気がつかなかったんだ、見られていたことに。
「あ・・ああっ。・・んっ。んんっ。」
「・・・そろそろか?」
 何か声が聞こえた気がして、だけど夢中になっていて気がつかなかったんだ。
 絶頂が近くなって、俺の体はヒクヒクと震えだして、そして
「ひっ。」
 突然何かが振ってきて、俺はびくりと体を震わせた。その拍子に体の熱も放出してしまう。
 アルコールの匂い。冷たい感触が全身に残る。
「何をしている?啓太?」
 背後から声が響いて慌てて後ろを見ると、裸の中嶋さんが立っていた。
「な、中嶋さん・・・。」
 見られた。
「これはどういうことだ?啓太?」
 見られていたんだ。
・・・・・グラス?じゃあ、さっきの冷たいのは・・・。
「ごめんなさい。でも、俺・・・でも・・。」
 うつむくと、髪の毛からぽたぽたと雫が落ちてきた。
「一人でするほど欲しかったのか?でも、待ても出来ないんじゃ犬以下だろう?」
 怒ったような、機嫌の悪そうな声で中嶋さんが言う。
 床に散らばった氷の欠片をひとつだけ拾い上げ、手のひらで弄びながら笑うから、俺は恐る恐る顔を見上げる事しか出来ない。
「ごめんなさい。」
 謝っても許してくれるはずなんか無いけど、でも謝るしかない。
 機嫌が良かったのに、楽しそうだったのに、俺がそれを台無しにしちゃったんだから。
「中嶋さん・・。」
「くくく、お前が淫乱なのは今に始まったことじゃない。なあ、啓太そうだろう?」
 中嶋さんが笑う。
「俺・・だって俺。」
「もともとの素質。それに俺が快楽を教えた・・・お前が淫乱でどうしようもない人間になっても仕方のない事ではあるな。」
 浴びせられるのは、酷い言葉。でも仕方ない。怒られても仕方のないことをしたんだから。
 だけど、だけど・・・悲しい。
「そんな・・・俺・・ひっ。」
 手首を掴み、ぐいっと力任せに引っ張り上げられてしまう。
「な。・・・・・ん。」
「・・・・・くくく、アルコール臭いな。」
 抱きしめて首筋を舐めながら、中嶋さんが笑う。
「中嶋さん・・。」
 どうしよう、そんな場合じゃないのに、体がまた熱くなってきてしまう。
「甘いな。」
 怒ってるのか機嫌がいいのか、中嶋さんの気持ちは表情だけじゃ全然判断できない。
 触れる舌先も、くすぐるように滑る指先もただ焦らすように俺の体の上を動いていくだけだ。
「中嶋さん、怒らないで。嫌いにならないで。俺、俺・・・だって・・。」
 せめて何か言い訳を・・・そう思って口を開いた。
「黙れ。」 
「え・・・。あっ。」
 首筋に冷たいものが触れ、俺はびくりと体を震わせた。
「な、なに・・?」
「さあな。」
 中嶋さんの手の中の・・・氷?さっきの?
「冷たっ・・・中嶋さん・・。」
 冷気に鳥肌が立ってしまう。だけどそれ以上にゾクゾクと感じてしまう。嘘だ・・・氷・・だよ?
「なんだ?」
 中嶋さんは、小さな氷の欠片をただ肌の上に滑らせているだけだっていうのに、俺の体は簡単に反応し始めてしまった。
「お前はこんなものにも反応するんだな?いらやしい子だ。」
 嘘だ。そんな事ない。
「だって。」
「だって・・なんだ?」
「中嶋さんだから・・だから俺・・。」
 相手が中嶋さんだから、だからだよ。
「ほお?さっきは一人でして感じていたようだが?」
 冷たい声。本気で怒ってるんだ。
