呪  縛


「ほお?」
 ぺたりと床に座り込み、啓太はひとり甘い声を上げていたのだ。
「好き・・・中嶋さん・・・・・・。」
 軽く目を閉じ行為に没頭している姿に笑いながら、俺は裸になると壁にもたれかかりグラスの中身を舐めながらその行為を見つめる。
「なか・・・んっ・・・・・。」
 途中で放り出したのだから無理はないにしろ、これはお仕置きものだろう?・・な?啓太。
 笑い出したいのを堪えながら、震える体を見つめる。
 時折ビクリと反応しながら啓太は俺の名前を呼び続けている。耳まで赤く染め、うっとりとした顔で、濡れた唇で名前を繰り返す姿はなかなかのものだ。
「・・・。」
 普段は幼すぎる位だというのに最中の啓太は驚くほど変わる。別人かと思うほどに妖艶になる。
 潤んだ瞳も、ぬれた唇も上気した白い肌も、俺の言葉に行為に卑屈なまでに従順で、逆う事を知らない。
「あ・・ああっ。・・んっ。んんっ。」
「・・・そろそろか?」
 タイミングを見計らい、グラスの中身を氷ごと全部啓太の頭上から浴びせかける。
「ひっ。」
 ビクッと全身を震わせ、そうして啓太は果てた。
「何をしている?啓太?」
 散々見ていて『何をしている』もないものだと心の中で苦笑しながら見下ろす。
「な、中嶋さん・・・。」
「これはどういうことだ?啓太?」
 笑い出したいのを堪えて、口の端を上げ見つける。楽しくて仕方が無かった。
「ごめんなさい。でも、俺・・・でも・・。」
「一人でするほど欲しかったのか?でも、待ても出来ないんじゃ犬以下だろう?」
 床に散らばった氷の欠片をひとつだけ拾い上げ、手のひらで弄びながら笑うと、啓太は怯えたように俺を見上げた。
「ごめんなさい。」
 しょんぼりと今にも泣き出しそうに謝る啓太の顔。それを機嫌よく見つめる自分。
 まったく俺は屈折してるなと改めて思う。
 笑う啓太の顔よりも、こういう顔をもっと見たいと思う。
 傷ついてぼろぼろになりながらも、それでも俺に従い、俺との行為を望む。
 どんなに傷つけられようと、どんなに悲しい目に遭おうと健気とも卑屈とも取れるほどに俺の後を追う。涙を流しながら、戸惑いながらもそれでも・・・俺の傍を離れられない。
 その姿を見るたびに、もっともっとその顔が見たくなる。
 落ちて来い啓太。俺のところまで。
 もっともっと、もう二度と離れられないところまで落ちて来い。
 ぞくぞくする・・その顔。何度も繰り返し見たくなる。
「中嶋さん・・。」
「くくく、お前が淫乱なのは今に始まったことじゃない。なあ、啓太そうだろう?」
 学生会室での始めての行為。あの日からすべて始まった。
 あの頃、自分の気持ちが良く分からなかった。だけど、欲しくて欲しくてたまらなかった。
 始めて見る存在。
 人を疑うことを知らず笑う。俺がどんな人間かも知らずに笑う。
 その無邪気な瞳が、快楽の中でどうか変わるのかが見たかった。俺の腕の中でどう変わるのかが知りたかった。
 そして、そう感じたのは俺だけでは無いと気がついた。
 啓太に関わった人間達が同じように啓太を欲しがっている事に気がついたのだ。
「俺・・だって俺。」
「もともとの素質。それに俺が快楽を教えた・・・お前が淫乱でどうしようもない人間になっても仕方のない事ではあるな。」
 誰かの色に染まる前に、俺のものだと意識の中に刷り込んだ。好きだと思い込ませた。
 何も知らない人間に、強い刺激を与えた。
 キスすらろくにしたことのない子供に、快楽を教え込こんだ。
 自分のものにしたくて。
「そんな・・・俺・・ひっ。」
 手首を掴み、ぐいっと力任せに引っ張り上げる。
「な。・・・・・ん。」
「・・・・・くくく、アルコール臭いな。」
 抱きしめてバーボンに濡れた肌を舐める。舌先に感じるのはあの、独特の甘味と香り。
「中嶋さん・・。」
「甘いな。」
 体の中を電流が走る。その顔を見ているだけでゾクゾクする。
 啓太の瞳は、その声は、いつだって俺を興奮させる。


