視 線





『笑ってごらん、啓太。笑うとね、元気が出るから。』
 小さい頃、俺が泣きそうになると、お母さんはいつもそう言って抱き締めてくれた。
『お母さんは、啓太の笑顔が大好きよ。』
『でも、でも、笑っても元気にならなかったら?それでも笑ってなきゃダメ?男の子だからダメ?』
『笑顔になれない位に哀しくなったら?その時は男の子だって泣いてもいいのよ。その時はね、お母さんが啓太の代わりに笑ってあげる、啓太が元気になるように。』
 泣き虫で甘えんぼだった俺は、涙をポロポロ流しながら、それでもお母さんの笑顔につられて笑う事ができたんだ。
「・・啓太?」
 笑顔でいたい。泣いてる顔なんか見せたくない・・・でも。
 声を出す事も出来ず、俺は中嶋さんの制服の袖をギュッと掴んで、ただ俯くしか出来なかった。
 笑えない・・こんな時に笑顔になんかなれないよ。お母さん。
 でも、泣いたりして、中嶋さんを困らせたくなんかないんだ。どうしたらいい?
「・・たく、お前は莫迦だな。」
 突然抱き締められた、その腕の温かさに、俺は思わず顔をあげた。
「何を迷っている。お前は・・・。」
「だって・・。」
 優しい瞳に、俺はどうして良いのか解らなくなる。
 勘違いしている?俺は・・。自分の都合のいいように、また・・・。
「考えるなとは言わない、だが、迷うな。」
「・・・・え?」
「フン。行くぞ。」
 あっさりと手を離し、そうして歩いていく。
「中嶋さん、待ってください。」
 俺を置いて、サッサと歩いていく後姿。

『考えてもいい、迷うな。』

 それは、中嶋さんの答えですか?
 他の人に向けるのと違う、貴方が俺を見る時の、瞳の温かさを信じていいですか? 
 あなたの傍にいてもいいですか?
 ずっと傍に・・・。
「待ってください、中嶋さん。」
 俺は、両手で目をこすると、精一杯笑って、そうして中嶋さんを追いかけ始めた。
 ホントだね、お母さん。笑うと元気になるみたいだよ。
「中嶋さん!!」
 ギュッと腕にしがみ付き、そうして思いを伝える。
「大好きです。中嶋さん。」
「・・・・知ってる。」
 中嶋さんは、あっさりと、それだけ言って、口の端を上げただけの笑い顔で見つめる。
「お前は、やっぱり莫迦だな。」
 くしゃりと髪を撫ぜながら、そう言って、今度は可笑しそうにクククと笑う。
「酷いです。中嶋さん。」
 それでも、中嶋さんの優しい瞳に、俺は今度は本当の笑顔になれた。
「ほら、戻るぞ。」
「はい、中嶋さん。」
 隣を歩きながら、もう一度そっと心の中で問いかける。
 傍にいてもいいですか?ずっと傍にいてもいいですか?
 大好きです。中嶋さん。

                                                Fin


付き合い始めたばかりの二人・・という事で、啓太君は不安が一杯ある頃です。
啓太君の笑顔は、太陽みたいに明るいよなあ・・と思いつつ。
涙を堪えて、笑う姿も好きだったり・・・。
このお話の、始まりの部分は本当は別にあるので、機会があったらそれも書きたいと
思います。ちょっと長くなるかも・・・。


いずみんから一言

こんなコメントを読むと、そのお話が読みたくなってしまう。
啓太くんが泣きそうになった訳を知りたいのもあるけれど。
もっともっとたくさんのお話を読みたかった。
ないものねだりをしてごめんなさい。
心の中で謝りながらデータの取り込み作業をつづけている。

作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。