漂う人彷徨う人



(13)海へ行こう


「うわああっ。海だよ和希!」
 友樹が窓に張り付いて歓声をあげた。
「凄い凄い。一面真っ青だあ。」
 啓太が隣で同じように窓に張り付いて声を上げる。
「煩い。」
 ゴンと啓太を頭をゲンコツで叩き、ピンと友樹の頭を指ではじくと中嶋は、友樹の襟をつまんでポイッと俺のひざに投げた。
「酷いよナカジマさん!」
 無事ひざの上に着地して、友樹が抗議の声を上げる。
「煩いんだお前たち二人は。全く。」
「ごめんなさい。」
「いいじゃないかあ。この車両、僕たち以外乗って無いんだから。」
 素直に謝る啓太と、抗議を続ける友樹を交互に見つめながら、俺はつい笑ってしまった。
「和希笑うなんて酷いよ。」
「そうは言ってもなあ、ヒデとお前が話してるとなんか妙におかしくってさあ。」
 王様が代わりに返事をすると、中嶋以外の人間がいっせいにうなずいた。
「え?え?どうして?なんで可笑しいの?」
「だってねえ。」
「そうそう。」
「可笑しいものは可笑しい。」
「篠宮さんまで・・・・。」
「まあまあ、友樹そういじけるなって・・・。」
 しょんぼりとうなだれる友樹の頭を撫ぜながらついつい笑ってしまう。
「だってえ、皆が笑ってるぅ。」
「ごめんごめん。」
 でもなあ、ちびちびのくまのぬいぐるみが中嶋相手に必死に抗議してて、それを中嶋が真面目に怒ってるって姿はどうやったって可笑しいんだよな。
 なんか妙に笑いがこみ上げてくるんだよ。
「ひどいよ。」
「ごめんごめん。機嫌直せってば。ほら、もうすぐ駅に着くよ。」
 頭をよしよしと撫ぜながら、窓の外を指差す。
「ほんと?」
「ああ。」
 ったく小さい子供みたいだな・・・苦笑しながら頷いて、そうして肩に乗せると立ち上がる。
「電車に乗って、海まで・・・か。」 



 三日前の午後だった。いつものように学生会室で時間を過ごしていた友樹は、窓の外を見つめながらポツリと行ったのだ。
「電車に乗って海に行ってみたかったなあ。」・・・・と。
 小さな小さな声、本人自身が言葉にしたことに気がついていないような、そんな様子に俺と啓太は顔を見合わせ頷いた。
「友樹?電車に乗って海に行こうか。」
「・・・え?」
 振り向いた小さな体、ぬいぐるみの顔が変わるわけ無いのに、その顔はとても驚いているように見えた。
「いいの?」
「ああ、いいよ。ね、啓太。」
「うん。」
「いいな行こうぜ、どうせなら皆でさ。」
「みんな?」
 王様の言葉に啓太が首を傾げると、
「皆は皆だろう?」
 当たり前のように言ったのが中嶋だったから、俺は心底驚いてしまった。
「いいの?皆で一緒に行けるの?」
「おう、行こうぜ。な、友樹。」
「わあ、わあ!!遠足みたい!!」
 はしゃぐ友樹を見つめながら、誰を誘うつもりなんだろう?と俺と啓太はまだ首を傾げていたのだった。



「海。う〜み〜♪」
 肩に乗ったまま、友樹がはしゃいでいるのを皆が見ていた。
「楽しいですか?友樹君。」
「良かったな友樹。」
「うん、七条さん。西園寺さん。」
「釣りやろうな、友樹。」
「うん、王様。」
「でっかい山作ってトンネルほろうな、友樹。」
「わあ、俊介本当!」
「ようし、じゃあ滑り台も作ろうか!」
「わあい。すご〜い。ありがとう成瀬さん。」
「遊ぶのも良いが服を汚すなよ、友樹。折角遠藤がその制服を作ってくれたんだろ?」
「はぁい、篠宮さん気をつけます。」
「まあ汚れたら洗えばいいんだ。あんまり気にするな、友樹。」
「ええと・・はい。岩井さん。」
「ぶみゃあん(お前を乗っけて砂浜走ってやるからな。)」
「うん。トノサマ楽しみ!海野先生、トノサマと遊んでいい?」
「もちろんいいよぉ。」
「やったあ。」
 小さな小さな無人の駅に、俺たちは賑やかに降りるとのんびりと海岸を目指して歩き出した。
「いい天気だなあ。」
 青い空を見上げる。
「晴れてよかったですね、中嶋さん。友樹も楽しそうだし。」
「・・・・。」
 後ろを歩く二人の言葉を聞きながら、そういえば友樹が来て一ヶ月が経ったのだと気がついた。
 一ヶ月前友樹が啓太に憑いて大騒ぎになり、そして俺の傍に暮らすようになった。
 始めは依代といわれる人形に入ったものの、俺の部屋にあった、ちびくまを気に入ってしまい、友樹の依代は、そのちびくまになってしまったのだった。
 そうして一ヶ月、友樹は殆どの時間を俺とともに過ごした。
 戯れに制服を作って着せてあげたら、むちゃくちゃ喜んだので、いい気になって俺は、いろんな服を作った。
 パジャマにパーカー。半ズボンにボタンダウンのシャツにオーバーオール。冬になったらセーターを編む約束もした。
 今では可也の衣装持ちなのだ、だけど友樹が好んできたがったのは、学園の制服だった。
 そうして友樹は制服を着てやってきた。
 電車に乗って海に行きたい。その言葉通り皆で電車に乗ったのだ。友樹を当たり前のように受け入れて、仲良くなった皆で。


 電車に乗って海に行こう。

 友樹が言っていたように、海岸沿いを走る電車に乗って。
 
 遠足みたいに皆で行こう。

 楽しい思い出をいっぱい一杯作ろうよ。
 友樹が喜びそうなことは何だろう。
 天気が良いといいね。

 真っ青な空、真っ青な海。

 電車の窓からその景色が見えるんだ。きっと友樹は大はしゃぎするぞ。
 計画を立ててるうちに、なんだか自分達が楽しくなってきていた。
 皆で一緒に出掛けることに大きな目的なんてない。
 ただ、電車に乗っって海に行きたいという友樹の希望を叶えてあげたい・・ただそれだけ。

 ただそれだけの為に、日ごろ忙しくしている人間たちが、そろって計画を練っていた。
 それが友樹との別れの旅になるなんて思いもせずに、俺たちは砂浜で時を過ごしたのだ。

 友樹との最後の時を・・・・。





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