正しい恋の進め方 



                              (2)

「お前何読んでるんだ?」
 昼休み、弁当を食べるのもそこそこに、ペットショップの親父がくれた、『子犬のしつけ方』って本を読んでいた。
 あの、親父、お人よしなのか、はたまたただの、犬好きなのか、自費出版でこんなもの作って、犬を買ってくれた人にあげているのだ。しかも、これを読んでも上手く躾けられない客には、出張しつけ教室なんてものもしてるらしい。
「きちんと躾が出来てないとね、ちゃんとした飼い主との関係も出来ないから、そうすると『ちゃんと覚えない莫迦犬なんかいらない!!』とか言い出すかもしれないだろ?そんな事になったら、犬たちがかわいそうだからね、悪いのは、覚えない犬なんかじゃなくて、躾もろくに出来ない、人間のほうなんだから。
 それが、本を作った理由らしいっていうんだから、ちょっと呆れる。
 本当、お人よしなんだ。あの親父。
「『犬のしつけ方』?春日犬なんか飼ってたっけ?」
「飼ったばかりなんだよ、だからこれ読んでるんだろ?」
 煩い、煩い、あっちいけよ。俺が話しかけて欲しいのはお前じゃないんだぞ!
「へえ、飼ったんだ。可愛い?」
「可愛いよ。美佐なんかもう、メロメロ。」
「へえ、いいよな、動物飼えて。うちのマンションペットダメなんだ。」
「へえ。」
「今度見に行ってもいいか?俺、結構犬好きなんだ。」
「いいけど・・・・しばらくはまだダメだな。」
「なんでだよ。」
「まだ、家に来てから、何日も経って無くてさ、ほら、環境に慣れてないっていうのか?ストレスになるから、ダメだって。」
「そんなもん?」
「ああ、散歩デビューもまだだしな。」
「なんで?」
「雨ばっかり降ってるから。まだ外に出した事ないから、最初が雨じゃ、身体に悪いだろ?色々大変なんだよ。」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、OKになったら、声かけてくれよな。」
「わかったよ。」
 返事しながら、本に戻る。
「いいなあ、散歩とか憧れてたんだ。俺。なあ、なあ一緒に・・・・。」
「まだ、ダメ。人になれてから。」
「わかったよ。」
 渋々承諾し、豊洲が大人しくなったから、俺は本に視線を戻す振りで、ちらりと教室の入り口を見た。
「・・・・・。」
 全然感心無しかよ。・・・・・がっくり。あ、でも聞こえて無かったのかもしれないぞ、うん、うん、きっとそうだ。そう信じよう。
 ああ、でもでも、本気で俺に感心ゼロなのかもしれない。
 うわああ。どんどん嫌なほうに考えがいっちゃうぞ。どうしよう!!
「うーん。どうしたら・・・。」
 いつのまにか、声に出して悩んでいたらしい。大人しくしていた豊洲が、俺の顔を覗き込み変な顔をしていた。
「なんだよ、犬のしつけってそんな難しいのか?」
「いや、うちのは、しつけ殆んど出来てるんだ。トイレもちゃんと出来るし、無駄吠えもしないし、夜はゲージで大人しく寝るし。」
「ふうん?じゃ、何を悩んでるんだ?」
「え?い、色々だよ。」
 言えるか本当の事なんて。
「色々ってなんだよ。」
「色々は、色々だよ。」
 なんで、入学から、一言も話したことないのか・・・とか、なんか本当は避けられてる気がする・・とか・・・。色々悩みがあるんだってば。
「変な奴。」
「変で結構。りっぱな飼い主になってやるから。見てろよ。」
 俺は真剣に悩んでるんだ。誰にも相談できずに。悩んでるんだってば。
「はいはい、じゃあ、早くそうなって、早く子犬と逢わせてくれよな。」
「わかったよ。」
「ところで、子犬の名前なんての?」
 聞かれたくなかった。くそ〜、あの、親父のせいだ。
「あやあや・・・・。」
「へ?」
「あやあやだって言ってんだろ。可愛いんだからな、むちゃくちゃ。眼なんかクリクリしてて、短い足でポテポテ歩いて!!」
「・・・・・それ誰のセンス?」
「俺じゃないから!!」
「本当かよ。」
「本当だ!!信じろ!」
 叫ぶ、こんなセンスだなんて、誤解されたくない。
「ふ〜ん、ムキになるところが怪しい。」
「違うって!!」
 思わず立ち上がって叫びながら、また、視線を・・・・あ、見てる。
「・・・・・。」
 一瞬だけど、眼が合った?
「春日?春日く〜ん?」
 だけど、そのとたんに眼を逸らされた。うわ・・・・凄いショックかも。
「春日―!!おーい、戻ってこーい。」
 頭の中、真っ白。・・・・・俺って、俺ってもしかして、嫌われてる?
 嘘だろ?俺、嫌われるようなことしたか?え?したのか?
「春日、おい、春日。なに、ぼーっと突っ立ってるんだ?授業始まるぞ。」
 何で嫌われてるんだ?なんでだよ。
「・・・・」
「春日広志!!お前どうした?変だぞ!!」
 変。そうか、俺変なのか?何か・・・変なの・・・か?
「先生!!」
「な、なんだ?」
「俺、変ですか?何か。ほら人となんか違うとか、ちょっとダメだとか・・・ありますか?俺、俺、自分で言うのもあれだけど、そんなイケテナイ方じゃないって思ってたんですけど、あんま成績良くないけど、スポーツとか結構得意なほうだし、バイトでだって、勤務態度いい方だと思うし!!足だって臭くないし!!」
 一体何が悪いんだよ。
「・・・・・いつものお前は、そんなに変な奴じゃない・・・。だけど、今のお前は十分変だ。」
「え・・・・。あ!!」
 俺、何を言った?今・・・・。
 うわ、皆席についてる。俺、俺・・・うわあああ。
「なんだよ。悩み事か?なんなら、放課後相談にのるぞ。」
 悩みなんて、あるよ。山程あるっつーの。だけど、それを他人になんて話せない。
「あります・・・いや、ないです。ちょっと情緒不安定なだけです。」
「本当か?」
「大丈夫です。身体も健康、飯も美味いし、いじめなんかにもあってないですし、家族の仲もすこぶる良好だし。なんの問題もないです。」
「そうか、なら授業を始めるぞ?」
「はい、始めてください。」
 きちんと座りなおし、教科書を出し、授業を受ける体勢になる。
「じゃあ、授業を始める・・・・ええと、今日は・・・・・。」
 でも、聞いてる振りをしながらも、頭に、先生の声なんか何も届いちゃいなかった。
 嫌われてるのか?俺・・・・・そんなああ・・・・・・。


