頬が赤に染まる 「・・・触れ・・。」 「え?」 啓太の声に中嶋が顔をあげると、潤んだ瞳が動揺していた。 「え?あ・・・・いえ、なんでもありません!!」 慌てて言いながら啓太は、耳まで赤く染めて中嶋を見つめた。 「啓太?」 その視線に、中嶋は不審そうに名前を呼んだ。 放課後の学生会室。頼んでいた手紙の清書の出来上がりをチェックしていただけなのだ。それなのに、ただそれだけでこんな潤んだ瞳で見られる覚えはない。 「な、なんでもありません!!手紙大丈夫でしたよね?お、俺じゃあもう帰ります!!」 「啓太?なんて言った?今?」 『ふれ・・』最後まで聞き取る事は出来なかった。けれど顔を見ていれば分かる。ふれ・・の先の言葉。 啓太の瞳はいつだって、唇よりおしゃべりなのだ。 潤んだ熱を持った瞳。その意味を中嶋は誰より理解できる。 ただ、何故そうなったのかは分からなかった。 『眠れなくて』さっき啓太はそう言い訳した。 ボンヤリとしていた訳をそう言った。 だが、なぜ眠れなかったのか、その理由をまだ聞いてはいない。 啓太は逃げだそうと鞄をつかみ、ドアに走る。 「啓太?なぜ眠れなかった?」 ドアを開ける寸前、細い手首を掴んで自分の方へと引き寄せる。 ふわりと甘い髪の香りが中嶋の鼻へと届いた。 男のくせに、啓太の髪はなぜか何時も甘い香りがする。 使っているシャンプーのせいなのか違うのか分からないが、それが中嶋を刺激する事に啓太は気が付いていないかった。 俺好みの香水をつけさせるのも悪くないかもしれない。 中嶋はなんとなくそんな事を考えながら、啓太を見つめ、細い腰を引き寄せた。 「な、なんでもありません。気にしないで下さい。」 中嶋の言葉に、啓太は俯いて慌てて答える。 「気にならないわけがないだろう?」 耳元に囁く、自分の声がどれだけ啓太に影響するのか、中嶋にはもう十分分かっていた。 いつだって、どんな時だって、啓太にとって中嶋の声は甘く響く。 啓太にとって、中嶋の囁きは愛撫と同じだ。 耳元に低く囁くだけで簡単に堕ちる。逆らったりはしない。 そして、それは今も同じだった。 ただでさえ赤くなっていた耳が、頬が、さらに赤みを増し、熱を持ち始めた。そして中嶋を見つめる瞳は、動揺し今にもあふれ出しそうに潤んでいた。 「でも!気にしないで下さい。何でもないですから!」 隠し事など出来ないと、十分に分かっているだろうに啓太は尚も逃げようとする。それが中嶋をさらに煽る行為だと知らず、小さく身体を震わせるから、もっともっと意地悪く耳元に囁きたくなる。 「なんでもない?なら言えるだろう?」 低く囁きながら、頬に触れる。 「俺は隠し事が大嫌いだ。知っている筈だな?」 冷たく見つめると、啓太はふるりと小さく震えた。 「だって言ったら怒るから。俺を軽蔑するから。」 潤んだ瞳が、哀しそうに中嶋を見つめる。 「なら、なおさら気になるな。」 だから、さらに意地悪をしたくなるのだ。 潤んだ瞳を見るたびに思う。早く涙が見たい・・と。 自分の言葉に一喜一憂し、啓太は表情を変える。 自分の言葉に動揺し、瞳を潤ませる啓太の顔が好きなのだと、それが見たくて意地悪を言いたくなるのだと、中嶋が気が付いたのは最近のことだった。 「そんな。」 動揺し俯く顔を、顎に指をあて、くいっと持ち上げる。 赤く染まる頬。 頬を撫で上げながら見つめると、啓太は観念して答えた。 「・・・・逢いたくて。」 「?」 眠れない理由。聞いたのはそれだった。 「中嶋さんに逢いたくてたまらなくて。だから、だから。」 何かに悩んでいるのは、さっき此処に来たときから気が付いていたけれど、まさかその理由がこれだとは・・・啓太の扱いに慣れている中嶋でさえ思いつきもしなかった。 「お前の莫迦なのは今に始まった事じゃないが、くだらないな。」 くだらない。本当にそう思う。 なんでそんな事で悩むのか理解できなかった。 