誓いの日



「え?入籍?」
 助手席で啓太が声を上げるのを私たちはただ黙って見ていた。
「そうだ。」
 ハンドルを握るひでくんの答えは、後ろにいる私達が拍子抜けするほどあっさりとしている。
「って?俺と中嶋さんですか?」
「他に誰がいる?」
 誰がいるって・・・ひでくん。もうちょっと言い方が・・。
「いないですよね?え?でも・・。」
「でも?」
「日本て、男同士で婚姻届だせるんでしたっけ?」
「・・・・・それは無理だな。」
「ですよね。」
 ですよねって、啓太。・・・ああ、育て方を間違ったかもしれない。
 頭を抱えたくなりながら隣を見ると、お父さんと娘も同じような状態で二人を見つめていた。
 お父さん・・・血圧上がってるかも・・大丈夫かな?
「ですよねじゃない。まったく・・・。」
 ひでくんが呆れたような声で啓太に説明している。
 私たちと話をしている時と啓太に向かって話している時とでは(当然なのかもしれないけれど)ひでくんの顔が違う。
 もともと整った顔立ちをしている人だけど、啓太といる時の方が何故か二割増し(いやもっと?)格好良く見えるから不思議。
「ひでくん苦労してるね。」
 娘にこっそり耳打ちする。
「うん、でも楽しそう。」
 言われてじっと、見つめる。
 楽しそう?ああ、そうだ。ひでくんは啓太といる時楽しそうで幸せそうなんだ。
 気がついて、嬉しくなった。
「・・それって俺、中嶋啓太になるって事ですか?本当に?」
「そういうことだな。」
 状況を理解するのに大分時間がかかった啓太の隣で、ひでくんが疲れた様に頷く。
「で?お前はどうする?」
「どうするって?」
 ああ、この二人・・・。見ている方がイラついてくる。
「それで・・・いいのか?」
「勿論です!!嫌だなんて言う筈ありません!!」
 勢い良く頷く啓太の姿に一気に脱力してしまう。
「お前・・・怒鳴らなくても隣にいるんだ、十分聞こえる。」
「あ、すみません。えへへ。」
「ったく。」
 もうちょっとムードとか、盛り上がりとか・・啓太にそれを望むのは無理だと分かっているけれど。やっぱり私の育て方が悪かったのだろうか。
 そう思ったのは私だけではないみたい。
「お兄ちゃん・・・妹の夢を一気に壊したわね。」
「へ?あ、中嶋さん!!あの、ええと。」
 家族の存在を完全に忘れていたらしい反応にため息をつきながら、状況を見つめる。
 そして、啓太は昔から、夢中になるとまわりが見えなくなる子供だったと、思い出す。
「何を慌てている。」
「慌ててって、あの・・お母さん?あの・・。」
「慌てるな。」
「慌てるなって。だって。あ、三人とも知ってたの?」
「当然だろう?」
 当然だろう・・って。そりゃそうだけど。
 あの時は私も慌てたのよ?と心の中でひでくんに文句を言ってみる。
 啓太が卒業したらすぐに入籍したい・・なんてねえ。
 啓太は知らないことだけど、聞いたって教えてあげないけど。
 ひでくんはあの時、とても格好良かったのだ・・と思い出す。
「え、あの・・・あの・・。お父さん、お母さん・・あの。」
「啓太?」
「お兄ちゃん。」
「俺、いい?中嶋さんと、あの・・。」
 泣きそうな顔で振り返る。
 小さな頃と同じように。振り返る子供。
「啓太はどうしたいの?」
 大きくなったね・・・と思う。
「あの、俺は、中嶋さんと一緒にいたい。いつまでも・・あの・・だから。
 俺、中嶋啓太になってもいい?」
 恐る恐る聞く啓太に、三人で頷く。
「ありがとう。」
 泣きそうな顔は、一瞬で笑顔に変わる。
「へへへ。ぐす・・あれ?」
「泣くな。」
「だって、へへ。嬉しくて。」
 嬉しいのは私たちの方だ。
 寂しいけれど、それでも嬉しい。
「中嶋さん。あの・・。俺、嬉しいです。本当に本当に、嬉しいです。」
「ふん。」
 ふん・・って、ひでくんは・・。まったく素直じゃないなあ。
「ね、ね。お兄ちゃん?入籍するんだから、もう中嶋さんは卒業よね?」
「え?」
「そうだな。うん。いつまでも中嶋さんじゃ、英明君に失礼だぞ。」
 お、お父さんまで・・。それを私達が言ったら・・・それこそ・・・。
 ああでも、お父さんてば、これで精一杯気を使ってるつもりなんだ。
「え、あの・・・え?な、中嶋さん。」
 慌てる啓太の横で、ひでくんは運転しながら肩を震わせ笑っていた。
「くくく。」
「な、中嶋さん?」
 そりゃあ、笑うしかないよね?・・笑って許してくれると、嬉しいんだけど。
 こんな私達が啓太の傍にいることを、笑って許してくれると、嬉しいんだけど。
「いや、確かにそうだな。・・・ほら、啓太。言ってみろ。」
「え、あの・・・。」
 突然言われて、啓太は赤くなったり、青くなったり。
「あの、ひ、・・・・・・え。無理!無理だよ突然。」
 そりゃそうだよね。啓太かわいそうに。
「無理か?ふうん?じゃあ、止めるか?」
「え?止めるってなにを?」
「そりゃあ。やめると言ったらひとつだろう?」
 ひでくんは、笑いながら啓太を苛めてる。 
 楽しそうな声で、苛めている。
「嫌です!絶対に嫌です。」
「なら、言ってみろ。」
 あ〜あ、この人は・・。
「啓太。ほら・・。」
 後部座席で、お父さんが一人心配顔で・・慌ててる。
「お父さん?いいから、私達が口出しちゃ駄目ですよ。」
 まったく、お父さんてば。
「・・・だって。」
「だってじゃない。」
「・・・・でも。」
「区役所に着くまでに言えないなら、中止だな。」
「え、延期じゃなくて、中止ですか?」
 啓太、こういう時だけ反応が良いって、どういう事なの?
「そうだ。」
 そうだって・・・絶対そんなつもりないくせに。ひでくんってば。
 まったく、私の息子達は・・呆れてしまう。
「・・・ひ・・・う。」
「お兄ちゃん、耳が赤いよ?」
「うるさいってば。わ〜ん。」
「あと、十分程で着くかな?」
 ああ、この子供たちは・・・。
「啓太。」
「いいから、見てましょう?ね、お父さん。」
 まわりが騒いでも仕方ない。
 もう私たちの手を離れてしまったんだから。やきもきしても、仕方ない。
 歯痒くってイライラしても、見てるだけしか出来ないでしょう?
「ひ・・ひで・・・・うう。」
「・・・。」
「・・・・・・・・英明さん。」
「まあ、そんなものか。」
 ひでくんは笑いながら、ポンと何かを啓太に手渡す。
「あ・・・。これ、もしかして。」
「・・・ご褒美だ。」
 ご褒美?何のこと?
「あ、開けてもいいですか・・?」
 啓太、声が震えてる?
「・・・・着いたぞ。ギリギリセーフだったな。」
 区役所の駐車場に車を停めて。
 ひでくんは、啓太を見つめている。
「あの・・・これ・・指輪・・・。」
「え?」
 驚く声に、思わず啓太の手元を見る。
「これ・・俺の?」
「いらないなら捨てるか?」
「捨てたりしないでください!」
 ひでくん。ちゃんと用意してくれていたんだ。
「ほら。手を出せ。」
「・・・え。はい。」
 車の中で、ムードもなにもないけど。
「あの・・・ひ・・・英明さんも。」
「ああ。」
「・・・・・へへ。」
 二人の手に。指輪が光る。
「お兄ちゃんおめでとう。よかったね。」
「おめでとう。ふたりとも。」
「英明君。啓太。おめでとう。」
 ムードとか本当になにもないけど。
 こんな誓いの儀式があってもいいのかもしれない。
「ありがとうございます。」
「ありがと・・う。・・・お・・・俺。」
 あ〜あ、泣いちゃった。
「ほら、行くぞ。」
「はい。」
 車を降りて、二人を見つめる。
「お父さん、お母さん。よろしくお願いします。」
 頭を下げる姿を見たら、あの日のひでくんを思い出してしまった。
『俺はこの関係が恥ずかしいとも間違いだとも思わない。
 けれどお二人に啓太の子供を抱かせてやることが出来ない。それだけは申し訳ないと思っています。本当に申し訳ありません。』
 あの日、そう言って頭を下げたこの人を、信じたいと思った。
「こちらこそ。どうか啓太をよろしくお願いします。」
 あの日と同じ思いを胸にお父さんと二人、頭を下げる。

