白いシャツ 〜20のお題〜



 ある日の日曜日、俺は籠を抱えて洗濯室にむかった。
 寮住まいは楽しいけど洗濯はちょっと大変なんだよね。なんて思いながらのんびりと歩いていた。
「混んでるかなー?アイロンだけだから平気かな?」
 洗濯は結構こまめにやってる方なんだけど、問題はアイロンがけだった。
「やっぱりシャツはクリーニングに出した方が‥わ!」
 洗濯室のドアをあけ俺はそのまま固まってしまった。
「な、中嶋さん!!」
 中嶋さんがアイロン使ってる!うわっ、凄いもの見た気分。
「大声出してどうした?」
 右手にアイロンを持って、不機嫌そうに俺を見ている中嶋さんを、俺はひきった笑顔のまま見つめ返した。
「いえ‥おはようございます。」
 びっくり‥ハンカチにアイロンかけてる‥。中嶋さんって全部クリーニングに出してるのかと思ってた。
 凄い発見!なんて驚きながらも朝から中嶋さんに会えて嬉しくなる。
 昨日は一日会えなかったんだ。
 会いたいって思っても、気軽に会いに行ったりなんか出来ないし。
 一年と3年じゃ部屋の場所も離れてるからタイミングがずれると一日顔を合わせない‥なんて事も多いんだ。
「今日はここすいてますね。天気いいのに皆洗濯しないのかな?」
 日曜日って洗濯室凄く混むのに今日は中嶋さんしかいない。
 転校して二ヵ月経つけど、こんなにすいてる洗濯室を見るのははじめてかもしれない。
「さあな、天気がいいから出掛けたんじゃないのか?」
 俺の疑問は中嶋さんにとってはなんでもないことらしい。
 すっごくいい天気だし、出掛けたくなるのも当然かもしれないよな。
 俺もどこか行きたいな、中嶋さんと。
「天気がいいから出掛けるのも楽しいですよね。中嶋さんは今日は出掛けないんですか?」
 棚からアイロンを出しセットして、籠の中からハンカチと白いシャツを出してアイロン台の上に広げながら言ってみる。
 もしも用事が無いならもしかしたらお昼ご飯位は一緒できるかな?なんて期待しながら言ってみる。
「仕事が残ってる。」
「そうですか。」
 がっかりしながらアイロンの温度を確かめる。
 俺が手伝えそうな仕事なかったもんな−。どんな仕事でも傍にいられるなら喜んでやるのにさ。俺から手伝っていいですかって聞くのは変かな?変だよな‥。
 聞いてもきっといらないって言われちゃうよな。
 あ−あ、一緒に仕事したかったなあ。
「中嶋さんはアイロンかけるの得意な方ですか?」
 がっかりしながら聞いた。ささいな事でも中嶋さんの事が知りたい。
「こんなものに得意不得意があるのか?」
 あると思う‥というか中嶋さんがこういうことするってことに驚いてるんだけどね。
 俺って中嶋さんの事知らなすぎだよなあ。
 こんなに好きなのに、中嶋さんのこと何にも知らない気がする。
「洗濯とか掃除とか‥好き嫌いはある気がするんですけど‥ほら、面倒だなとか‥。」
 寮に住んでるんだし、部屋の掃除は当然自分でする訳だけど、中嶋さんが掃除機を持って部屋のなかうろうろするとか、雑巾で床を拭いたりとかしてるのって違和感がありすぎて想像できないんだよね。
「俺、洗濯って苦手なんですよ。一昨日も篠宮さんに干し方注意されちゃったし。」
「‥注意?」
「はい、シャツの皺はもっとのばしたほうがいいぞ‥とか、靴下はゴムの方を上にした方が‥とか。」
 丁寧に丁寧に干し方を教えてくれたんだ。面倒見がいいというか優しいんだよね篠宮さんて。
「ふうん?」
「アイロン掛けるコツも今度教えてくれるって。篠宮さんに教えてもらったら上手に出来るようになるかなぁ?」
 ハンカチが終わりシャツの番。
「‥‥。」
「中嶋さん?終わったんですか?」
 中嶋さんが無言で見ているからなんだかちょっと緊張してしまう。
 緊張しながら襟にスプレー糊を吹き付け、アイロンを当てていく。
「なんでそんな皺ができるんだ?」
「え?あぁっ!」
 中嶋さんの声に俺は悲鳴をあげながらシャツの襟を凝視した。
「またやっちゃった−。」
 がっかり、俺本当に下手なんだよなあ。
 アイロンかけて皺作ってちゃ駄目だよねえ?
「貸してみろ。」
「え?あの‥?」
 貸してみろって?
「中嶋さん?え?いいです!自分でできますから!」
 中嶋さんにやってもらうなんて恐れおおくて冷や汗出てきちゃうよお。
「ほら‥簡単だろう。」
 こ、声が恐いんですけど‥眉間の皺も恐いんですけど、でも‥上手。
「中嶋さんて本当何でも出来るんですね。」
 みるみる皺がなくなって襟もピシッとなってきた。クリーニングに出した物みたいにパリッとしてる。
「ふん、お前が下手すぎるだけだ。」
「そんな事ありませんよお。中嶋さんが上手すぎるんです。」
 ふくれて言いながらも嬉しくて声が浮かれた感じになってくる。
 俺のシャツに中嶋さんがアイロンかけてくれてるなんて!!もったいなくてもう着れないよ!!
 浮かれている間にアイロン掛けが終了し、シャツはきちんと畳まれてアイロン台の上に置かれてしまった。
「ありがとうございました。」
「礼はいい。」
「え?」
「代わりにお前の休みは俺がもらう。」
「へ?」
「仕事だ。勿論嫌とは言わないな?」
 にやりと笑うその顔に俺は勢い良く頷いた。
「します!勿論一日中!沢山お仕事ください!!」
 シャツを抱き締めながら、嬉しくて叫んでしまう。
「目の前にいるんだ、そんな大声を出さなくても十分聞こえる。」
「あ、すみません。へへへ。」
 謝りながら笑ってしまう。
「俺頑張りますね!」
 楽しい日曜日になりそうだ‥仕事だってなんだって一緒にいられるなら嬉しいし楽しい。
 そんな風に思う俺は単純すぎるのかな?
 うきうきいそいそアイロンを片付けて、中嶋さんと一緒に洗濯室を出た。

 そういえば、洗濯室の近くでうろうろしてる人がやたらと多かった気がしたんだけど、あれは一体なんだったんだろう?





いずみんから一言


伊住が高校生のときに赴任してきた美術の教師は、いつも糊のきいた真っ白
なシャツと、絶対によれよれしていないブルージーンズを身につけていた。
そのふたつだけは奥様にも触らせず、自分で洗濯をしてアイロンをかけると
言っておられた。今では美術ファンならたぶん名前を知ってるだろうってな
アーチストになったみたいだけど。
このお話を読んで真っ先に思い出したのは、その先生の顔だった。

啓太くんは驚いているが、中嶋氏に汚れた服や埃の積もった部屋ほど似合わ
ないものはない。
だからきっと毎日の掃除でも部屋の隅々までぴかぴかに磨きあげるんだろう
し、洗濯だって汚れの首輪なんてできないくらいに洗っているのに違いない。
そしてそんな中嶋氏にこうやって今から鍛えられているんだもの。
啓太くんはいい奥さんになりそうだ。


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