となりでねむらせて  ver.K



11月19日が近づくにつれ、俺は落ち着きをなくしていた。
その日は、二人で迎える6回目の英明さんの誕生日で、俺は何日も前からそわそわしっぱなしだった。


「えっと、プレゼントは用意したし…部屋の掃除はあとは寝室を残すだけだし…」


後は当日に準備を整えれば良いだけになって、やっと俺は落ち着きを取り戻す。
リビングにあるお気に入りのソファーに腰を下ろせば、心地いい疲労感が襲ってきて。


「…クスッ……あの頃はこんな事、想像もしなかったけ。」


遠くなっていく意識に、そのまま身を委ねれば、思い出すのは6年前に英明さんと初めて会った時のこと。
あの頃は、本当に自分がこんな風になるなんて想像もしていなかった。



―――6年前


成績・運動能力ともに普通の俺は、地元の極々普通の高校に通っていた。
そんなある日、帰宅して自分の部屋に戻れば机の上に一通の手紙が届いていて。

『何だろう…』

俺宛の手紙が珍しくもなかったから、疑問も抱かずに開封した。
すると、それは有名なBL学園からの入学案内だったからすごくビックリしたっけ。
両親に見せても、学校の担任の先生に見せても誰もそれが本物だって信じてくれなかった。挙句の果てに校長先生にまで話が伝わっちゃって。
結局、校長先生自らBL学園に真偽のほどを問い合わせてくれたんだ。
返ってきた答えは、間違いなく俺がBL学園への中途入学を許可されたって事。


それから俺がBL学園に転校を決めてからというもの、周りはてんやわんやの大騒ぎ。
結局俺がBL学園の門を潜ったのは、手紙を受け取ってから1ヶ月もたった頃だった。



BL学園に転校してみれば、噂に違わない優秀な生徒ばかりで。改めて俺がこの学園に転入を許された意味を考えてばかりいた。
そんな中で出会ったのが、今もずっと親友の地位を譲ろうとしない遠藤和希。
和希に出会えたおかげで、俺はBL学園に馴染む事が出来たんだ。
もうひとつ俺は和希に感謝しなくちゃいけないことがある。
それは、学園案内と称して学園中を案内してくれた事。その中に俺の将来を決めてしまう出会いがあったんだ。

和希に連れられて、最後に訪れたのが学園の中心である生徒会室。
そこに緊張しながら入室すれば、中には初めから俺に親切にしてくれた王様事丹羽哲也さんが声をかけてくれて。慣れない緊張感をやっとのことで解きほぐしたところに、別の声がかかる。
ゆっくりとそちらに目を向ければ、今まで出会ったことのない雰囲気をまとった人が佇んでいて。俺の視線はその人に釘付けになってしまった。
王様の“副会長”と紹介される声も、どこかぼんやりと聞いていると。


「BL学園へようこそ、伊藤啓太。」


俺の耳に、やけにはっきりと声が響いてくる。
そのとき、背筋をゾワリと何かが駆け上っていったのを今でも覚えている。
その振るえと共に俺の中に鳴り響く警告音。



『コノヒトハキケン。ハヤクココカラタチサレ。』



でも、その警告音は全く無意味で、俺は罠にはまった獲物のように視線を動かせずにいた。
やっと体が動くようになったのは、中嶋さんと呼ばれた人の視線が俺から外れてから。
今までどうやって息をしていたのかも思い出せないくらい、固まっていた体をほぐすように、深呼吸をしながら俺は生徒会室を後にした。


強烈な印象を残した中嶋さんは、その後も俺の頭からは離れてくれなくて。
後に起こる様々な事件の時に、一番に相談してしまうことになる。
その事件たちは俺を中嶋さんへと急速に近づけ、最後には離れられなくしてしまった。

自分でもおかしいって思うくらいに俺は中嶋さんに夢中で、彼の背中を無我夢中で追いかけた。
そうして俺は、中嶋さんのそばにいさせてもらうことが出来るようになったんだけど…。




―――本当に俺は中嶋さんの隣にいて良いのかな…。




今もなお、俺の中に燻っている思い。
どんなに努力したって、俺は中嶋さんの背中に手が届かないんじゃないかって。





眠りの底で不安な思いに囚われている俺の体を、暖かいものが包み込むと同時に、嗅ぎ慣れた煙草の香りが漂ってくる。


「………んっ………………」


その暖かさに寄り添うように体を動かすけど、俺の意識はまだ眠りに囚われていて。そんな俺の体は少しの浮遊感とともに、ゆっくりと移動している気配がする。


「……中嶋………さ…?」


唯一そこにいるであろう人物の名前を口にすれば、額に暖かいものが触れる。


『ずいぶん懐かしい名で呼ぶな。』


酷く遠い声でそう言われても、今の俺にはそれが何か全く分からない。
ゆっくりと柔らかいものに下ろされれば、今頭に浮かんだこととは全く別の事が思い浮かぶ。


――ベッドに連れてきてくれたんだな…


同時に、今まで包まれていた暖かいものが遠ざかって行ってしまって、酷く寂しい思いをしながら体を丸める。
しばらくそうしていたら、再び俺の体を温めてくれていたぬくもりが戻ってきて。それを失わないように、ぎゅっとしがみつく。



『呼べ、啓太』


相変わらず遠くで聞こえる声に、返事をするかのように名前を呼ぶ。


「…中嶋さん?」


『そうじゃない。』


苦笑しているような渋い声に、俺は暫く思考の海に沈み。ゆっくりと今まで落ちていた眠りの淵から意識を浮上させる。








―――ああ…俺は今でもこの人のそばにいさせてもらえてるんだ。





「……………英…明さん?」

無意識のうちに、本当に呼びたかった名前で名前を口にすれば、満足そうに額にキスされて。



「そうだ。…明日は二人で出かけるぞ。」



急に何でそんな事を言うんだろうと思った思考は、抱き寄せられた中嶋さんの体温に溶けていく。


「……はい………」


やっとのことで返事だけ返し、俺は再び眠りに落ちていった。













翌日、暖かい日差しの中で目を覚ました俺は、隣に眠っている中嶋さんの姿に驚くと共に、日付を見て声にならない悲鳴を上げることになった。

















                                                         おわり



となりでねむらせて へ

                                    〜 Teal Blue 須崎桜乃 さま 〜


いずみんから一言

これは伊住が須崎さまにリクお願いしたものです。
だって「となりでねむらせて」の雰囲気が好きだったんんで、
啓太くんバージョンも読みたいなあって思ったんですよ。
お願いしてよかったと、しみじみ思いました。
Teal Blue さまが今年の9月でヘヴンの活動を終了される
ということで、どさくさまぎれ(笑)に「となりでねむらせて」ともども
展示させていただく運びになりました。
快くご了承くださいました須崎さま。感謝です♪




作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。