啓 太 の 妄 想

註 : これは「100のお題 025 花火」の中で啓太くんがしていた妄想を
字で起こしたものです。
本編とはきれいさっぱり、何のかかわりあいもございません。
こちらをお読みになる前に、「花火」をご一読いただけましたら幸いです。
                                盛夏吉日 店主敬白
 母さんに頼んで浴衣を買ってもらった。もちろん中嶋さんとおそろいだ。下駄もいるから結構な金額になっちゃったと思うんだけど、でも欲しかったんだよ。だって花火大会があるんだもの。浴衣で行きたいよ。やっぱり。
 夕涼みがてらに浴衣着て、そぞろ歩きをするんだ。のんびりと並んで歩くだけでも楽しいに違いない。
 でも中嶋さんって「はい。浴衣です。着てください」って差し出したって着てくれる人じゃない。っていうか、花火大会に引っ張り出すだけでも大変なんだよ。だからあれこれいろいろ考えて、宅急便なんかじゃなく母さんにマンションまで届けてもらったんだ。ちゃんと中嶋さんがいる時間を見計らって。
 結果は……。えへへ。俺の戦略勝ちです。
 浴衣の着付けはマンションの管理人さんの奥さんがしてくれることになった。小柄なおばちゃんだったから背の高い中嶋さんにちゃんと着せられるのか心配だったけど、全然オッケー。ノープロで、しかもあっという間に俺とふたり分の浴衣を着せてくれた。
「あらあ。中嶋さんってスーツもいいけど、やっぱり日本人ねえ。浴衣もお似合いだわ」
 うん。俺もそう思う。惚れ惚れしちゃうってこのことかもしれない。無造作に袖を肩にまくりあげたところなんて、俺がやったって様にならないのに、中嶋さんだととってもかっこいい。

 花火大会の会場はうちのマンションのずっと下の方。川原沿いに場所を取れば見られるらしい。信玄袋っていうのかな? 母さん手作りの布でできた小さな袋に鍵とか財布とかを入れて、そこまでゆっくりと歩いていく。慣れない下駄で坂道を下ってるものだから、ときどきバランスを崩しかけたりするんだけど、そんなとき中嶋さんがちゃんと支えてくれるんだ。……並んで歩いてるんだなあって実感できて、ちょっとうれしかったりして。
 着付けてもらったお礼にタイヤキ買って帰ろうとか、金魚すくいで何匹くらいすくったことがあるかとか、会場までの道はそんななんてことのない会話をした。もちろん「ああ」とか「忘れた」とか、そんなそっけない返事が多いんだけど、でも俺の大好きな、そして大切な時間だ。
 川原ではもう、思ったよりたくさんの人がいた。
「なんか人、多いですね」
「ここの花火は有名だからな」
「そうなんだぁ……」
 場所を探してる途中でカキ氷を見つけた俺は、走っていってひとつ買った。もちろん中嶋さんにも「いりますか?」って聞いたんだけど、鼻で笑われただけだった。まあね。こういうのって想定の範囲内だから、笑われたってどうってことない。っていうか「じゃあイチゴ味のをもらおうか」なんて言われる方が驚くよな。でも。氷イチゴを食べる中嶋さんかあ……。想像したら笑っちゃって、店のおじさんにも中嶋さんにも変な顔をされてしまった。でもちょっとこの笑いは止められそうにない。
 きれいなレモン色のシロップをかけてもらったカキ氷を口に運びながら、川に沿って少し歩いた。出遅れたって言うほどじゃないものの、良さそうな場所はもうみんなが陣取っていて、なかなか場所が見つからない。最初のうちは食べながらでも人を縫って歩けたんだけど、だんだん氷が減ってくるとカップの奥の方までスプーンを突っ込まなくちゃいけない。そのたびに、わずかに中嶋さんに遅れることになる。そして何度目かに視線を下げたとき、後ろから来た人に割り込まれてしまった。あっと思ったときには遅かった。そこが通路のようになってしまって、次から次から人が割り込んでくるのだ。
 中嶋さんが何度も振り返る。そのたびに苛立ちの度合いが高くなっていってるのがわかる。急いで行かなきゃと思うのに、割り込んだ人はもう何人にもなってしまってどうしても横切れないのだ。わずか1メートルにも満たない距離が、まるで天の川のように俺たちの間に横たわってしまっている。

