いつも君がいた〜漂う人彷徨う人番外編・・・1〜 (1)悪夢 ゆっくりと中嶋と啓太は落ちていった。 夜の闇、俺はそれをただ見つめているだけだった。 動くことも出来ず、ただ二人の破滅を見届けるだけだった。 「啓太・・・大好きだった。本当に大好きだったんだ。」 涙が流れ落ちる。 手に残る感触。 細い肩だった。いつもその背中を見つめながら、抱きしめたいと思っていた。 「ごめん、啓太・・・。」 俺は追い詰められていたのだ。こんなにも・・・。 ドサリと地面が鳴った。ふたりの末路。 「大切だったのに、愛していたのに・・・・。」 じっと手を見る。感触が消えない。 「愛していたんだ・・・・・君が、君が俺を選んでくれていたら・・・・。ごめん、啓太俺は、俺は・・・。」 両手で顔を覆い、そして償いの言葉を口にする。 「ごめん・・・啓太俺も、俺もすぐに行くから・・・。」 「うわあああ。」 悲鳴を上げて俺は、毛布を跳ね除け飛び起きた。 「・・・・・はあ、はああ・・・。」 深く息を吐き周囲を見渡すと、見慣れた寮の部屋だと気がついた。 「夢か・・・。」 よかった。もう一度深く息を吐いて、ぎゅっと目を瞑り、自分自身を抱きしめる。 体が震えていた。ガクガクと震えてそして・・・よほど汗をかいていたのだろう、パジャマがしっとりと湿り気を帯びていた。 「よかった、夢で・・・・。」 もう一度確認するように、そう言いながらゆっくりと首を横に振る。 悪夢だった。それは悪夢としか言いようが無いものだった。 それはあの夜の夢だった。 あの夜と同じ、寮の屋上で、手すりを越えて俺たちはあの場所に立っていた。 啓太を挟んで、中嶋と、俺。中嶋の声に啓太が覚醒し叫んだ。「俺は中嶋さんのものです。過去もこれから先の未来も、永久に永遠に中嶋さんのものです。だから、だから中嶋さん俺を忘れちゃ嫌です。」啓太のその声に、言葉に、俺は耐えることが出来なかった。 それだけがあの夜と違っていた。 どうしても俺は耐えることが出来なかった。啓太の言葉に耐えられなかった。 いつもの様に物分りのいい振りをして、いつもの様に親友の顔をして笑っていればいい。 作り笑顔は得意なはずだ。そう、いつだって俺は本心を誰にも見せずに生きてきたんだから。 だから笑えばいい。本心を知られることは俺にとっての破滅に繋がる。 だから平気な振りをして、なんでもない振りをして笑えばいいんだいつものように。 だけど・・・・。 「啓太が俺のものになることは永久に無いんだね。 啓太・・・俺だって、俺だって君の唯一になりたかった。なりたかったんだよ。」 涙が頬を伝い零れ落ちていく。 「和希?」 大切だった、何よりも大切で愛しかった。だけど、だけど手に入らないんだね。 だったら、だったらいっそ。 「さよなら、啓太。」 そう言って、俺は啓太の背中を押したのだ。 信じきっていたものに不意をつかれ、啓太は驚いたように振り向き、そしてそれを救おうとした中嶋とともに落ちていったのだ。 「莫迦げている、俺が啓太にあんな事するはずがないのに。」 力なく言って、首をふる。悪夢が頭から消えない、とても眠れそうになかった。 「・・友樹?」 不安定で落ち着かない心を隠すように、俺は最近同居人となったばかりの小さな友達の名前を呼んだ。 幽霊騒ぎの後『友樹君の寂しい心を満足させてあげれば、きっとすぐに昇天しますよ。』という七条の言葉を受け入れて、俺は友樹と同居することになったのだ。 それは実際正しい判断なのかどうかイマイチ良く分からないが、あまり物事に深くこだわらない王様達が、友樹の存在を普通に受け入れてくれたせいもあり、俺もいつの間にか友樹が近くに居て当然、と思うようになっていた。 「あれ?友樹?」 けれどいつもの頭に直接響くような、あの返事は返ってこなかった。 「・・・またトノサマと夜の散歩か。」 基本が霊体の友樹は夜眠る必要が無い。だから夜の間は部屋を抜け出して、トノサマと遊んでいるのだった。 「・・・・無理だな、とても眠れそうに無い。」 一人だと思うと、いつもは狭く感じる寮の部屋もなんだかガランとして見えて、俺はもっと落ち着かなくなってきてしまった。 煙草でも吸ってこよう。少し外の空気でも吸えば気分も変わるだろう。 カーディガンを羽織ると俺はドアをそっと開いて歩き出した。 「夜はやっぱり少し冷え込むようになってきたな。」 屋上に出るドアを開いて、俺は空を見上げた。 「・・・そうか今夜は満月か。」 大きな丸い月が、明るく照らしている。 「・・・・・。」 白い手すりが月明かりの下で、やけに光って見えた。 「くそ。」 夢の中の場面がリアルに思い出されて、俺は自分の不甲斐なさに舌打ちしながら、ひらりと手すりを越えた。 