第一次接近遭遇<Side Omi> 2






 コックが開いたままのシャワーヘッドからお湯がザアザアと降り注ぐ。
「匂いは取れましたか?」
 僕の言葉に強い水流の下から、彼は不自由そうに顔を上げた。
 バスルームに彼を連れてきたのは、彼の身体からあの女性からの移り香と思しき香水の香りがしたから。
 その甘ったるい香りは中嶋さんにしな垂れかかっていた彼女そのもので、僕を堪らなく不快な気分にさせた。
 シャワーを止めて跪き彼の首筋に鼻を近づけてみても、もうカルキ臭を微かに含んだお湯の匂いしかしない。
 その事に満足した僕が微笑むと彼はふん、と鼻で笑った。
 それが気に入らなかったので、中嶋さんの首筋に歯を立てる。容赦なく彼の肌を味わうと、痛みのためか身体が跳ねた。
「…………っ、痛っ!よせ!」
 少し強く噛み過ぎたのか白い首筋に血が滲み、それを舐め取るように舌を這わせれば、切なげな吐息を漏らしながら身を捩った。
 中嶋さんはシャワーヘッドのホルダーに手首のネクタイを引っ掛けて、ぶら下がるような形になっている。もちろん彼は背が高いから完全にぶら下がることなんて出来ないけれど、腰が浮いた不自由な体勢と滑り易い足元では完全に自由を奪われたも同然だ。
 濡れた淡い水色のシャツ一枚が張り付いているだけという扇情的な格好は、見ているだけでも結構楽しい。
 水分をたっぷり含んだ長い前髪を掻き上げると、眼鏡のない澄んだ黒瞳が目に飛び込んでくる。そこには普段の冷徹な光でもなく、情事の時の快楽に浮かされた熱でもない、見たことのない感情が浮かんでいた。
 彼らしくない、どこか苦悩するような、戸惑うような……そんな「頼りない」と表現したくなる瞳の色に僕の「雄」の部分が反応する。
「……なんて目をしているんですか」
「…………犯るならさっさと犯れ」
 唇に指を這わせればその視線とは裏腹に挑発的な言葉を吐く。
「…………本当に可愛げのない」
 ボタンが全部外れたシャツの合わせ目に手を差し入れて滑らかな脇腹の感触を楽しめば、まるでその先を期待するかのように吐息が甘くなるというのに。
「どうせ直ぐに僕の下で喘ぐことになるんですよ?」
「…………っ、う」
 柔らかいままの乳首を容赦なく抓み、指の腹で捏ね回せばあっという間に赤く色づいて硬くなる。唾液を乗せて舐め上げ、いつもより強く歯を立てれば苦鳴を上げて腰が揺れる。
「……感じているんですね。いつもより痛くしているはずなのに」
 慎まし気にシャツの裾で隠れている中嶋さんの欲望は、確実に昂ぶり始めていた。揶揄するようにシャツの上からそっとなぞると、漏れ出る声を堪えるために唇を噛む。
「声を我慢しても無駄ですよ。却って辛いだけです」
 そんな揶揄するような僕の言葉にも、中嶋さんは何も言わずに目蓋を伏せている。いつもなら打てば響くような悪態を吐いてくるのに。
 余裕?それとも僕を馬鹿にしているのか…………?
