たとえばこんな午後 「・・・・・こんにちは。」 週末の午後、俺は中嶋さんの住むマンションのドアをそっと開けた。 鍵を貰って半年。いい加減堂々と入れるようになっても良いと自分でも思う。それに『インターフォン鳴らしたって俺は出ないからな?それから、いちいち電話して確認するなんて面倒な事もしなくていい。部屋に入りたけりゃ、朝だろうと真夜中だろうと、自分で勝手に鍵を開けて入って来い。』そう言って中嶋さんは鍵をくれたんだから、インターフォン鳴らしたり、電話したりしなくていいんだけど、でも未だにそれにも慣れない。 「中嶋さん?」 小さく名前を呼びながらリビングへと歩く。 一人暮らし(しかも学生の)というにはこの部屋はかなり広いと思う。 大きなリビングにダイニンクキッチン、ベッドルームに書斎。それでもまだ部屋が余っていて俺は、自分用の部屋までもらっていたりする。 「中嶋さ、え?」 スリッパをパタパタ鳴らしながらリビングに入った途端、俺の心拍数は一気にはねあがった。 「・・・寝てる。」 ソファーにゆったりと足を組んで座り、読みかけの本を膝の上に置いたまま中嶋さんは眠っていた。 「うわっ。どうしよう」 なにがどうしようなのか良くわからないけど、なんだか慌ててしまう。 王様が昼寝しているところなんて数限りなく見てきたけど、寝ている中嶋さんの顔、こんな風に見られるなんてめったにないから(そりゃ、付き合ってもう一年以上だし、この部屋くるたびに当然の様に一緒に寝てるけど、でも寝る時ってなにせほら・・・俺、気を失うか、話しをする間もなく疲れて寝ちゃうかだし、朝は大抵中嶋さんが先に起きちゃうから、だから、これってすっごく貴重な感じなんだ。 「・・・・・・。」 なんだかもう、ただただ見とれてしまう。 なんで世の中に、こんなに格好良くて素敵な人が存在しちゃうんだろう? ああ、まつげ長いなあ。 閉じられた瞼を縁取る長いまつげも、すっと高い鼻も、形の良い唇も、なんてなんて綺麗なんだろう。 「はあ。」 思わずため息が出てしまう。こんなに格好良い人があんなにエッチだなんて詐欺だと思う。 「写真撮ったら怒られるよなあ」 ポケットから携帯を取り出して考える。 中嶋さんの写真って殆ど持っていない。しかもその写真って全部隠し撮りだったりするし二人で撮るぞって言って撮ったのなんか皆無だ。 それって本当はちょっとだけ寂しい。 「撮ったら起きちゃうよな」 凄く疲れてるのか、俺がこんなに近くに立ってても起きる気配はないけど、携帯のカメラって撮るとき結構大きい音するもんなぁ。 「う・・・。怒られるよなぁ。」 でも撮りたい。こんな顔、めったに見ることなんかできないし。 こんなの待ち受けにしちゃったら嬉しくって、何時間でも眺めていたくなっちゃうだろう。 でも、見つかったら絶対怒られる、そして怒られた挙句に写真も消されちゃうんだ。 わーん、どうしようそんなの嫌だ。 「あ。そうだ。」 音が出るところを指で押さえたらどうだろ?よぉし。やってみよう。 「ええと。」 携帯のカメラをセットする。室内の撮影モードに切り替えると中嶋さんの顔が映った。 「格好良いなあ。」 カメラの画面に映るのは、見とれちゃう位にめちゃくちゃ格好良くて、素敵で綺麗な中嶋さんの寝顔。 でも、寝てる顔がこんなに素敵なのって何かずるい気がする。 「んんと?」 ここがスピーカーだから、ここを指で押さえて・・と。 あ、もう少し離れた方がいいかな? ズームに切り替えて・・これなら、ちょっと位音が出ても平気かも・・。 「・・・・・よし。」 祈るような気持ちでシャッターを押す。 ピッ。 小さな機械音がして保存終了の文字が出た。 「撮れた。」 中嶋さん起きてないみたいだし。へへへ。やったぁ。 「じゃあ、もう一枚。」 中嶋さんの寝顔にカメラを向ける。ああ本当にほんとーに格好いいなあ。 よし、もう少し近づいちゃえ。 「どうしよ。」 見つめてるうちに、なんかへんな気分になってきちゃったよ。 どうしよう。凄くキスしたくなってきちゃったぞ? 「まずいよね?」 絶対起きる。いくらなんでも絶対起きる。そして絶対怒られる。 「でも」 こんな無防備な寝顔見せられたら。我慢なんか無理。 「中嶋さん」 携帯をテーブルの上に置いてそっとソファーに近づく。 「・・・・寝てます・・よね?」 怒られる。絶対・・・目、覚めちゃうよな。 「中嶋さん起きないでくださいね。」 そっとそっと近づく。そして・・ 「好きです」 唇を重ねる。 「・・・・。」 触れただけのキスをして、そっと離れようとしたら、ぐいっと腕を引っ張られた。 「あっ!」 「それで終わりか?啓太」 起きちゃったー! 「な、中嶋さん!」 