啓太くんのお料理教室
〜2. 冷やし梅うどん〜
講師・河野義孝







啓太「こんにちは河野さん」
河野「やあ伊藤くん。こんなところまで来てもらってすまないね」
啓太「いいえ。そんなことより、岩井さんがまた食べなくなったって聞いて、俺もう心配で……」
河野「うん、そうなんだ。学校が始まって君が帰っちゃっただろう? それでなくても寂しいのに、
    いつまでも暑いものだからね」
啓太「そうですね。岩井さんって、嫌いだって言ってあまりエアコンもかけないし。だいじょうぶ
    かなあ……」
河野「それで悪いんだけど、行って口あたりのいいものでも作ってもらえないだろうか。わたしなん
    かが言っても駄目だけど、伊藤くんが作ってくれたものなら食べるんじゃないかと思うんだ」
啓太「俺、行ってきます。行かせて下さい」
河野「そうかい? じゃあ今からちょっと教えるから、それを作ってきてくれるかな?」
啓太「わかりました。何を作るんですか?」
河野「冷やし梅うどんだよ」

                      ・  ・  ・  ・  ・

河野「材料はこれだけだ。稲庭うどん、梅干、焼きアナゴ、三つ葉、玉子、そうめんつゆ」
啓太「そうめんつゆなら岩井さんちにありました。休み中に何度か食べたから知ってます」
河野「それなら好都合だ。好みのものが一番いいからね。今日は全部用意してあるものを持って
    いってもらえばいいけど、そうじゃないときは稲庭うどんは細うどんやきしめんでかまわない
    し、三つ葉はほうれん草とかね。あと焼きアナゴが手に入らなければササミの酒蒸をほぐし
    たものでもいい。色合いはあまりよくないけどね」
啓太「そうですね。俺、焼きアナゴって見たことないです」
河野「関西ではポピュラーな食材なんだよ。どこのスーパーでも買えるし。今日は明石の焼きアナ
    ゴが手に入ったからこれを使おう。同じアナゴでも蒸アナゴや煮アナゴなんかは食感が違う
    から使わない方がいい。うなぎの場合は、蒸してから焼くから、やっぱり関東では駄目だね。
    関西だと生から焼くんだけど」
啓太「関西と関東でずいぶん違うんですね」
河野「開き方なんかも違うよ。背から開くか腹から開くか、ってね」
啓太「へえ〜っ」
河野「じゃあね。まずはうどんをゆでるお湯を沸かしながら、ガスレンジの上に魚を焼く網をのせて
    焼きアナゴをあぶるんだ」
啓太「焼いてあるのに?」
河野「あたためる程度でいいよ。冷えたままだと身が硬いからね」
啓太「はい。それで俺は何をすればいいですか」
河野「稲庭うどんをゆでたり三つ葉をお湯に通したりするんだけど、それはわたしがまとめてアナ
    ゴと一緒に見るから……。そうだ。伊藤くんには梅干を裏ごししてもらおう」

                      ・  ・  ・  ・  ・

啓太「えーっと。……こんな感じですか?」
河野「そうそう。上手だよ。チューブ入りの練り梅でもいいんだけどね、岩井くんにはちゃんとしたも
    のを食べてもらいたいから」
啓太「俺もそう思います。ほとんど食べない人だから、ちゃんと栄養摂ってもらわないと……」
河野「まったくだよ。彼にももう少し自分を大事にしてもらいたいね。……ああ、裏ごしができたら
    薄焼き玉子を焼いて欲しいんだが……。あのあたりにホットプレートがなかったかな。こっち
    のガスレンジは一杯だから、ちょっと探して、それで焼いてくれたまえ」
啓太「うわあ。薄焼き玉子なんて俺にできるかなあ」
河野「難しいと思ったら片栗粉を混ぜて玉子を溶けばいいけど、今日はそこまでする必要ないよ。
    綺麗な形より、君が一生懸命焼いてくれた玉子の方が、岩井くんだって喜ぶさ」
啓太「はい。がんばります」
河野「ああ。玉子はよーく溶くんだよ。白身をちゃんと切って」
啓太「はい」
河野「フライパンじゃないからやりにくいだろうけど、玉子を流しこんだらプレートを回すようにして
    広げるんだ。……そうそう。そんな感じだね。今日は焦げてもかまわないから、縁が鍋肌か
    ら離れてくるくらいまで置いておいてごらん」
啓太「はい。……このくらいですか?」
河野「うん。もういい頃だ。……あ、ひっくり返すのはそんなフライ返しじゃ駄目だよ。そこに竹串が
    立ってるだろう? それを使って」
啓太「こんな竹串ですか!?」
河野「うん。それを端っこからさしこんで……。ほらね、破れずに入っていっただろう? 1本で持ち
    上げるのが難しかったら、少し離れたところにもう1本使って」
啓太「二刀流ですね。よい……、しょ、っと」
河野「上出来、上出来。ちょっとくらい破れても分厚くなってもかまわないさ」
啓太「よしっ。この調子で2枚目にチャレンジだっ」
河野「……やあ。2枚めはずいぶん上手に焼けたじゃないか。この分だと、岩井くんには完璧な薄
    焼き玉子を作ってあげられそうだね。冷めたら細切りにして錦糸玉子を作るんだよ」
啓太「はいっ」

