正しい恋の進め方  



                              (3)


 あの二人の関係は、一体何なのだろう。
 兄弟とか?そうそう、仲がいいんだよきっと。ほら、犬を抱っこしてたし、傘差すと抱っこするの大変だもんな、うんうん、きっとそう。
「んなわけないよなあ。」
 だいたい、あいつは一人っ子だって、自己紹介のとき言ってたし。
「きゅうん・・・。」
 あんな笑顔、見たこと無いよなあ。って、俺なんか話もできないでいるってのにさ、スペシャルな笑顔だったよな?あれ・・。ああ、ショックだ。
「ママ〜!!お兄ちゃんが暗いよぉ。何とかしてよぉ。」
「煩いな。」
「煩いとは何よ。だいたいソファーにごろごろ寝転がって、そうやって暗い空気巻きちらすのって迷惑なのよね。鬱陶しいったら。」
「ふん、暗いんじゃないの。バイトで疲れてんだよ。」
 疲れてる上に、あんなショックなもの見せられて、落込んでんだからな。
「そんなの勝手にやってるんじゃない。野球やめて暇だからって言って、バイト始めたのお兄ちゃんでしょ?誰も頼んでませ〜ん!」
「煩いなあ、いいよ、あやあや上に行こうな。」
「だから、なんであやあやを部屋に連れてくのよ。」
「いいだろ?別に、あやあやは俺に抱っこされてるのが好きなんだから。」
 ソファーに仰向けにごろんと寝転んだ俺の腹の上で、あやあやは大人しくしているのだ。どうも、家族の中で、俺が飼い主だって覚えたらしい。本当に頭のいい犬だ。
「ほーら、あやあや部屋でのんびりしような。」
 抱っこし階段を登ると、部屋に入る。
「あ〜あ、大ショック。」
 あやあやを抱っこしたままベッドに座り込む。
「あいつ、月島のなんなんだろう。」
 土砂降りの雨の中、相合傘しながら歩く相手・・・・それってやっぱり、考えたくないけど、やっぱり・・なのかもしれない。
「ショックだ〜。」
 落込む。なんだか、ショックで何もする気になれなかった。
「おまけに、おまけに・・・・。」
 俺の顔見たとたん、そっぽを向いたのだ。
 ぷいっと。まるで、見たくも無いもの見ちゃったよって感じで。
「あやあや〜。俺、大ショックだよ。」
「きゅうん?」
「俺、行動起こす前に、失恋したかも。」
「くううん?わうん。」
 あやあやは、しっぽをパタパタ振って、小さく声を上げている。
「慰めてくれるのか?」
「くぅぅん。」
 ペロペロとあやあやが、顔を舐め始めるから、俺はくすぐったくて笑ってしまう。
「なんだよ、慰めてくれてるのか?」
「わうん。」
「ありがと、あやあや。」
 本当に頭のいい犬だよな。お前。
「早く晴れるといいな。一緒に散歩行こうな。」
 頭を優しく撫でながら、そう言うと、あやあやは、低くワンと鳴いた。
 落込んだって仕方ないよな。折角あやあやが家に来たんだし。努力だけはしてみよう。
 何もしないで、落込んだっていいことなんか、なぁんにもないもんな。
「あやあや、俺がんばるから、協力してくれよな。」
 あたまをぐりぐりと撫で、そうして俺はあやあやにお願いした。
 そして、ただの知り合いでありますように・・・と、神様にもお願いして、その夜は眠りについたのだった。