「あれは夢だ、ただの夢だ。」 しゃがみこみ下を見る。 いくら月が明るくても、非常用の小さな灯りしかない屋上からでは、はっきりと下の様子を見ることは出来ない。 「まったく、中嶋も無茶だよな。」 ここから二人が落ちたのは、つい一ヶ月ほど前のことだった。 「別に友樹が悪いわけじゃないんだよな。友樹は中嶋までつき落とそうなんて思ってたわけじゃないし・・・。だいたいあいつは勝手に落ちたんだ。」 ぺたりと座りこみ、足を宙にぶらつかせながら煙草に火をつける。 「中嶋は、無茶で考えなしで、大莫迦者だ。」 ふうっ。と紫煙を吐き出しながら、手すりに寄りかかって月を見上げる。 中嶋はなんの躊躇も無く、落ちていく啓太に手を伸ばし、そして自らも落ちていったのだ。 動けなかった俺とは違う。あいつは啓太を助けるために躊躇い無く動いた。 「そして、俺はもっともっと大莫迦者だよな。」 変に気にしているから、あんな変な夢をみるのだ。まったく情けなさ過ぎる。 「莫迦だよなあ。俺。」 ふわりと浮かんだ煙が、風に流され消えていく。 俺の存在なんて、本当はこの煙みたいなものなんだ・・・そう思ったらなんだか可笑しくなって笑えてきてしまった。 「俺が学園にいる意味ってなんなんだろうな。もうその意味はないのかもしれないよな。」 遠藤和希は架空の人間だった。 年齢も素性もごまかして学園に入るため、母親の旧姓を使い入学したのだ。 啓太の友達になるために、俺は遠藤和希になったのだ。 啓太が欲しい。啓太以上に愛しい存在なんてきっと一生現れない。 俺にとって、啓太は友達なんかじゃない。この世でたった一人の存在なのだ。 「だけど啓太にとって、俺は・・・・。」 啓太が必要としているのは、無茶で考えなしで大莫迦者の鬼畜野郎、中嶋英明ただ一人なのだ。 「必要とされてない・・・か。」 言葉にしただけで、絶望という二文字が頭の中を占領してしまう。 俺の大切な人、俺が唯一欲しいと思った存在。 啓太が俺を必要としてくれるなら、俺はどんな事だってする。 「君が欲しいと言うならあの月だってプレゼントするのに・・・・か。」 煙を吐きながら、月を見上げる。 丸い丸い月。青白く光る月の光。 いっそ飛んでしまえば良かったのだ。友樹と一緒に飛んで、そうして終わりにしてしまえば良かったのだ。 そうしたら楽になれたのに。こんなに苦しい思いをしなくてすんだのに。 「楽になれる?そうしたら・・・・・今でも。」 啓太と中嶋が一緒に居るのを見るたびに、心がツキンと痛くなる。 啓太が中嶋に笑いかける。甘い声で中嶋を呼ぶ。 慣れたはずの風景。 受け入れなければならない現実。 納得できなくても、理不尽だと腹が立ってもそれでも今までの俺なら笑っていたられた。 まだ希望はあると信じていられたから。 啓太と俺は中嶋に負けないくらいの強い絆があるのだと信じていられたから。 そして心のどこかで、中嶋は本気じゃないんだと、啓太との事は遊びなのだと思っていたら、 だから、笑っていられた。信じていられた。 いつか啓太の心を振り向かせてやる。俺が居なきゃ駄目だと言わせてみせる。 そう信じていられたんだ、あの夜までは・・・。 『俺は中嶋さんのものです。過去もこれから先の未来も、永久に永遠に中嶋さんのものです。だから、だから中嶋さん俺を忘れちゃ嫌です。』 『ケイタの欲しいものはナカジマさんだけ。ナカジマさんだけしか欲しくない。いらないってさ。ナカジマさんが一番なんじゃない。唯一なんだよ。ケイタの唯一の存在なんだよ。』 その言葉が、俺の心を揺さぶった。 希望なんか無い。啓太の心はこんなにも中嶋だけを思っている。 俺の入り込む隙なんてどこにもないくらい、啓太は中嶋だけを思っているんだ。 そして、あの男の本心を知ってしまった。 「遊びのつもりだと、そう思っていたのに・・。」 誰も気がつかなかった。啓太の中に友樹が居たなんて。啓太とすり替わっていたなんて、思わなかった。それなのに中嶋だけが気づいたのだ。 『戻って来い啓太。お前が俺のものだというなら、ずっと俺のものでいたいのなら戻って来い。さあ!!』あの冷酷な男が、自分以外どうでもいいと思ってるような男が、啓太を助けるために必死になった。そして啓太を助けるためにあの時動いたのだ。それが当然だという顔をして、あいつは動いたのだ。 中嶋は本気で啓太を愛している。そして啓太も・・・・俺の入り込む場所なんてどこにも無い。それを思い知らされてしまった。 希望なんかないと思い知らされてしまったのだ。 |
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