呪  縛


「な、中嶋さん。」
 啓太の熱を帯びた甘い声が狭い部屋に響く。
「なんだ。」
 さっき着せたばかりの制服を脱がしながら、意地悪く口の端を上げ見つめると、啓太の瞳は簡単に潤み始めるから、この先どうやって楽しもうか・・とつい考えてしまう。
「・・・・・・・・・・・・っ。」
 ネクタイを解き、シャツのボタンをはずしながら触れていくと啓太は簡単に体を震わせ始めるから、
「どうした?」
 柔らかい唇を指先で撫ぜながら、首筋に舌先で触れながら、そ知らぬ振りで尋ねると、りかねたように啓太が声を上げた。
「あの・・俺・・・あの・・・。」
 服をすべて脱がせ、華奢な身体を露わにすると、啓太は一瞬、途方にくれた子供の様な顔をする。
 今にも泣き出しそうな、不安そうな瞳。この顔を見るのが好きなのだと、気がついたのは最近のことだった。
「中嶋さん・・・あの・・。」
「ん?なんだ?」
 学生会室での行為の後、続きとばかりに部屋に連れてきた。たった一回じゃ足りなのはお互い様・・というより俺にとっては前菜みたいなものだ。全然足りない。
「あの・・・・ん。はぁぁっ。」
 瞳を見つめながら、貧弱な胸元にゆっくりと指を滑らせると、啓太は深く深く息をついた。
 少し触れただけで、啓太は頬を上気し始める。ピクリと肩を震わせる。
 足りないのは、啓太も同じ。それに、もともと感じやすい身体なのだ、熱が一旦引いていたとしても、すぐにこうやって火照り始める。
「中嶋さん・・・あの・・・俺・・・。」
「足りない・・・早くくれ・・か?」
 すでに熟知した敏感な場所を指先でやわやわとくすぐりながら見つめる。
 啓太の体はいつだって、自身の性格そのままに素直に反応する。面白いくらいに素直に・・だ。
「ち・・。」
 違うはずがない。
 潤んだ瞳も、熱を帯びた吐息も・・震える指先も、何もかもが言葉よりも確実に伝えてくるのだ。
「ほお?違うのか?ふうぅん?・・・じゃあ、俺の勘違いか。」
 躊躇い無く手を離すと、啓太は慌てたようにしがみついてきた。
「や・・。」
「嫌じゃわからないだろう?俺はそんな事教えたか?ん?」
 耳たぶを甘噛みしながら、ささやく。
 そして首筋を撫で上げながら、遊ぶように焦らすように敏感な部分に触れていきながら言葉を促す。
「ごめんなさい。でも・・俺・・・。」
「どうして欲しいんだ?啓太。」
「中嶋さんに触って・・・触って欲しい。」
「どうやって?どういう風に?」
 指先を唇に触れさせながら、さらに尋ねると啓太は瞳を伏せながら、それでも言葉を続けた。
「さっきみたいに。」
「それじゃあ、わからないな。」
 意地悪くそう言いながら、指先を口腔の奥へと差込み、柔らかい舌を撫で上げ抜き取る。
「ん。」
「どうして欲しい?啓太?」
 唾液に濡れた指先を、見せ付けるように舐めながら啓太に問うと、言葉よりも先に行動に出た。
「そうじゃないだろう?俺はこんなことしていいと許したか?」
 首筋に回された細い腕を乱暴に解いて、じっと睨みつけるように見つめる。
「中嶋さん・・・。」
「足りないんだろ?くくっ。分かるんだよお前の瞳や、唇を見れば。」
 さわさわと太ももの内側を撫でながら、望む場所には見向きもしない。キスさえもしない。
「・・お願い・・。」
「それじゃあ分からないな。」
 意地悪く撫でながら、焦らしながら見つめる。
 戸惑う顔が好きなのだ。
 涙を浮かべ必死に見つめる・・・そんな顔よりも、戸惑いながら、葛藤しながらも自分の体の欲に負けて俺の元に落ちてくる、その顔を見るのが好きなのだ。
焦らして、見つめる。
 具体的な行為をせずに、肝心な部分には触れもせずに延々と続く刺激に、啓太は今にもあふれそうに瞳を潤ませながら、口を開いた。
「はあぁん・・。中嶋さん・・・。・・・え?」
 突然のノックの音に、啓太がビクッと身体を震わせた。
「ち。誰だ。」
 消灯前の点呼にしては早すぎる。舌打ちしどうしたものかと考えていると、のんきな声が呼びかけてきた。
「おい、ヒデ。居ないのか?」
 のんきな声と、最早ノックとは呼べないドンドンという音が響きだす。
「哲。あの、莫迦」
 仕方なく立ち上がると、啓太が慌てたようにシャツを引っ張り出した。
「な、中嶋さん!」
「そこにいろ。」
「え!そ、そんな。」
 抗議の声を無視して歩き出そうとして振り返る。
「中嶋さん・・・。」
「ったく。」
 泣き出しそうな顔に舌打ちし、抱き上げるとバスルームのドアを開ける。
「見られるのがそんなに嫌なら、少しくらい寒くても我慢するんだな。」
「は、はい。」
 まったく俺も焼きが回ったもんだ。
