見ざる言わざる
 




     (鈴菱和希プライベート旧正月飲み会)

西園寺「……」
七条「……」
丹羽「……」
篠宮「すまん、ちょっと遅れて……。どうした。飲み会だって言うのににら
    みあって」
成瀬「ほら、あれですよ。啓太の年賀状」
篠宮「まだ言ってるのか。……今はもう2月だぞ」
岩井「確かに……。俺もおかしいと思ったが……」
七条「何か月たってもおかしいものはおかしいんです。そもそもあれは
    おかしいというレベルじゃありませんでしたよ」
西園寺「わたしは大袈裟な物言いは嫌いだが……。あれはもしかしたら
    非常事態かもしれない」
成瀬「確かにね。あの啓太からの年賀状がが『謹賀新年 平成28年元旦』
    だけだったなんて」
岩井「しかも……デフォルトの明朝体だった……」
七条「今まで人でなしさんの無粋な干渉の中、それでも精一杯の可愛らし
    さで年賀状を作ってくれていたというのに。僕はあの年賀状を見た
    瞬間、背筋が凍るかと思いましたよ」
篠宮「丹羽、おまえ同じマンションだろう。様子を見に行ったりしなかった
    のか」
丹羽「いやー。あいつら以前、『正月はよほどのことがない限りベッドから
    出ない』なんて言ってたからよ。ドア開けたら真っ最中……なんて
    ことになってみろや」
西園寺「見られた啓太がかわいそうだな」
成瀬「中嶋さんの場合、家中がベッドだろうしね(苦笑)」
七条「会長ならさっと目をそらす気遣いもできずにガン見していそうです」
丹羽「……見ちまった俺のことは誰も心配してくれねぇのかよ」
篠宮「見たのか?」
成瀬「やってそうだね(苦笑)」
七条「人でなしさんに辱しめられ、ガサツさんにガン見され……」
丹羽「うっせーな。ドア開けたら声が聞こえただけだよ」
西園寺「相手は中嶋だ。それだけではあるまい」
丹羽「……ソァーの向こうから足が2本にゅっと伸びてて、宙でゆらゆら踊
   ってた……」
篠宮「……おまえがしばらく姿をくらましていた理由がようやくわかった気
    がする……(タメイキ)」
七条「……(筋肉笑いに翼と尻尾が荒れ狂っている)……」
西園寺「……(とんでもなく冷たく醒めた目で見据える)……」
丹羽「片方だけの靴下がやけにリアルでよ……。まあそれで、啓太が無
    事だった、ってことはわかったんだが(しょんぼり)」
成瀬「(それって、しっかり見てた、ってことじゃ。汗)。ま、まあ……、床の上
    で良かったじゃない。ソファーの上だったら……(苦笑)」
丹羽「床……だったのか?」
成瀬「ソファーの上だったらもっと見えたんじゃないかなと思うよ?」
丹羽「…(οдО;)…!」
鼻を押さえて走って行こうとする丹羽を、ちょうど入ってきた和希がドアのところで捕獲。問答無用で皆のところに連れ戻してくる。
和希「皆さん、お待たせしてすみません。早速ですけどそこの酒を飲んで
    もらえますか」
西園寺「おい遠藤。そんなことより……」
和希「啓太のこと、でしょう。だからです。さ、早く。乾杯も無用です。時間
    がありません」
首をかしげながらも全員、成瀬が準備していたグラスを取り上げる。
丹羽「ぷはっ。結構きついな、これ」
篠宮「だがすっきりといい辛口だ」
和希「皆さん飲みましたか?飲みましたね。じゃあオーケーです」
七条「僕たちが日本酒を飲んだら何がオーケーなんですか」
和希「つまり、ここにいる全員、ハンドルを持てなくなった、ということです」
篠宮「確かに。飲酒運転は違法だし、何より危険だ」
西園寺「何か企んでるな。そうでないと、わざわざこんな時期に『旧正月飲
    み会』なんて開くはずもないが」
岩井「啓太のことなら……いくらでも協力する」
和希「有難うございます、岩井さん。まず皆さんには新年の飲み会が今日
    になってしまったことをお詫びします」
篠宮「年末からずっとニューヨークで仕事だと聞いた。仕事をしていてこそ
    飲み会もできる。詫びる必要はない」
和希「篠宮さんも、有難うございます。それで今日ですが、皆さんには啓
    太、中嶋、海野先生より早めに来て頂きました」
丹羽「啓太たちが遅いのは、また七条が何か工作したのかと思ってた」
岩井「じつは……俺も……」
七条「……」
和希「そして海野先生のバスが3丁目のあたりで運行を停止したので『遅
    れる』と、今しがた連絡がありました」
篠宮「3丁目?あのあたりだと代替の交通機関がない……。って、おい!
    遠藤!!」
西園寺「それで日本酒か」
七条「僕たちの誰も迎えに行けませんね」
丹羽「おい……、何平然と話してるんだ。問題はそこじゃねえだろう」
成瀬「みんな和希だったら公共のバス1台止めるくらいやりかねないと思
    ってるみたいだね」
丹羽「やったんだよな」
成瀬「やったんですけどね(苦笑)」
篠宮「非常事態だからな。今回は特別だ」
丹羽「特別ってな……」
岩井「何をしたかは……」
成瀬「うん。聞かないでやってくれる?」
和希「一方、啓太を乗せた中嶋のクルマがもうここの町内に入っているの
    も確認しました」
丹羽「だーかーらー。それは何で分かるんだよー。って誰も聞いてねえの
    かよ!」
和希「あと3分程度で駐車場に入ると思いますので、上がってきたら中嶋
    さんに海野先生の迎えを頼みます。皆さんは啓太を一緒に行かせ
    ないようにしてください」
七条「人でなしさんがいなくなった間に伊藤くんから事情を聞く、という訳で
    すね」
篠宮「わかった。任せてくれ」
西園寺「しかし遠藤。おまえがいつものように着ぐるみを作っていたら、も
    しかしたらあんな年賀状にならなかったんじゃないのか」
和希「着ぐるみだったら作りましたけど?」
岩井「……作ってたのか……」
和希「かなりいい出来だったのでグレードダウンして市場にも出してます」
成瀬「ほ、ほら。子供たちに人気で、売り切れ続出ってニュースになってた
    のがあったでしょう?」
七条「もしかして『ウッキー・ウッキー』とかいう……?」
和希「『ラッキー・ウッキー』です。ついでに言えば、最初に火がついたのが
    『ラッキー・ウッキー・プリンセス』って汎用品の上位仕様で、これは啓