++++++++++


「ご一緒に、ポテトはいかがでしょうか?ただいま新作エビマヨフレーバーがお薦めです。セットだとお得になります。」
 にっこりと、営業用スマイルを貼り付けて、客の相手をする。
「じゃあ、こっちのジャーマンポテト。」
 お薦めは、エビマヨだって言ってんだろ!じゃあ、ジャーマンポテトってなんだよそれ。
「はい、かしこまりました。単品でよろしいですか?」
「セット?うん、こっちのポテサラセットにしてよ。飲み物はコーラ。」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
 入学が決まってすぐ、春休みからバイトに入った。もう三ヶ月になるから、結構慣れてきて、スムーズに出来るようになった。
「お待たせいたしました。」
 クラブに特に入りたいものも無かったから、放課後の4時から7時までの三時間、月金でバイトに入っている。たまにヘルプに呼ばれる日もあって、GWなんか、9−5時勤務してたから、だから、先月のバイト代は、いつもの月より多かったんだ。
「ふう。あと10分。」
 7時から来る、バイトの安東さんが、風邪で休んだから、9時まで代わりを頼まれたんだけど、さすがに5時間してたら疲れてきた。
「すみません。ケチャップもらえる?」
「かしこまりました!」
 元気に答える。疲れてても、それは当然だ。
「ケチャップです。どうぞ。」
 にっこり、俺の笑顔はさわやかだと、パートのおばさんたちから評判だった。
「どーも。」
 無愛想な客に、内心チェっと思いつつ、店内を見渡す。
 いつもの時間なら、学生が多い店内も、今は、OLっぽい人とか、サラリーマンとか大学生っぽい人たちとかが多かった。・・・・カップルも。
 いいよな、幸せそうで。俺なんか不幸のどん底だよ。
 あやあやが来てから、三日が過ぎた。だけど、その三日間とも雨。当然散歩どころか庭にだって出せやしなかった。
「折角・・・・。」
 折角、庭に出して、遊んでる振りで・・・・・とか、上手く時間をぶつけて・・・とか、色々考えてたのに・・・。全部雨が悪いんだ。
「春日君お疲れ、交代が来たからあがっていいよ。」
「はい、お疲れ様です。」
 にっこり。ああ疲れた。早く帰って、夕飯食べて・・・。
「そういえば・・・。」
「へ?」
「今日、なんか様子がいつもと違ったけど、何かあった?」
「え?」
「なんか、変だったよ。」
「・・・・そうですか?・・・・疲れたかな?」
 変、また変って言われた。俺って、俺ってやっぱり変なのか・・・。
「春日君?」
「・・・・・・お疲れ様です。」
 なんとなくしょんぼりして、制服に着替えると、傘を差して歩き出す。
「はあ。」
 とぼとぼ・・・・。まさにそんな感じ。
「なんでなんだろう。」
 泣きたい心境。まさにそんな感じだ。
「もう六月も終わるってのに・・・。」
 なのに、一言も口をきいたことが無いんだ。
「俺、やっぱり何かしたのかな・・・?」
 考えても、考えても理由が浮かばない。
 いつも一緒にいる奴らが違うから?でも、俺グループと気にしないっていうか、クラスの奴らと平均的に話してるほうだと思うぞ?
 席が離れてて、話すチャンスが無いのかな?いやいや、そういう感じじゃないよ。
 他にいたっけ?入学してから話したこと無い奴・・・・ええと、川本とはあんまり話しないかな?いや、そんな事ないか、掃除の時間とか話してる・・・うん。じゃあ、生田はどうだ?あいつ、地味だよなあ、いつも天文雑誌ばっかり読んでて一人でいること多いんだ。