 コクコク頷く啓太をバスルームに残し、ため息をつくと、ゴンゴン煩いドアを開ける。
「なんだいたんじゃ・・・・・あ。」
「あ。じゃないだろ?」
「悪い。」
「悪いも悪くないも・・・お前なあ。」
 こうなるともう笑うしかない。とりあえずは裸ではないものの、シャツのボタンは全部はずしたままだからいくら鈍いこいつでも何をしていたかは分かったらしい。
「すまん。ってヒデ?」
「なんだ?」
「お前さっき・・・・。だ〜もぉ。学生会室の部屋の電気消えてたからさあ。」
「だからなんだ。」
「いや、俺の読みが甘かったです。完敗だ。俺が全部悪うございましたぁだっ!!」
「?だからなんなんだ?」
「ほら。」
「ん?」
 紙袋が手渡される。この重さ・・・。
「なんだこれは。」
「飯、行けなかったからさ。」
「で?」
「プレゼントだよ。」
「って?お前わざわざ買いに行ったのか?」
 革ジャンなんて着ていると思ったら、そういうことか。
「お前。くっくっく。」
 律儀な奴だな。本当。
「なんで笑うんだよ。」
「別に?あけるぞ。」
「おう。」
 頷く声に包装をとく。重さからしてアルコールの類だろうと検討はついていたが、こいつらしいというか、なんというか・・・。
「ワイルドタ/ーキートリビュー/ト15年物ねえ。」
 まあ、こいつにしては、割とまともな選択だな。
「飲むか。」
「え?」
「入れよ。」
「え!い、いいよ。」
「ん?今更だ、遠慮するな。」
 散々邪魔しておいて。今更だ。
「だ、だっているんだろ?中。」
「・・・・?ああ、そうか。俺は気にしないがな。」
「俺はするし、あっちはもっともっとするだろうが!」
 悲鳴のような声に顔をしかめながら、
「面倒な奴だな。持ってろ。」
 ボトルを預け中に入ると、グラスに氷を入れドアを開けた。
「ほら。」
 ぱたりとドアを閉めて、ボトルの封をあける。
「いい色だな。」
「まあな。ま、おめでとうということで。」
「めでたいかどうかはしらんが、頂こう。」
 頷いて、そうしてにやりと笑う。
「乾杯」
 カチリとグラスを合わせる。
「くく」
 その行為が妙におかしくてしかたがなかった。
「なんだよ」
「いや、結局お前に3年間とも祝われたなと思ってさ」
「当然だろ?誕生日は祝うもんだし。」
「そうらしいな。」
 思い出す、一年の冬。
 突然ドアを開け、丹羽は俺を外へ連れ出したのだ。
『お前誕生日なんだって?飯行こうぜ。』
 当然の様にそう言って俺の倍食べて酔っ払った。
 そうして三年になった今も丹羽は同じように酔っ払っている。
 ふざけた奴だ、としか印象の無かったこいつと3年一緒にいた。
 その時間は決して短いものではなく、不愉快な時間でもなかった。
「ま、飲めよヒデ」
 機嫌よくボトルを傾ける。まだまだここに居座るつもりらしい。
 全く、こいつのこれはわざとなんだかなんだか。
 今、部屋の中がどういう状態だかいくらこいつでも理解してる筈だろうに。
「美味いな。ヒデほら飲めよ。」
 にやりと笑う顔。
「まあな。」
 まあわざとでもいいか。
 独特の癖のある甘みと香りを楽しみながら笑う。こいつに良く似合う酒だと思う。
 荒いのかと思うと繊細で深い。
「お前たち何やってるんだ?」
 突然聞きなれた声が廊下に響いた。
「あ、篠宮」
「なんでわざわざ廊下に出て飲んでるんだ?それに中嶋のその格好」
 顔をしかめて俺を見つめる。
「まあまあ、今日はヒデの誕生日なんだよ。お前も乾杯しようぜ」
「俺は・・・これから点呼が・・。」
「ヒデおめでとう!いやあ、めでたいめでたい。」
 ごまかす気だな?ったく。
「まあ、誕生日なら確かにめでたいな。」
 篠宮は案外付き合いが良いのは理解していた。規則には煩いが融通の聞かない莫迦じゃない。
 そしてかなりのお人よしなのだ。
「そうだろ?ほらほら」
 自分のグラスに並々とついで、篠宮に手渡しながら、俺のグラスにも注ぎ、そして自分はボトルを右手に持つと、それぞれのグラスにカチリ、カチリとボトルの口を合わせた。
「めでたいな・・ヒデ。」
 にやりと笑いゴクリゴクリと飲み干す。とてもアルコール度数55もある酒の飲み方じゃない。
「ふん。」
「乾杯・・だな。」
 そうして篠宮はにっこりと人の良い笑みを浮かべ、グラスを合わせると一気に飲み干す。
「おい・・・?」
 それはバーボンの飲み方じゃないだろう?まったくこいつら。
「ふう。キツイなあ。でも・・・・美味いな。」
「まあな。」
 頷いて一口口に含む。独特の甘みと香りが広がる。
「そうかそうか、誕生日か・・・。」
「で?啓太にはなに貰ったんだ?ヒデ。」
「は?」
「ああ、悩んでたなそういえば。」
 なんでそれをこいつらが知ってる?
