、穏やかな時間の流れる部屋の二人があまりにも自然で、幸せそうで、だから壊したくなったのです。 だから・・。 だから、ほんの少し、意地悪をしたかった、それだけなのです。 「辛いですねえ。影になるというのは。」 苦手なココアをカップに作り、苦い思いと共にゴクリと飲み込む。 飲み込んで体の中で、思いもすべて消化してしまえれば良い。 すべて何もかも、無くなってしまえば良い。 「大丈夫。ポーカーフェイスは得意ですから。」 大切なのだ。ふたりとも。 本当に二人の仲を壊そうなんて思ったりはしない。 大丈夫。私はFOOLのカードとは違う。 溜息をついて机の前に座る。 リラックスしすぎ。 自分の立場を忘れてはいけない。 此処は仕事場で、あの人は私の上司だ。 自嘲して、溜息をついて、そうして思いを振り切るように甘い甘いココアを一息に飲み干した。 Fin ええと・・・石塚さんの可愛い嫉妬の話でした。 みのりはタロットカードを二組持っていて、一つはFOOLのカードが ピエロの絵の物、もうひとつは目隠しした男の人が、崖に向って 歩き出そうとしているカードなのです。今回はその絵をイメージして 作ってみたわけです。 ちなみに、カードの意味は、正位置で「意味の無い冒険、間違った選択 一方的な片思い。高嶺の花を狙いすぎる。」で逆位置が「夢を大切にする。 純粋な愛。素直な愛情表現。人を信じきる。」となっております。 |
いずみんから一言 |
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