里帰り 「中嶋さん?」 長い沈黙が続いた後、啓太は恐る恐る名前を呼んだ。 「なんだ?」 何本目かわからない煙草をもみ消し、チラリと視線を流すと、泣きそうな顔でこっちを見ているから笑いそうになってしまう。 「あの怒ってませんか?」 まったく。 「・・・・。」 どう返事をしたものか、正直困っていた。 「あの」 「怒っているといったらどうするつもりだ?」 1月4日。年末から今朝まで啓太の家で過ごした俺たちは、啓太の母親の手作りの弁当までお土産に持たせられて送り出された。 夕方の首都高は思っていたよりもスムーズに流れている。この分ならあと、30分ほどで本郷にある自分の部屋に帰ることが出来そうだった。 「えと、あの」 「啓太?」 さすがに吸い過ぎかもしれないな、そう思いながら新たに煙草に火をつけた後啓太を横目で見ると、大きな瞳をうるうるとさせながら、啓太がじいっと見つめていた。 「ごめんなさい」 「おまえが謝ることか?」 ったく。 「違うかもしれないですけど。でも・・・俺。」 「なんだ?」 「中嶋さんに俺の家族を嫌いになって欲しくないんです。好きになって欲しいんです。だって、お父さんもお母さんも・・もちろん妹も、中嶋さんの事大好きなんです。だから一緒に・・あの・・・・・嘘ついたのは悪かったと思いますけど、だけど・・・。」 そうきたか。 「で?」 「だから、気に障ったというか・・・あの。」 「謝る必要はない。」 何かを言いたそうだとは思っていたが・・・。ったくこいつは。 「え?」 「俺は怒ってなどいない。」 「本当ですか?」 「ああ。」 不思議とそれだけは本当だった。 物心ついてから、家族とまともに正月を過ごした事が一度も無かったこの俺が、まさか啓太の家で新年を向かえ、殊勝な顔で「あけましておめでとうございます。」なんて言っているのが自分でも信じられなかったが、それでもなんだか楽しんでしまっていたのだ。 「ほんとにほんとですか?」 「くどいぞ。」 「だって・・・。」 「なんだ?」 「じゃあ呆れてませんか?」 「呆れる・・・そうだな。」 「やっぱり」 「おまえがどうやって育ったのか良く分かった。」 「え?」 「お母さんには負けるって事だ。」 笑い出したいのを堪えてそういうと、啓太は不思議そうな顔できょとんと大きな瞳を見開いた。 「あの?」 「ふん。勝手に家族の一員に加えてくれるし。嘘はつくし。」 啓太の母親・・・ある意味最強かもしれないな・・と思う。 「すみません。」 「お父さんまで巻き込んで何やってるんだか。」 正月を俺と一緒に過ごしたいから・・と、家族揃って無理矢理な嘘をついたのだ。しかも啓太には内緒だったのだから、呆れるというより笑ってしまう。 啓太を送って家に行った俺の前で、お父さんに仮病を使わせ、俺に大掃除を手伝わせたあげく、正月まで一緒に過ごさせたのだ。 「だってお父さん、中嶋さんと晩酌できるのが楽しみで仕方ないんですもん。俺だと相手にならないから。」 「そんなのが嘘の理由か?」 「う・・・。だって・・・ああでもしないと中嶋さん帰っちゃったでしょ? だから・・・あの、嘘を正当化する訳じゃないんですよ?」 「ったく、もういい。その事に関しては怒ってないから。」 騙されて、大掃除をし、一緒に年越し蕎麦を食べ、初詣に行き(除夜の鐘なんて、さすがに生まれて始めてついた。)朝起きると、「我が家のお年玉はこれなのよ。」と啓太の母親が出してきたのは、手編みのセーターだった。 「あの。」 「なんだ?」 「セーター着てくれて嬉しいです。」 以前、「お母さんて呼んで、ただいまってこの家に入ってこないなら、追い出します。」と笑顔で言い切った啓太の母親は、その時と同じような笑顔で「これで、英明君も我が家の一員だから、これからは「ひでくん」と呼ぶことにします。」と言い出し、啓太の顔を青くした。 「・・・・。」 「掃除手伝ってくれたのも、初詣に一緒に行って鐘ついたのも、みんな嬉しかったです。」 