いつも君がいた〜漂う人彷徨う人番外編・・・2〜



(2)殻の中身


「はあ・・・・・。」
「か〜ずき。」
「う、うわあ。」
 突然目の前に現れた青い物体に、俺は悲鳴を上げた。
 ああ、びっくりした。もう少しで落ちるところだった。
「と、友樹、突然出てくるなよ。びっくりするだろ。」
「ごめんなさい。声掛けたんだけど・・・・。」
 ふわふわと浮遊しながら、友樹はしょんぼりとうなだれた。
「怒ったわけじゃないんだよ?ほら、危ないだろ?」
「うん。なんで和希こんなところにいるの?寝なくていいの?」
「目が覚めちゃってね。一服しに来た。」
「ふうん?部屋でもいいのに?」
「月が綺麗だからさ・・・。」
 嫌な夢を見て一人で部屋に居たくなかったんだ、とは言えなかった。
「あのね、トノサマがこの服ほめてたよ。可愛いってさ。」
 くるりと体を回転させながら、友樹が自慢げに言う。
「へえ?」
「和希本当に器用だよね。制服にパジャマにオーバーオールまで。」
「だって着たきりスズメじゃつまらないだろ?」
 依代のあの不気味な人形から、友樹はミニサイズのくまのぬいぐるみに器を移していた。
 部屋にあったぬいぐるみを見て「僕こっちがいい。」と友樹が言い出し無理矢理憑依したのだ。
「うん。沢山洋服があって嬉しいな。」
 友樹が憑依したとたん、ぽてぽてと動き出したくまを見て、裸のままじゃ可哀想かも・・と制服を作ってみたのが始まりだった。
 制服を徹夜して作って着せてあげると友樹が大喜びしたものだから、調子に乗って色々と作り、今では結構な衣装持ちになっている。
「冬になったらセーターも編んであげるからね。」
「え。・・・・・・・・・・・うん。」
 友樹がうなずくから、俺は笑って友樹の頭を撫ぜる。
 小さな小さな友達。幽霊なんて非現実的な存在だと思っていたのになあ。
 現実は小説なんかよりよっぽど不思議なことで満ちているのかもしれないな。
「ねえ、和希?」
「ん?」
「何かあった?」
「何かって?」
「なんだか元気が無いよ。」
「え?」
「落ち込んでるみたい。」
「どうして・・・。」
「どうしてって?」
「なんでそんな事・・・。」
 表情に出してなんか居ないはずだ。
「わかるよ。なんとなく・・・ね。僕は和希のオーラが見えるからね。」
「オーラ?」
「うん。顔じゃなくオーラ。だから僕に嘘はつけない。」
「わかるんだ。」
「うん。」
「そっか・・・。」
 ごまかしは効かないって事か・・・。
「僕じゃ役に立たないかもしれないけど、もしも・・・あの・・。」
「へへ、なんかさ俺ってなんなのかなって思ってさ。」
 なら言っても良いよな。俺だってたまには愚痴くらい。言ってもいいよな?
「そう思ったらちょっと落ち込んだんだ。それだけ。」
 タバコの火を消し、携帯用の灰皿にねじ込みながら笑う。
「ケイタと何かあったの?」
「なにもないよ。なぁんにもない。」
 今までも、そしてこれからもきっと、俺たちの間には何も起きたりしない。
「何もないから、落ち込んだ?」
「・・・・・・・・・そうなのかな?へへ、情けないね。」
 いい大人なのになあ。俺、なにやってるんだか。
 どうして俺はいまだに思い続けてるんだろう。もう報われる日は来ないというのに。
 どうして俺は・・・。
 たぶんこの感情に理由なんてつけられない。
 愛しい人。大切な人。
 啓太にいつも笑ってて欲しい。幸せにしてあげたい。
 曇りの無い笑顔、大好きな人。
 だけど、啓太を幸せに出来るのは中嶋だけなんだ。俺ではなく、中嶋ただ一人なんだ。
 だから、思うたびに切なくなる。だから、思うたびに苦しくなる。
「啓太は俺なんて必要としてないのにね。」
 見ているのが辛い。それでも傍に居たい。
「和希・・・・。」
「でもちょっと考えてる。遠藤和希をやめてしまおうかなって。」
「え?」
「学園の整理もついたしね、啓太の傍にいるのがあの人なら、俺はここに居る意味ないから。」
 その方がいいのかもしれない。
 このままここにいたら、いつか啓太を傷つけてしまう日が来ないとも限らない。
 大切な人を自分の思いだけで傷つけてしまう、それだけは嫌だ。
「和希はそれで後悔しないの?」