「なんだお前のところにも聞きに行ったのか?」
 聞きに行った?
「ああ。かなり悩んでたぞ。」
 悩んで・・・ふうんそういうことか。首筋に感じる慣れない感触。さっき学生会室で啓太に付けさせたもの。
「ふうん?あ・・・もしかして、それか?へええ?やるなあ。」
「・・?ああ、それか。へえ。」
 二人の視線が胸元に集まる。
「くくく。そうかそうか・・。」
「なんだ?」
「いや。トノサマの首に鈴が付いていたのを思い出してさ。少しおかしくなった。」
「え?鈴?なんだよそれ。」
「ああ鈴だ。くくく。そうかそうか、伊藤がねえ。・・あいつはネズミだったんだな。イソップだな。」
 くくくっと肩を震わせ笑い出す。何が言いたいんだと睨みつけると、篠宮の顔は真っ赤に染まっていた。
「おい、大丈夫か?お前。」
「くくく。大丈夫だ。いや・・・くくく。なんだろうな?笑いが・・止まらない。」
 笑い上戸かこいつ?
「あ〜あ、こんな強い酒一気飲みするから。これじゃ今日の点呼は無理だな。」
「お前と大して飲み方は変わらんぞ。」
「俺とはキャリアが違うだろ?」
 そんなの自慢にもならないだろうが。
「くくく。なんだか凄く楽しくなってきたぞ。誕生日めでたいな。おめでとう!!」
「そうかそうか、じゃあ俺の部屋で飲むか。」
「いいな。」
 酔っ払った篠宮は、だいぶ大雑把な人間に変わるらしい。
「じゃ、そういう事だから、俺達帰るぞ。」
「ああ。」
「ほら、残りは一人でゆっくり味わえよ。」
「そうだな。」
 殆ど残っていないボトルを受け取り、怪しく笑う篠宮を引きずるように歩いていく丹羽を見送る。
「莫迦な奴らだ。」
 笑いながらドアを開き、机の上にボトルを置くとグラスの中身をあおる。
「ふう。」
 息を深くつき窓の外を見つめると白い月が出ていた。
「・・・・変な一日だな。」
 戯れに鈴を買った。
 購買部の片隅に、ひとつだけあった金色の丸い鈴。振ると想像していたよりも低い音で、コロコロと鳴るそれをトノサマの首につけてやった。
「莫迦げている。」
 トノサマの首の鈴。俺の首の・・・。なんとなく嫌な気分になりながら、ボトルの中身をすべてグラスに注ぐとグラスを片手に持ったまま、バスルームのドアノブに手を掛けた。
「ん・・・・・・なか・・ん・・・。」
 啓太の声がする。なんだ?一人で何を話している?
「なかじ・・あっ。」
 そっとドアを開くと面白い場面が見えた。




*  *  *  *  *

なんだか微妙な話になってきましたが、中嶋さんお誕生日おめでとう話です。
ワイルドタ/ーキ−は、きたかたさんの小説によく登場する
お酒なのですが、王様あたり読んでそうな気がするなあ・・と思って出してみました。
小説にあこがれてワイルド/ターキ−を飲み始めてみたりして、そうして男とは・・とか言いながら闘っているうちに喧嘩が強くなっりしちゃう莫迦な感じがあると楽しいなあと
思うわけです。
では、後半へどうぞ・・・。。







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