漂う人彷徨う人



(11)小さな器


 フルリと髪を振り、中嶋がまぶたを開いた。
「中嶋さん、気がついたんですね。」
 慌ててしゃがみこみ、中嶋の顔を見つめる。
 怪我は本当に無いのだろうか?あの高さから落ちて、友樹は平気だと言っていたけど、本当に大丈夫なのだろうか?

「なんだ・・・鈴菱まだそいつに連れて行かれてなかったのか。」
 なのに、中嶋という男は、俺のそんな心配を平気で無視してこんな事を言うから、呆れてしまう。
「あなたね。」
 まったくこの人はどうしてこう憎まれ口ばかり・・・。
「体大丈夫ですか?」
 それでも一応の、心配の言葉を口にしてしまうのは、中嶋が啓太を助けた・・という事実からだった。
「さあな。」
 なんでもない風にゆっくりと体を起こすと、啓太を自分のひざの上に座らせて肩を抱く。
 その行動は、啓太への愛情なのか、俺への意思表示なのか分からないけど、でも啓太を中嶋なりに大事にしているって事だけは分かる。
「まったく無茶ですよ。」
 怪我をするだろうとか、死ぬかもしれないとか考える間もなく中嶋は啓太に手を伸ばした。そして啓太を守るように抱きしめ落ちていったのだ。
「ふん。ただの条件反射だ。意味はない。」
 そっけない返事に、また俺は呆れてしまう。
「条件反射ってね。」
 呆れる。啓太を助けるためなら体が自然に反応するとでもいうのだろうか?
「まったく。あなたって人は・・・。」
 俺には出来ない。出来なかった。ただ呆然と落ちていく啓太を見ているだけだった。
「ふん。トモキ・・気は済んだか?」
「はい。ごめんなさい。」
「ったく。」
「そういえば、中嶋さん、なんで今日帰ってきたんです?王様は?」
 ふと思い立ち聞いてみる。明日帰ってくる予定だったはずだ。それで助かったといえばそうだけど、偶然にしては出来すぎている。
「ふん。こいつが下手糞な子守唄なんぞ聞かせるから、お仕置きをしに帰ってきただけだ。
 あんなもの一晩中聴かされてたら、煩くて寝ていられないからな。」
 子守唄・・・?なんだ?子守唄って・・・啓太が歌ってたということか?
 でも・・いつ?
「子守唄・・・?そうかケイタが心配で帰ってきたんだ。ナカジマさん優しいんだね。くすくす。」
 友樹が笑う。優しい?この中嶋が?
「心配?こいつが莫迦なのはいつものことだ。いちいち心配してる時間なんぞあるわけが・・・。」
「でも、だから帰ってきたんだよね?ただの夢だって思わずに。」
 夢・・そうか、中嶋は啓太の夢を見たのか。
 屋上で友樹が言っていた。啓太の生と死の狭間の場所。
 啓太とつながりが本当に深いものでなければたどり着けない場所。
 啓太とのつながりが本当に深くなければ、夢に見ても忘れてしまう・・・・そんな場所で啓太が歌っていたのか・・・。」
「中嶋さん、本当に啓太が大事なんだね。」
 くすくすと友樹が笑う。
「・・・・。」
 珍しいこともあるもんだ。中嶋が黙ってしまった。
 そうか、だから帰ってきたのか。啓太を心配して・・・いいとこあるじゃないか・・・。
「あれ?そう云えばナカジマさん、眼鏡飛んじゃったの?僕探してこようか?」
 友樹の声に中嶋を見つめると、確かに眼鏡をしていない。落ちるとき風圧で飛んでしまったのだろうか?
「煩い。そんな事はいいからお前はとっとと昇天しろ。それともまだここに居座って俺の神経を逆撫でしたいのか?ん?」
 眼鏡がないせいで余計に目つきがきつくなっているのに、友樹は気にせずのんきな返事をした。
「だって、天に昇る方法が分からないんだもん。」
「おい・・・・無理なのか?」
 うんざりとしたように、中嶋がうめき声をあげる。
「うん。無理。体が重くて上まで上がらない。空のずっと上の、あの光るところまで飛べないんだ。
 一人だから無理なのかと思ったんだけど・・そうじゃないみたい。」
 友樹はそう言って、遠くを見つめ指をさす。
「あの星のずっと向こう。あそこまで行かなきゃ行けないんだ。
 だけど行き方がわからない。
 もしかしたら永久にあの場所にはいけないのかもしれないな。だってもう一年も彷徨ってるんだから。」
「・・・・はあっ。全くお前って奴は・・何から何まで・・・。」
 友樹のその言葉を聞いて、じいっと睨みつけた後、中嶋は大仰なため息をついた。
「中嶋さん?」
 何を一人で葛藤してるんだ?
 あれ?こいつこんなに表情読みやすい人間だったっけ?・・・眼鏡をしてないせいか?
「ナカジマさん?」
「仕方ないな、飛び方が分かるまで俺の中にでも入ってろ。」
 そして、苦々しい顔から出た言葉は予想もつかないものだったから、俺は一瞬言葉の意味を理解できなかった。
 入る・・・?中嶋の体の中に・・?誰が?
「え?」
「いいの?」
