いつも君がいた〜漂う人彷徨う人番外編・・・3〜 (3)月だけが見ていた 啓太と初めて出会ったとき言われた言葉。『お兄ちゃん寂しいの?』 そう言いながら寄り添ってきた啓太が温かくて、触れた指先が温かくて、俺は始めて自分が寂しかったことに気がついたんだ。 「俺は、鈴菱和希の人生は孤独なのが当たり前だった、寂しいのが当たり前だったんだ。 誰にも気持ちを許さずに、いつもどこか警戒して生きている。それが当然だった。だから気がつかなかった。それが寂しいって事。孤独だって事。 啓太の笑顔を間近で見て、小さな体を傍に感じて、俺は啓太をとても愛しいと思った。 そんな事感じたのは初めてだったから、だから最初はとても戸惑ったんだ。」 「そして好きになった?」 「好き?そんな簡単なものじゃないよ。好きなんてそんな一言じゃ表せない。」 「・・・・。」 「啓太が好きで、大切で・・・啓太は俺のすべてだった。 『一緒の学校に行こう』っていうのが、小さな啓太との約束だった。 それは別れの時の、感傷が言わせた約束だった。 でもその約束は叶えられっこないと俺には分かっていた。当然だろ?年が違いすぎる。 だけどね、それがずっと俺を支えていたんだ。叶えられる筈のない約束がいつか叶う日を、俺はいつの間にか願うようになっていた。」 丸い月を見上げ、告白する。誰にも言ったことのない気持ち。 「叶えられる筈の無い約束が叶う日を待つ?」 「そう。いつしかそれが俺の希望になった。啓太と再び逢う事。一緒の学校に通うこと。それが希望になった。 おかしいだろ?でも、寂しいって感情を知ってしまった俺は、寂しいことがつらくて仕方なかった。 孤独が辛くてたまらなかった。そんな約束を信じたくなるほど、希望として支えにしたくなるほどに孤独が辛かった。 もちろん好きだと感じた人は居たよ。信じられると思った人も居たんだ。 だけどいつの間にか駄目になっていた。 鈴菱の名は、鈴菱の跡継ぎという立場は、人の思いを狂わせるんだ。始めは純粋であったものが、いつしか計算づくの関係に変わる。 そのたび俺は諦めてしまう。「そうなると思っていた」ってね。そうして感じる。孤独だと。」 留学して、年を重ねて、その思いはますます強くなった。 鈴菱の名の重さ。 すべての事が出来て当たり前だという思い。抱えている社員への責任。鈴菱が関わるという事への社会への責任。そして自分自身へのプライド。 そんなものが俺の心に重圧を与え、他人を本当に信じられないという壁を心に作っていった。 孤独は孤独を産み、そうして俺は本心で笑うということをしなくなった。 だから余計に信じたくなったのだ、啓太との約束を。・・・でも。 「啓太に再び逢うまで、俺は不安だった。啓太も同じかもしれないって、不安だったんだ。」 「ケイタが変わってしまっているかもしれないって思ったの?」 「ああ。」 不安だった。だけど信じたかった。啓太は違うと。 俺は啓太の隣りでなら、笑っていられる。本当の顔で笑うことが出来る。 秘密を打ち明ける前から啓太は、自分をありのままに受け入れてくれる存在。 自分の心をさらけ出せる存在になっていたから。だから信じたかった。啓太なら俺を受け入れてくれると。 「だけど、ケイタは違った。そうだね。」 「ああ、啓太は違った。あの幼い日と同じように、啓太は俺に笑ってくれたんだ。俺が鈴菱だと、カズ兄だと分かってからも、今日までずっと変わらずに。」 俺の望みは叶えられたのだ。友達として。 「ケイタは変わらなかった。ずっと今も変わることなく和希の友達なんだね。」 丸い瞳が見つめる。それに俺はこくりと頷いた。 「ああ、啓太は同じ。俺をありのまま受け入れてくれた。 鈴菱和希だろうと遠藤和希だろうと関係ないよ。和希は和希だよって笑ってね。俺を本当に理解して受け入れてくれたんだ。」 だけどそれは友達としてだ。友達として啓太は俺を受け入れた。 俺の一番欲しい言葉を啓太はくれた。『俺がだれでもかまわない。和希は和希だろ?』って。 だけど俺の望みは違っていたんだ。啓太の恋人。なりたいものはそれだった。 「贅沢だろ?俺自身を受け入れてくれたんだ、それで満足してればいいんだ。なのに、俺はもっともっと望んでしまうんだ。 啓太の恋人になりたいって。」 