STAND by ME |
When the night has come And the land is dark, And the moon is the only light we‘ll see No I won‘t be afraid. 長期休暇の前になるとかかってくる中嶋さんからの定期便は、「Stand by Me」の着メロで始まる。普段はメールのことが多いのに、この定期便だけは必ず電話だ。内容はいつも同じで、要するに「マンションに帰るまでに一度実家に戻って両親に顔を見せて来い」って言うんだ。 中嶋さんは、半ば強引に俺を引き取ったことに気を遣ってるらしくて、機会があるごとに俺を実家に帰らせようとする。ゴールデンウィークは4月は実家、5月がマンションだったし、夏休みは「宿題が終わるまでマンションには来るな」だった。必死の思いで7月中に終わらせて、8月1日にはマンションにたどり着いてたけどさ。あんな真剣に夏休みの宿題やったのなんて、生まれて初めてだ。 だけど冬休みを前にした、今日の電話はちょっと違っていた。 「期末はどうだった?」 「えーっと。まあまあ、かな」 「ふふん。まあそのうち成績表が届くだろうから、楽しみにしておくさ」 そうなんだ。中嶋さんとの転居通知を送ったら、和希のやつ怒り狂ってさ。そんなのは犯罪だとか、だったら俺と一緒に住めばいいとか何とか息巻くものだから、中嶋さんが「啓太の成績が上がれば文句はないだろう」と言っちゃったんだ。おかげで俺の成績は小テストやレポートの結果も含めて、俺が知るより早く、中嶋さんのところに届いている。 「そんなことより。25日は昼過ぎに迎えに行くからな。パーティではしゃぎすぎて寝過ごすなよ」 「もう! そんな子供じゃないです、ってば」 電話を切ってしまってから、中嶋さんの言葉にはいろんな意味が含まれているのに気がついた。まず、中嶋さんとクリスマスを過ごせない、っていうこと。冬休みはマンションに直行できる、ってこと。そしてそれは「お正月を一緒に過ごせない」という意味でもあるんだろう。 学生会長を引き受けた以上、学生会主催のクリスマス・パーティに出ないわけにはいかない。ちょっと考えればわかることだけど、やっぱり傍にいて欲しかった。お正月だって、ふたりでいれば何倍も楽しかっただろう。それ以外の休みはマンションに帰れるんだから、贅沢と言われればそれまでかもしれない。でも俺はいつの間にかこんなに弱くなってしまった。中嶋さんはちゃんと迎えに来てくれるって言ってるのに、それだけじゃ嫌だって心が叫んでいる。 25日に迎えに来てもらったあと、俺たちはマンションと学園島のほぼ中間にある海沿いのホテルで二夜を過ごした。マンションは年末向けハウスクリーニングの最中で、27日まで帰ってくるなと家政婦さんから言われてきたのだそうだ。中嶋さんの実家には通いの家政婦さんがふたりいて、月に一度の割でマンションの大掃除に来てくれている。年末のハウスクリーニングは業者と契約していて、家政婦さんはその監督というわけだ。おかげで俺は、中嶋さんとたっぷり甘い気分に浸って帰って来たあとに、大掃除なんていう超現実的なことをせずにすんだのだった。 休暇中の勉強がハードなのはもういつものことなので、今更何も言わない。だけどそのあとの中嶋さんとのエッチは、普段からは考えられないくらいソフトだった。実家に帰るのにあとが残ってたらヤバイからっていうのは、気がついてみればどうってことない理由なんだけど、最初はちょっと驚いた。だって中嶋さんじゃないみたいな抱き方をされたんだもの。今までに中嶋さんと関係したことのある人。何人くらいか見当もつかないけど、その人たち全員がきっと驚いたと思う。それくらいソフトで、それでいて執拗で濃厚で。俺は結局、いつもの何倍も泣かされたのだった。靄のかかってしまった頭の片隅で、中嶋さんっていったいどのくらいテクニックを持ってるんだろう、と、かなり真剣にそう思った。 いつも思うことだけど、クリスマスから大晦日までって異常なくらいのスピードで過ぎていく。ようやくマンションに落ち着いたと思う間もなく、俺が実家に帰らないといけない日がやってきた。