++++++++++


「あれ?なにやってんの?」
 フェンスの前で、膝まづいて、そいつはなにかに手をのばしてたんだ。
「・・・受験票が・・・。」
 雪の日の朝だった。寒くて寒くて手がかじかんでどうしようもないって位の、最悪な受験の日の朝だった。
「受験票?」
 ちらりと見えた横顔が、あんまりにも可愛くて、ドキドキしながら、俺は首をかしげた。
「受付に出そうと思って、出して待って歩いてたら、風に飛ばされちゃって・・。」
 泣きそうな声で、そいつはそれでも小さな声でそれだけ答えると、またフェンスの下に、手を差し入れて必死に、腕を伸ばし始めた。
「ちょっとどいて。」
「え?」
「こういうのは、こうやって・・・。」
 ほとんど寝転がってるのに近い状態で、無理矢理手を伸ばし、そうしてなんとか受験票の端をつまみ引っ張り出すと、立ち上がって手渡した。
「ほら取れた。」
「ありがとう・・。」
「いやいや。良かったな、取れて。」
「うん。」
 コートのポケットにしまいこみながら、そいつはやっと笑顔を見せた。
「ここ受けるんだ?」
 可愛いな、その辺の女より、よっぽど可愛い顔してる。なんて邪まなことを考えてたら、突然目の前に手が出てきて思わず後ずさってしまった。
「あ、ごめん。」
「なに?」
「あの、髪とか凄い濡れてるから・・・。ごめん。」
「ああ、大丈夫。俺丈夫だから、それよりあんたのほうが、びしょ濡れだよ?大丈夫か?」
「・・・え?うん。」
「ほら、拭けよ。」
 かばんの中から、ハンカチを取り出し乱暴にバサバサと髪についた雪を払ってやりながら、自己紹介をしてしまう。
「俺、春日広志。」
「僕は、月島譲。あの、本当に大丈夫だから、ハンカチ濡れちゃうし。」
「いいから、いいから、これから受験だろ?風邪引くぞ?」
「それは、君も同じだろ?」
「まあね。」
 でも、滑り止めに受けてるだけだし、別にいいんだけどさ。受かんなくても。
 さすがにそんな事言うほど莫迦じゃないけど、実はそんな軽い気持ちの受験だった。
「受付いこうよ。そろそろ時間だろ?」
「うん。」
「雪なんか降ると思わなかったし、すっげー休みたかった。」
 受けなくたって平気だ。雪だし本気で休もうかと思ってたんだ。
「・・・・そうだね、雪なんてついてないね。」
 ならんで歩くと、肩位しか身長がないことに気が付いた。俺が180センチだから・・・。
 どれくらいだろう?170あるか・・・?微妙なところだな。
「ああ、どうしよう、緊張してきた。」
「え?」
「僕、他のところ受けてないんだ。」
「え?」
 その言葉に俺は心底驚いた。
 はっきり言って、ここそんなレベル高くないぞ?ここだけしかって奴いるんだ。
 まあ、一応エスカレーターだけど・・・でもなあ。
「ちょっと体調崩してて、他受けられなくって。だから。」
「ああ、そうなんだ。大丈夫大丈夫。落ち着いてやれば。」
 気軽な俺の言葉に、月島は俯いてしまう。よく見ると手も震えてる。あれ?
「・・・・。」
「もしかして、結構緊張するタイプ?」
「すっごく。」
「ふうん?」
 顔がなんとなく青白く見えるのは、雪まみれで寒いせいかと思ってたんだけど、緊張の方が勝ってるのか?可哀想に・・・あ、そうだ。
「じゃ、いいもんやるよ。」
「え?」
「ほら、これ。カイロ。」
 ポケットに入れていた、使い捨てカイロを手渡してみる。
「・・・・・。」
「寒いと余計に緊張するからな。これでしっかり指先暖めて、がんばれば大丈夫。」
「ホント?」
 立ち止まって、今にも泣きだしそうなすがるような眼で、月島が見つめるから、俺はにっこりと笑ってうなずいた。
「ああ、本当だって。そうだ、受かったら友達になろうぜ。な?」
 ついでに頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、リラックスさせようと、そんな事を言ってしまう。
「え?」
「同じクラスになるといいな。なんかお前と気が合いそうだ。」
 受かっても、通うつもりなんか全然なかった。100パーセント無かった。
 なのに、その時俺は、なんとかして励ましたくて、それでつい言っちゃったんだよ。
「うん。そうだね。」
 なのに、月島は嬉しそうにうなずいて。そうしてカイロを両手で握り締めたんだ。
「ありがとう。春日君。僕がんばるよ。」
「俺もがんばる。だから、春になったら逢おうな。」
「うん。」
 心にも無い約束だった。ただ、励ますためだけの、約束。
 だけど、結果的に、俺は本命だったところを蹴ってまで、その約束を守りに来てしまったのだ。同じクラスになったらいいな、春になったら逢おうな。
 戯れの言葉。だけど、なんだか気になって、もう一度月島に逢いたくて。だから、呆れる両親を説き伏せて、それでも俺は、月島に逢いたくて来たんだ。
 きっと友達になれる。きっと仲良くなれるって・・・そう思って。
「くううん。」
 あやあやの鳴き声が聞こえる。
「ん・・・。」
 どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「くうん。くうん。」
「ん、ゲージ・・・入れな・・・。」
 眠くて眼が開かない・・・・。
 ごめん、あやあや、あと5分だけ寝かせてくれよ。ああ、風呂にも入らなきゃ・・・。
「くうん、くうん。」
 夢見てた気がする・・・あいつの・・・月島の夢・・・・。
「わら・・・て・・。」
 俺に、笑ってた。嬉しそうに。・・・・・な、月島。夢の外でも・・・笑ってくれよ・・・・。
 俺・・・本気なんだよ・・・・な、つき・・し・・・・・・。
 そうして俺は、再び夢の中に意識を飛ばしてしまった。


