啓太くんのお料理教室 |
〜10. 和風ブイヤベース〜 |
代講・七条臣 |
啓太「皆さんこんにちは。啓太くんのお料理教室の時間です。今日の講師は西園寺さんです! 西園寺さん、よろしくお願いします」 西園寺「(眉をひそめながら)啓太、何を言っている。わたしは講師など引き受けた覚えはない」 啓太「え? そうなんですか?」 西園寺「そうだとも」 啓太「ふええ。どこで話が違っちゃったんだろう……?」 西園寺「だいいち、わたしに料理ができるとでも思ったか」 啓太「そう言われればそんな気もしますね」 西園寺「……そこで納得しなくてもいいだろう(憮然)」 啓太「そっ、そうですよね。ごめんなさい……(自分で言ったくせに……。くすん)」 七条「おやおや。どうかしましたか?」 啓太「あっ。七条さん! いいところにっ(すがるような眼)」 七条「くすっ。ちょっと様子を見に来てみたんですが、どうやらお困りだったようですね」 啓太「はい。西園寺さんにお料理を教えてもらう、って企画だったんですけど……」 西園寺「わたしは、食べたいものを言えば啓太が作ってくれると言われたから来たんだ」 七条「なるほど。全然逆の方向を向いている感じですね」 啓太「でしょう? どうしようかなって思っちゃって」 七条「でも 『 伊藤くんが作る 』 という点では同じです」 西園寺「そういうことだ。さすがは臣だな。よくわかっている」 啓太「えー?」 西園寺「別に難しいことではない。おまえがわたしの言うものを作ればいいだけの話だ」 啓太「ちょっと待ってください。それってやっぱり俺が作るってこと……ですか?」 西園寺「だからそう言っている」 啓太「え゛ーーーーーっ。そんなの絶対駄目ですよっ。俺、料理なんて全然できないですもん(大焦)」 七条「まあまあ伊藤くん。そんなに決めつけるのは早いですよ。まずは郁が何を食べたいか聞いて みたらどうですか? 案外、伊藤くんでも作れる簡単な料理かもしれませんし」 啓太「あっ、そうか。そうですよね。西園寺さん。何が食べたいですか?」 西園寺「鱧だな。7月ならこれだろう」 啓太「……は?も?」 西園寺「だから鱧だ」 啓太「……???」 七条「ウナギに似た形状をもつ白身の魚ですよ。ウナギを魚と言ってよければ、ですが」 啓太「はあ……」 七条「身の全体に複雑に入り組んでいる骨が最大の特徴ですね。絶対にはずれないので 『 骨きり 』 という処理をして骨ごと食べます。数ミリ単位で包丁を入れないといけないので、よほど熟練した 人がしなければ美味しくありません」 西園寺「だがな、啓太。上手に骨きりされた鱧は美味い。独特の食感に淡白な味。わたしは自分が鱧を 食べる文化のある土地に生まれたことを幸運だったと思っているくらいだ」 啓太「ははあ……」 西園寺「湯引きにして酢味噌や梅肉で食べるとさっぱりしているし、少し塩を利かせて天ぷらにすると いくらでも食べられる。揚げたてをにゅう麺に入れた揚げ鱧麺は、毎年必ず、これを食べるためだけ に家に帰ると言っていいくらいの一品だ」 七条「蒲焼はうなぎに負けると思いますけど、軽く葛をはたいてから吸い物に入れると絶品ですね。僕は 和食はあまり好きではありませんが、鱧の吸い物なら喜んでいただきますよ」 啓太「……なんかすごい食材なんですね。ちょっとプレッシャーが……」 西園寺「安心しろ啓太。だからこそおまえにそんな料理はさせない。そんなものなら家に帰ればもっと 美味いものが食べられるからな」 啓太「ぜひそうしてください(笑)」 西園寺「だから今日は鱧でブイヤベースにしてもらおうか」 七条「ああ。それは美味しそうですね。僕もお相伴に与りましょう」 ・ ・ ・ ・ ・ 啓太「はい。というわけで、七条さんに材料を揃えてもらいました」 七条「僕もいいかげんですけどね。郁の家で1、2度食べたことがあるだけですから」 啓太「それでも十分、有難いですっ(真剣)」 七条「絶対に必要なのは鱧とサフランですね。これと三つ葉だけでもシンプルでいいブイヤベースが できると思いますよ」 啓太「あ、そうなんだ」 七条「でも今日はせっかくですから大きめのアサリとエビを見つけてきましたよ。