    太に作ってやったのとほぼ同じものです。メーカーのデザイナーが
    洒落でティアラとドレス着せたら、これがまぁ売れる売れる。ドレスを
    着たサルのどこが可愛いんだか……(タメイキ)」
岩井「……啓太は良くて……女の子はダメなのか……?」
七条「それは言ってはいけないお約束です」
西園寺「親バカならぬ『お兄ちゃんバカ』なんだから仕方ない」
篠宮「きちんと利益をあげて社員に適正な給料を払い、納税する。これは
    企業の正しい在り方だ」
和希「有難うございます、篠宮さ……」
ぴんぽ〜ん
和希「おっと、来たみたいだな」
成瀬「はぁ〜い」
啓太「旧正月おめでとうございます。成瀬さん。……で、いいのかなあ。
    俺、旧正月で飲み会ってはじめてで、なんて挨拶したらいいのか
    わからなくて」
成瀬「うん。いい、いい。おめでと〜う」
中嶋「すっかりご機嫌か」
成瀬「うん。和希が鈴菱酒造の新銘柄を開けたら、みんな『味見だー』とか
    言いながらつい飲んじゃって」
七条「おめでとうございます、伊藤くん。そこの誰かさんもおめでとうござい
    ます」
啓太「(うわ〜。中嶋さんに挨拶するなんて(汗)。どれだけ飲んだんだよ。
    おめでとうございます七条さん(^o^;)」
丹羽「おう、啓太!こっち来いや」
西園寺「飲まないおまえのためにケーキを買ってきてあるぞ。生クリーム
    があると言っていたから、成瀬に言ってパフェに加工してもらえ」
啓太「有難うございます。皆さん、旧正月おめでとうございます」
篠宮「おめでとう」
岩井「……おめでとう」
七条「じゃあ僕が美味しい紅茶を淹れてさしあげましょう。成瀬くんの紅茶
    ではせっかくの茶葉がかわいそうです」
啓太「うわぁ♪ あ、でも中嶋さんにはお酒をお願いします」
和希「いや、中嶋さんにはちょっとお願いしたいことがあるんだ」
中嶋「へえ? おまえが、か」
和希「じつは海野先生の乗ったバスが3丁目のあたりで運行を停止したん
    です。申し訳ないんですが迎えに行ってもらえませんか?」
中嶋「その必要はない」
和希「どうしてです? 代わりのバスが来るには時間がかかるだろうし。
    あのあたりではタクシーもつかまりませんよ。でも俺たちは酒を飲ん
    でしまったので」
成瀬「ごめんね。僕が鈴菱の新製品を出しちゃったんだ」
中嶋「気にするな。必要ないから」
和希「いや、だから……」
海野「ごめんね〜。心配かけて」
和希「海野先生!? いったいどうやって」
海野「うん。待ってるのヒマだったから、もしかして近くにいないかな〜って
    思って、伊藤くんに電話してみたんだ」
成瀬「で、いた訳だ(苦笑)」
和希「なるほど。でもなんで啓太なんです? 王様でも篠宮さんでもいたで
    しょうに」
海野「僕が知ってたのが伊藤くんの電話だけだったんだよ(にこやか〜)」
和希「……ああ、そう(憮然)」
中嶋「ほお? 我らが理事長さんには、交通手段をなくして困っている海野
    先生が、思ったより早くここに着いたのがご不満と見える」
和希「まっ、まさか!」
海野「中嶋くんはねー、ほかの人もふたり、一緒に乗せて駅まで送り届け
    てくれたんだよ〜」
和希「へー、そうですか(棒読み)」
丹羽「(ぼそぼそと)何やってんだ、遠藤は」
篠宮「(ぼそぼそと)もう少しできる男かと思っていたがな」
西園寺「(ぼそぼそと)馬鹿みたいな大がかりな策を弄するから足元でつま
    ずくんだ」
七条「(ぼそぼそと)ま、人でなしさんのお相手は我らが理事長さんにおま
    かせして。僕たちはあっちで伊藤くんとケーキパフェでも楽しみまし
    ょうか」
西園寺「おまえの意見をきいてドライフルーツのケーキにしておいて正解
    だったな」
丹羽「それって、啓太の好きないちごのケーキじゃダメだったのか?」
七条「ショートケーキはお皿に載せたら終わりでしょう。それだと伊藤くんと
    キッチンに移動できません」
丹羽「……よくわからんが、プランAが駄目になったんだ。さっさとプランB
    に移ろうぜ」
篠宮「よし。では中嶋は俺と丹羽で引き受ける。おまえたちは伊藤から話
    を聞いてくれ」
西園寺「ああ、そうしよう」
七条「では。え……っと。遠藤くん、成瀬くん。キッチンをお借りしてよろし
    いですか? 伊藤くんに熱い紅茶を淹れてさしあげたいので……」
成瀬「ああ。啓太にパフェを作ってあげるんだった」
海野「え〜。成瀬くんがパフェ作るの?」
啓太「西園寺さんが買ってきてくれたケーキで作ってもらうんです」
海野「じゃあ僕もそっちに行こうっと」
西園寺「箱根のFホテルのフルーツケーキだ。酒に弱いおまえのために、
    リキュールやブランデーを使わずに焼いてもらったから、安心して
    食べていいぞ」
海野「伊藤くんってお酒に弱いの?」
啓太「何度か失敗しちゃってるんで(^_^;)」
成瀬「千疋屋のフルーツゼリーで酔っぱらったこともあったよね(苦笑)」
海野「それは筋金入りだね〜」
七条「それが伊藤くんのかわいらしいところなんですから、気にしなくてい
    いんですよ?」
啓太「気になりますよ〜(あとのおしおきが大変なんだよ〜)」
海野「かわいらしいっていえば、今年の年賀状もかわいかったねー」
啓太「え……(青・赤・汗)」
成瀬「……(え? 文字だけの……じゃない……よね?)……」
七条「……海野先生は(文字だけの)あれを『かわいい』と?」
海野「だってあれ、ラッキー・ウッキー・プリンセスの着ぐるみだよね?ティ
    アラはかぶってなかったけど」
七条・西園寺・成瀬「……!……」
啓太「あ……(汗・涙目・汗)」
七条「(ぼそぼそと)どうやら着ぐるみバージョンもあったようですね」
成瀬「(ぼそぼそと)何かちょっと見えてきた気がする」
西園寺「ああ。海野先生は天然だからな。中嶋の前で何を口走ってもいい
    ように、先生の分だけ着ぐるみのものを送ったのだろう」
七条「(ぼそぼそと)ではこのまま海野先生に語っていただきましょうか。成
    瀬くんはパフェの用意を」
成瀬「(ぼそぼそと)そうだね。啓太の様子から察するに、なんだかヤバそ
    うな感じだし。聞いてないフリしとく方が良さそうだ」