「後悔?」
「うん。しないの?」
「・・・・わからない。」
「わからない・・・そうか、そうだよね答えなんかすぐに出せないよね。」
「出せないよ。数学みたいに答えがひとつならいいのにね。」
「本当だね。」
 本当にそうだ。数学みたいに心にも数式があって、どんどん解いていけたらいいのに。
「数式をピタリと当てはめて問題をどんどん解いていくのって気持ち良いよね。人の心もそんな風に簡単ならいいのにね。」
「そうだね。くす、友樹は数学得意だもんな、そしたらすぐに解いちゃうだろうね。」
 授業中、友樹はポケットの中でいつも真剣に授業を聞いていた。その様子はとても楽しそうで、嬉しそうだった。
「うん。数学って楽しいよ。ああ、僕やっぱり勉強好きだったんだなあ。」
「え?」
「暇だから勉強してたいつも。
 調子が良くてもベッドから動けないことが多かったから。だから勉強ばっかりしてたんだ、でもね和希と授業を受けてて気がついたんだ。
 僕、勉強するのが好きだったんだなあって。生きてるときには気がつかなかったけど。
 僕莫迦だね、死んでから気がついたって意味ないのにね。」
「その時は楽しいって思わなかった?」
「うん、あの頃、楽しいって言葉を僕は、本当に知らなかった。だって何も楽しくなかったんだもん。
 何も希望がなくて、なにも楽しみもなくて、毎日が変わらない生活だった。
 いつ消えてしまうか分からない、明日終わってしまっても可笑しくない生活。
 ベッドの中で息をしているだけの僕は、何か価値があるのだろうかっていつも思ってた。
 僕は何のために生きてるんだろう、何のために生まれたんだろうって、いつもいつも思ってた。
 友達が居たら少しは違ってたのかもしれないけど・・・・僕、いつの間にか友達を作るって事をあきらめてた。
 心を誰にも開けなくなってたんだ。」
 あの晩見た、病室での友樹の姿を思い出す。
 細い細い体。
 走る電車を子供のように見つめる瞳。思い出して辛くなって、俺は話を自分のほうへ無理矢理切り替えてしまう。
「友達かあ、俺も居なかったなあ。同世代の友達って本当まわりにいなかった。」
「同世代の友達・・・?ああ、和希が子供の頃の話?」
「今もね。」
 鈴菱和希としての人生に、本当の意味での友達はきっと存在しない。
 何も警戒せずに、心の中を見せられる、そんな人間関係を知らなかった。
「鈴菱和希としての話って事?」
「そういうこと。」
「大人の和希は忙しいもんね。僕は和希のポケットに入ってるだけだから楽だけど。」
 友樹は俺のポケットの中で、鈴菱和希としての日常も見ているからなあ。
 忙しくないなんて言えないな。
「だから、寂しかったの?和希。」
「え?」
「僕ね思ってた。和希の心はどうしていつも寂しそうなんだろうって。
 硬い殻で自分を守って、外に出ない。自分を守ろうと必死になってる。寂しい寂しいって言ってる。」
「寂しい?」
「それはケイタのせい?」
「・・・・・いいや、啓太の傍で寂しさを感じたことはないよ。」
 それは、たぶん本当の俺の姿だ・・・。孤独な俺。
「え?」
「今はつらいけど。それでもね、遠藤和希として生きている今は、啓太の傍に居られる今は、本当の意味では寂しくない。それは本当。」
「・・・・つらいけど、寂しくはない?」
 きょとりと友樹は首を傾げてしまう。
「うん。俺にとって遠藤和希と鈴菱和希は別の人間。同じ人間だけど、別の人格なんだ。
 鈴菱和希は孤独だと思う。ずっとずっと孤独だった。
 俺は色々理由があって、今遠藤和希としてこの学園に居るんだけど.
 それは啓太と再会するためであったり、学園のためであったりしたんだけど.
 本当は、鈴菱の名前を一時的にでも捨てて、そうして生きてみたかったんだ。
 鈴菱和希じゃない人生をほんの一時で良いから歩いてみたかったんだ。」
「鈴菱和希じゃない人生?」
「そう、平凡な、普通の高校生。」
 鈴菱和希には望むことも許されなかった普通の生活。それを俺は遠藤和希として生きたかったのだ。啓太と一緒に。
「普通の高校生?」
「ねえ友樹。寂しいって感情を知らなかったんだよ俺。啓太と出会うまで。」
「え?」
「自分が寂しいんだって知らなかった。孤独だって知らなかった。」
「孤独だと知らない?」
「うん。それを教えてくれたのは啓太だった。」





  ← 1 へ   3 へ →

作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。