「あ、でも話してるか・・・・。」
 ちょっとまて、木村、岡崎、斉藤、安藤、西村、川崎、仲が良い訳じゃなくても朝逢えば『おはよう』って言うし、なんか話すし、え、挨拶?・・・・・・・・・そうだよ、挨拶!!
「そんな仲良くなくても、挨拶はしてるんだよ俺・・・・だけど・・・。」
 肝心のあいつとは、その挨拶さえもした事ないんだ・・・。俺・・・・・・・。
「そんなの、ありか?ありうるのか?」
 有りるんだろう、現に今そんな状態なんだから。
 だって、俺は仲良くなりたくて、なんとか話すチャンスをっていつも狙ってて・・・。
「これって、やっぱり俺が避けられてるって事だよな?」
 どうしよう、すっげーショックかも。
 歩みがどんどん遅くなっていく。5時間立ちっ放しで足はだるいし、雨に濡れた制服のズボンが肌に張り付いて気持ち悪いし、おまけにどしゃぶり、いい事なんかなにもないって気分になってきた。
 しょんぼり、立ち止まって空を見上げる。
 見上げたって星なんか見えるはず無い。雨なんだから。
「だめだ、落込んできた・・・・よし、こんな日は、早く飯食って風呂入って、あやあやと遊ぼう。きっと今日は日が良くないんだよ。うんうん、明日になって、雨も上がれば気分も変わるさ。前向き、前向き。よし!!」
 気合を入れなおし、歩き出そうとしたその時、反対の歩道を歩いてくる二人連れが視界に入ってきて、歩みが止まってしまう。
「あれ?」
 背の高い、スーツ姿の男。そしてもう一人は・・・・。
「月島・・・。」
 月島だ・・・・。凄く楽しそうに二人で話し・・・・・・うわ、なんだよあれ。
「なんで、こんなどしゃぶりで傘一本なんだ?」
 スーツの男が傘を差し、月島は、両手に犬を抱いて歩いて・・・肘のとこには・・・おい!
「傘持ってんじゃないか。」
 傘持ってて、なんであえて、同じ傘に入ってんだよ。
「どういう関係なんだ?」
 なんとなく、甘えた感じじゃないか?ほらほら、いつもよりも笑顔が可愛いっていうか、嬉しそうっていうか・・・・。
 まさか、まさか、まさか!!そうなのか?
「・・・・・。」
 だとしたら、立ち直れない。俺・・・・・すっげーショック。
「はあ。」
 溜息ついて、歩き出そうとした瞬間、ピクンと月島が反応した。
 気が付いた?
「・・・・。」
 じっと、ほんの数秒確かに俺を見て、そして、そして、そっぽを向いてしまった。
 決定、決まり、やっぱりそうなんだ。
 勘違いじゃなく、俺は月島に避けられてるんだ。
「・・!!!」
 ショック、ショック、大ショック。
 泣きそうになりながら、俺は走り出した。
 なんで、どうして嫌われちゃってるんだよぉ!


 心の中は、どしゃぶり大雨洪水注意報発令中って感じだった。


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          進展遅いですね、すみません。
         話の流れとは関係ありませんが、みのりは「ファーストキッチン」のポテトが
         大好きです。普通の塩味に、タラマヨソース付けて食べるのが好き。
         ただ、問題はカロリーなんですけどね・・・・。
         次回はいよいよ、月島くんがしゃべります・・・(オイ)





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