漂う人彷徨う人



(12)長い夜の終わりに


「ん・・・・・。」
「啓太?目が覚めたのか?」
 中嶋が声を掛ける。
「なか・・じま・・さん?」
「ああ。」
「うわ・・・。」
 恐ろしいものを見た。
 今、微笑まなかったか?中嶋のこんな笑い方始めてみた気がする。
「あの・・・。」
「どうやら意識ははっきりしているようだな。」
 やっぱり、かすかだけど微笑んでる・・・そうか、中嶋も啓太にだけはこんな笑い方をするんだ。
「伊藤君?」
「あの、中嶋さん!!俺中嶋さんのものですから!絶対絶対中嶋さんのものですから。だからだから忘れちゃ嫌です!」
 啓太が叫ぶ。その言葉に、表情に、心がツキンと痛くなる。
「おい、目が覚めたとたんそれか。」
 うんざりしたように中嶋が啓太の額を指でピンとはじいた。
「いたっ。」
「お前が俺のものだなんて、そんなの今さらだ。
 変えようがない事実だろう?
 そんなに大声で主張しなくても分かってるから。少し黙れ。」
 そうだ、変えようの無い事実。啓太が必要としているのは俺じゃあない。
 それは紛れも無い事実で、だけどそれを素直に納得できないのも事実なのだ。
 だって俺だって、啓太を好きなのだ。
 だって、俺だって、啓太に唯一だと言って欲しかったのだ。
 俺だって啓太が大切なんだ。ずっとずっと大切に思ってきたのだ・・・。
「だってだって、中嶋さん忘れるって、俺のこと忘れるって。」
 だけど、啓太はそんな事気づきもしない。
 きっと、俺のこの心の痛みを啓太は一生知ることはないんだ。
「中嶋さん、俺の事忘れたりしないでください。じゃなきゃ俺・・・・。」
 自分の思いを伝えるのに必死で。俺がどんな思いで啓太を見ているかなんて、想像もしたことないんだろうな。
 啓太は俺に無邪気に言う。『和希のこと好きだよ。和希と出逢えて俺凄く良かったって思ってるよ。』
 信頼の瞳で俺を見て、そう言ってくれる。だけど・・・・。
 俺への好きは、友達としての好き。それ以上にもそれ以下にもならない。
 ただそれだけの好きなんだ。
「・・・・あんなのは脅しだ。」
「本当ですか?」
 だってその証拠に、啓太は俺にあんな必死な顔をしたことはない。
 あんな必死な瞳で、まるでこの世には、中嶋と自分の二人だけしか存在しないとでも言うような、そんな瞳で俺を見たりはしないんだ。
「今後のお前次第だがな。」
「中嶋さん・・もぉ。」
 中嶋がにやりと笑う。いつもの風景だ。そして啓太が笑っている。
 くやしいけど、啓太は中嶋の隣でこうやって笑っている時が一番いい顔をしてるんだ。
 俺にはそれが不本意でも、それが現実って奴なのだ。
 そうして俺へ向けるのは、信頼の笑顔。俺を親友だと信じきった笑顔。
 それが現実なのだ。不本意な現実。
「あの、でも俺・・どうしたんでしたっけ?」
「どうしたもこうしたも、屋上から落ちたんだ。」
「どうして?」
「お前頭打ったのか?」
「う・・んと。俺・・・地下鉄を待ってたのは覚えてるんです。で、誰かと目が合って・・・それで・・・。
 気がついたら、中嶋さんが「早く起きないと俺の事なんか忘れるからな」ってどなってて・・・で、屋上に居ました。」
「・・・トモキが入ってた間の記憶が無いわけか。」
「トモキ?ああ、夢にでてきました。小さな男の子。友達になったんです俺達夢の中でずっと一緒だったんです。」
 ふにゃりと啓太が笑う。
「でも、なんで中嶋さんがトモキを知ってるんですか?」
「さあな。」
「?和希?」
「これがその友樹だよ。」
 手のひらに乗せた友樹を啓太の前に差し出すと、友樹はぺこりとお辞儀をしてみせた。
「?人形?あれ?動いた。」
「ケイタ・・・ごめんね。」
「わ、しゃべった。え〜和希、この子どうやって動いてるの?」
 言いながら啓太は、にこりと微笑んで友樹の頭をそっと撫ぜた。
「友樹はねずっと啓太の中にいたんだよ。」
「・・・?幽霊って事?俺の話してること分かる?」
 順応力は中嶋並みらしい。啓太は友樹に向かって話し始めた。
「うん。ごめんね。今まで勝手に体を借りてたんだ。ケイタごめんね。」
「君が夢の中に出てきたあの子なの?僕と友達になったあのトモキなの?寂しいって泣いて・・・
あの・・。」
「うん。ケイタは子守唄歌ってくれたよ。僕が寂しくないようにって一緒に眠ってくれたんだ。
 でも僕、ケイタの体が欲しくて・・・だから・・・。」
「そうか・・・・・・ごめんね友樹。俺の体あげられなくて。俺ね、中嶋さんのものだから、俺が勝手に良いよって言えないんだ。」
「うん、分かってる。ケイタはナカジマさんのなんだもんね。」
「うん。俺の心も体も全部中嶋さんのものなんだ。」
「お前らな・・。」
 中嶋がうんざりとした声をあげる。
 さすがにこうあからさまに惚気られると照れるらしい。
「え?何ですか?中嶋さん。」
「別に・・・。ったくお前今晩眠れると思うなよ。」
「え?え?なんでですか?」
「どうしてもだ。」
 ピンッと額を指ではじいた後、中嶋はタバコに火をつけた。
「痛いです!中嶋さん。」
「煩い。」
 なんだか今日はこの男の意外な面ばかり見せられている気がする。
「・・・そういえば、中嶋さんどうして眼鏡してないんですか?」
「さあな。」
「あのね、啓太。中嶋さんはね・・。」
「鈴菱?お前、今晩仕事作って欲しいのか?」
「え・・・?な、なんでですか!!」
 仕事って・・・またコンピューターのセキュリティーに入り込むとか?それとも・・・。ってなんでだよ!
「さあな、口は災いの元っていうだろう?」
 ニヤリと笑う。いつものあの顔で。
 災いって・・別に「中嶋さんが啓太を助けようとして一緒に落ちた」って話をするのは悪いことじゃないだろう?
「・・・ったく。素直じゃないですね、トノサマ。」
「ぶみゃあん(まったくだ。照れるなんて普通の人間みたいな事、眼鏡には似合わないぞ)」
「くすくす。トノサマその通りです。」
「七条!貴様なにがいいたい?」
「さあね、なんでしょうね。さてすべて丸く収まったところで僕たちは帰ります。
 友樹くん?なにか不都合があったら遠慮なさらずに言ってくださいね。」
 にこりと七条が笑う。
 不思議な夜だったと思う。中嶋の意外な一面。そして七条の優しさ。
 俺はたぶんこの人たちの上辺だけを今まで見ていたのだと、気づいた。
 俺が見ていたのは、本当の姿ではないのかもしれない・・そう気がついた。
「ありがとうございます。」
 ペコリと友樹が頭を下げる。
「いいえ、それでは伊藤君おやすみなさい。」
「おやすみなさい、七条さん、トノサマ。」
 ふたりが去って、そうして俺たちもそれぞれの部屋に戻った。
 長い長い夜が終わりを告げ、そうして俺と、小さな人形の友樹との共同生活が始まったのだった。

 

※※※※※※※   

・・・ということで、長い夜が終わりました。
時間の流れ通りに読みたい・・という場合は、『いつも君がいた』へどうぞ。
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