帰りたくなくて、ついぐずぐずしてしまう俺を尻目に、さっさと支度を済ませた中嶋さんはいたって事務的に ―― だってそのときの俺にはそう見えたんだもの ―― 車のキィを取り上げた。 学園に戻るときはいつもこうして中嶋さんが送って行ってくれる。そのときだってすごく嫌だけど、でも「学校が始まるから」っていう大義名分が俺を慰めてくれる。だけど今日はそれもない。休みはまだあと一週間もあるんだ。それなのに中嶋さんと離れなければならない。ただ、お正月が来るというだけの理由で。理不尽な思いを抱きながら、後部座席にあった中嶋さんの荷物の隣に、俺のバッグを並べて置いた。 少しでも長く一緒にいたいのに信じられないくらい道路は空いていて、信号にもほとんど引っかからなかった。こういうときってこういうものなんだよ。途中で寄り道をした中嶋さんが、気後れしてしまいそうなくらい高級な店でお菓子を買ったにもかかわらず、家までの所要時間はいつもと変らなかったくらいだし。 ついに家が見えたとき、思わず眼を疑った。門扉の横の部分がなくなって、車2台が停められるガレージに変わっていたのだ。中嶋さんは当然のように車を父さんの車の隣に停めた。そして後部座席にあって荷物を全部持つと、さっさと車を降りてしまった。 「どうした。降りないのか」 中嶋さんのことばに我に返った俺は、慌てて車から降りて自分の荷物を受け取った。中嶋さんは車をロックすると、俺を促して家に入った。そっか。両親に挨拶するんだ。当然だよね。中嶋さんってそういうところはホントきっちりしてるもんな。でも何でボストンバッグまで持って降りたんだろう? 答えのヒントはすぐに出された。迎えに出た母さんに挨拶したあと、中嶋さんはこう言ったのだ。 「お言葉に甘えてご厄介になりにきました」 え? 「まあまあ。そんな他人行儀な。さ、お上がりくださいな。お宅と違ってあばら家みたいなところですけど」 へっ? 他人行儀? 「有難うございます。じゃ失礼して……」 当家の嫡子であるはずの俺は完全に忘れられた存在だった。母さんと中嶋さんはいたって和やかに(!!)話をしながらリビングに入っていった。俺はその後をつけるみたいな感じでついていく。リビングにいた父さんが、立ち上がって俺たち ―― いや。俺は入っていないか ―― を出迎えた。 「いやいや中嶋くん。よく来てくれた。待ってたんだよ」 「お招き有難うございました。お誘いいただいてから、今日を心待ちにしておりました」 「何をそんな……。それを言えばうちの方こそ朋子にまで気を遣ってもらっているのに」 「いえ。こちらこそ何かとお世話になっておりますから。あんなもので済ませるのは心苦しいくらいです」 そこへ2階から降りてきた朋子が駆けこんで来た。 「中嶋さん、こんにちは!!」 「やあ朋子ちゃん。元気そうじゃないか。そうだ。これはお土産だよ」 「わぁい。有難うございます」 俺の脇をすり抜けていきながら俺の姿など眼に入っていない朋子。俺抜きでどんどん会話を弾ませてしまっている両親。ったく。うちの家族はどうなってるんだよ。久しぶりに返って来た俺を迎えてくれる人はいないの!? 中嶋さんと父さんがソファに腰をおろしたので、すっかり腐ってしまっていた俺は、中嶋さんの隣にどすんと腰をおろした。それでようやく、父さんと朋子にも俺の存在を認識させることができたのだった。 「……なんだ。お兄ちゃんいたんだ」 「おう啓太。いつのまに帰ったんだ」 「中嶋さんと一緒に帰ってきてました!!」 アタマに来ているのは俺の方なのに、みんな呆れたような顔をした。 「……中嶋くん。私が言うのもなんだけど、君よくこんなのの面倒見てくれてるね」 「そうですか? 飽きないですよ」 俺が口を開く前に中嶋さんの手が伸びてきた。中嶋さんは父さんたちの方を見たまま、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。その手が何だか、すごく暖かかった。 俺の成績表を持って、中嶋さんは俺が思っていたよりずっと多くこの家に出入りしていたらしい。ガレージを改装してたのも、中嶋さんが慣れた感じで車を停めたのもそのためだ。そんな中で中嶋さんがいつも独りで ―― 王様も一緒らしいけど ―― お正月を迎えていたのを知ったうちの家族が中嶋さんを招待した、というのが真相のようだ。