約束〜もう一度あの場所で〜(1〜6)



2006/03/11(土) 約束〜もう一度あの場所で〜

 もう逢えないと分かっているのに、それでも諦められなかった。
 子供同士の小さな約束。 いつかきっと叶う日が来ると、信じていた‥‥。



1、偶然の出逢い


 シャワーを浴びてバスローブを羽織ると素足のまま和希はバスルームを出た。
 久しぶりの日本だった。
 大学時代の友人の結婚式に招かれ、久しぶりに日本に戻ってきたのだ。
『明日は11時にお迎えにあがります。和希さま。』 少しおっとりとした、けれども優秀な秘書が一礼し部屋を出た後、苛々する気持ちを沈めようとバスを使った。
 もうすぐ和希の嫌いな桜の花の咲く季節になろうとしていた。
 日本人の桜好きは、遺伝子にそうなるように組み込まれでもしているかのようで、花が咲く前からそわそわとし始め、咲けば咲いたで、桜前線なるものをニュースで流し、花見だ宴会だと浮かれ騒ぐ。
 そんな浮かれた空気が漂うこの時期に、和希だけが沈んでいた。
「全く、嫌な時期に呼んでくれたものだ。」
 新宿の夜景を眺めながら、バーカウンターからバーボンを取出し、グラスに注いで一気に呷る。
 桜の季節はある年から嫌いになっていた。
「花が咲く前に帰ろう。あの人は怒るだろうけど‥やっぱりここにはいられない。」
 断るべきだったんだ、仕事を理由に、祝い金をはずんで、丁寧な詫び状を付けて、それですむ筈だった。 なのに、有能な秘書に指示を出す前に、根回しをされてしまったのだ。
『なんだ?このスケジュールは?』
 気が付いた時には、3月上旬以降のスケジュールを日本で暮らせるように組まれてしまっていた。
 勝手に後任が決められ、引継ぎまで終わっていたのだ。
『誰がこんな勝手な事をしろと言った。』
 秘書を問い詰めるまでもなかった。和希に知らせず、勝手に根回し出来る人間など他にいる筈がないのだから。
『あの、会長が‥。』
『ったく‥なんて真似してくれたんだ。』
 頭を抱えても遅かった。他の相手ならともかく、父親に逆らうことは出来なかった。今まで我儘を許されていたに過ぎないのだ。
 いつの頃からか日本嫌いになってしまった息子をなんとか連れ戻そうと、両親は躍起になっていたのだ。
 世界の鈴菱と名を馳せても、ビジネスの基盤はあくまで日本だった。
 日本を拠点に世界を飛び回るなら良い。数年なら海外で経験を積むのも構わない。けれど、ずっとそのままでは困るのだ。
 そういう訳で、和希の気持ちを無視して話は進められてしまったのだ。
『兎に角、しばらく日本で暮らしなさい。そうすれば少しは‥。』
 帰国を渋る和希に、父親は諭すように言った。
 帰国して、ここに住んで、そうすればどうなるというのだろう。
「俺だって分かってる。分かってるんだ。」
 帰りたくはなかった、けれど父の命令に背くことも出来ず、和希は成田行きの飛行機に乗った。家に帰らず新宿のホテルを取ったのは、父親に対する小さな反抗だった。
「分かってるんだ‥。」
 小さく言葉を繰り返す。 自分がどれだけ我儘を言っているのか、和希自身が一番良く分かっていた。鈴菱の家に生まれて、鈴菱を継ぐために教育された。和希が、我儘を言うだけの愚鈍なトップになって困るのは、社員達とそれに伴う家族達、そして鈴菱の衰退は日本経済にまで簡単に影響する。
 それが分かっていて尚、和希は我儘を通していた。日本に居続ける事が辛くて、あの日からどうしても辛くて、だからアメリカに逃げた。そして今も逃げ続けている。
「花が咲く前に帰ろう。」
 ここまで来て逃げる息子を、あの人はもう許しはしないだろう。絶縁されるかもしれない、鈴菱の役に立たない跡取りなどいらない。と言われるかもしれない。
 それでも良かった。いいやむしろそれを望んでいた。
 そうすれば楽になれる。そうすれば‥。
 グラスに新たに琥珀色の液体を注ぎ、催眠薬と共に飲み干して、和希はベッドに潜り込んだ。
 薬の力を借りなければとても眠れそうに無かった。

※※※※※※※※※※

最近すっかり絶不調が定着してきたみのりです(/。\)色々マズイ感じですが、とりあえず生きてます。
『約束〜もう一度あの場所で〜』和啓です。こういうのもパラレルと呼んで良いのかな?長編です。

