無題 6


               
 君がいない。
 どこにもいない。
 たった一言のさよならさえ言わずに消えた。
 僕の前から、消えてしまった。

 君がどこにもいない。
 学園のどこにも君がいない。
 その事を現実と受け止める事が僕にはまだ出来ない。

 一緒に歩いた道。寮の食堂。裏庭のベンチ。図書館の片隅。
 君の細い背中を無意識に探す。

 これは悪い夢。
 だって君が傍にいない。
 どこにも君がいない。

 誰かの悪戯かもしれない。
 だってさよならも言わずにいなくなった。

 君を探し僕は歩き回る。

 君の部屋を訪ねる。
 君からもらった鍵でドアをあける。
「啓太?」
 名前を呼びながら、そっと呼びながら部屋の中を見わたす。
 ガランとした部屋。
 何もない部屋。

「啓太・・・啓太・・・。」
 学園中を探し回る。
 どこにもいないと知りながら、歩き回る。

 啓太を見ませんでしたか?
 どこに行ったんでしょう?
 啓太を知りませんか?
 どうか教えてください、啓太の行く先を。

 ぐるぐるとた歩き回っても啓太の姿はどこにも見えない。

 啓太を知りませんか?
 啓太を見かけませんでしたか?
 僕の大切な人がどこにいるのか、誰か教えてください。


 探して探して探して、それでも見つからず僕は途方にくれ座りこむ。
 見つからない。
 どうしても見つからない。
 膝を抱え一人、部屋の隅に座りこむ。
「啓太・・・。」
 教えてください。
 どうか彼の行く先を僕に教えてください。
 どうか、どうか・・・・。

「臣。」
 郁の声?
「こんなところで眠っているんじゃない。」
 眠る?僕は眠ってなんかいない。
「臣!」
 郁の声が響いてそして、頬が一瞬熱くなる。
「え?あ・・・郁。」
 目をあけて気がついた。
「目が覚めたか?」
「ええ、でも。頬が痛いです。」
 苦笑して郁を見つめる。
「殴ったんだから当然だ。」
「あなたにしては珍しい乱暴さですね。」
 郁は眉間に皺を寄せ僕を睨む。最近の郁はいつもこんな顔で僕を見ている。
「でも、助かりました苦しい夢を見ていたので。」
 いつもの夢だった。
 最近同じ夢ばかり見ていた。
 苦しい夢。
 夢の中で啓太を探し続け、見つからず途方にくれて眼が覚める。
「夢にうなされていたのか?くだらない。」
「え・・・。」
 うなされていたから、あんな乱暴な起し方を?
 ったく。郁らしい。
「なんでもない。・・・臣。いい加減現実を見たらどうだ?」
「現実?」
「そうだ。いつまでそうしているつもりだ。」
 いつまで?そんなこと分かる筈がない。
「啓太の所へ行って来い。」
「どこにいるのか分かりません。」
 嘘だった。啓太が今どこにいるのかなんて、とっくに調べ終えていた。
「お前はそんなに間抜けな人間だったのか?あんまり失望させるな。」
「・・・啓太は自分から消えたんですよ?僕が会いに行っても迷惑なだけです。」
「・・・なら今すぐ忘れるんだな。」
 そんな事が出来るなら苦労はしない。
「会いに行って来い。そしてこの学園へ連れ戻して来い啓太がいるべき場所はここなのだから。」
「郁?」
「迎えに行ってやれ。臣。それが出来るのはお前だけだ。」
 郁は何か知っている?
「郁?」
「お前へのおせっかいはこれっきりだ。もう何も教えてはやらない。後は自分で考えてみろ。」
 おせっかい。・・・本当ですね。あなたらしくもない。
 でも、そうですね。立ちどまったままの僕は僕らしくありませんよね。

「啓太を迎えに行ってきます。」
 立ち上がり郁を見つめた。
「行って来い。」
 頷く郁の顔は笑顔だった。





いずみんから一言

連作はここで終わっている。
とうこさまは「最後が書けなくて心残りだったろう」と書いておられるが、
伊住的にはちょっと違う。
これはとても救いのある話だ。
私はこれを読んで、ほっと肩の荷を下ろした気分になった。
みのりさまも「やれやれ。これで」と思って以降を後回しにされていたの
ではないだろうか。
じつはみのりさまが書かれた余白のコメントが気になり、去年のうちから
とうこさまにお願いして、この悲しい七啓に幸せな結末をつけるご了解を
もらっていた。
そのときに「郁さんに叱られた七条さんが啓太君を迎えに行くところで
終わっています」とお知らせ頂いていたのだが、どういう状況になって
いるのかまったく分からないままだった。
場合によっては力技で幸せな結末に持ち込まなければならないかと
考えていたのだが、これを読んでその心配はなくなった。
できるだけ早いうちに結末をつけさせて頂きたいと思っている。

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