今回ばかりは中嶋さんお得意の秘密主義ではなく、ただ単に中嶋さんは俺が家族から聞いているだろうと思い、家族は中嶋さんから聞いているだろうと思っていたのだった。 うちの年越しなんてどうってことないものなのに、こんなのは幼稚園のとき以来だと言って、中嶋さんは結構楽しんでくれているみたいだ。夕食に年越し蕎麦と舞茸の炊き込みご飯を食べ、風呂に入ってから年末歌合戦を見る。ただそれだけのことさえなかったと言う中嶋さん。中嶋さんの、あの他人を突き放すような眼が、独りでお正月を迎える中嶋さんの姿とダブって見えた。 朋子が中嶋さんのお土産のお菓子を開けようとしたので、母さんがコーヒーにするか紅茶がいいかと尋いてきた。俺は紅茶と言ったけど、それを断った中嶋さんはバッグからブランデーの箱を出してくると、父さんの前で封を切った。 「お父さん。付き合っていただけますか」 「いやぁ中嶋くん。こんなことをしてもらっちゃあ困るよ。招待して、かえって気を遣わせてしまったみたいだな」 「そんなことないです。啓太に聞いてもらったらわかりますが、これはいつも俺が飲んでいるものなんです。だから俺用のキープということにしておいてください」 中嶋さんはすっかり、奥さんの実家に来たダンナ状態になっていた。それが妙に似合っていて、台所でグラスと氷を用意しながらくすくす笑っていたら、母さんが紅茶を淹れに来た。 「中嶋さん、楽しんでくれているかしら」 「よくわかんないけど、機嫌が悪くないことだけは確かだよ」 「だといいけど」 俺がリビングに戻るのを待っていたように父さんと中嶋さんはブランデーを飲み始めた。俺は誰も見ていない年末歌合戦をBGMに、父さんと中嶋さんとの話に半分、母さんと朋子の話に半分首を突っこみながら紅茶をすすった、 「なんだ。啓太は紅茶か。中嶋くんのブランデーを少し垂らさせてもらうか?」 すっかり上機嫌になった父さんが言った。が、中嶋さんの答えはわかっている。絶対にNOだ。果たせるかな、中嶋さんはさりげなく、でもきっぱりとその言葉を退けたのだった。 「駄目です、お父さん。こいつは酒をうまく代謝できない体質のようなんです」 「そうなのか?」 「今年の正月、寮で悪酔いをしてひどい目に合わされました。以来、酒は厳禁だと言ってあります」 「おいっ啓太」 「ちょっと啓太。あんたまさか救急車で運ばれたりしたんじゃないでしょうね」 「お兄ちゃん!! 中嶋さんをひどい目にあわせたってどういうこと!?」 「いや、だってあれは篠宮さんが飲めって……」 両親と妹に詰め寄られ、俺はまさに孤立無援状態だった。これってあのときのお仕置きのつづきなんだろうか。お仕置きならあの後もさんざんやられたのに。恨みがましく中嶋さんを見ると、くちびるの端を吊り上げながら、「助けて欲しいか?」と眼で訊いてきた。もちろん助けて欲しいですとも。俺は中嶋さんの視線にすがりついた。 「お父さん。お母さんも。そう責めないでやって下さい。啓太は自分の限界を知らなかっただけなんです。きちんとした家庭で育ってきた高校一年生なら、自分の酒量なんて知るはずないじゃないですか。それにあれ以来、絶対に飲ませていませんから安心して下さい」 だから今日だってちゃんと紅茶にしてたじゃないか。父さんがつまらないことを言ったおかげで、みんなから怒られてしまった。酔っ払って醜態をさらした ―― って中嶋さんはいうんだけど、自分ではまったく記憶がない ―― のは俺なんだろうけど、一年の最初と最後に同じことでお仕置きされるなんて。なんかサイテーの一年だった気がしてきた。 と思ったところで俺は気がついたのだった。そうだよ。今年は一年中、中嶋さんと一緒にいられた年なんだ。1月4日に学校で会ってから大晦日の今日まで。本当だったら3月の卒業式でさよならのはずだったのを、中嶋さんは志望校を変えてまで俺を一緒にいさせてくれた。この年がサイテーだなんて、そんなことあるはずないじゃないか ―― !! それからというもの、俺はみんなから何を言われても、へらへら笑っていられたのだった。 やがて年末歌合戦も終わり、テレビの画面が各地の神社・仏閣を映し出した。