無題 5 〜拍手用ノートより〜



「‥和希が和希で良かったあ。」
 ベッドの中で啓太が言った。
 腕の中。
 半分眠ったような声と顔。
「え?どうして?」
「‥‥眠い‥。」
 質問には答えずに啓太は俺の胸に頬を擦り寄せ目を閉じる。
「啓太?眠いの?」
 甘えたような仕草に目を細目ながら、聞いてみる。
「‥?うん‥眠い‥あのね‥和希が泥棒でも俺ついてくから。」
「え?泥棒?」
 夢でも見てるのか?
 むにゃむにゃと眠そうな声で、目を瞑ったまま話す啓太の顔を見つめながら俺はつい聞いてしまう。
「泥棒?俺が?何盗んだって?」
 何の話だろ?
「‥泥棒でも‥‥人殺しでも‥俺一緒にいる‥どこまでも一緒に逃げるよ‥和希‥。
 俺は裏切ったりしないよ?」
「へ?人殺し?裏切る?‥あ、映画の話?」
 昼間二人で久しぶりに街に出て映画を観た。
 前評判のわりには面白いと思えない‥はっきり言えばつまらない内容。人を殺し恋人と逃亡して、恋人に裏切られ死んでいくそんな話だった。
 映画の話してたのか。
 理由が分かってほっとして、そして嬉しくなった。
「俺がもし犯罪者でも啓太は一緒に居てくれるんだ?」
 寝呆けて話してるかもしれないというのに、俺は真面目に啓太に聞いてしまう。
 やわらかい髪を撫でながら、指先にその髪をからめたりしながら聞いてしまう。
「ね、啓太。」
「‥‥眠いよ。和希‥寝かせてよ。」
 繰り返し名前を呼べば、本当に眠そうな(というより半分寝てる感じ)な顔で啓太が俺を見た。
「啓太。」
「‥‥ついてく。きっとね。父さんや母さんが悲しんでも‥‥。
 でも本当にそうなったら悲しいから、だからね和希が今の和希で良かったって事。‥‥もう寝るよ?眠いんだから‥ふぁっ。」
 眠そうな声。あくびをしながらそれでも啓太は答えてくれた。
「‥‥寝ちゃった。」
 くうくうと寝息をたてて。
 腕の中の啓太はぐっすりと夢の中。
 俺はと言えばバカみたいに幸せにひたって一人でにやにや。

 犯罪者なんてなるつもりないけどね。
 啓太を悲しませること絶対にしたりしないけどね。
 だけど想像したらちょっとだけうっとりした。

 逃亡しながら生きる。
 信じるものは二人だけ。
 最後にあるのは絶望の闇かそれとも希望の光か。
 生きることも死ぬことも二人一緒。
 きっと最後まで共にある。きっと。

 そんな暮らしを想像したら少しゾクゾクした。
 魅かれるのはまずいよね?
 啓太はたまに俺を驚かすから困るよね?
 驚かせてさ喜ばせるんだ、こんなふうに。

 だけど、こんな啓太の一言が嬉しくてたまんない俺は、どうしようもない男なんだと思う。





いずみんから一言

鈴菱の名を背負った和希には、きっとこんな風に思ってくれる人間が
いなかったのに違いない。
「そんなことはない。自分だけは違う」と口では言いながら、実際に犯罪者に
なったときにどれだけの人間が残っているだろう?
大人な和希はそんな現実を良く知っている。
だからこんな啓太のことばがうれしくて仕方ないのだ。
そう。啓太は和希が何者でもきっと離れないだろう。
泥棒でも無一文でも、そして世界に名を知られる企業の総帥であったとしても。

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