 どうしても1歩が踏み出せなくて焦っている俺の腕を、伸びてきた中嶋さんの手が掴んでくれた。そのまま力任せにぐいっと引き寄せてくれて……。俺はそこを歩く人たちに「すみません」とか言いながら、ようやく中嶋さんのところに戻れたのだった。
「あの……」
「なんだ」
「……ごめんなさい」
「ああ。今度から気をつけるんだな」
「はい……」
 また並んで歩きはじめたのに、もう中嶋さんは手を離してくれなかった。痛いくらいのその力で中嶋さんがどれくらい怒っているのかが分る。川原からだんだん離れていってるのには気がついてたけど、でも悪いのは俺で、それは弁解しようのない事実だったから、俺は中嶋さんに手を引かれるまま歩くしかなかった。
 足が止まったのは川原のうしろにある森林公園のはずれのような所だった。この公園は東京ドームで何十個分とかってくらい広い山あり谷ありの公園で、見上げると、この丘の上に建ったうちのマンションが少しだけ見えた。
「あれ、うちのマンションですよね」
「そうだな。こっちはリビング側になるか」
 なんてことを言ってる間に、俺は松の木に背中を押し付けられていた。ごつごつと硬く盛り上がった幹が痛かった。そして俺は中嶋さんのくちびるを受けとめながら、ああ、これははぐれそうになった俺へのお仕置きなんだ、と思ったのだった。
「な……かじ……」
「うるさい」
「こんな……とこ、誰か、来ちゃう……」
「気にするな」
「だって……」
「花火も見ずにこんなところまで来る奴なら目的は同じだ。気にする必要はない」
 そのことばを受け入れたわけじゃないけど、でも俺はいつの間にか、中嶋さんの激しさに翻弄されていた。

「おまえは本当に外でするのが好きだな。ほら。ここをもうこんなに尖らせている」
 浴衣なんて、何も着ていないのと同じだ。中嶋さんの手はするりするりとどこからでも入りこんでくる。ほんの少し掌を差し入れただけで俺の胸は露わになり、そこを飾る突起は舌先で転がされた。それだけじゃない。とっくの昔に下着は脱がされ、俺のものは中嶋さんの手に委ねられている。
 合わせ目から手を入れるだけでいいんだから、中嶋さんにとってはいつもより手間がかからない。それは言い換えれば、誰かが近づいてきたとしても手を抜けば気づかれないってことになる。その所為かどうか、中嶋さんはとても楽しそうに見えた。もしかしたら、最初からこれを目当てに浴衣を着てきたんじゃないかってくらいだ。
「あ……ん。そんな、の……」
「否定はするな。身体はうんと言っているぞ」
「……うそ…………」
「嘘なもんか。ほら、ここも」
「あ……っ」
「ここも」
「や、あ……」
「ああ。ここもだ」
 中嶋さんは俺の身体のあちこちから証拠を見つけては口に含んでいく。くちびるで挟み、舌で形を確認する。そして俺はそのたびに、中嶋さんの言ってることが嘘じゃないと思い知らされた。そう。俺は感じてしまっている。こんな誰が通りかかるか分らない場所で、他の男の口に身体のあらゆる場所を預けて、そして感じてしまっているのだ。
 自覚したらとたんにたがが外れてしまったようだ。中嶋さんの掌の中で、俺のが一気に育つのが感じられた。情けないと思っても、もうどうすることもできなかった。
 思わず腰をくねらせてしまう俺に、中嶋さんが喉の奥で笑った。俺ってホントにどうしようもない奴だ。自分で「外だ」とか「誰か来る」とか言っておきながら、中嶋さんが欲しくて欲しくてしかたがない。なのに中嶋さんの腰に絡ませようとした右足は、やんわりといなすような手で元に戻されてしまったのだった。
「せっかくの浴衣にいけない染みをつけるわけにはいかんだろう? うん?」
「だ、だって……」
「俺のは帰るまでお預けだ」
 耳元で聞こえていた低い笑い声がいきなり途切れた。同時に、掴んでいたはずの中嶋さんの浴衣までがなくなってしまった。そして。あっと思う間もなく俺のものは中嶋さんの口に捉えられ、俺のアタマの中に真っ白な閃光が走ったのだった。

 手も上げられない俺に代わって中嶋さんが乱れた浴衣をなおしてくれた。「歩けるか?」という問いにだって、首を横に振るだけで精一杯だ。
「しかたがないな」
 そういうと中嶋さんは、俺を寄りかかっていた松の木の反対側へ連れて行ってくれた。一抱え程度の太さの木を、わずか半周しただけで風景はころっと変った。まだ呆然としている俺の目線の向こうで、ひとつまたひとつと花火が上がっていくのが見えたのだ。何本かの木が邪魔をしているけれど、それでも十分「特等席」だと言えるくらいには花火が見える。  でも俺にとっては、先刻のアタマの中に走った閃光の方が、何倍も何倍も綺麗に思えたのだった。




いずみんより一言

重ねて言います。これは妄想です。あくまで啓太くんの妄想なんです。
妄想だから何でもアリなの。
そう。展開が急でも話のつながりが変でも唐突な終わり方をしても。←ヤケか?
うちのヒデは啓太くんと一緒に浴衣を着て歩いてくれるなんて、そういう方面での優しさはない男なんだよなあ。スーパーの荷物は持つくせに。とほ……。




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