「・・・でも・・。」
 否定が出来ない。でも、でも・・俺。
「でも?」
「中嶋さんでした。俺・・・俺・・。」
 必死に・・・泣くのを必死に我慢して、やっとそれだけを言う。
 言い訳だけど、事実だから。それだけは事実だから。俺、中嶋さん以外の人なんか絶対に嫌だから。
「相手は俺だったと?だが俺じゃない。本物の俺じゃあない。」
 なのに、中嶋さんには伝わらない。俺の言葉・・・聞いてさえもらえないんだ。
「どんな風に想像した?啓太。」
 冷たい瞳が俺を見つめるから、俺は悲しくなってしまう。
「中嶋さん。」
 涙が出そうで、でも自業自得なのに泣くなんて出来なくて、だから俺は必死に唇を噛んで我慢する。なのに、
「ほぉら、鏡に映っているのは誰だ?お前は何に感じてるんだ?」
 中嶋さんはくるりと俺の体を反転させると背中から羽交い絞めにして、壁の鏡に姿を映す。
「いや・・。」
 氷の欠片で俺のもっとも敏感な部分に触れながらそんな事言われて、悲しくて情けなくて仕方ないのに、なのに体は俺を無視してどんどん感じていくから、鏡から目をそらしてしまう。
 見たくない、こんなの・・・でも中嶋さんは、更に刺激を繰り返しながら、悪魔の言葉を耳元にささやく。
 だから・・・・。
 ただの氷の欠片が滑るだけなのに、俺はさっきよりもっともっと体が熱くなってきてしまう。
 ビクビクと震えて、無意識に腰を揺らしてしまう。
「ほら、何をそんなに欲しがってるんだ?啓太。さっき達したばかりだろう? そんなに腰を揺らして何が欲しいんだ? ん? いらやしい子だな本当に。」
 ビクビクと体が震える。中嶋さんの声ってなんでこんなに色っぽいんだろう。
 興奮してる?少しだけ声がかすれてる・・。
 中嶋さん・・俺に興奮してくれてる?本当に?
「あっ。な・・・。」
 悲しいのに、悲しくてたまらないのに、なのに中嶋さんの腕の中で俺はどんどん理性を失っていく。
 欲しくて欲しくてたまらなくなる。
 中嶋さんに触れて欲しくて、もっと早く感じさせて欲しくてたまらなくなる。
「なんだ?啓太。」
 首筋から腰へ向かって氷の欠片が滑っていく。
「はあっ・・。」
 ゆっくりと下へと焦らすように動くから、俺は深く息をつき、まぶたをぎゅっと閉じてしまう。
「中嶋さん・・・。中嶋さんが・・・あ。」
 冷たい氷の欠片が熱くなった部分に触れるから、俺はびくりとしてしまう。
「中嶋・・・さん。」
 触って欲しい。氷なんかじゃなく、中嶋さんに触って欲しい。
「ふん。」
 その願いをこめて鏡越しに見つめると、中嶋さんはつまらなそうに、小さくなった氷の欠片を床にポイと捨てた。
「はあ・・。」
 そうして俺の望みは少しの衝撃と共に叶えられたのだ。
 敏感になった部分をやわやわとくすぐるようにしながら、中嶋さんの長い指が中へと入り込むから、俺はふるふると首を振り声を上げてしまう。
「中嶋さん・・中嶋さん!」
「ならす必要もないな。」
 呆れたような声に、更に心がチクチクと痛くなりながら、でもそれ以上に嬉しくて仕方が無くなる。
 お願い、もっと、もっと。中嶋さん・・・俺に触って、中嶋さん。
「本当に淫乱で・・・どこででも欲しがって・・。」
 濡れた指を引き抜き俺の体にこすりつけながら、中嶋さんはあざけるように笑う。


