机の上のサボテン



「臣?」
「はい、郁。」
 にっこりと胡散臭い笑顔を浮かべ、臣は傍までやってきた。
「なにか?郁。あ、紅茶入れなおしましょうか?」
「いや、いい。それよりも。」
 幼馴染の背中に見える黒い羽根の存在に、微妙に頭痛を感じながら、それでも気を取り直し告げる決心をする。
「臣、あれを見ながら笑うのは、(気持ち悪いから)止めた方がいいと思うのだが?それに話しかけるのも(不気味だ)」
 仕事の合間に、いや仕事中でも、気が付くと臣はあれに笑いかけ、話しかけているのだ。
 はっきり言って、不気味というか、気持ち悪いというか、居心地が悪い事この上ない。
「そんなに話しかけたり、笑ったりしていましたか?」
「していたぞ。」
「それは失礼しました。でも、許していただけませんか?郁。」
 にっこりと笑う。不気味な笑顔。
「なぜ私が、お前のその(不気味ではた迷惑な)行動を許さないといけないのか聞かせてもらおうか?臣?」
「だって、伊藤君からのプレゼントなんですよ。ほら、かわいいでしょ? 小さくて、丸くて。ふふふ、この棘がなければ頬ずりしたいくらいです。」
 机の上に鎮座していたそれを両手で大事そうに捧げ持つと、臣はにっこりと笑う。
 そんな小さな棘なんて、お前なら平気だろう?したいなら、頬ずりだろうがキスだろうがすればいい。
 そう叫びたいのを堪えながら、代わりに大仰な溜息をつく。
「まったく、啓太も罪なものをお土産に選んだものだ。」
 夏休みで家に帰っていた啓太が、「お土産です」と言って持ってきたのが、臣の奇行の原因だった。
 お土産、小さくて丸くて棘のある。そうサボテン。
 なんで土産がサボテンなのかが、よく分からないのだが、素焼きの小さな植木鉢に植えられた、それはとても可愛らしくて、机の上にちょこんと乗っているだけなら、微笑ましいものではある。
 だけど。持ち主が悪かった。
『ふふふ.』
 と突然笑い出すのはまあ我慢しよう。だが、
『喉が渇きませんか?お水あげましょうか?』
『少し日に当たったほうがいいですね。窓辺にいきましょうね。』
『クーラーの風は寒くありませんか?』
 などと話し掛け、うっとりと見つめる姿が我慢できないのだ。
 不気味で気持ちが悪くて仕方が無いのだ。
「とにかくその不気味な行為をやめるか、そいつを自室に引き上げるかどちらかを選ぶ!いいな?」
「郁?それは無理です。」
「なにが無理だというんだ?」
「だって部屋は、昼間殆んどカーテンを引いているから薄暗いでしょう?この子は植物ですから、太陽の光がないと死んでしまいます。」
「じゃあ、話しかけるのをやめればいい。お前が大人しくしているなら、私も別に文句はない。」
 段々酷くなる頭痛に、額を軽く押さえながら、気力を振り絞って話を続ける。なんでこいつはこんなに莫迦になったんだ?
「でもね、郁。それも無理です。」
「何が、どう無理なのか?説明してもらおうか?」
 もともと、莫迦な思考を持つ人間だったのか?それに私が気づかなかっただけなのだろうか?・・・いいや?昔はもっとまともだった筈だ。
 確かに他人をどうでもいい、私以外は死のうが生きようが関係ないなんて突飛な思考の持ち主ではあったけれど、でもだからってサボテンとあんな会話をしたりはしなかった。
「だって植物は話しかけたほうが、よく育つんですよ。特にサボテンは愛情に敏感な植物なんです。愛情を食べて育つんですよ。」
 確かにそういう話は聞いたことがある。だけど、お前のそれは明らかに意味が違うだろう?
「それに、この小さくって健気に生きている姿が、伊藤君みたいで可愛くて可愛くて、ふふふ。」
 ほら、それが本音だ。まったく。
「わかった、わかったから、仕事に戻ってくれ。仕事さえちゃんとやってくれたら、もう文句は言わないから。」
 莫迦になった臣に、何を言っても無駄だ。話をすればするだけ不愉快な気持ちになるのなら、しないほうが100倍ましだ。
 そう結論を出すと、私は白旗を上げて、パソコンに向う事にした。
「よかったですね、郁も私達の愛に賛同してくれたみたいですよ。さ、安心してここに居て下さいね、伊藤君。」
 伊藤君?・・・・まさかサボテンの名前なんじゃ・・。
「臣?」
「はい。なんでしょう?」
 にっこりと笑う。胡散臭い笑顔で。そして背中には、パタパタと羽ばたく黒くとがった羽。
「いや、なんでもない。」
 頭痛がどんどん、酷くなる。まったく、啓太?お前はチットモ悪くないのだが、それでも恨むからな。・・・全く。
 溜息をつきながら、それでも気力を振り絞り、仕事を続ける事にした。
 
++++++++++
 
 一週間ほど、臣の奇行が続いた後、会計部室は元の平穏を取り戻した。
 臣が改心したわけではなく、サボテンが枯れたのだ。
「水をあげすぎたのでしょうか?」
 しょんぼりと落込みながら、そう臣が言ったので、「だろうな。」と一応頷いてはみたものの、実は違う事を考えていた。
 サボテンは愛情に敏感な植物なんです。
 臣はあの時そう言った。そしてそれは多分事実だったのだ。
 愛情に敏感な植物。さぼてん。それは全ての事に敏感だったということで・・・つまりそれは・・。
「なんだか淋しいです。」
 机の上に置かれた、枯れたサボテン。
「そう落込むな。」
 愛情を食べて育つはずだった。緑色の小さな生き物は、きっと、愛情と一緒に別のものまで食べてしまったのだ。
 そう、たぶん毒を。

「伊藤君にお詫びをしなければ・・・。」
 落込んだようにつぶやくその背中に黒くとがった羽根が見えた。
 お前、啓太まで枯らすなよ。
 そう心の中でつぶやきながら、脱力してソファーに座りこんだ。
                                              Fin

               

    サボテンも枯らす強い毒を持つ七条さんの愛情でした(^_^;)
    それでも枯れない啓太は丈夫なのか、鈍いのか・・・?どっちなんでしょうね。(たぶん後者?)





いずみんから一言

みのりさまには珍しいおちゃらけ系。
それを西園寺さんの一人称でやってくれた。
「もっと読みたかった」というないものねだりは同じでも、
こういう作品のときには涙がついてこないのがいい。
笑いながらでも言える。
「ああ、もう! もっと読みたかったよぉ!!」と。


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