正しい恋の進め方  



                              (1)


 犬好きをくどくなら、やっぱり必要不可欠だろ?
 犬の散歩で、偶然であって、仲良くなるのさ。すごく自然な出逢いだろ?
 そんな、邪まな気持ちを抱え、出たばかりのバイト代を握り締めて、気軽な気持ちでペットショップにやってきたんだ。


「きゅ〜ん、きゅううん。」
 大きな濡れたような瞳が、じいっと俺を見てたんだ。
 か、可愛い。でも、13万は、高いよなあ、ミニチュアダックスにこの値段って高いのか安いのかわかんないけど、でも・・・予算オーバーだ。
「気に入ったの?安くしてあげてもいいよ。」
 猫なで声で、店の親父がささやく。
「え?」
「その子育ちすぎちゃってね。今月一杯で、売れなきゃ、ブリーダーに返す約束になってるんだよ。だから、安くしてもいいよ。」
「え・・・・・・・ええ?」
 ブリーダーに返す?返すって・・・。
「それじゃ、この子その後どうなっちゃうんですか?」
 まさか、まさか保健所に連れて行かれて・・・それで、それで・・・・・。
 恐い考えが頭の中をグルグルと駆け巡ってしまう。
「ん?返した後?ああ、この子はメスだからね、ブリーダーさんとこで繁殖用に飼われると思うよ。大丈夫大丈夫殺されたりしないから。」
「でも、でも・・・・・繁殖用って。」
「この子は、前足も大きいから、身体も大きくなるし、子供も何回も産めそうだしね。」
 なんだか、突然現実を突きつけられた感じだった。
「どうする?破格で5万。お買い得だよ。消費税サービス。」
 値段なんかどうでも良いよ・・・の気分。だって、そんな子犬を作るための、機械みたいな言われ方されたら、こいつが可哀想だよ。
「解りました。俺、買います。」
 財布には、貰ったばかりのバイト代、なけなしの7万円が入ってる。買えるよお前、安心しろよ?俺がここから連れて帰ってやるからな。
「はい、5万。」
「毎度♪良かったなあ。「あやあや」優しい人が買ってくれるっさ。」
「あやあや?」
「・・・・あ・・・。」
 なんなんだ、今のは・・・もしかして名前か?
「くうん。」
 うわ、返事した。
「あやあや。」
「わん。」
 あやあやなのかよ〜。
「ちょっとおじさん!!なんでペットショップで名前つけてんだよ。」
「ご、ごめん。」
「ごめんてさ、こいつ自分が「あやあや」だって思ってんじゃんか!!」
「いや・・あの・・・・その・・・。」
「まさか、あんたがブリーダーなんじゃないだろうな?」
「違うよ、ただ、この子は此処に来てもう、5ヶ月も売れなくてさ、本当に商品としては、価値がないんだよ。子犬の時期がやっぱり売り時だからさ、でも、ブリーダーのところに返すのが嫌でね。」
「それと、名前と何の関係があるんだよ。」
「・・・もうきっと売れないだろうから、家で飼おうかと、こっそり思っててさ、だから躾もしなきゃと思って・・・名前をつけたんだ。」
 そう思ってて、なんで店に置いておくんだか・・・。まったく。
「おじさん、じゃあこいつ居なくなったら淋しいんじゃないのか?」
「いや、そりゃ淋しいけど、でも、売れてくれないと困るんだ。」
「どうして?」
「家さ、同じような理由で、メスの子ばかり三匹いるんだよ。奥さんが良い顔しなくてね。」
 こいつ、こんなんで商売成立ってんのか?
「犬って結構お金掛かるよ?予防接種とか、ワクチンとか。餌とか散歩とか。手間だよ?大丈夫?君。同情だけじゃ飼えないよ?」
「・・・・大丈夫だよ、昔飼ってたし。・・・年とって死んじゃったけど。だから、散歩だってちゃんとできるよ。家の家族だって犬猫好きだし。ね、抱っこして良い?」
「ああ、どうぞ。ほら、あやあや、お前の飼い主さんだぞ。」
 優しく抱き上げて、そっと手渡してくれる。
「きゅうん・・・。」
 あったかい、子犬って体温高いなあ。
「・・・・たく、いいよ。あやあやでも。お前家来るんだぞ。仲良くしような。」
「くうん。くうん。」
 可愛い。
「よし、大盤振る舞いで、このゲージもあげるよ。」
「え?」
「店で使ってたものだから、ちょっと古いけど、飼うと高いからね。」
「いいのかよ。」
「大丈夫大丈夫、生き物は持って帰るとすぐにばれるけど、店の備品管理は、家の奥さんノータッチだから。あ、メーカーから、サンプルで来てるドックフードもあげよう。この種類の奴が、あやあやのお気に入りなんだ。」
 そう言うと、せっせと箱に色々詰め始める。利益ゼロだろ?これじゃ、いいのか?
 お人よしなんだなあ、この人。
「ありがとう、おじさん。何か困った事があったら、すぐに相談にくるから。」
 大切に飼おう。
「あやあや、家に行こうな。」
 なんか、大きな衝動買いしちゃったよな。俺・・・・・・・。