 彼のその姿勢を崩したくて欲望の先端の窪みに爪を立て、抉るように動かせば中嶋さんの背が撓って甘い声が漏れる。
「うっ……くっ、は……」
「ああ、それともあなたは本当にどうしようもない淫乱で変態ですから、こんな程度ではあなたを満足させられないと、そういう事ですか?」
 痛みだけではなくちゃんと気持ちよく感じているのか、そこからとぷりと透明な涙が溢れ出す。更にしつこく弄り回すと、面白いように溢れてきて僕の指と彼自身をしとどに濡らした。
 滑りが良くなったそれに指を絡め、射精を促すだけの強さと速さで扱き上げるとあっという間に硬度を増す。
「いつもより反応が早いですね。ああ、やっぱりあなたはこういうプレイがお好きなんでしょう?」
「…………ふっ、う……あっ」
「あまり動くと手首を傷めますよ」
 濡れたネクタイはきつく締まって中嶋さんの手首を圧迫しているに違いない。そんなにいやらしく腰をくねらせたら擦り切れてしまうというのに。
「………………あ、あっ…………っ!?」
 もうあと少しで彼が達する、というところで手を放した。
「…………っ、七、条……?」
 続きを強請るように僕に向けられた快感に濡れた瞳。拘束されながら快楽を求め、腰が揺れ続ける浅ましい姿態。
 こんな彼の痴態は僕の身体をどうしようもなく興奮させるというのに、頭はぞっとするほど冷え切っていた。
「…………僕は、あなたにとってお気に入りのセフレでしかないんですか?」
「………………耳障りのいい言葉を与えてやるのは、簡単だが…………」
 僕のその言葉に、荒い息をつきながらも彼は口の端を小さく歪めた。
「…………俺が、どんな言葉を言ったとしても、今のお前には届かない」
「……………………そうでしょうね」
 そう、例え彼が僕を「愛している」と言ったとしても……また、「お前はただのセフレだ」と言ったとしても。
 今の僕にはそのどちらも信じることが出来ない。
 何故なら………………言葉以前に、今の僕が彼の事を信じていないから。
 今日、あのホテルの廊下で中嶋さんと会うまではそうでもなかったような気がするけれど。
 その上混乱して正常な判断が出来る状態ではないのに、こんな茶番を続けても意味はない。
 こんな風に中嶋さんを痛めつけて、よがり狂うほど感じさせて、僕が望んでいると思しき言葉を吐き出させても。
 彼の紡ぐ言葉が僕の心に届かないのなら、こんな行為はマスターベーション以下だ。
「……七条」
 不意に名を呼ばれて顔を上げる。
 かなり薄くなった湯気の向うで彼が笑っていた。こちらを嘲笑うようなものではなく、見下すようなものでもなく……誘惑し堕落させるようなものでもなく。
 ただ、笑っていた。いっそ爽やかなと形容したくなるくらいに清々しく。
「キスしてやる、こっちに来い」
 …………まったく、何て傲慢な口ぶりだろう。
「お断りします」
「……それならお前がキスしろよ」
「どうして僕が…………」
「キスさせてくれ」
 その命令口調の「お願い」に僕はため息をひとつついて彼の頬に手を添えた。
 …… 別にキスに大して深い意味は無いのだから。そう自分に言い聞かせながら顔を近づける。
 首を伸ばした中嶋さんから与えられたのは、想像していた濃厚なキスとはまったく違う羽毛のような軽いキス。面食らった僕に彼は掠れた声で囁いた。
「俺を抱けよ。嬲って焦らして滅茶苦茶にすればいい。お前にはその権利がある」
 ………………本当にどうしてこの人はこんな時に限って、こんな可愛い事を言うのだろう。
「つまりあなたはあの女性とホテルに行った事を僕に謝罪したいと、そう言うのですか?」
「それについてはお前に詫びる必要はない」
 ………………………………前言撤回。やっぱり可愛くない。
「今日はお前の誕生日だろう?プレゼントは台無しにされたが、お前が俺を抱けば半分目的達成だ」
 ………………は?