あと彩りにニンジン も入れてみましょうか。それと旬ではないのですが、白ねぎなんかも入れましょう」 啓太「今日はひとり分用の土鍋なんですね」 七条「いくらエアコンが入っているといったって、やっぱり鍋は熱いですからね。ひとり分でちょっとだけ っていう程度がいいですよ」 啓太「それもそうですね。西園寺さんに大汗って似合わないし」 七条「大鍋もあんまり似合いませんよ」 啓太「ですねっ(笑)」 ・ ・ ・ ・ ・ 七条「まずは鰹だしを取りましょうか。昆布がお好きな方はもちろん昆布を入れて下さい。僕は鰹だし だけで十分です。サフランの風味を殺さないようにさっと取りましょう」 啓太「はい」 七条「鱧からもとてもいいだしが出るんですよ」 啓太「へええ。俺、鱧ってはじめてなんです」 七条「主に京阪神で好まれているようですね。大阪や京都では夏の風物詩とまでいわれているようです が、関東地方にもありますよ」 啓太「スーパーとかにも?」 七条「もちろん」 啓太「夏休みに実家に帰ったら探してみようっと」 七条「ぜひそうしてくださいね。……はい。だしが取れたので、じゃあ野菜の下準備をしましょうか。ニン ジンは輪切りにして、軽く下茹でしてから花か何かの型で抜きましょう」 啓太「食べるのが西園寺さんですもんね」 七条「そうそう。今日みたいにひとり2枚くらいしか入れないときには、ちょっと手をかけると綺麗でいい ですよね」 啓太「はい」 七条「白ねぎは土鍋の大きさを考えて……。そうですね、5センチくらいに切りましょうか。白い部分だけ でいいです。あとで入れる青みが目立たなくなるし色も変ってしまうから、緑のところは使わない ようにね」 啓太「はい」 七条「アサリは殻と殻をこすり合わせるようにして、丁寧に洗ってください。塩でもみながら洗ってもいい ですね」 啓太「砂は大丈夫なんですか?」 七条「ええ。今日のは食堂のおばさんが吐かせてくれていますから」 啓太「あ。じゃあ洗うだけでオッケーですね」 七条「エビは尻尾の部分を残して殻をむきます。よくお店なんかだと殻つきのまま使っていますが、僕も 郁もあれが嫌いなんですよ」 啓太「へえ?」 七条「手が汚れますからね。フィンガー・ボウルも出さずに殻つきのエビを出すなんて、失礼極まりない ですよ」 啓太「そう言えばそうかも? 考えたこともなかったけど」 七条「そしてこれがメインの鱧です。3センチ幅くらいに切ってください」 啓太「うわー。ホントに細かく包丁が入ってますねぇ。2ミリくらいですか? これ」 七条「そうですね。それが 『 骨きり 』 ですよ。ヘタな料理人がすると骨を食べてるみたいで全然おいしく ないので、スーパーで買うときは産地云々よりちゃんと骨きりができているかを見る方がいいです ね。目が粗そうに見えるものは避けた方が無難です」 啓太「そうですね。それに、すごいや。皮1枚残すってこういうことなんだあ」 七条「今日はプロの料理人の熟練の技を楽しみましょうね」 啓太「はいっ」 ・ ・ ・ ・ ・ 七条「スープのベースになるだしですが、サフランを入れますからね、色が目立たない程度というか、ほ んの隠し味程度に淡口醤油を入れましょう。残りは塩で。潮汁くらいの味でいいと思います」 啓太「う〜ん。西園寺さんって、薄味派ですよね。こんなものでいいのかなあ……?」 七条「薄かったら食べるときに足せますよ」 啓太「あ、そっかっ。じゃあこのくらいにしておこうっと」 七条「味がついたらサフランをいれておいてくださいね。色が出るのに少し時間がかかりますから。まだ 火にはかけなくても大丈夫です。煮詰まって味が変っちゃうと嫌でしょう?」 啓太「そうですね」 七条「その間に鍋の準備をしましょう」 啓太「はいっ」 七条「彩りを考えて、具材をバランスよく配置してください」 啓太「こうかな……。いや。こっちの方がいいかな……」 七条「くすっ。伊藤くんがこうやっていろいろ考えてくれたって言うだけで、郁はきっと喜びますよ」 啓太「そうかなあ。ブサイクって言われるだけって気もするんですけど……」 七条「大丈夫。