海野「あんな1人の写真で『見ざる言わざる聞かざる』を表現できるなんて
    思わなかったよ」
啓太「あ、あれは……中嶋さんのアイデアで……」
海野「えっ!? そうだったんだー。ねー、中嶋く〜ん!」
丹羽「(おっとー。プランBも崩壊か?)」
中嶋「何でしょう」
海野「年賀状の写真なんだけど、あの『見ざる』の目隠しは何でできてる
    の?」
中嶋「あれはレザーです。着ぐるみの色に合うほとんど黒に近い茶を選び
    ました」
啓太「……(;>_<;)……」
和希「……目隠し……。しかもレザー(無表情)」
海野「それで黒い中にも光沢と深みがあったんだね〜。『言わざる』は?」
中嶋「あれは猿ぐつわの1種です。先ほどの目隠しが幅広だったので、こ
    っちも幅が出るとうるさくなると思って、口の中に入れてしまうものを
    選んだんです。ピンポン玉みたいな感じで、両端から出ている紐で
    結びます」
啓太「……(;>_<;)……」
和希「……猿ぐつわ……」
海野「へ〜? ちゃんとバランスも考えてるんだねぇ。しかもちゃんと『猿』
    がついてるし(感心)」
丹羽「いや、違うだろ(汗)」
海野「あ、でも飴ちゃんとかでも良かったんじゃない? げんこつキャンディ
    とか色もきれいだよ?」
中嶋「あれだと窒息する恐れがあるんです。こいつは結構マヌケなところ
    がありますから、ちゃんと空気穴のあるものでないと」
海野「専門の品物はそんなふうになってるんだね。全然知らなかった」
七条「海野先生?そういうのは知らないのが普通。ご存知の方はほとん
    どいません」
海野「ふ〜ん?じゃあ『聞かざる』で耳をふたつ折りにしてたのは?やっぱ
    りクリップ?」
中嶋「クリップです。事務用とはちょっと違うのですが」
啓太「……(;>_<;)……」
和希「……目隠しにギャグにクリップ……」
成瀬「SMの3点セットね(苦笑)。」
篠宮「それを使って意味のある言葉を表現する……。いっそ見事だ」
丹羽「褒めるトコじゃねーって」
岩井「危険な図柄だったから差し替えたのか……」
西園寺「急な差し替えだったら文字だけの年賀状も納得できるな」
七条「よくぞあの方の目をかいくぐって作り直しをしたと、褒めて差し上げ
     ませんと」
篠宮「しかし殊更のように言いたてると伊藤がかえってつらい思いをする」
成瀬「和希もね(苦笑)」
岩井「遠藤が……能面に見える……」
篠宮「成瀬。伊藤と遠藤が、何かほっこりできるようなパフェを考えてやっ
    てくれ」
成瀬「う〜ん。急に言われてもね……。いちごに切り込み入れて笑い顔に
    するくらい?」
岩井「いや……。アイスクリームを丸くのせて、顔とヒゲを描いたら猫にな
    らないだろうか……」
七条「猫パフェですね?耳を何か考えると完璧になります」
岩井「シロップ漬けのアンズか黄桃があれば、とら猫にもなる……」
成瀬「すごいですよ岩井さん。早速とりかかります」