「約束」を携帯に打ち込んだところまでをメールで妹に送ったら「和希も啓太も可哀相すぎる。」という返事が来てしまいました。
そんな話でもお付き合い頂けるかしら‥とちょっと不安なのですが(何せ和啓なのに和希は可成最後まで不幸な予定‥。いえ、最後はハッピーに終わる予定なんですが、でも、色々と酷いです。どうか苦情が来ませんように...... )最後まで読んで頂けると嬉しいです。



                    ◆          ◇          ◆



2006/03/12(日) 約束〜もう一度あの場所で〜‥2

 遠慮の無いドアチャイムの音で和希は目を覚まし、ベッドサイドの時計を見た。12時を過ぎたばかり、ベッドに入ってから1時間も経っていなかった。
「なんだ?岡田か?」
「え?あ、あの。」
 インターフォンを取り不機嫌に話すと小さな声が聞こえた。
「ったく、こんな時間になんなんだ。」
 裸にガウンを羽織り、スリッパを履いてドアまで歩く。声の区別がつかなかったのは、酔っていたせいなのかもしれない。和希は無防備にドアを開け絶句した。
「こんばんは。」
 予想もしていなかった人間の声に和希は一瞬で眠気を飛ばされた。
「何?」
 見たことの無い顔だった。15、6いいや、もっと若いかもしれない。幼さの残る顔立ちだった。
「え?あの?時間遅くなっちゃいましたか?」
 和希の不機嫌そのものの声に少年は首を傾げた。
「部屋を間違えてはいないかい?俺は君を知らない。」
「え?だってここに行けって‥。」
 困ったように眉根を寄せ少年は答えた。
 どうやら知り合いを訪ねにやってきて、部屋を間違えた訳では無いらしい‥和希はそう推測しながらため息をついた。
「あの、あの‥。」
 和希の大仰なため息に、少年は狼狽えて和希を見つめた。
「だってここ、1801号室でしょ?俺間違ってないです。呼んだでしょ?俺の事‥違うの?だって予約って‥あの俺‥。」
 大きな瞳が潤み始め、みるみる涙が溢れてくる。大粒の涙をポトリポトリと落としながら、少年は和希を見つめ続けた。
 男娼、とてもそんな風には見えないけれど、彼はそういう類の人間なのかもしれない。
 呼ばれた部屋を間違えたのだ、きっとそうだ。出なければ、こんな子供が訪ねる相手の顔も知らず、夜中に来るなんて事がある筈が無い。
 勝手に状況から色々と判断しながら和希は少年を見つめた。
「で?どうする?」
 このまま入り口で話し続ける訳にはいかない。かといって追い返すのも気が引ける。
 迷惑を掛けられているのは和希の方なのに、こうなるとなぜか罪悪感さえ出てきてしまう。
「どうするって‥だって‥。」
「分かった。兎に角、中に入って。」
 ため息をついて、和希は少年を部屋に入れた。
 それが仕組まれた事だとは知らず、和希は招き入れてしまったのだった。

××××××

「落ち着いたかい?」
 ルームサービスでホットミルクを注文すると和希は少年に与えた。
「君は本当にこの部屋に用事があったの?」
 優しく脅かさない様に気を使いながら、和希は少年の顔を覗き込んだ。
「はい。」
 ぐすんと鼻を鳴らし頷く。癖の強い明るい色の髪。大きな瞳にきゃしゃな体。両手でカップを持ちミルクを飲む姿は、中々に愛らしく、思わず守りたくなるタイプかもしれない、それに笑ったらきっととても可愛いだろう‥‥と和希は柄にもなく思った。
 本当、柄じゃないな、こんなこと。
 自分の行動に苦笑しながら、グラスの酒を呷る。常に警戒心を持ったままでしか他人と付き合うことをしない和希にとって、今夜の自分は少し様子が違う気がしていた。
 見知らぬ人間を、例え子供だとしても無防備に部屋の中に招き入れて、泣いているのをなんとかしようと暖かい飲み物を与えて、そうして優しい笑顔で問い掛ける。
 そんなことは大人になってからしたことが無かった。
「本当にこの部屋なの?」
 和希の問いに、少年はこくりと頷くと頷いてポケットからメモを取り出してみせた。
「俺、ドジだからいつもメモを書いてもらうんです。忘れたり間違えたりしないように。」
 差し出したメモには、このホテルの名前と日付、1801号室−2時間5万円と書いてあった。
「確かに今日だね、ホテルの名前もルームナンバーも合っている。」
 金額は少年の値段なのだろう。やっぱり想像通りの仕事をしていたのだ。そのことに和希は理由もなく悲しくなった。
「ですよね。良かった!」
 ほっとしたように少年は和希を見る。
「でも、俺は知らない。」
「え?」
「悪いけど、俺は君を呼んではいないし、誰かにそれを頼んだりもしていないよ。」
「でも、メモにちゃんと‥」
「たぶんこのメモを書いた人が間違えたんだろう。」
「そんな‥。」
「兎に角‥おや?電話だよ。」
「あ、すみません。‥はい、ケイタです。あ、本庄さん‥え?キャンセル?間違い?」
「え?」
 ケイタ‥その名前を聞いた瞬間和希の体が震えた。