 表面だけじゃ中嶋さんの心は分からないんだ。
 笑っていたって、いくら優しくしてくれたってそれが本心かなんて莫迦な俺には分からない。理解なんか出来ない。
 だから俺は・・・寂しくなる。不安で不安でたまらなくなって、心が押しつぶされそうになる。
 好きなのは俺だけなんですか?欲しがってるのは俺だけなんですか?
 触れられてる間だけが、安心できるんだ。腕の中で何も考えられなくなるほど感じていれば安心できる。傍にいていいんだと思えるんだ。


「ひ・・酷い。」
 俺を悲しませる言葉ばかりを言う人。俺の傷つく言葉を選んで話す人。
 なのに・・・嫌いになれない。
「酷い?本当の事だろう?違うのか?」
 中嶋さんの本心は俺には理解できない。
 だっていつだって余裕で。皮肉たっぷりで。
 優しいかと思うと気まぐれで、クールかと思うと驚くほど熱い。 
「お前は俺が今まで見たこともない程の淫乱でどうしようもない奴だよ。」
 中嶋さんの言葉はいつも冷たくて、俺を傷つけてばかりいる。
 笑う声に俺の心はどんどん傷ついていく。傷ついて傷ついてそうしてぼろぼろになっていく。
 だけど逃げられない。嫌いになれない。
 俺を傷つけてばかりいるこの人から、逃げるチャンスはいくらだってあったのに、いつも俺は自分から近づいて行ってしまう。
 いつも、いつもそうだ。
 中嶋さんの傍に居たくて。ただ傍に居たくて。
「酷い・・・酷いです。中嶋さ・・・あ。」
 どんなに悲しい目にあっても、どんなに心や体を傷つけられても、それでも中嶋さんの傍がよかった。
 中嶋さんの傍にしかいたくなかった。初めて逢ったあの日から・・・ずっと。
「酷い?こんなに俺は優しいだろう?」
 口の端を上げ俺を嘲け笑う酷い人。
 勝手で、意地悪で、気まぐれで、本心なんか決して俺には見せてくれない、だけど、俺の大切な人・・・・。
 中嶋さんは熱くなった自身をこすりつけながら、耳朶を甘噛みするから、俺はカクリと体の力を失ってしまう。
「あ。」
 中嶋さんの熱に触れて、俺はどうしようもなく嬉しくなってしまう。
「なあ、啓太?お前は誰のものなんだ?」
 そんな事決まってる。俺は、俺は中嶋さんのものだ。
 中嶋さんはそうじゃないのかもしれないけど、でも俺は中嶋さんのものなんだ。
「中嶋・・中嶋さんです。」
 昂ぶった俺自身を右手で撫で上げながら、中嶋さんは笑う。
 俺が真剣になれば成る程、中嶋さんは皮肉な笑い声ですませてしまうんだ。
「あっ・・・。お、俺は中嶋さんのものです・・・。なか・・・・・中嶋さんだけが俺を・・・俺・・・。」
 それでもいい、俺の気持ちを無視しないで居てくれるなら、嫌がらないでいてくれるなら、それでもいい。
 中嶋さんのものだよ。俺はずっとずっと・・中嶋さんだけのものだよ。
 分かってくれなくても、中嶋さんは違っても、俺は・・・。
「なら、二度と一人でするな。いいな?」
 強い声が俺を一瞬正気に帰した。
「え?」
 驚いて、顔を上げると鏡越しに中嶋さんが怖い顔で見つめていた。
 怖い顔・・・違うこれは・・・・これは・・・。
「お前の欲望は俺が管理する。」
 俺、なに見てたんだろう。今まで。中嶋さんの心が分からない・・なんて・・・。
「え・・・・・ひっ。」
 呆然と鏡を見つめていた不意をついて、中嶋さんは俺の中に入ってきた。
 熱と共に入ってきて、苦しいくらいに俺を抱きしめてそして・・・。
「な、なかじ・・・ん・・・ああ。」
 鏡の中の瞳が俺を見つめる。
「返事は?」
 ゆっくりと動かしながら、俺自身へまで刺激をくれるから、俺は素直に反応してしまう。
「し、しません・・・に、二度・・二度と・・・。」
 瞳が見つめる。こんな目で今までずっと俺を見ていたの?中嶋さん。
「中嶋さ・・・なか・・ああ。」
 びくんと体を震わせ、首を仰け反らせながら叫ぶ。中嶋さんの動きに俺は声を上げながら、体を仰け反らせてしまう。
 熱くて熱くて・・・。狂いそうになる。
 鏡越しに見つめる視線が・・・・もっともっと狂わせる。
 知らない、知らなかったこんな視線。知らなかったこんな瞳で見てくれてたって事。
 やっとわかった。俺、やっとやっと分かった。