海野「でもクリップに『賀』『正』って書いたちっちゃい扇をつけたのは良かっ
    たよ。バックとも良く合ってたしね」
中嶋「有難うございます。あそこがいちばん苦労したところで……。ん?
    どうした啓太」
啓太「……もうダメ……ヽ(´o`;……」
海野「伊藤くん顔が赤くなったり青くなったりしてるよ?大丈夫?」
中嶋「……うん?パフェがどうとか言ってた時は普通だったがな」
啓太「顔がむちゃくちゃ熱くて、アタマががんがんして、胸がばくばくして、
    背中を冷たい汗が落ちていくんです……(;゜∇゜)」
和希「急な体調悪化って、インフルエンザじゃないんですか!」
   ↑ 高速再起動(笑)
中嶋「家を出る1時間前までこいつの身体を直にさわっていたが、発熱の
    かけらも感じなかったぞ」
和希「あんたの指がおかしいんじゃないのか」←今までの衝撃が大きすぎ
    て、もはやこの程度の発言はスルーできるらしい(笑)
啓太「……もう帰りたい、お願いだから帰らせてください……(;´∩`)」
   ↑ 恥ずかしすぎてもう1秒だってこの場にいられない(笑)
中嶋「仕方ないな……(啓太をいきなりお姫さま抱っこ)。すまんが誰かドア
    を開けてくれるか」
篠宮「ああ。ついでにエレベーターも呼んでやろう」
中嶋「悪いな。みんな、そういうことなんで先に失礼する」
海野「お大事にね〜」
七条「……伊藤くんの体調悪化の原因は、海野先生の無邪気な質問に
    あると思うのですが」
西園寺「それだって元をただせば中嶋に行きつくだろう」
丹羽「いや。中途半端なプランAをたてた遠藤の責任だぜ」

せっかく啓太に会えて喜んでいたのをぶち壊してくれた和希に腹をたてたものの、海野先生の手前帰ることもできず、微妙な空気のまま飲み会は続いた、らしい。





いずみんから一言。

明けましておめでとうございます。
書き出しは早かったというのに、母親の展示会の準備に
手と時間を取られてしまい……。
気がついたらもう旧正月も過ぎてしまいました(苦笑)。

今さらですが、本年もよろしくお願い申し上げます。
でもホント、今さら……(汗)。


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