※※※※※※※※※※

ケイタくん登場です。次の次位で中嶋さん達が出てくるかな?
文字数制限をうまくクリア出来るとそうなる予定です。今回基本が和啓なので、中嶋さんの相手は王様です。御了承くださいませ。



                    ◆         ◇          ◆



2006/03/13(月) 約束〜もう一度あの場所で〜‥3


「それじゃ今日は他の‥?あ、ないんですか?じゃあこのまま帰っていいですか?‥はいわかりました。おやすみなさい。」
 電話を切り安心したように息を深くつくと、ケイタと名乗った少年は和希の方を見て始めて笑った。
「あの!キャンセルだったんですって。」
「キャンセル?」
「はい、結構前にそうなってたのを俺に連絡するの忘れてたって。へへ、良かった。間違えて無くて‥。
あっ!ちっとも良くないですよね。俺あなたに迷惑に掛けたんですもん。ごめんなさい。」
 ぺこりと頭を下げた後ケイタはそう言って笑った。呆然としながら、やっぱり笑った顔の方が良い‥と和希は感じた。
 さっき逢ったばかりの、素性も知らぬ相手なのに、そう思った。
 彼に似合うのは、真夜中のこんなホテルの部屋じゃない。人工的な光、酒の匂い‥似合うのはそんなものじゃない。似合うのは、彼に似合うのは‥そう、あの子と同じ‥明るい太陽の光。
「あの‥。」
 遠慮がちに掛けられたケイタの声に和希ははっとした。
「あの、俺‥。」
「君はケイタと言うの?」
「え?あ、はい。」
 和希の問いに、ケイタはキョトンと大きな瞳を見開いて首を傾げた後、頷いた。
「はい、俺ケイタって言います。」
「そう。」
 ケイタの言葉に頷きながら和希は自分の愚かさを笑った。ありふれた名前なのだ。動揺するほうがどうかしている。
 笑いながら、それでも和希はそれが信じられなかった。偶然の一致。それにしては出来すぎていた。
「あの?」
「‥よかったね、君の間違いじゃなくて。」
 なんとかそれだけ言葉を絞りだすと和希は笑った。 笑う、という行為も久しぶりだ‥と思いながら、ケイタの顔を覗き込み笑顔になった。
「はい。へへ。怒られちゃうとこでした。良かった。」
「怒る?」
「はい。‥あ、ええとへへ。」
 困ったように笑いながら、ケイタは冷めたミルクを飲み干すと立ち上がった。
「俺、帰りますね。」
「え?帰る?どこへ?」
「どこ?えと‥家に‥。」
「あ、そうか、そうだね。家は、近いの?」
「はい。」
 ケイタが頷く。
「そう、じやあ送らなくても平気かな?もう夜も遅いけど。」
「え?ふふ。」
 和希の言葉にケイタは一瞬目を見開いて、そして笑顔になった。
「なに?」
「優しいんですね。」
 ケイタの言葉に和希は首を傾げ言葉を繰り返す。そんな事を言われた事は無かった。
「優しい?俺が?」
「はい。だって俺迷惑掛けただけなのに、何の関係もないのに、どうしてそんな心配してくれるんですか?」
「どうしてって‥。」
 ケイタの素直な疑問に和希は言葉を詰まらせた。
「‥それは君が子供だからだよ。」
 それは嘘だ‥そう思いながら口にする。なぜか分からないけれど心配なのだ。始めて逢った人間なのに、気になるのだ。
「それじゃ答えにならないかな?ケイタ。」
 和希はわざと名前を呼び捨てにした。
「答え‥?う−ん、なる‥かな?」
 ちょっと考え込むようにケイタは小首を傾げた。泣いたり笑ったり、表情がくるくると変わる。
 あの子が戻って来たみたいだ。俺の、俺の大切な‥。和希はケイタを見ているのが辛くなっていた。
「もうお帰りケイタ。遅くなってしまうよ?」
 もっと話をしていたかった、だけどケイタを見ていることが辛くて和希は心とは逆の言葉を吐いた。
「はい。あのね。」
「ん?」
 じっと和希を見つめた後、ケイタは口を開いた。
「‥ううん、なんでもないです。へへ。おやすみなさい、よい夢を。さようなら。」
「え?‥おやすみ、君もよい夢を。」
 戸惑いながら、和希が言うと、ケイタは笑って頷いてドアの向こうに消えた。
「寝よう。」
 ベッドに入り無理矢理目を閉じる。
 偶然、偶然ばかりが重なる夜だった。
『よい夢を、和希様。』
 そう言っていつもドアの向こうに消える男が居た。和希の親友で片腕だった。和希がこの世で一番信用していた男だった。
 だけど、もういない。
 和希はあの日、親友と一番大切な人を無くしたのだ。
「もう寝よう。」
 毛布を頭からかぶり、和希はぎゅっと目をつぶる。
 だけど、とても眠れそうには無かった。 


