無題 4 〜拍手用ノートより〜


               
 小さな声で名前を呼んでみる。
 遥か前を歩く背中に気付かれないように言ってみる。
「‥‥。」
 振り向かないで気が付かないでと願いながら、そっとそっと名前を呼んでそうしてペコリと頭を下げる。

 あなたはいつも優しい声で俺の名前を呼ぶ。
 いつもいつも、優しく抱き締めてくれる。
 俺はあなたにそうされる事が凄く好きだった。
 名前を呼ばれる度に幸せな気持ちになった。
「‥‥さん。」
 だけどもう駄目なんだ。
 俺はもうあなたの隣には居られない。
 もう無理なんだ。
「‥ごめんなさい。」
 もう一度深く頭を下げて俺は歩いていく背中に別れを告げた。
 ずっとずっと好きでした。
 きっとこれからもずっと好きでいつづける。
 あなたより大切な人なんていないから。
 きっともう他の人を好きになったりしない。
 だけど離れていく。
 もう二度と会わない。
 もう二度と会えない。

 そっとそっと別れを告げて、俺は制服を脱いで一人バスに乗った。

 渡せなかった手紙を握り締め泣きながら、俺は一人あなたの前から姿を消した。





いずみんから一言

連作中、唯一の啓太くん視点。
これを読む限り、啓太くんの心は離れていなかったようだ。
これ以降のお話を読んでいると、七条クンはこのときの啓太くんに気が
ついているから余計に振り向けずにいる。
気がつかないでと言いながら、啓太くんは気づいてくれるのを待っていた
のに違いないのに。
振り向いて抱きしめて。一言。行くな、と。そう言って欲しい。
全身で叫ぶ啓太くんの心のうちが見えるようだ。


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