 見つめられるのが、好きだった。
 いつもは冷たい瞳が俺が乱れるたびに熱を帯びてくるから・・だけど、こんなに強い眼差しを俺は今まで知らなかった。
 知らない・・そんな顔・・・俺を見つめる目。知らない・・・知らなかった。
 俺だけが欲しがってるんだとずっと思ってた。俺だけが好きなんだってずっと思ってたんだ。
 なのに、なのに・・・・。
「俺っ、俺は・・・な、中嶋さんのもの・・・・・あああっ。」
 見つめる瞳は怖いくらいに真剣で、俺はやっと分かったんだ。中嶋さんが俺を欲しがってくれてるって事。
「ああ、そうだ。」
 そうしてやっとわかったんだ。俺が気がついて無かっただけだったって事。
 欲情・・・。射殺されてしまうんじゃないかと思うほどの強い欲情の瞳。
「好き・・・はあ・・・・中嶋さん・・・・・・・。」
 俺は、俺はこの瞳にずっと抱かれていた。
 中嶋さんは俺を欲しがってくれてたんだ。ちゃんと。
「お前は、俺のものだ。」
 ほら、俺の欲しい言葉をちゃんとくれるじゃないか。
「中嶋さん・・・・。」
 涙が出そうになる。俺何を不安になってたんだろう。
 望めばいいんだって言ってたじゃないか。俺が望むものをくれるって言ってたじゃないか。
「・・俺の全部中嶋さんの・・ものです。」
 欲しい。もっともっと俺を追い詰めてよ中嶋さん。
「俺の心も・・体も・・・全部・・・・俺の欲望も・・・。」
 だから中嶋さん。あなたを下さい。
 俺だけをいつもその目で見ていてください。
「俺はあなただけのものです。」

 

*********

 

「ん・・。中嶋さん?」
 腕の中でぐったりとしながら俺は幸せに浸っていた。
 体がだるくて、凄く凄く疲れていて、俺は半分夢の中にいるような状態だった。
 だけどこれだけは今伝えなきゃって・・必死に口をひらいた。
「なんだ?」
 そっけない声・・・だけどそんな事も気にならないくらい俺は幸せだった。
「へへ。好きです。中嶋さん・・・・・お誕生日・・・おめでとうございます。」
 そう言いながら、頬を中嶋さんにすり寄せる。
「めでたいか?」
「はい・・・・・世界で一番素敵な日です。俺の・・一番大事な・・・・日。」
 そう、俺の一番大切な日。
「ふん。」
 なのに中嶋さんはどうでも良いって感じに笑から、俺の髪を撫ぜながらそうやって笑うから、俺も笑って・・そうして夢の中に落ちていく。
「だったらお前にくれてやる。」
 これは夢?
「お前のものだ。受け取れ。」
 夢でもまぼろしでもいい。あなたの傍にこうしていられるなら。なんだってかまわない。
「・・・・・・。」
 だから、ずっと傍に居させてください。
 来年も、再来年も、これから先ずっとずっと誕生日を俺に祝わせてください。
 心の中でお願いしながら、俺は眠りの中に落ちて行った。中嶋さんの腕の中で。


 生まれてきてくれて、俺を傍に居させてくれてありがとうございます。中嶋さん。
 お誕生日おめでとうございます。  


                                     Fin


と、いう訳で啓太君サイドです。
ううう、日付が変わってしまいましたよ。もう20日ですが・・・
「中嶋さんお誕生日おめでとうございます」なのです。








いずみんから一言

以前、フリーだった「呪縛」を頂いて帰ったとき、この「抱擁」と並べてupしたかった。
それがこんな思いがけない形でかなうなんて思いもしなかった。
かなわなくても良かったのにね……。




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