 もう顔も覚えていない相手との数限りない行為。思いつく限りのプレイ。相手に恥辱を与え従わせる快感。ハードに刺激を求め、一時だけ狂う。その時間が好きだった。
 相手に不自由したことなど無い。いつだって面白可笑しく心のままに楽しんだ。
 なのに・・・なのに・・どうだ?これは・・どうだ?
 他の奴らと何が違う?分からない。でも、確実に何かが違っていた。それだけはあの時わかった。
「中嶋さん、怒らないで。嫌いにならないで。俺、俺・・・だって・・。」
「黙れ。」
 今体に流れるこの感じ。ゾクゾクと痺れる様なこの感覚。他の相手には感じたことの無い感覚。
 もっともっとその顔が見たくなる。怯えたように震える瞳。何かを期待するように開かれた唇。上気した肌。
 涙に濡れる啓太の顔を見るたびに興奮する。
 もっともっと見たくなる。もっともっと欲しくなる。
 まるで麻薬と同じだ。
 もっともっと欲しくなる。切れることなく欲しくなる。耳に届く甘い声が、熱く火照った体が欲しくなる。
 だけど、これは恋じゃない。愛しいなんてそんな生易しい気持ちじゃない。
「え・・・。あっ。」
 氷の欠片を、啓太の首筋に触れさせる。
「な、なに・・?」
「さあな。」
 抱きしめたまま、敏感な部分に触れていく。
「冷たっ・・・中嶋さん・・。」
 冷気に鳥肌をたてながら、啓太の体は敏感に反応していく。
「なんだ?」
 小さな氷の欠片をただ肌の上に滑らせているだけだというのに、律儀に反応していく啓太の顔を眺めながら笑う。
 お前が運が良いなんて、勘違いもいいところだ・・と。
「お前はこんなものにも反応するんだな?いらやしい子だ。」
 この学園に運悪く来てしまったのが、すべてもの始まり。
「だって。」
 転校さえしなければ、俺に逢うことはなかった。こうして俺に捕まることもなかった。
「だって・・なんだ?」
 あの日あの場所にいなければ、MVP戦のパートナーに俺を選ばなければ・・そうすれば・・。
「中嶋さんだから・・だから俺・・。」
 これは恋なんかじゃない。
「ほお?さっきは一人でして感じていたようだが?」
 これは愛しいなんて気持ちじゃない。
「・・・でも・・。」
 だったらなんだというんだ?手放したくない。他の人間になんて渡せない。
「でも?」
これは俺のだ。俺だけのものだ。
「中嶋さんでした。俺・・・俺・・。」
 そう、俺のものだ。
「相手は俺だったと?だが俺じゃない。本物の俺じゃあない。」
 たとえ啓太の想像でも、俺以外の人間が抱くのは許せない。それが想像の俺だとしても同じだ。
 欲しがる相手は俺じゃなきゃいけない。いつだって。それ以外は許さない。
「どんな風に想像した?啓太。」
 そう、これは執着。ただの執着心。お前は俺のものだ。俺だけのものだ。
「中嶋さん。」
「ほぉら、鏡に映っているのは誰だ?お前は何に感じてるんだ?」
 啓太の体を反転させ背中から抱きしめながら、壁の鏡に姿を映す。
「いや・・。」
 氷の欠片で啓太のもっとも敏感な部分に触れると、啓太は鏡から眼をそらし、ビクツと体を仰け反らせてしまうから、更に刺激を繰り返しながら、耳元にささやく。
「ほら、何をそんなに欲しがってるんだ?啓太。さっき達したばかりだろう?そんなに腰を揺
らして何が欲しいんだ?
ん?いらやしい子だな本当に。」
 ビクビクと震える体が、鏡に映る姿が興奮を伝えてくる。
「あっ。な・・・。」
「なんだ?啓太。」
 首筋から腰へ向かって氷の欠片を滑らせていく。
「はあっ・・。」
 ゆっくりと下へと焦らすように動かすと、啓太は甘い甘い声を上げ、まぶたをぎゅっと閉じてしまう。
「中嶋さん・・・。中嶋さんが・・・あ。」
 啓太の体温で溶けてだいぶ小さくなってしまった氷の欠片で、入り口を撫で上げると、啓太はびくりと背中をのけぞらせた。
「中嶋・・・さん。」
「ふん。」
 氷の欠片を床に落とし、乱暴に触れる。
「はあ・・。」
 指先に感じる生暖かい感触。やわやわとくすぐるようにしながら中へと入り込むと啓太は、ふるふると首を振り声を上げる。
「中嶋さん・・中嶋さん!」
「ならす必要もないな。」
 時間が少し経っているとはいえ一度しているし、さっきのこともある当然・・か。
「本当に淫乱で・・・どこででも欲しがって・・。」
 濡れた指を引き抜き啓太の体にこすりつけながら、笑う。


 それでいい。もっともっと淫乱に狂えばいいんだ。
 その瞳を狂喜に濡らして、俺の足元にすがりつく。その姿がみたい。


「ひ・・酷い。」
 落ちて来い、啓太。もっと、もっと落ちて来い。
 俺のところまで。
「酷い?本当の事だろう?違うのか?」
 笑いながら腰を抱き寄せ、鏡越しに見つめる。
「お前は俺が今まで見たこともない程の淫乱でどうしようもない奴だよ。」
 耳元に囁くのは、刷り込みのための呪文。