ど、どうしよう。 「なんだ?俺の寝込みを襲うなんていい度胸だな。」 「ごめんなさい。」 怒ってる!怒っってるよ。 「ほらどうした、もう終わりか啓太?」 どうしたっていわれても。 「怒ってないんですか?」 「怒ってるにきまっているだろう?」 言いながらクククと笑う。その顔は妙に機嫌が良さそうで、楽しそうで俺はちょっと首を傾げてしまう。 「本当に怒ってます?」 その割に目が笑っているように見えるんだけど。 ・・・って、俺中嶋さんの膝の上に座ってないか? 「うわっ!」 慌てて立ち上がろうとして、またぐいっと腕を引っ張られてしまう。 「逃げるつもりか?」 う、うわあっ声がいきなり低くなっちゃった。 「ち、違います。ただ」 「ただ?」 「膝・・・あの」 太股をまたいで、向かい合わせに座ってるって事自体、恥ずかしすぎるんですけど。 「逃げるつもりがないなら、大人しくしていればいいだろう?」 「う゛・・・。」 それはそうなんだけど、それが出来たら苦労しないってば。でも、これ以上怒らせたくないし、大人しく座ってよう。 「で?」 「は?」 「は?じゃないだろう。」 「あの」 なんだろ?えーと? 「続き。」 「続き?あ!!」 忘れてた。 「あの・・・。」 無理だよ。続きなんて。 「あの・・・。」 もしかして、これってもうお仕置きに入っているのかな? ううう。俺、実は相当怒らせているのかも。 「啓太。」 ああ、目が怖い。 「・・・怒っちゃ嫌です。でも・・・ごめんなさい。」 「ふうん?お前は謝るような事をしたのか?」 「え?」 「じゃあ、お仕置きだな。」 ニヤリ・・と口の端を上げただけの笑い。え?俺墓穴掘った? 「お仕置きも嫌です〜。」 だってだって中嶋さんが悪いんだよ? 元はと言えば、中嶋さんが悪いんだよ? 俺にあんな無防備な姿みせるから、あんな格好良くて、綺麗で素敵な寝顔を見せるから・・。 「ふん、それはお前のこれからの行動によるな。」 「行動?」 「続き。上手に出来たら許してやろう。」 続き・・・・・って。 「えええっ。」 「お仕置きか、ご褒美か、さあどっちがいいんだ?啓太。」 するりと頬を撫でる指先。 「お前のスキルもいい加減あがっただろう?俺が一年以上もかけて一から手ほどきしたんだからな?」 くくくと笑い、見つめる瞳。 「上手く出来なかったら・・お仕置きですか?」 恐る恐る聞いてみる・・と 「お仕置きどころか躾のやり直しだな。」 という怖い返事が返ってきた。 「えええ。」 それって、お仕置きよりも怖いって事!! 「どうするんだ?」 「・・・がんばります。」 お仕置きなんか嫌だ。 ご褒美が欲しい・・なんて言わないから、怒ったり嫌がったりしないで欲しい。 俺莫迦だけど、でもどうか俺の思いを嫌だなんて思わないで欲しい。 「中嶋さん。」 そっと首筋に腕をまわす。 「ん?」 見つめると中嶋さんは、くくっとまた笑っていた。 ああ、俺この顔が好きだ。すっごくすっごく好きなんだ。 俺を見つめるこの顔が、寝顔よりももっともっと好きかもしれない・・ そう思いながら俺は、 「好きです中嶋さん。大好きです。」 思いをこめて唇を重ねたのだった。 *********** 「うう・・・・・。」 さっきのがお仕置きだったのかご褒美だったのか、実はイマイチ分からなかった。 「あの・・。」 恐る恐る聞こうとしたら、 「どっちかは自分で判断しろ。」 なんて事を、俺の唇をぺろりと舐めながら言うから、俺はそれ以上何も聞けなくなってしまった。 「中嶋さん・・。」 中嶋さんの腕の中で、疲れてうとうとしながら、でもあれってやっぱりご褒美だよね?へへへ。なんて幸せにひたっていた時、「莫迦な奴だ。」 なんて言いながら、中嶋さんが何かを見て笑ってたんだけど、その時の俺は『いつかはちゃんとツーショットの写真撮ってくれるといいなあ・・。』なんて思いつつ、幸せ気分一杯で夢の世界の住人と化してたから、それにはちっとも気がついていなかったんだ。 そうして・・・ 「一度でいいからツーショット写真をちゃんと撮って欲しいなあ、そしたら皆に自慢しちゃうんだけどなあ。」 そんな希望があっさり叶って『教会の前で白い服を着た俺達の写真』をこのリビングに飾る日が、一年半後にやってくるなんて、この時の俺は全く想像もしていなかった。 Fin 10000HITのキリ番を踏んだ、むめ様からのリクエストは、ラブラブな中啓でした。 ラブラブ・・・なってますか?なんだかちょっと自信がないかも・・。 気にっていただけたら嬉しいのですが・・。 |
いずみんから一言 |
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