興味を失い手を離すと、啓太はヘナヘナと床に座り込んでしまう。 「ごめんなさい。」 途方にくれた顔で自分を見つめる啓太を中嶋はジッと見つめた。 「・・・部屋にくればいいだけの事だろう?」 冷たくそれだけを口にする。 逢いたいならそうすればいい。 拒んだりしない。するわけがない。 啓太の望みを、本当はいつだって中嶋は叶えているのだ。 それを啓太自身に知られることは屈辱以外の何物でもなくて、だけど啓太の望みを叶える事は、いつだって中嶋には当たり前の行為だった。 何も悩む事などないのだと、なぜこの莫迦は気が付かないのだろ う?本当は望むだけで良いのだと何故気が付かないのだろう。 イライラと中嶋は啓太を見つめて思う。 自分の言葉が足りないせいだとは気が付かなかった。 自分の態度のせいだとは思いもしなかった。 中嶋のそっけない態度が、啓太をどれだけ不安にするのか・・そんな些細な事に中嶋は気が付いていなかった。 「え?」 予想も付かない言葉に、啓太はただ呆然と中嶋を見つめるから、さらにイライラが募ってしまう。 「ほら、来い。」 鍵をしめ、奥へ歩いていく。 「中嶋さん?」 「来い。」 短く言い放ち歩いていく。 「あの・・・はい。」 観念したように啓太は小さくうなずいて後を付いてくる。 「まったく。」 椅子に深く座り中嶋は啓太の手を引きよせた。 「あ・・。」 唇をふさぐ。頬に触れ、腰を引き寄せる。 「ん・・・・。」 舌を絡め甘く吸うと、啓太は怯えたようにピクリと震えながらも大人しくしていた。そしてコクリと喉を動かし、中嶋の注いだ蜜を飲み込むと、うっとりとした声を上げ名前を呼んだ。 「・・・中嶋さん・・。」 「夜中にやって来ようが、毎晩来ようが俺は驚かないぞ。お前は淫乱だからな。」 啓太の顔に満足しながら、中嶋は低く喉を鳴らし、クククと笑う。 お前をそういう風にしたのは、俺だからな・・・。 その意味を込めて笑う・・。だけど、たぶんその意味に啓太は気が付かないだろうという事も中嶋には分かっていた。 どんな時でも、啓太は恐ろしく鈍いのだ。 自分がどんなに啓太の行動に振り回されてるのか、その事さえ気が付かない。そして腹の立つ事に、啓太は、学園中の一癖も二癖もある人間達が自分の虜になっている事にも気が付いていない。『皆優しいですよね。俺って運がいいなあ。へへ』なんてヘラリと笑っているだけなのだ。 「ち、ちが・・・。」 淫乱、その言葉に啓太は悲しそうに瞳を潤ませる。 「ほお?違うのか?」 「・・・・違います。」 俯いて答える。 「触って欲しい・・・違うのか?」 触って。確かにさっきそう言った。言葉は途中まででも、潤んだ瞳が、赤く染まった頬がそう言っていた。中嶋が仕掛ける前にそんな事を口にするなんて、今まで無かったことだ。 だからこそ面白い。そう思っていた。 「それは・・。」 動揺し俯く。 「触って欲しいと欲しいは同じ意味だろう?」 少なくとも中嶋にはそうだった。 愛しいと抱きたいも同じ。 啓太には理解できなくとも、中嶋自身には同じ意味なのだ。 愛しいと抱きたいは同じ意味。 その幼い顔を、細い身体を、恥辱で震わせながら従う。どんな行為も啓太は大人しく受ける。苦痛を伴う行為も、甘くとろけるような行為も、啓太は同じく受け入れる。 それしか方法をしらないとでも言うように、切なく眉を寄せ、細い腕を背中に回し耐えるのだ。 その姿をみるたび、ゾクゾクする。 従う事しか知らない。教えていない。 啓太はいつだって、中嶋に従順だった。 困惑しながら、中嶋の態度に悩みながらも従う。 鈍い頭で、言葉の足りない中嶋の行動に戸惑いながらも、それでもなんとかその行為の中に、愛情を見つけ安心するのだ。 中嶋の優しさは眼にみえない。 屈折した愛情表現は、時に痛みさえ伴って啓太に表されてしまうから、第三者からすればそれは痛ましい行為なのかもしれない。 