節電 し・ま・しょ♪




 夏の間。中嶋家では基本的にお風呂はナシでシャワーのみとなる。
 男の風呂がいくら女の子のバスタイムより短いと言ったって、やっぱそれなりの時間はかかっちゃうだろ? 風呂掃除だって、バスタブを使ったか使ってないかでかかる時間は全然違う。何事にも効率重視の中嶋さんはカットできる時間はカットして、できた時間でほかのことをしたいんだよ。
 だけど俺は風呂派。普段はよくても週に1度くらいは、ゆったりとお湯の中で身体を伸ばしたいんだ。中嶋さんのマンションみたいに足を伸ばして入れるお風呂なら尚更に。
 そうしてタイミングを見計らい続けること10日。
 いつもより疲れた表情で帰ってきた中嶋さんをみた瞬間、今日が『その日』だと確信した俺は、スタンバイし続けていた風呂のスイッチを黙って押した。高性能なお風呂はお湯張り速度も早い。中嶋さんが手を洗ったりうがいをしたり服を着替えたりしてるうちに、すっかり準備は完了だ。作戦の第2段階に突入です。
「中嶋さん。お疲れみたいなのでお風呂わかしました。良かったら入ってください。それともごはんを先にしますか?」
 中嶋さんはたしかに効率を重視する人だけど、無駄が嫌いな人でもある。つまり、すでに沸かしちゃってるお風呂にはちゃんと入ってくれる、ってことだ。
 聞いた中嶋さんは、何かを考えるように「風呂か……」と言った。
 もっ、もしかして今日はシャワーの方が良かったのか? 早めに仕上げたい仕事でもあったりして? いやいや。ここでひるんではいけない。気に入らなきゃバスタブにつからなければいいだけなんだから。
 大は小をかねる。シャワーのつもりが「風呂」って言われるのは困るけど、お風呂の用意してシャワー使うのは何も困らない。自信もて、俺!
 ダメオシ用に、ちょっと心配しているような弱々しい笑顔をプラスしておく。
「はい。きっと疲れが取れますよ?」
「そうだな。……じゃあ先に食事にするか。あとにして傷んではいけないからな」
 はい? 傷む、ですか? 傷む、って……。何が?
 たしかに今年の関東地方は節電の夏となっている。俺もひとりでいる日中は窓を全開にしてエアコンを止めている。パソコンもできるだけ使わないようにしているし、基本的にテレビも見ない。だって突然停電しちゃって冷蔵庫が使えなくなったら困るもんな。それにエレベーターが止まっちゃったら……。階段で19階まであがれる自信は、俺にはない。
 でも夜には電力に余裕ができるから、中嶋さんが帰ってくる時間に合わせてエアコンのスイッチを入れている。つまり。いくら節電中と言ったって、夜の今なら室温は25℃だ、っていうこと。お風呂の間の、わずか1時間足らずの時間にごはんが傷むとは思えないんだけど。
 そんなことを思いながらも夕食はすみ、使ったお皿を食器洗い機に放りこんでいると、隣でほうじ茶の準備をしていた中嶋さんが声をかけてきた。
「これ飲んだら、先に風呂に入れ」
「え? でも……」
「ちょっと電話しなきゃならない用を思い出したんだ。節電するんだろ? まとめて入ってしまう方がいい」
 なんかちょっとひっかからないでもなかったけど、話はちゃんと理にかなっていた。いくら夏でも時間がたてばたつほどお湯の温度は温度が下がるわけで、自動設定はそれを追いだきしようとする。あれ? じゃあ続けて入ってセーブできるのはガスってこと? 電気じゃないんじゃ……?
 なんてことを思ったのはあとのこと。楽しいほうじ茶タイムが終わって、お風呂で体を伸ばしてからだった。そして。その理由がわかったのも。
 夏向きさっぱり系のバスソルトを入れたお湯は、想像していた以上に気持が良かった。淡いブルーのお湯の色も、柑橘系の勝った香りも。何もかもが程良い温度のお湯と一緒に、俺の細胞を包みこんでいってくれているのがわかる。目を閉じて身体中の力を抜き、原始生物になった気分でお湯に身を任せると、心の奥底がほっとためいきをついているのが手に取るようにわかる ――。
 と。
 いきなり頭上の電気が消えた。
 停電か?
 ついに電力の使用量がキャパを超えたのか?
 冷蔵庫の中身は何時間もつんだ ――?
 慌てて眼を開けて体を起こすと、壁の操作パネルが光っているのが見えた。停電じゃない。だったら何?
 何が起こったか分らなくてパニくりかける俺のうしろで。ドアが開いた。
「何をしている」
「電気が……」
 続けられなかったのは俺の所為じゃない。……と思う。だって入ってきた中嶋さんは、見事なまでのスッパだったんだもの。俺の戸惑いなんか瞬間的に湯気になって、文字通りに霧散した。
「いきなり電気が消えちゃって……。でも停電じゃないみたいです」
「消えたんじゃない。切ったんだ」
「えっ」とことばで驚きながら、アタマのすみではみょーに納得をしていた。中嶋さんの言動の端々にヒントが乗っかってたってこともある。だけどそれ以上に俺を納得させる理由があったのだ。

『だって相手は中嶋さんなんだもの』

 そうして。あれよあれよと思う間もなくバスタブに入ってきた中嶋さんにうしろから抱き取られた俺は、節電がいかに体力を消耗させるかを、身をもって知ることになったのだった……。
「どうだ? 電気を消して一緒に入ったら、節電になるだろう?」
 にやりと笑ったらしい中嶋さんの吐息が、耳元の髪をくすぐった。






いずみんから一言。

ちょっと時季ハズレになっちまった節電ネタ(汗)。
きっと他所様でも書かれていたのではないか、と……(滝汗)。
来年の夏にはこれが意味不明になっていることを祈ります。
そして。フクシマの英雄たちに心からの拍手を。


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