ちゃんと撮って 〜20のお題より〜


               
「七条さん?あの・・・。」
 困ったような顔をして、啓太が僕を見つめる。
「大丈夫。ちゃんと撮ってますから。そのまま続けてください。」
 海野先生から依頼されて、授業で使うビデオを撮る手伝いをする事になった。
 教材用の簡単なビデオ。
 白衣を着た啓太は海野先生のアシスタント役。暗記した文章を必死に読み上げながら機材の操作を手伝ったり、薬品を計ったりしているのだけれど。
「可愛いですね。」
 啓太の体には微妙に大きい白衣がなんだか可愛くて、つい笑ってしまう。
「七条さん。また笑った!」
「七条君だめだよ。笑っちゃ。折角伊藤君が頑張ってくれてるのに。」
「すみません。つい。」
 だって可愛すぎる。
 たどたどしく原稿を読む姿も。
 海野先生の隣でまじめな顔して頷く姿も。本当に可愛い。
「今度はちゃんと撮ってくださいね。七條さん?」
「ええ、がんばります。」
 ちゃんと撮ってあげなくちゃ。頑張っている君をちゃんと撮ってあげなくちゃ。
でも。可愛い君を上手に撮れたら、後でご褒美をくださいね。
 心の中で約束を取り付けて、僕はカメラマンの仕事を続けた。

「七条君?あのビデオなんだけど・・。」
 後日、海野先生が困った顔をして会計室に現れた。
「綺麗に撮れていた筈なのに、授業で使おうとすると伊藤君の顔がぼやけちゃうんだよ。どうしてかな?」
「さあ、どうしてでしょう?機材の調子が悪いのでしょうか?」
「そうなのかな?折角協力してもらったのにごめんね。」
「臣・・・お前。」
 海野先生の話を聞いている間、郁はしかめっ面をして僕を見ていたけれど、僕は気にせず二人に微笑んだ。


 可愛い可愛い啓太の白衣姿を、他の人間に見せるものですか。
 あれは僕だけの宝物なんですから。誰にも絶対見せません。当然ですよね、郁?





いずみんから一言

あとの悲劇を際立たせるためには前半に幸福なシーンを描いておく。
その効果をみのりさまもよくご存知だったようだ。
こんなにも啓太くんが可愛くて。こんなにも七条クンが幸せそうで。
かれらの笑顔にはこれっぽっちの曇りもなくて。
だからこそこの連作は、こんなにも悲しいのだ。


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