「プレゼントを台無しにされたって…………んむ」
 どういう事だと訊こうとした僕の口を、イコールセックスとでも形容するしかないキスが塞いだ。辛いはずの体勢から首を伸ばし、差し込まれた舌が僕の舌を絡め捕って吸い上げる。彼の舌が僕の性欲を煽るよう巧みに誘うものだから、つい彼の腰を引き寄せてキスに応えてしまう。
 彼とのキスは美味しいから……どんな美酒やお菓子よりも甘く僕を酔わせるから、たかが混乱している程度のことで拒否するなんて思いつかない。
 一体、キスだけで何分費やしたのだろう。名残惜しく思いながら唇を離した僕の耳を、酸素を求める彼の忙しない呼吸と熱い息が掠めていく。
 潤んだ瞳を覗き込めばそこには隠しようもない、いや隠すつもりもなさそうな情欲の炎がちらついていた。
「あなたは酷くして欲しいんですか?」
「……お前がそうしたいんだろう?」
 顎を動かして指し示したのは恐らく拘束された手首。
「………………僕が嫉妬深いのはご存知ですよね」
「あの馬鹿に妬くくらいだからな」
「では、今日は大人しく僕の嫉妬の炎に焼かれてください」
 彼の右脚を抱え上げ、最奥の蕾の周りに指を這わせてゆっくり撫でた。すっかり刺激を覚えているソコは、その程度のことでもあっさり口を開く。
「物欲しげにひくついてますよ。こんな身体をしていながら女性なんて抱けるんですか?」
「…………」
 そんな貶めるような言葉にも彼は何も言わない。お決まりの「うるさい。しゃべり過ぎだ」の一言もない。
 ただ、目を閉じてゆるやかな刺激に耐えている。
 今日の僕は混乱していたが、中嶋さんもいつもと違う。痛烈な皮肉も卑猥な言葉もなく、僕のセックステクニックをからかうこともしない彼はまるで人が違ったみたいだ。
 先走りと肌に残る水滴を指で掬い取り、潤滑剤代わりにして彼の中へ捻じ込んでいく。湿った内壁は軽く探って掻き回すだけで、直ぐに僕の指に絡みつき奥へ奥へと誘おうとする。
 いつもよりしつこく彼の感じるところばかり攻めればびくびくと下肢が痙攣し、耐え切れないとでも言いたげに首が左右に振れた。閉じることも忘れた口からは唾液と共に、下半身を直撃する甘い嬌声が時折漏れる。
「……っ、七条……」
 もっと強い快感を強請る中嶋さんの声と眼差し。指なんかでは何本でも足りない、彼の痴態で充分過ぎるほど硬くなった僕のモノを挿れて欲しいと、僕の名前だけでそう告げる。
 今日の彼なら素直に強請ってくれるかもしれないのに、皮肉なことに今日の僕がそれを受け止めることが出来ないなんて。
「もう、我慢できないんですか?」
 スラックスのファスナーを下ろして下着の中から怒張したモノを取り出し、中嶋さんの尻に擦り付ける。その先走りで滑る感触にすら感じてしまうのか、肩が小さく震えた。
「挿れて欲しかったらちゃんと言ってください」
 入り口に先端だけ挿入し、直ぐにまた引き出す。張り出した部分を引っ掛けるように何度も何度も出し入れする。
 焦らす行為は中嶋さんにはさぞかし拷問のように感じられたことだろう。
「…………っ、あ……いっ、あ……」
 しなやかな背を撓らせて中嶋さんが嫌々をするように首を振った。開いたままの眦からは、生理的な涙が零れ落ちる。
「言わなければずっとこのままですよ」
 その耳元でわざと残酷にそう囁けば、触れ合った身体から彼が息を呑んだ気配が伝わってきた。
「……………………お前が…………」
 掠れたセクシーな声が湿気と共に僕に纏わり付き、蒼い翳りの差す目蓋が僕の目の前で閉ざされる。
「……欲しい…………………………臣」
 彼の声はまるで魔法のように僕の胸を直撃した。
 その言葉は信じるとか信じないとかそういうレベルではなく、怒りや不安や期待など僕の中で渦巻いていた混乱を、一気に押しやってしまうほどの力を持っていた。さながらパンドラの箱から飛び出した様々な災いのように、それらは遥か彼方に飛び去ってしまう。
 そして最後に残ったのは…………希望なんて生温いものじゃない、凶暴な情欲。
「…………っ、ひ、あ、っあ……っ!」
 いきなり奥まで貫くと、引き攣るような声を上げて中嶋さんの顔が仰け反る。腰を抱えてテクニックも何もなくただ激しく突き上げ、あらわになった首筋に跡を残す。何度も、何度も。
 彼の中は燃えるように熱く、僕を強烈に締め上げてきた。
 これでは長くもたない、なんて考える余裕はない。
 ただ、剥き出しの本能のまま彼を蹂躙するだけ。
「…………ああっ!っく、うっ…………」
 突き上げて、抉って、掻き回す暴力的な注挿に、彼は悲鳴のような嬌声を上げて達した。





 それから何度も中嶋さんの中を蹂躙し、苦痛と快楽を与え続けて一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。