 落ちて来い。啓太。
 もう這い上がることなど出来ない深みまで落ちて来い。


 そうして俺だけを、朝も昼も夜も・・・俺だけを見つめて、俺だけを感じていろ。
「酷い・・・酷いです。中嶋さ・・・あ。」
「酷い?こんなに俺は優しいだろう?」
 口の端だけを上げ見つめる。
 啓太の太ももに、昂ぶった俺自身をこすりつけながら、耳朶を甘噛みする。
「あ。」
「なあ、啓太?お前は誰のものなんだ?」
「中嶋・・中嶋さんです。」
 啓太のそれを右手で撫で上げながら、先端を軽く爪で引っかくように刺激しながら弄ぶと達したばかりの癖に簡単に反応し始めるから笑ってしまう。
「あっ・・・。お、俺は中嶋さんのものです・・・。なか・・・・・中嶋さんだけが俺を・・・俺・・・。」
「なら、二度と一人でするな。いいな?」
「え?」
「お前の欲望は俺が管理する。」
 欲望も何もかも、お前のすべて俺のものだ。そう決めた。
「え・・・・・ひっ。」
 啓太の中に入り込む。
「な、なかじ・・・ん・・・ああ。」
「返事は?」
 ゆっくりと動かしながら、啓太自身へ刺激を与えると啓太の体はぎりぎりと締まりだす。
「し、しません・・・に、二度・・二度と・・・。」
 動くたびに、首にかかったドックタグがゆれる。
「中嶋さ・・・なか・・ああ。」
 びくんと体を震わせ、細い首を仰け反らせながら啓太が叫ぶ。
「俺っ、俺は・・・な、中嶋さんのもの・・・・・あああっ。」
「ああ、そうだ。」
 それは刷り込みの呪文。お前を縛るための言葉だ。 
「好き・・・はあ・・・・中嶋さん・・・・・・・。」
「お前は、俺のものだ。」
 忘れるな啓太。お前はずっと俺のものだ・・。


*********


「くう。」
 眠る啓太を見つめながら、無意識に胸元に手がうごいた。


「・・・ったく。」
 トノサマの鈴と俺のドッグタグ・・・か。
「同じか?これは。」
 眠る幼い顔。
 なんにせよ他人から貰ったものを身に付ける日が来ようとは思わなかった。
「ふん。」
 ピシリと啓太の額を指先で弾く。
「ん・・。中嶋さん?」
 その振動で啓太が目を覚ました。
「なんだ?」
 起こしておいて『なんだ?』もないものだ。
「へへ。好きです。中嶋さん・・・・・お誕生日・・・おめでとうございます。」
 むにゃむにゃと寝ぼけたように言いながら、胸に擦り寄ってくる。
 素に戻った啓太は、ただの幼い子供だ。ただの世間知らずな子供。
「めでたいか?」
「はい・・・・・世界で一番素敵な日です。俺の・・一番大事な・・・・日。」
 ふにゃりと笑い、そうしてまた眠りの中に落ちていった。
「ふん。」
 自分の誕生日がめでたいとか嬉しいとか、そんな風に思ったことなど一度だって無かった。
 誰かが言い出さなければ思い出しもしない。それが誕生日だった。
「だったらお前にくれてやる。」
 誕生日なんて、俺には必要ない。大事だというならお前にやる。
「お前のものだ。受け取れ。」
 眠る啓太の髪に触れながら、ささやく。祝うのもめでたいと騒ぐのもお前だけの権利だと。


 それは新たな束縛の呪文かもしれないと思いながら。
                                         Fin





*  *  *  *  *

お、お祝いの・・話ですか?これ?
なんだか凄く微妙ですが、誕生日の夜の話なので、お祝いです(言い切りました。)
オフィシャル様の、あの学生会室のドアを閉じた後の話・・ということで。
プレゼントは勿論ドッグタグです。
すみません、王様との酒盛りの場面が書きたかったんです〜。後は色々出来心・・・。
それにしても、失敗でした。中嶋さんに一人称任せちゃいけませんでした。
これ、啓太君側からみれば、もう少し甘い話になってるかもしれないのですが、
なんだか、こんな感じになってしまいました。甘くてHな話になる筈だったのに・・。
違う方向に行ってしまいました。
そして、Hシーン・・・頑張ってみたものの・・人間努力だけじゃどうしようもない事って
あるんですよね・・。ううう。頑張って修行します。すみません。
そんな訳で、誕生日おめでとう話なので、今月一杯フリーです。もしもお気に召しましたら
どうぞお持ち帰りくださいませ。







いずみんから一言

みのりさまの書く啓太くんは相手キャラによって見事に顔が変る。
和希相手の強気な啓太くんもいいけれど、中嶋に翻弄される顔もまた良くて。




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