「お前みたいなのにふらふらされてると、またこの莫迦が変な約束しはじめるだろうからな?」
 啓太の髪をくしゃりと撫ぜながらそんな甘いことを言う。
 おい、こいつこんなお人よしだったのか?
 やっぱり頭を打ったとか?・・・それとも啓太が絡めば何でもするのか?
「いいの?ナカジマさん。」
「その代わり俺の中に入ったら、外には出られないぞ?俺はこいつみたいに甘くもお人よしでもないからな。」
「うんそれでもいい。」
 それでもいいって。おい。中嶋だぞ?帝王だぞ?鬼畜なんだぞ?
「それはいけませんよ。」
「七条!何でお前がいる。」
 うわっ。中嶋がいきなり戦闘モードに入っちゃったよ。
「遅くなりました。伊藤君大丈夫ですか?」
「ああ。」
「お前に心配させるいわれはない。」
「まったくあなたは可愛くありませんね。
 トモキくん?でしたっけ?お話は聞かせていただきました。
 こんな人でなしさんの体の中に入ったら駄目ですよ。
 あなたまで性格が悪くなってしまう。」
「七条・・・きさま・・・。」
「僕がいいものをお持ちしました。」
「え?」
「これです。」
「なんだその小汚いものは。」
 小さな布製の人形。
 中国の民族衣装みたいなものを着た、手のひらに乗るくらいの小さな子供の人形・・・。
「依代です。」
「ヨリシロ?」
「依代はヒトガタ。つまり人形です。魂の入る器です。」
「こんな小さな人形が?」
「ええ、さっきの話から察すると、あなたはこの学校への執着が強すぎるのではないでしょうか?
 暫くこの中に入って、遠藤君と一緒に生活なさい。
 そのうち天に昇れますよ。その人でなしさんの中にいるよりましですよ。」
「七条、お前浄霊する方法を探しにいってたんじゃ。」
 なんでそれがこんな人形を持って帰ってくることになったんだ?
「トノサマが言うもので。」
「トノサマが?」
「ええ、ね、トノサマ。」
「ぶみゃ(そうだ。)」
 七条の足元にトノサマが座っていた。
「ぶみゃあぶみゃあ(寂しいだけなんだ。
 しばらくここにいれば思いが薄れて体も軽くなる。
 お前しばらくここにいて遊んでいけよ。俺が遊んでやるから。)」
「いいの?」
「ぶみゃ(ああ、いいぞ。お前は俺の言葉わかるだろ?)」
「うん。」
「しばらくここで過ごしたら、寂しい気持ちも満足して飛べるようになるのではないかとトノサマが言ったので・・。
 それに僕もそのほうが良いようなきがするんです。
 寂しい心を抱いたまま天に昇ることなんてありませんよ。
 楽しい思い出を沢山沢山作って、それからでも遅くないと思います。
 いかがですか?トモキくん。人形では嫌ですか?」
「ううん。でも・・・。」
 ちらりと友樹が俺の顔を見る。そうか・・・。
「わかったよ。俺がその人形をあずかる。一緒にいよう。友樹。」
 笑う。友樹が安心できるように。精一杯の笑顔を見せる。
「いいの?和希・・・。いいの?」
 それは、俺の役目だと思う。だって俺は友樹に約束したのだ。手紙で、誓ったのだ。
 友樹が安心して学べる環境を作って、友樹の入学を待つと。
「ああ、いいよ。ポケットに入る大きさだし。一緒に居よう友樹。俺の傍で暮らせばいいよ。
そうして、学校に行こう。一緒に授業を受けて、寮で暮らそう。だって友樹はこの学園の生徒なんだから。
 俺の大切な生徒なんだから。
 どんな形であれ、友樹がこの学園に通える。友樹の夢が叶うんだ学校に行きたい・・という夢が。
 その夢のためなら、俺はどんな事だってする。俺の大切な生徒の為に。
 にっこりと微笑んでみせると、友樹は安心したように、にこりと笑った。
「ありがとう和希。」
「じゃあ、人でなしさんの邪魔が入らないうちに、さあ中に入ってください。」
「簡単に入れるのか?」
「ええ、たぶん。本当の依代はその人の名前や生年月日、没年齢などが必要なんです。
 これは魂を一時的に寄せるために作られたものですから、トモキ君が入りたいと思えば、入れるはずです。」
「・・・・。」
 説明は良いんだが、意味もよく分かるんだが・・・なんでこんな物を当然の様に七条は持っているんだろう・・・。
「じゃあ・・・。」
「・・・・。」
 一瞬の光の後、人形がコトンと動き出した。
「うわ・・・。」
 カクンカクンと歩いている。小さな小さな人形。首がキィィと動いている。 想像は出来たけど・・・ちょっと・・・やっぱり・・・あああ・・・。
 どうしよう、やっぱり俺って常識人だったんだ・・・。
 ちょっとこの展開には付いていけないかもしれない。・・なのに。
「ふん。こんなもんか。」
「可愛いですよ。トモキくん。」
 こいつら、やっぱり同類か・・・。順応が早すぎる・・・。





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