 何度目かの欲望を中嶋さんの中に吐き出し、ふと我に返った僕は萎えた自分のモノを彼の中からようやく引き摺り出す。バスルームの壁に吊り下げられたままの彼の首は力なく垂れたままで、気を失っていることがはっきりと分かった。
 ぐっしょりと濡れて固くなったネクタイの結び目を何とか解くと、そのままずるずるとタイルの上に崩れ落ちる。
 白い手首には醜く腫れ上がり出血した拘束の痕。
 両脚の間からタイルの上に流れ落ちる僕の精液。
 滑らかな肌の上に残る僕がつけた歯形とキスマーク。
 セックスの最中、彼の身体を気遣うことなんて出来なかった。ただ頭が真っ白になるほどの欲望にまかせて彼を犯した。
 ……………………餓えにも似た渇望は癒されたのかどうかは、自分でも分からなかったけれど。
 中嶋さんの濡れたシャツを剥がしてバスタオルで身体を拭き、ベッドに寝かせて布団を掛ける。
 精根尽き果てたかのような中嶋さんの姿にも、申し訳ないとか可哀想な事をしたとかそういう感情は湧いてこなかった。
 僕の中は今、空っぽだ。
 僕を混乱させていた様々な感情は、煮え滾る情欲で綺麗さっぱり押し流されてしまったから。まだ日本に来てから郁に出会うまでの僕の方が、何らかの心の動きがあったように思う。
 取り敢えずすることがなくなった僕は、床に散らかったビールの缶を拾い集めた。僕が来る前に中嶋さんが飲んでいたものだろう。
 缶をミニキッチンの流し台の上に置いて戻ると、ふと椅子に放り投げたままのジャケットが目に止まる。
 僕がそれを手にしたのは、高価そうなそのジャケットが皺になるからという、なんてことのない理由だった。
 ジャケットをハンガーに掛けようとすると、渇いた音を立ててポケットから何かがふわりと落ちる。無造作に折りたたまれたそれはレシートというよりは大きめの領収書。
 思わず開いて見てみるとそこにはトウコさんが泊まっている……中嶋さんと会ったホテルの名前。
 気分が悪くなって細切れに破いてやろうとしたその時、ジュニアスイートルームの文字が目に入った。
 当日飛び入りで泊まれるような部屋ではない。
 そして右上の方には予約の文字と共に三週間ほど前の日付が。
 …………中嶋さんがホテルの部屋を三週間も前に予約していた?
 ………………僕の誕生日の為に?
 もしあの女性とのために予約したのだとしたら、僕に会ったぐらいで彼女を放り出して帰ってくるはずがない。
 その事実に気付いて、僕は思わずぶるりと震えた。
「中嶋さん……」
 気を失ったままの彼の肩に手を掛けて、がくがくと頭部が揺れるほど揺さ振った。
「中嶋さん……起きて」
 …………僕はとんでもない間違いを犯したんじゃないだろうか。
「中嶋さん!」
「…………し、ち……条?」
 目蓋が震えて彼の目が薄く開く。焦点の未だに合わないその瞳からは、何らかの感情を読み取ることは出来ない。
 僕の名を呼ぶ声はひび割れて掠れていた。あれだけ身も蓋もなく喘いだのだから、きっと喉が渇いているのだろう。
「水、飲みますか?」
 小さく頷いた彼に冷たいミネラルウォーターのペットボトルを、キャップを開けて差し出した。
「……んっ、く」
 中嶋さんは震える手でペットボトルを受け取り、シーツも顎も濡れるのも構わず一気に煽る。
「…………っ、くそ……」
 あっという間にペットボトルを空にすると、濡れた顎を指で拭って僕を睨みつけた。
「……いくら誕生日だとは言え、よくもまあ遠慮もなく好き放題やってくれたな?」
「………………中嶋さん」
「何だ?」
 僕の様子がおかしいのに気が付いたのか、中嶋さんが怪訝そうな目を向けてくる。そんな彼に僕は無言で手にしていた領収書を目の前で広げて見せた。
「…………っ!それは……」
 驚きに目を見開いた彼は取り戻そうと腕を伸ばすが、僕はそれを後ろ手に隠した。
「……………………あのホテルの部屋、予約していたんですね。僕のためですか?」
 領収書を取り戻す事を諦めた彼はそっぽを向く。僕からは頬の一部と耳しか見えないが、それがうっすらと上気していた。
 …………照れているんだろう、きっと。
「どうして…………言ってくれなかったんですか?」
「知るか」
「そんな言い方はないでしょう?」
「大体、先に出かけてしまったのはお前の方だろう」
「僕のせいですか?」
「篠宮から聞いたぞ。七条は女からの電話に鼻の下を伸ばして7日の予定を取り付けていたと」
 あの篠宮さんがそんな事を言うはずはない。ただトウコさんからの電話を取り次いでくれたのは篠宮さんなので、「鼻の下を伸ばしていた」という事実無根な事以外は聞こえていたかもしれない。
「ひょっとして、僕を探してくれたんですか?」
 こういう言い方をすれば中嶋さんが、素直になれなくなるのを知っていた。でも誕生日に浮気されるという最悪の事態になるところだったのだ。
 この程度の意趣返しぐらい許してもらえるだろう?