++++++++++


 久し振りの快晴の朝だった。

「ふう。」
 いつものランニングコース。だけど、あやあやはまだ一緒じゃない。さすがに雨上がりの水溜りの多い道を、散歩デビューにするには抵抗があった。
「あ〜あ、水溜りすげーな。」
 いつもストレッチする公園も、連日の雨でグチャグチャだった。これじゃ、中に入れやしない。
「ふう・・・んー。」
 思い切り伸びをして、そうして見つめる。月島の家の庭。
「まだ、早い・・か。」
 入学してすぐ、たまには気分を変えようと、朝のランニングコースを変えた。
 5キロ程走って、途中の公園、此処で懸垂や腹筋を・・そんな気分で訪れたその公園の目の前に、可愛い家が建っていた。
 洋風の外観。低い生垣の先に見える芝を貼った庭。なんとなく可愛い女の子が住んでそうなイメージの底を見るともなしに見ていたら、可愛いチワワを抱っこして現れたのは、クラスメイトになったばかりの月島(しかもパジャマ姿)だった。
 入学して一週間程。だけど、同じクラスになった月島とは、まだ一言も話せずにいた。
 折角同じクラスになったのに、月島からは声掛けてくれなくて、だから、なんとなく俺も話しかけずらくてモタモタしてるうちに週末になってしまったんだ。
『月島の家?へえ声掛けてみようかな。』
 まだ出身校が同じ奴とか、そんな奴としか親しく話してなかったから、だから月島とも話せてないんだ。・・・そう思ってた時期だったから、だからそんな気分になった。
 あまりに月島と、犬が楽しそうに追いかけっこをしてるので、邪魔するのもなあ、と思っていたとき、ふと月島が顔を上げたんだ。
『え?』
 すばやい・・・。外見から想像もつかないくらい素早い動きで、月島は、チワワを抱き上げると家の中に入ってしまった。
『・・・へんな奴だと思われた?』
 ううん?朝から公園で、何もせずに家の様子を伺ってた変な奴。そんな風に思われたのかもしれない。
『今日学校に行ったら、誤解を訂正しなきゃ。』
 そう暢気に思っていたのに、現実は甘かった。
 その日から、月島になんとなく避けられて、そうして入学してから三ヶ月が過ぎようという昨日、とうとう決定的に、あんな風にそっぽ向かれてしまった。
「俺、一体何をしたんだ?」
 しっかりと、カーテンを閉め切った。月島の家を見ながら、未練たらしく考えてしまう。
 犬を連れて、朝ここに来て、そうして声を掛けよう、そう思っていたのに・・・。
「俺、何かしたのか?月島・・・。」
 受験の日のあの笑顔。あれが俺に向けられる日はもう来ないのか?
「いて・・。」
 天気が崩れる前兆の、ひじの痛み。
「あ〜あ、また雨か。」
 野球でひじを故障してから、雨の降る日は何時も、この鈍い痛みで苦しんでいた。
「・・・でも、今は、ひじより何より心が痛いよ。」
 失恋決定?行動を何も起こす前に、その相手に避けられてたんじゃ、話にならない。
「・・・・帰ろう。」
 シクシクとひじが痛み出し始めていた。





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残念なことに、これも未完で終っている。
「KOI−GOKORO」を読んでいても思ったことだが、最後の連載となった
「約束」や完成度の高い「薔薇と王様」などから比べると書き込みも足りないし、
オリジナル最大の壁とも言うべき「キャラの説明」が全然足りない。
どちらもキャラそのものはとても魅力的なので、もしみのりさまが夭折など
せず、「約束」を書き上げられたあとで完結ついでに全面改稿されていたら、
きっといい作品になっただろうと思われる。

惜しくて。悔しくて。病魔を憎まずにはいられない。

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