「・・・ひで・・あきさん?」
「・・・。」
 歩いていく二人の後を少し遅れて付いていく。
「お父さん?」
「ん?」
「啓太は幸せ者ですね。」
 思い出していた。自分達の時の事を。
 誰にも祝福されず。届けを出して、二人だけで結婚のお祝いをした。
 嬉しかったけど、寂しかった。
 幸せだったけど、でも悲しかった。
「ひでくんは、優しい子ですね。お父さん。」
 知っているからひでくんは私達が今日ここにいることを許してくれた。
「優しい・・人?だろう?」
「子でいいんです。今日はそれでいいんです。」
 だって今日から、本当の家族になったんだから。
 歩く二人の背中が、少しにじんで見えて、笑いながら・・涙をふいた。

 二人の息子の幸せを願って。 
 結婚おめでとう。


Fin

××××××××××××
中嶋さんが優しいお兄さんになってる・・と最初に読んだとき姉に言った気がします。

この話の前に中嶋さんが啓太君との結婚を認めてもらうため、一人で伊藤家に来る。というものがあったと記憶しているのですが、どうしても見つかりません。
一緒に載せたかったんですが・・残念です





いずみんから一言


啓太の母親視点という珍しいシチュで書かれた作品。
(いや。他サイト様にもあるかもしれないが、不勉強にも伊住は他に知らない)
みのりさまの作品には伊藤家の人間が良く出てくる。
これはその最たるものと言っていいかもしれない。
自分の息子の恋人が男で、しかも抱かれる側にいると分かって尚、この両親は
息子の幸せを祝おうとしてくれる。
途中にいろんなことがあったに違いないが、それを乗り越えるだけの心の強さを
彼らは持っているのだ。
そして彼らの血を引いた啓太も、また。

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