望んでしまう、恋人になりたいと。友達じゃなく、恋人になりたいと望んでしまう。 人間は、俺はなんて欲張りな生き物なのだろう。受け入れてくれるだけで満足な筈だったのに。 啓太が俺を受け入れてくれた。ありのままの俺を。 肩書きなどではなく、俺自身を見て、そして俺の傍に友達として傍にいる。それで良いはずだった。それで満足できるはずだった。 「啓太の一番の友達だと思うよ。俺はそうなんだって思う。啓太は俺を信頼して、信用してくれて、理解してくれてる。俺を好きだといってくれる。 だけどそれじゃ駄目なんだ。それだけじゃもう駄目なんだ。」 『俺和希の事大好きだよ。和希と友達になれて本当に良かった。』 啓太の好きは友達としての好き。わかっているのだ。嫌というほどわかってる。 啓太がいくら好きだと言ってくれても、俺を理解してくれても、それは友達として、恋人じゃない。 だけど、俺は期待してしまうのだ、啓太がいつか俺を愛してくれるんじゃないかと。中嶋ではなく、俺を恋人として必要としてくれるのではないかと。 期待してしまうのだ。 「・・・ケイタにはナカジマさんがいるんだよ?」 「分かっている。」 「それでも思うの?ケイタを思うの?そんなの和希が辛すぎるでしょ?」 「辛いよ。凄く辛い。」 それでも諦めることなんか出来ない。 胸が苦しい。啓太を思うだけで、苦しくてたまらない・・。 「和希、泣いても良いんだよ。」 「友樹?」 「大丈夫、ここは僕しかいないから。ここにいるのは、僕と和希と・・そしてお月様だけ。 でもお月様は何も言わないよ。和希が泣いても、何を話しても誰にもなにも言わない。全部見てても何も言わない。それに、それにね、 僕はもうすぐ消える存在だよ。そしたら和希が泣いたことなんて誰にも分からない。 ね、和希。大人の人だって、泣いたっていいんだよ。」 「莫迦だな・・・・俺は、俺は平気だよ。」 「平気じゃない。わかるよ僕。和希はちっとも平気じゃない。ねえ和希泣いてもいいよ。涙にはね悲しい気持ちが溶けるんだよ。 溶けて外に出て行くんだよ。だから泣くと元気になるんだよ。」 友樹の手が触れる。綿の入ったただのぬいぐるみなのに、それなのにどうしてかそれが本当の友樹の手のひらのように温かく感じてしまった。 「ね、和希泣いても良いんだよ。今は僕しかいない。ううん僕が和希の傍にいるから。」 ふわふわの手が何故か温かくて、不思議なんだけど温かくて、そしたらなんだか喉の奥がツキンと痛くなったんだ。 「友樹・・・。」 視界がゆがんだ。ゆらゆらと視界がゆがんで、友樹の顔がゆがんで見えた。 でも、泣けない。泣けるわけない。だから必死に我慢してた。喉の奥が痛くなっても、我慢していたんだ。 「和希・・。・・えい!」 そしたら、友樹がいきなり頭を殴ったんだ。 「友樹?」 「痛いでしょ?和希。えい、えい!!痛いんだから。僕殴ってるんだから。」 痛い?痛いはず無い。友樹がいくら必死に殴ったって、ぬいぐるみの腕で、もこもこの綿の詰まった腕で殴ったて痛いはずが無い。 「痛いでしょ!!」 なのに、友樹が必死でぽかり、ぽかりと殴るから、そうして何度も殴るから、なんだか俺は気が抜けて、そうしてとうとう我慢しきれなくなって、 ポロリと涙をこぼしてしまった。 「ほうら、痛くって涙が出ちゃった。」 全く、なんて強引なことするんだろう。ぬいぐるみの癖に、小さい小さいくまの癖に。大人の俺を泣かそうなんて。 なんて君は、強引で・・・そして優しいんだろう。 「痛くて、我慢できないよ。友樹。」 心が痛くてたまらないよ。ツキツキと胸を突く痛みが辛くて辛くてたまらないよ。 どうしたらいいんだよ。泣いたことなんてないから、涙の止め方もわからないよ。 こんな時どうしたらいいかなんて、誰も教えてくれなかった。誰も・・・。 「いっぱい泣いて?気が済むまで。和希の痛みは僕が天まで持っていくからね。大丈夫和希はもうすぐ元気になれる。大丈夫だよ。」 小さな小さな手が、優しく頬を撫ぜる。 「友樹・・・・俺、俺・・・。」 涙がこぼれて流れ落ちた。小さな子供みたいに、涙がぽとりぽとりとこぼれ落ちてきた。 「俺啓太が好きだったよ。ずっとずっと好きだった。いつだって俺、俺は・・・。」 いつも心の中には啓太がいた。 