味に変りはないし、何より努力を評価する人間ですから」 啓太「はいっ」 七条「具材が入れられたら郁を呼んできますから、伊藤くんはスープを熱くしておいてください」 啓太「はいっ」 七条「あとは……。最後に入れる三つ葉を刻んでください。軸の部分は3センチくらいに切ればいいですよ。それで準備は終わりです」 啓太「はいっ!」 ・ ・ ・ ・ ・ 七条「さあ。土鍋に熱くしたスープを注ぎましょう」 西園寺「ああ。サフランのいい香りだな。色も綺麗に出ている」 啓太「えへへ。よかった」 七条「ほらほら伊藤くん。スープはもっと静かに注がないと」 啓太「はーいっ」 七条「せっかく苦労した盛り付けが崩れたら哀しいでしょう?」 啓太「そうですね」 西園寺「なるほど。中の具は啓太の努力の結晶か。楽しみだ」 啓太「え〜? そんな楽しみになんかしないでくださいよぉ」 七条「はい。土鍋にふたをして。固形燃料に火をつけますよ」 啓太「三つ葉は? 入れ忘れてますよ」 西園寺「三つ葉は食べる直前で十分だ。すぐに火が通るし煮えてしまうと風味が飛ぶ」 啓太「あ? そっか」 七条「三つ葉の香りが駄目な方は、何かお好みの青味を入れればいいかと思います」 啓太「黄色い上に緑って綺麗ですもんね。必須アイテムですよねっ」 西園寺「……まあ、程度問題だがな(微笑)」 七条「やりすぎるとブラジル人レーサーのヘルメットみたいになるかもしれません」 啓太「くぷぷぷぷっ」 西園寺「臣。真顔で言うから啓太が笑うんだ」 七条「おや。そうですか」 西園寺「そうだ」 七条「僕の知っているカフェのオーナーは、某有名ブラジル人レーサーの四十九日に同人誌即売イベン トで追悼本を買ってくれた人に、小さく折った黄色と緑の線香を配っていましたが」 西園寺「馬鹿なことを言ってないでさっさとふたを取れ。そろそろ煮えすぎてしまうぞ」 啓太「うわあ! ホントだ。ふたの隙間から泡がこんなに」 七条「伊藤くん。ふたを取りますからそんなにのぞきこまないで(笑)」 啓太「……ごめんなさい。のきます、のきますっ」 西園寺「謝らなくてもいい。啓太はおもしろいな。見ていて飽きない」 啓太「えへへへへ」 ・ ・ ・ ・ ・ 啓太「では三つ葉投入! 鱧を使った和風ブイヤベースの完成でーすっ!」 西園寺「見た目はとてもいいぞ、啓太。ちゃんとブイヤベースに見える」 啓太「よかったぁ」 西園寺「うむ。スープもいい味加減だ。はじめてとは思えないな」 啓太「有難うございます! だもそれは七条さんに助けてもらったからですよ」 七条「伊藤くんは郁に美味しいものを食べてもらうんだ、ってがんばっていましたからね。その気持ちが 味に出たんだと思いますよ」 西園寺「そうか。ではよく味わって食べねばならないな」 啓太「有難うございます!」 七条「さあ伊藤くん。僕たちもお相伴しましょう」 啓太「はいっ。スープも気になるけど、まずはやっぱり鱧の味を……」 西園寺「どうだ、啓太。鱧を食べた感想は」 啓太「(はぐはぐ)ちょっと、……びっくりしました(はぐはぐ)。こんな食感だとは思わなかったので」 七条「ああ、その気持ちはよく分りますよ。僕もはじめて食べたときはそうでしたから」 西園寺「そうか?」 七条「物心ついた頃から食べていた郁には、この驚きは分らないでしょうねぇ」 啓太「やわらかいのにコツコツしてて、ホントに骨ごと食べてるんだって感じです。でも最初に聞いてなか ったら骨だってわからなかったかも」 西園寺「よく覚えておけ。それが骨きりだ」 啓太「はいっ。じゃあスープは……って。うわっ。なんかスープが美味しいですっ。かつおだしだけだなん て思えません!」 西園寺「鱧からはいいだしが出るんだ」 啓太「本当に美味しいです。七条さんもそう言ってましたけど、こんなだとは思わなかった」 西園寺「では鱧が気に入ったか?」 啓太「はい。もちろんですっ」 西園寺「そうか。では夏休みに屋敷に招待しよう。鱧尽くしの料理を楽しむといい。臣と一緒ならそう気も 遣わないだろう」 啓太「有難うございますっ。楽しみですっ!」 |
いずみんから一言。 |
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