先刻までの華やかさはあっという間に消え去り、荘厳なまでの静寂さがそれにとって代わる。あと10分ばかりで年が改まるという頃、そろそろ行くかといって父さんが立ち上がった。中嶋さんがもの問いたげな眼をこっちに向けた。 「みんなで初詣に行くんです。この向こうのちっちゃい神社で、あんまりご利益はないかもしれませんけど」 「だがおまえは毎年そこに参っているから、あれだけ運がいいんだろう?」 そういうと中嶋さんは気軽くハーフコートを取り上げた。 外へ出ると除夜の鐘が聞こえていた。ぴんと張り詰めたような冷気が俺たちを包みこむ。両親や朋子から少し遅れて、俺たちはゆっくりと足を運んだ。両親と朋子と俺と中嶋さん。こんなふうに一緒に初詣に行っているのが、なんだかとても不思議だった。 「すみません。なんかつまらないことに付き合わせてしまってるみたいで……」 「いや……。俺はこういうのを経験したことがないからな。新鮮な思いで楽しませてもらってるさ」 「だったらいいんですけど……」 「いつお会いしても気持ちのいい人たちだ。善良で勤勉で、そして子供たちを心から愛している」 「そんないいもんじゃないですよ。母さんは完全版よそいきモードだし、朋子に至ってはネコの何枚重ねなんだろう、みたいな……」 「それでも、だ。あの人たちは、おまえを預かっているというだけの理由で、俺にまで良くしてくれる」 何を言い出したのかわからなくて、俺は黙って中嶋さんの次の言葉を待った。中嶋さんに似合わず、しばらくの間があいた。そしてようやく紡ぎだされた言葉は意外なものだった。 「俺は……。ひどいことをしているのかもしれない」 その声があまりに苦しそうで、俺は思わず顔を上げた。中嶋さんはほんの少し細くした眼を、まっすぐに両親たちの方に向けていた。 「俺はあの人たちから孫を……、おまえの子供を抱くというささやかな幸せを奪おうとしている」 「中嶋さん……」 中嶋さんとのことを愛だとか恋だとか考えたことがない。というより、考えてもぴんとこないし不安になるのがわかっているから、考えないようにしているだけなのだけれど。 でもそんな俺にも今のはわかった。これは愛の告白だ。俺以上に愛だの恋だのなんて絶対に口にしない人からの、極上の愛の告白。気がつくと身体中が震えていた。 抱きついてキスがしたかった。そんなこと気にしないでくださいって、言葉で言うより行動で示したかった。だけどできなくて……。俺は代わりに中嶋さんのコートの、後ろっ側の裾を掴んだのだった。迷子になるのを恐れる小さな子供みたいに、ぎゅっと。力一杯。俺の方をちらっと見た中嶋さんはふっと表情を緩めると、マフラーをはずして俺の首に巻きつけた。俺は抱かれているときみたいに中嶋さんの匂いに包まれた。 「お兄ちゃーん。中嶋さんもぉ。早くーう。もう年が明けるって」 いつのまにかうんと離れてしまっていた朋子が振り返って手を振った。中嶋さんが片手を挙げてそれに応えた。 またひとつ鐘が鳴った。俺は「中嶋英明」という煩悩だらけで、それは除夜の鐘くらいではとても払えるものではない。でもこの一瞬、それがきれいに解け去っていったのを、俺はしっかりと感じていた。 神社に着いてお賽銭を放りこんだら、真っ先にお願いしよう。 俺はもう何もいりません。中嶋さんが傍にいてくれたらそれだけで十分です。だからお願いです。いつまでもこうして一緒にいさせてください ―― So,darling,darling stand by me, Oh,stsnd by me, Oh,stsnd,stand by me, BGM by ‘The JHON LENNON Collection’ |
いずみんから一言。 愛の告白というよりプロポーズをしてしまったヒデ、ですね。これは。 なんで「STAND BY ME」なのにジョン・レノンかっていうと、歌詞の データ欲しさに母校の図書館に行ったら、レノン盤しかなかったから。 図書館の人も「なんでB・E・キングがないの?」と首をひねっていました(笑) 本文中の啓太くんの醜態については、お正月UP予定のSSをご覧ください。 |
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