「…………自惚れるのもいい加減にしろ」
 素っ気無く言い放つ彼の顎を掴んで僕の方へ向けさせる。
 どう考えても今の一言は僕に都合よく「Yes」にしか聞こえない。
 怒りか羞恥かそれともセックスのせいか、うっすらと赤く染まった顔に…………あれだけ散々欲望を吐き出した後だというのに、どうしようもなく欲情してしまう。
 僕を探して回って、僕が浮気したと勘違いして、それで自棄になって他の女性を誘った?
 …………本当に?
「……馬鹿な人ですね。郁に訊けば母に会いに行った事ぐらいすぐに判ったでしょうに。プライドが高いのも時によりけりですよ」
 そうは言ったものの、実際には郁に今日トウコさんと会うことは告げていない。中嶋さんがそんな事を郁に素直に効ける訳がないと知っての意地悪だ。
「…………馬鹿で悪かったな」
「本当にそうですよ…………でも、馬鹿はお互い様です。僕はあなたを信じることが出来なかった」
 まるでキスをするように彼の唇に触れるか触れないかの距離で囁く。
「…………あなたを愛しているというのなら、捻くれた言動に隠された真意を読み取るべきだった……いいえ、ただあなたを盲目的に信じればよかったんです。例えあなたが僕の事を気に入ったセフレとしか思っていなくても、僕が愛しているのならそうするべきだったのに」
「…………っ、黙れ」
「何故ですか?」
「耳が腐る」
 微かに紅潮した顔を隠そうと顔をそむけるが、抱き起こして引き寄せて、しっかりと胸に抱き締めた。
「ああ、でも僕はただのセフレじゃないですよね?自分の誕生日ですら忘れるあなたから誕生日を祝ってもらえて、ホテルに他の人といたら嫉妬してもらえて、セックスの時にファーストネームを呼んでもらえる……『特別』なセックスフレンドですから」
「…………税・サービス料込み七万五千円」
 僕の肩口に顔を埋めながら彼が呟く。
「え?」
「ジュニアスイートの値段。無駄にしやがって」
「……………………らしくない気遣いをするからですよ」
 …………まずいな。
 ふて腐れたように拗ねる彼が可愛くて堪らない。
 心が喜びに震えるほど彼が愛しくて堪らない。
「うるさい。誕生日、誕生日と馬鹿の一つ覚えみたいにお前が繰り返すからだ」
 彼の顔を覗き込む僕の視線から逃れるように彼が身を捩ると、ベッドが微かに軋む音がした。
「あなたが信用されていないからですよ」
 …………本当にこの人を心の底から愛している。
「そんな事を言うなら来年の誕生日も母親に慰めてもらうんだな…………っ」
「ありがとうございます、中嶋さん」
 一層抱く腕に力を込めると彼の腕も僕の背中に回され、ぎゅっと一度だけ抱き締められた。
「……本当にありがとうございます」
「………………………………ふん」
「でも中嶋さん、女性とホテルに行った事は不問になんてしませんからね」
「……っ、七条っ!」
 耳朶をきゅっと噛むと、慌てたように僕の腕の中で身体を捩る。
「待てっ!お前はさっき散々俺をいいようにしただろうが!」
「あれは誕生祝いの分でしょう?これは『お仕置き』です」
「…………っ、この野郎……」
 肩甲骨から引き締まった腰へ、更に双丘へと手の平を下へと滑らせれば背中はびくりと撓る。
 こんな反応を返されれば、期待されていると取られても仕方がないだろうに。
「『お仕置き』ですから手加減しませんよ?」
「………………勘弁してくれ」
 彼は小さく苦笑しただけで、それについては本気で抗議しなかった。
 それがこの一件の、彼なりのけじめの付け方なのだろうか。
 ………………詫びというには随分と偉そうな態度だが。
 僕の渋い表情に気が付いたのか、するりと彼の腕が僕の首に回されて耳に熱い吐息を感じる。
「…………あんな女じゃその気になれない」
 ……………………え?
