FOR YOUR EYES ONLY  6



 5月6日。中嶋家の朝は遅い。
 前夜 ―― すでに空が白みかけている時間まで『前夜』に含めるかどうかはともかくとして ―― に何があろうと自分だけはさっさと起きて行動する中嶋が、この日が休みになった場合だけは啓太に付き合ってベッドの中にいて、時折、甘やかすように世話をやく。だが42.9%というほぼ半分の確率で休みになる自分の運の良さを意識の端っこに上がらせることもなく、啓太は手が届くどころか息のかかるくらいの場所にいてくれる中嶋を甘受していた。傍から見れば、これ幸いとばかりに堪能しているようにしか見えないのだが、啓太にとってはどうやらそうではないらしい。
 もちろん啓太にも言い分はあった。啓太だってただ中嶋に甘やかされているのではないのだ。ちゃっちゃと起きて、ベッドにいる中嶋を淹れたてのコーヒーで起こしてみたいと思っている。思いはするが動きたくても動けないから動いていない訳で、その責任の大半は中嶋に帰属する。いくら誕生日の夜だとはいえ、あれやらこれやらそれやらと毎年毎年手を変え品を変え、飽きずに何時間もやり続けていれば、身体が悲鳴を上げたって何の不思議もない。今もそうだ。中嶋が持ってきてくれた冷たい水に手を伸ばそうとした瞬間、思いもかけない場所が重い痛みに襲われ、ベッドにばったりと倒れこむ羽目になった。
「あ……、っ。つぅ……!」
「いい加減、慣れろと何度も言ってるだろう」
「予測のつく場所は警戒してます。今のはちょっとイレギュラーというか想定外の場所というか。あー。いった……」
 憮然とした表情で啓太を見下ろしていた中嶋だが、思い当たる節も数々ありすぎたのだろう。軽いため息とともに水のグラスをサイドテーブルに載せた。枕を重ねておいてから、よいしょとばかりに啓太の身体を起こして寄りかからせる。する方もされる方もすっかり手馴れた作業で、啓太には少々不本意ではあったが、口移しで水を飲まされなかったので良しとした。
 レースのカーテンの向こうはもう日が高くまで上がっている。啓太の位置から時計は見えないが、おそらくもう昼近くにはなっているに違いない。開けたままのドアの向こうで、セットしてきたらしいコーヒーメーカーが軽い音をたてはじめ、中嶋は再びベッドルームを後にした。
 と。まるで見計らっていたかのようにインターホンのチャイムが鳴った。来客が来るとは思ってもいなかった啓太は焦った。中嶋はズボンの上にカッターシャツを羽織っていたが啓太はすっぽんぽんのままなのである。しかも何があったのか一目でわかる状態で。服を着るのが先か。ドアを閉めるのが先か。服もドアも手の届くところになかったのが、啓太の焦りをさらに煽った。中嶋にドアを閉めたもらいたかったが、今の啓太に体に響く声を出せるはずもない。
―― ああ困ったな、とりあえず起きて服を着なきゃ。いやいや、それよりドアを閉めるのが先か。
 自分でも情けないと思うレベルのことを考えているというのに、それを実行に移そうとしてもっと情けない思いをする羽目になった。ベッドから降りるだけでもたもたと時間ばっかり使ってしまったのだ。いっそベッドに中に潜り込んでしまえばよかったのに、このままではあられもない姿を来客の目にさらすことになってしまう。
「なんでドアを閉めてってくれなかったんだよ、中嶋さんは」
 ぼやく啓太の手がようやくベッドを回りこんだとき。「俺がどうしたって」と声がして、中嶋が目の前に立っていた。
「お客が来るんだったらドアを閉めて欲しかった、って言ってるんです」
「客じゃない。お前に荷物だ」
 差し出されたのは底の大きなイグアナ便の大型封筒である。
「意外に重いぞ」
 啓太ののばした手をよけて中嶋がベッドに封筒を置いたので、その傍らに啓太は腰を下ろした。送り主は和希で、今日の日にち指定がしてあった。
「和希からだ。なんだろう」
「誕生日だからプレゼントじゃないのか」
「だったら昨日届くはずです。わざわざ今日で指定してあるから……」
 封筒から出てきたのはそこそこ重さのある鈴菱製薬の四角い箱だった。開けてみると派手なデザインに箔押しのロゴ入りという大層な箱が6本入っている。
「何これ。ドリンク剤?」
『疲労回復。滋養強壮。栄養補給。生薬配合』
 効能書きを目にした瞬間、気の毒そうな表情でこっちを見る和希の顔が目に浮かび、身体中を真っ赤にした啓太がぱたりとベッドに倒れた。







いずみんから一言。

ずーっと前から書いてみたかった話です。へへ
前にいた会社が首都圏向けに某有名ドリンク剤を
運んでたんです。
じつは和希もこれ飲んでるんじゃ? と思ってみたり(爆)