けれどそれでも啓太が素直に従うのは、その行為の中に、ささやかではあるけれど、中嶋の愛情を感じているからだった。 思い過ごしかもしれない。自分の都合の良い様に理解しているだけかもしれない、そう悩みながら、啓太はそれでも中嶋の愛情を感じ取る。時に激しく痛みさえ伴う愛情表現も、ささやかすぎて分かりずらい優しさも、啓太は頭ではなく身体で理解して、そして受け入れるのだ。 好きだから、欲しい。愛してるから抱いて欲しい。 啓太は、それを身体で分かっていても、まだ理性では納得出来ていないのだろう。 「・・・・違います。」 苦しそうに、搾り出すようにそう言うと俯いた。 中嶋の言葉に傷ついて、そうして 「違います。全然違う・・・違う・・。」 ぽろぽろと涙がこぼしながら、尚も言葉を続ける。 「好きです中嶋さん。」 本当に啓太の瞳は饒舌なのだ。 その涙がどれだけ中嶋を煽るものかと意識もせずに、啓太は涙を流し続ける。中嶋の腕の中で、膝の上で途方に暮れ泣きじゃくる。 全くこの莫迦にどうやって分からせたらいいんだろうな? 溜息をつきそうになるのを、中嶋はかろうじて堪えると、子供のように泣きじゃくる啓太をじっと見つめた。 「・・・・。」 涙を流す自分自身に動揺している啓太を、半ば呆れて見つめながら、慰めてやろうとか、優しい言葉を掛け様とか、そういう方向には思考が働かない自分がおかしかった。 泣き顔が好きなのだ。中嶋の言葉や態度に簡単に振り回され、動揺し、一喜一憂する。その姿が見たいのだ。 屈折しているのは分かっていた。喜ばせたいなら素直に最初からそうしてやればいいものを、それが素直に出来ない。 だから周りの人間が、怒り出すのだと分かっていても、そんな事はどうでもいい事だと思っていた。 自分がそうしたくてしている事で、それに啓太は納得しているのだから、他の人間の意見などどうでもいい。そんなクダラナイ言葉に耳を傾ける事自体莫迦げている。時間の無駄だとさえ思う。 「俺、俺・・・・。」 泣きながら啓太は必死に言葉を捜す。 「中嶋さんが好きです。いつも傍にいたい・・・。」 ほら、分かってるんじゃないか。莫迦が。 それがすべての理由なのだ。 傍にいるのも、こうやって触れ合うのも、理由は好きだという事だけ。簡単な事なのだ。 「居たいならいればいい。それだけの事だ。」 ぺろりと涙を舐め取って、それだけを言って睨みつける。 「・・・・。」 「莫迦の癖に難しく考えるな。」 難しく考えるから混乱するのだ。哀しくなるのだ。 答えは出ているのに、悩む必要なんかまるでないのだ。 自分の態度がそうさせているのだとは気づかずに、中嶋は思う。 悩むだけ無駄なのだ、なにも悩む必要などない。 お前が望むものすべて叶えてやる。欲しければいつだって与えてやる。 お前の望みは、本当は俺自信が望んでいることなのだから。 言葉に出せば、それで啓太は安心するのかもしれない。悩む事も無くなるのかもしれない。 それなのに、中嶋の口にするのはそんな短い言葉だけなのだ。 「ひどいです。」 中嶋の心を理解できず、啓太はまた涙を流す。 「莫迦だから・・・莫迦だというんだ。」 莫迦なのは俺も同じか・・・。 自分の愚かさを心の中で笑いながら、啓太の唇をふさぐ。 お前の望むもの、すべて叶えてやる。ただ一つを除いて。すべて。 お前が望んでも、決して手放しはしない。 一生俺の傍に縛り付ける。どんな手を使おうと、離さない。 覚悟しろ、啓太。 甘く舌を吸いながら、細い腰を抱きながら思う。 覚悟しろ啓太。卒業は終わりじゃない。 お前を手放したりはしない。決して。 Fin 「気にしないで」の中嶋サイドです。 かなり気持ちが食い違ってます。 しかしうちの中嶋さん、いつのまにこんなにこんなに、 啓太に心酔したんだろう・・。ちょっと疑問。 |
いずみんから一言 |
作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。 |