ありがとう 〜20のお題〜



「・・中嶋さん?」
 コール二回で返事があって、俺はそっと名前を呼んだ。
『どうした。』
「夜遅くすみません。なんか・・・あの・・。」
『ふ。眠れないのか?』
 笑いを含んだ声に、俺はへへへと笑いながら「実はそうなんです。」と頷いた。
「明日で卒業かって思ったらなんだか落ち着かなくて。変ですよね。」
 明日は卒業式だ。寮のこの部屋で眠るのも今日が最後。
 部屋の中の荷物は中嶋さんの住む部屋へ殆ど送ってしまい、残りの荷物はトランクひとつにまとめて部屋の隅に置いてあった。
『部屋はもう片付いたのか?』
「はい、掃除も終わったし。残った荷物はトランクに詰めました。後は、明日の朝布団を家に送る手続きをするだけです。」
 そして明日、卒業式に出れば俺はもうこの学園の生徒じゃなくなる。
『お前にしては手早く終わったな。』
「酷いですぅ。俺結構手際良く片付けたんですよ。」
『そうか?』
「そうですよ。掃除とか凄く頑張ったんですよ。窓とかお風呂とかぴっかぴかに磨いたんですから。」
『ほお?』
「その声、信じてませんね?もお。」
『そんな事はないぞ。』
「そんな事ありますよお。・・・・あ、なんかこんな話で時間つかっちゃってすみません。」
『別にかまわない、それにお前の電話なんていつもこんなものだろう?ん?』
「・・・え。あの・・・そうかもしれません。」
 中嶋さんの言葉に俺は慌ててしまう。
 意味の無い会話・・という訳ではないけれど、用事があって電話をかけたことは少ないかもしれない。
「すみません。あの・・・俺、切ります。」
 俺って今まで無意識に迷惑を掛けていたのかも。なんだかショックだ。
『まあ、丹羽よりはいくらかマシだがな。あいつは一方的に自分の近況だけ話して終わりだ。』
「え、そうなんですか。」
 切ろうとしたのに中嶋さんの言葉で手が止まる。
『ああ、でかい声で。耳が痛くなる。』
「ふふ。王様らしいですね。」
 王様の大きな声を思い出し、俺はくすくすと笑ってしまう。
「なんだか懐かしいですね。中嶋さんたちが学生会室にいた頃のこと。凄く昔みたいなきがします。」
『人を老人みたいに言うんじゃない。』
「だって、あの頃・・なんだか嘘みたいです。」
 中嶋さんとこれから一緒に暮らす事も、こうして夜中に電話していることも嘘みたいだ。
 出会った頃にはこんなこと想像すら出来なかった。
『嘘?』
「はい。学園に転校してきたばかりの頃には、こんな風に卒業の日を迎えるなんて思ってませんでしたから。なんだか不思議な気持ちです。」
『そうか。』
「中嶋さん・・ありがとうございました。」
『礼を言われるようなことをした覚えは無いが?』
「ありますよ。沢山。たっくさんあります。」
『記憶に無いな。』
 あっさりと中嶋さんは否定するけど、御礼を言いたいことは本当に沢山あるんだ。
「もう。ひとつひとつ言いましょうか?」
 ふくれて言ってみる。お礼くらいちゃんと聞いて欲しい。言わせて欲しい。
『時間の無駄だ。』
 時間の無駄・・・あれ?
「・・・・ふふ。」
『なんだ。』
「でも、電話かけても一度もそんな事言わなかったですよね。」
『そうだったかな?言ってたかもしれないぞ。』
「言いませんでしたよ。俺が勉強に煮詰まって不安になって夜中に電話した時だって、いつだって俺の電話に付き合ってくれたじゃないですか。
だから俺、図々しく電話しちゃうようになったんですよ。」
 図々しい責任転換だと思うけど。
『そんな事忘れたな。』
「中嶋さんが忘れていてもいいです。俺は覚えてますから。俺嬉しかったんです。いつもいつも電話するたびに嬉しかったんです。」
 中嶋さんに普通に電話が出来るようになったのはいつからだろう?
 付き合い始めた頃は学生会の用事だって電話するたびに緊張してた。
 緊張しながら電話をして、緊張しながら用件を言って慌てて切る、そんな感じでしか掛けられなかった。
「電話、中嶋さんには意味の無い会話だったかもしれませんけど、でも俺には意味があったんです。」
 話の内容にはあまり意味が無くても、それでもそうして話すことに意味があったんだ。
 その時はそんな風に思って掛けていたわけじゃないけど、今なら分かる。
 忙しいと電話を切る事も出来るのに、俺のくだらない話に付き合ってくれている事が嬉しかった。
[恋人なんだからそんなの当然だろ?そんな事が嬉しいなんて啓太はどうかしてるよ。]
 なんて和希は渋い顔して言ってたけど、それでも嬉しかったんだから仕方ない。
 傍に居るわけじゃないのに近くにいるって感じていた。
 中嶋さんの背中ばかり見ていた俺が、追いかけることしか出来なかった俺が、少しずつ中嶋さんに近づいていく。
 電話で話すたびに中嶋さんとの距離が縮まっていく、そんな気がしたんだ。
「だから、ありがとうございます。今まで、ありがとうございました。」
 中嶋さんは待っていてくれた。
 俺に自信がつくのを、俺が中嶋さんに追いつくのをずっと待っていてくれたんだ。
『・・・。』
「中嶋さん?」
 あれ?返事が無い。
「ええと、あの・・これからもよろしくお願いします。俺、頭悪いし自慢できるようなこともないですけど・・あの・・。」
 どうしよう・・機嫌悪いのかな?
『意味があるなんていうのはお前の勘違いだろうがな、そう思いたいなら思えばいい。
 くだらないことを考えていないで早く寝るんだな。卒業式に遅刻したら恥だぞ?』
 こういう中嶋さんの言い方が、優しいと感じる俺はやっぱり和希が言う様にどうかしているのかもしれない。
「・・・くす。はい。もう寝ます。中嶋さんおやすみなさい。」
『ああ。』
 電話が切れて、俺は携帯を見つめながらクスクス笑った。

 これが独身最後の電話になるなんて、その時は思っても居なかった。





いずみんから一言


「思っても居なかった」っていうくらいだから、入籍が突然だったことが分かる。
今までに入籍の話を読ませて頂いたどのサイト様でも、中嶋が突然、啓太を
入籍させるというパターンが多いようだ。
中嶋氏のことだから、まるで潜水艦のように密かにそっと計画を進めていた
のに違いない。そのときの啓太くんの驚く顔を楽しみにして。
そしてその光景を思い浮かべ、楽しんでおられるみのりさまの姿が目に
浮かぶようだ。

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