「はん。」 莫迦な話だ・・としか俺には言い様がない。 くだらない・・・そう言い切っても良いと本当は思う。 ・・・だけど、この莫迦な子供の親は、家族は、やっぱりお人よしの大莫迦揃いで、息子の恋人・・しかも男の俺を当然の様に受け入れているだけでなく「啓太の大切な人だもの、私たちにもあなたは大切な人なのよ、大事な家族だわ。」などと言い出して当たり前のように、正月を迎えたのだった。 「中嶋さん?」 「なんだ?」 「来年も家で過ごして欲しいって言ったら・・・あの。」 「莫迦かおまえは?」 「あの」 「年が明けたばかりで来年の話をしてどうする?」 「でも」 「ったく。そんなところまで一緒なのか?」 「え?」 「もう予約された。換気扇掃除は俺の担当だとさ。」 「え!」 「全くこの俺に。」 「え!!換気扇?お母さんが?」 「そうだ。」 「・・・お母さんの莫迦・・。」 「こら。」 「え?」 「親に莫迦なんて言うもんじゃない。」 「え。」 「少なくとも、お前の親はそんな風に言われる人間じゃないぞ。」 「中嶋さん。じゃあ、俺の家族を好きになってくれますか?」 「さあな。」 「・・・・。」 好きとか嫌いの次元じゃないだろ?ったく。 「中嶋さん?」 「俺がなにを言っても、お前の家族はああやってくっついて来るんだから仕方ないだろう?」 そして、それが俺も嫌じゃなかったのだから、仕方ない。嘘をつかれた(といっても、すぐにばれる様な子供だましなのだが)事も嫌ではなかったのだ。 「すみません。」 「ふん。仕方ないだろう?」 細い路地を抜け、マンションのパーキングに車を止める。 「え?」 「お前のと違って、お母さんの料理は美味いからな。仕方ないだろ?」 おせち料理からなにから、手作りして。俺の箸までしっかり用意して待ってるんだからあの人は。 「中嶋さん?」 「ほら降りろ。」 先に外に出て、トランクから荷物を取り出すと、それを右手に持って車の鍵をロックする。 「え?あ、自分で持ちます!」 「お前、それ持ったまま持てるのか?重箱持って?」 家を出るときからずっと抱えて座っていたのだ。倒したら大変だから・・と嬉しそうに。 「ええと、でも。」 「ほら、行くぞ。運転して疲れた。」 「はい。あ、な、中嶋さん。」 先に立って歩く俺のひじを慌ててつかみ、啓太が見上げる。 「なんだ。」 「ありがとうございます。嬉しいです。」 「礼を言われることなんてした記憶はないがな?」 「してます。いっぱい・・してくれました。俺凄く嬉しかったです。」 笑う啓太の顔を見ながら、来年も再来年も同じような正月を過ごすのかもしれない・・・なんて思う自分がおかしかった。 Fin すみません、調子にのりました・・・。 苦情は出来たらご容赦願います・・・(-_-;) 中嶋さん卒業後のお正月だったりします。 卒業後の話をちゃんと書いてないのに、こういうのを書くのもどうかな・・とは思うんですが・・・。 ちょっと書いてみたかったのです。 そして、卒業から、正月までの話を書いてないから、あれなのですが、一年の間に、啓太君のお母さんに 「お母さんと呼んでね、私は英明君と呼ぶから」などと言われたり、一緒にご飯食べたり、お父さんと晩酌したりしていたもので、中嶋さんはすっかり伊藤家の人気者なのです。啓太君の家族にかなり好かれてるのです。 なので、伊藤家の人たちは、中嶋さんと一緒に正月を過ごしたくて、お父さんはぎっくり腰のふりして、皆も色々頑張って、無理矢理泊まらせてしまったのでした・・・。 いうのが、伊藤家の嘘の内容なのでした。 でも、伊藤家の人間達は、根が正直者なので、あちこちにボロが出ていて、中嶋さん用の箸やご飯茶碗があったり、お客様用らしい新しいお布団は、日に干されてフカフカだったりしたもので、すぐに中嶋さんに嘘がばれてしまうのでした。 |
いずみんから一言 |
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