始めてあったあの日から、俺の心の中にはいつだって啓太が居た。 別れたあの日から、この学園で啓太と再会するまで俺は、啓太に逢う日を思っていた。 啓太と再会したとき、恥ずかしくない男でいたい。 啓太に今までの自分を誇れる人間でいたい。 強い男になりたかった。 啓太の心を優しく包んで守ってあげられる強い男でありたかった。 啓太を守れる人間になりたかった。あの笑顔を守れる強い男になりたかった。 そう思いながら、俺はいつだって啓太の、あの笑顔に支えられていたんだ。 「莫迦だろ?俺、学園をでるなんて、遠藤和希をやめるなんて、無理なんだってわかってるんだ。後悔なんかするに決まってる。」 だって傍に居たい。報われなくてもいい。恋人になんてなれなくて良いから傍に居たい。 「俺は啓太の傍にいたいんだ。傍に居てあの笑顔を見ていたい。」 だって啓太は必要としてくれているから、俺を友達として必要としてくれているから。 それは決して俺の望む形ではないけれど、それでもいい。それでもいいから傍に居たい。 だって必要だから、俺が啓太を必要だから。 「俺が笑うには啓太が必要なんだ。莫迦だろ?いい年して、でも啓太が居ないと駄目なんだ。」 「駄目じゃない。和希。駄目じゃないよ、和希・・・。」 涙がこぼれる、あとからあとから・・・こぼれ落ちる。 「傍にいるからね、和希・・・。」 「友樹・・・俺、俺・・・・。」 小さな友樹を抱きしめて、俺は涙を流し続けた。子供みたいに泣き続け、そうして友樹と一緒に朝日が昇るのを見たのだ。 「綺麗だね。和希。」 泣きすぎてぼぉっとした頭で見た風景を、友樹とみたその風景を忘れない。 後になって思った。あんなに泣いたことは、生まれてから一度だってなかった。 俺は、あんなふうに自分が泣けることを知らなかった。 「ねえ、友樹。俺、啓太にちゃんと気持ちを伝えてみるよ。」 「え?」 朝焼けを見ながら、俺は友樹にそう告げた。 「無理なのは分かってるけど、きちんと気持ちを伝えてみる。」 「和希。」 答えは分かっているけど、それでもちゃんと伝えたい。 これから先も、啓太の傍にいるために。ちゃんと気持ちを伝えたい。 「うん、和希そうだね。」 友樹が笑って頷いた。 ぬいぐるみなのに、俺は友樹の笑顔がはっきりと見えた。可愛い笑顔だった。 小さな頃の啓太と同じ。暖かくて可愛い笑顔だった。 「友樹。俺、君に逢えてよかった。」 「・・・・・和希。・・・うん、僕も、僕も和希と出会えて本当に良かった。」 出来るなら、この学園の生徒として、友樹と出会いたかった。 そしたらきっと友達になれたのに、友樹と俺と啓太と、皆と友達になれたのに。 運命はなんて残酷なんだろう。神様はなんて皮肉な出会いを作るんだろう。 「僕、幽霊でもこの学園に来られて良かった。和希と出会えて本当に、本当に良かった。」 なのに友樹はそうやって笑うから、俺も泣きはらした顔で、笑顔を作った。 一生懸命笑顔を作ってそうして、小さな友樹を抱きしめた。 「友樹ありがとう。」 勇気をくれて、ありがとう。そういうと友樹は照れくさそうにまた笑った。 それから一週間後、友樹は天へと昇っていった。 『和希の悲しみは、痛みは僕が持っていくからね。』 そっと俺に囁いて友樹は、朝焼けの海の上に浮かぶ、光の扉へと続く階段を手を振りながら上っていったのだった。 Fin 「漂う人彷徨う人」は中啓というよりも、和希の失恋の話がメインになっていた感じがあるのですが、その割りに和希の気持ちがちゃんと書けてなかった気がして心残りだったもので、長々と和希の独白を書いてしまったわけです。中啓を書く場合、和希が不幸なのはある意味仕方のないことだとは思う のですが、それにしても不憫だったなあ・・と今更ながらに反省してます。 啓太は別に和希をないがしろにしてる訳でもないんですけどね、啓太の言葉だけを見てるとそりゃ和希は凹むでしょう?思う時間が長かった分。和希の不憫さは・・・。 そして、タイトルの「いつも君がいた」はTHE ALFEEの曲から頂きました。凄くいい曲なのです。 10月12日〜17日まで日記にて連載 『漂う人様彷徨う人(13)』へ |
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