                      ・  ・  ・  ・  ・

河野「そろそろ稲庭うどんもゆであがってきたな。これはゆだったら流水にさらして洗うんだ。氷水
    は使わなくてもいいからね。できたらざるにあげて水気を切っておく。三つ葉はお湯に入れ
    たらすぐ取り出して、こっちは水を入れておいたボウルに入れる。色止めをするだけだから、
    洗う必要はない」
啓太「はい」
河野「水気を絞ったら、軸の方は5センチくらい。葉の方は玉子と同じくらいの幅に切るんだ」
啓太「このくらいですか?」
河野「うん、それでいい。三つ葉が切れたら今度はアナゴだ。頭の方は骨が多くて食べられないか
    ら、少し下から落としてしまう。残った身を斜めに切るんだけど、大きさは一口大でもかまわ
    ないし、5ミリ幅くらいに切ってもいい。梅と絡みやすいのは5ミリ幅の方かな」
啓太「じゃあそっちで切ります。でもアナゴって細いから、斜めに切ってもあんまり長くならないです
    ね」
河野「そうだね。さて。これでぜんぶかな……。錦糸玉子はできたし、三つ葉も切ったし、アナゴも
    ……。よし。OKだ。じゃあさっき裏ごししてもらった梅干にそうめんつゆを足してよく混ぜる」
啓太「量はどのくらいですか?」
河野「うーん。適当でいいよ。麺の上からかけてふたり分だ。だいたいの量はわかるだろう?」
啓太「じゃあカップの8分目くらい作っておきますね」
河野「一度に全部入れるんじゃなくて、何回かに分けた方がいい」
啓太「はい。じゃあ少しずつ入れます」
河野「できたら盛り付けだ。よく水切りした稲庭うどんをお皿に盛って、錦糸玉子と焼きアナゴ、三
    つ葉を彩りよくのせる。最後に梅を混ぜたつゆを上からかけて完成だ」

                      ・  ・  ・  ・  ・

河野「どうだい? 冷やし梅うどんは」
啓太「美味しいです。すごくさっぱりしてて……。でも梅の酸っぱさがあるから、そうめんみたいに
    さっぱりしすぎないし。それに焼きアナゴも美味しいですっ!!」
河野「じゃあ岩井くんも食べてくれるかな」
啓太「もちろんですよっ。俺、少し多めに作って、岩井さんにおかわりしてもらいます」
河野「頼んだよ、伊藤くん」
啓太「はいっ」
河野「ここはわたしが片付けておくから、君はすぐに出かけてくれ」
啓太「すみません。お願いします。あとでどうだったか報告しますね」
河野「楽しみにしてるよ」
啓太「じゃあ、いってきます!!」





いずみんから一言。

すみません。どう考えても「岩井さんが料理を教えている図」っていうのが想像できなくて。河野さんに代理で出てもらっちゃいました。本当は苦労している分、料理なんかもできるような気もするのですが。
神戸文化圏にしか住んだことのない伊住は、焼きアナゴなどどこででも手に入ると思っていたんですね。江戸前でだってアナゴは取れるし。そうしたら東京に転勤した友人が「こんなもんあらへんで」と……。
焦ってちょっとツジツマ合わせをしちゃいました(汗)。
お雑煮に茶碗蒸しに巻き寿司にちらし寿司に……、あとおうどんやおそばなどにもいれます。我が家では欠かせない食材なんですが。東京に転勤せず、神戸に残ってよかったと思いました(笑)。
あと、うなぎと梅っていうのは食い合わせの代表みたいに言われていますが、大丈夫なようです。
関東では蒸してから焼くからボツだけど……。


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