「俺はお前がいいんだ………………臣」
「なかじ……英明…………」
 その名を口にするや否や彼の唇が僕の言葉を奪う。僕に本心を漏らしてしまったのが、きっと悔しくて恥ずかしいのかもしれない。
 本当ですかとか、もう一度言って欲しいとか言いたい事はたくさんあったけれど、与えられたのはそんな事がどうでも良くなる脳髄が痺れるようなキス。
 こんな傲慢さを滲ませた言葉に心が舞い上がるほど嬉しいなんて、僕は頭がおかしいのかもしれないけれど。
 ………………まあ、それは中嶋さんを選んだ時点でほぼ決定という事で。
 天邪鬼な中嶋さんのほんの少しだけ素直な一言と、『特別』を思わせる僕のファーストネーム。
 ホテルでの濃厚な情事よりもそれこそが最高の『プレゼント』なのだろうと、キスに没頭しつつある頭の片隅で何となくそう思った。



                                                       end
                        〜 PLASTIC STAR 藤沢 悠帆 さま 〜



Izmic cafe」の伊住さまへ、お礼として書かせていただきました。
リク内容は、
「ホテルの廊下でばったり出会ってしまう中嶋さんと七条さん。しかもそれぞれ女連れ。
中嶋さんの方は名前も知らないただの行きずりの女、
七条さんの方は若くて美人でとても母親には見えないお母さんのトウコさん。
でもそんなことはわからない中嶋さんはおもしろくないし、七条さんだってもちろんおもしろくない。
おかげで相手とのオハナシその他(笑)はまるで上の空。夜になって寮に戻ってきたふたりは……」
というものでした。

しかしどうもリク内容に合っていないようでお詫びだらけなのです(汗)。
お詫びその一。
中嶋さん視点の話も書くつもり(今のところ執筆時期は未定)で中嶋さんが七条さんを探すシーンとか、
バーで自棄酒飲んでいるシーンとか、寮に帰ってきて王様たちに当たりまくるシーンがすっぽり抜けております。
中嶋さんの気持ちや心境の変化がまったく書かれておりません。
お詫びその二。
仲直りはえっちでするはずがどうも違う様子になってしまったこと(汗)。
お詫びその三。
タイトルと内容がまるで合っていないこと(滝汗)。
折角カッコいいタイトルを頂いたのに……ダメダメへたれ文字書きなものですから(涙)。
かといって新しいタイトルも思いつかない(号泣)!
…………まっことに申っし訳もございませんっ(平謝り)!!!
ああ、もう、穴がなかったら自分で掘ってマントルに浸かり、いやいっそのことブラジルまで行ってしまいたい……
でもバスルームえっちはかなり気に入ってたりするんですが(小声)。
しかしお前ら一体全体トータルで何回やるつもりなんだ(爆)!

いずみんから一言

「お持ち帰りオッケーです」との有難いおことばを頂いておきながら、実際にupできたのは
1年後って、それ人間としてどうよ? と自分でツッコミを入れる伊住です(汗)。
リクの内容はふじさわさまが上で書いておられるとおり。
それがまさか臣誕企画とリンクして頂けるなんて思っても見ませんでした。
「頼んでよかった……」と読み返して尚しみじみ思う今日この頃です。

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