++++++++++


 家に帰ってからが大変だったんだ。
「なんでいきなり犬なのよ。相談もなしに買って来るなんて。」
 不機嫌にそう言う母親。
「お兄ちゃん、世話できるのぉ?」
 冷たい妹の言葉。
「で?名前はなんて付けるんだ?」
 妙に嬉しそうな父親。
 三者三様の反応に、俺はペットショップで聞いた話しをそのまま話してしまう。
「まあ、優しいおじさんねえ。でも・・・犬ねえ・・・。」
「なにそれ、莫迦じゃないの?お兄ちゃんお店の人に騙されたんじゃないの?」
「お前も、お人よしだなあ。どこのペットショップだ?」
 どうせ、お人よしだよ。でも、いいんだよ。これだって手段の一つなんだから。
 そりゃ、同情しちゃってのも大きいけど、そりゃ、可愛さに負けたってのもあるけど。
 手段なんだよ、手段。大切なアイテムなの!!
「駅前のペットショップ。」
 ふてくされて、答える。あやあやをしっかり抱っこしたまま。
 離すもんか、反対されたって絶対飼ってやる。
 大人しいんだぞ、良い子なんだぞ、おじさんしっかり躾けたって言ってたし。
「ああ、バグワンハウスか。」
「なんで、名前しってんだよ。」
「ああ、結構有名なんだよ、あの人。色々ボランティアとかしてるし、町内会じゃ有名人。」
「へえ、そうなの?知らなかったわ。ね、お母さんに抱っこさせて。」
 嬉しそうに、あやあやを腕に抱いて、母さんが頬ずりしはじめる。
「ボランティアで、ペットのしつけ教室とかもやってるしな、良い人だぞ。」
「すっげーお人よしだけどな。」
「それはお前だろ?いいのか?バイト代全部使ったんだろ?」
「う・・・。大丈夫だよ。」
 今月ピンチだよ。・・・・でも我慢する。あやあやの為だし。
「ねえ、名前は?どうするの?」
「もうついてる、あやあや。」
「わん!」
 あやあやが元気に返事をする。本当、頭のいい犬だと思うよ?勘違いじゃないと思うんだ・・・・うん。
「なにその名前!!」
「ペットショップのおじさんがつけてた。」
「だっさ〜!」
「しょうがないだろ?もう自分はあやあやだって覚えてるんだから。」
「最悪〜。親父のセンスって感じ。」
「煩い。・・・・あやあや、ほら、部屋に行こうな。」
 部屋で飼うなら、文句は無いんだろ?迷惑なんか掛けないから。
 母さんの腕から、あやあやを取り上げようとすると、妹から待ったの声が上がった。
「へ?なんで部屋に連れてっちゃうのよ。」
「ゲージ部屋に置くからだよ。」
「え〜?そんなのずるいよお。いいじゃんここに置けばあ。ねえママァ。」
「そうねえ、ね、あなた学校で居ない間、部屋に一人も可哀想だし、リビングでいいんじゃないの?ダメなの?」
「・・・・・いいの?」
 飼うの反対なのかと思った。
「いいも何も、もう家に来ちゃったんだしな。あやあや。仲良くしような。」
「わん。」
 おやじが、優しく頭を撫でている。
「抱っこ〜。抱っこするの〜。」
「きゅうん。」
「こら、優しくしろよ。」
「わかってるって、わぁ、あったかい。」
 嬉しそうに、妹が、あやあやを抱っこする。
「じゃ、ゲージを置く場所作らなくちゃね。」
 母さんが、急に、リビングを片付け始める。
「ほら、広志も手伝って。」
「はいはい。こら!美佐、あんまり力入れすぎて、つぶすなよ。」
 文句を言いつつ立ち上がる。
 良かったな、あやあや、お前、この家に居てもいいってさ。
「散歩させるのが大変ねえ。」
「あ、それは大丈夫、俺がちゃんとやるから。」
「本当かなあ?」
「やるから、絶対。」
 それが、目的なんだから。当然きっちりさせるさ。
「ま、様子をみましょう。さ、あやあや、ここが貴方のお部屋よ。」
 ゲージを広げ、店の親父がくれた、あやあやがお気に入りだって云う、フリース素材の毛布を畳んで、かごの中に敷くと、あやあやをゲージの中に入れてみる。
「くううん。」
 ポテポテと短い足でゆっくりと歩きながら、かごの中に入ると、くるんと丸くなる。
「ふふふ、落ち着いてるみたいね。良かった。良かった。」
 にこにこと、母さんが言う。
「可愛い。あ、そうだ写真とろう!!」
 妹が、カメラと取りに走る。
「明日、保健所に届けを出しに行ってやろうか?」
 親父が、優しい事を言ってくれる。
 よかったな、あやあや、皆がお前を歓迎してくれたぞ。
「くう・・・ん・・・・・。」
 こうして、あやあやは我が家の一員になった。



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         他の二つが、暗めなので、反動でほのぼの系をスタートさせてしまいました。
         まだ、出てこない広志のお相手は、次回登場予定です。






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