2、探偵の名


 披露宴の席で久しぶりにあった友人達との挨拶もそこそこに、和希は車に乗り込むと霞が関に向かわせた。
「すぐに参りますので。」
 紺色の制服を着た女性は和希の前にコーヒーを置くとそう言って頭を下げ部屋を出ていった。
「ふう。」
 ため息をつき、天井を仰ぎ見る。この部屋は嫌な記憶しか残っていなかった。あの頃和希は、辛い報告を聞くためだけにこの部屋に日参していたのだ。
「よお、坊っちゃん。」
 懐かしい声がして振り向くと、声の主は和希の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「随分と麗しい格好だな。これからパーティーかい?」
「お久しぶりです。竜也さん。お元気そうで何よりです。」
 苦笑しながら立ち上がり右手をだす。久しぶりだというのに、以前と全く変わらない竜也の言動に、和希は嬉しくなった。
「あんたもな、坊っちゃんまた逢えて嬉しいぜ。」
 差し出された手をぎゅっと握りながら、竜也はにやりと笑う。
「坊っちゃんはもう止めてください。もう10年以上も前に成人したんですから。」
「おや、そうだったかな?あんたは年齢不詳でな。今でも高校生に見えるぜ?ま、座ってくれよ。急ぎの用って奴を聞こう。」
「ありがとうございます。忙しいあなたに頼むのは申し訳ないのですが、お願いしたいことがあるんです。3つ。」
 軽く頭を下げてから、和希はソファーに腰を下ろした。

※※※※※※※※※※

丹羽パパ結構好きなのです。一度書いて見たかったんですよ。ふふふ。



                    ◆         ◇          ◆



2006/03/14(火) 約束〜もう一度あの場所で〜‥4

「3つ?」
 和希の言葉に竜也はピクリと眉を動かした。
「ええ。宜しいですか?」
「他ならぬ坊っちゃんの頼みとあれば、喜んで。」
 煙草に火をつけながら、にやりと笑う。
 竜也にとって和希は何年経っても鈴菱の可愛い坊っちゃんなのだ。
 真面目で誠実で、不器用な人間、それが竜也の目に映る和希だった。昔和希の護衛を頼まれたのがきっかけで、親しく付き合うようになった。羽目を外すことを知らない和希に、色々と息抜きの方法を教えたのも竜也だった。
「で?3つの頼みってのは?」
「まず一つ目、俺が今泊まっている部屋、そこを予約していた人間が誰か‥を調べて欲しいんです。昨日です。」
「昨日?」
「ええ、岡田があの部屋を取ったのは3日前でした。ですからその前日までにあの部屋を予約してキャンセルした人間が居るはずなんです。それを調べて欲しい。」
 何の為に?と竜也は聞こうとして止めた。まだあと2つ用件が残っている。
「2つめは、あの件の洗い直しをお願いしたい。」
「あの件?だがあれは‥。」
 和希の言葉に咥えていた煙草を落としそうになった。あの件、5年前のあの事件を今更掘り返してどうしようというのか?竜也にとっても苦い記憶でしかないが、和希にはそれ以上なのだ。
「まだ終わっていません。時効は来ていない。」
「だがな‥‥。」
 和希を傷つけない言葉を探そうとして竜也は挫折した。和希の心を傷つけずに諦めさせる言葉なんかある筈が無かった。
「気になることが出来たんです。ですから、お願いします。」
「気になること?」
「ええ。」
 頷いた和希の瞳の暗さに、竜也は気圧され口籠もった。
「分かっています。犯人は捕まらない。事件は永久に解決しない事は分かってます。」
「ならいい。俺だって納得できちゃいねえんだ、あんたなら無理の無い話だ。いいぜ、こうなったらとことん調べ直してやるよ。」
「ありがとうございます。」
「で?残りのひとつは?」
「人を探して欲しいんです。新宿かその近くに住んでいるはずです。」
「ふうん?人なあ?」
 煙草をもみ消し新たに一本取り出して火をつけながら、竜也は天井を仰ぐ。
「駄目ですか?」
「事件、事故どっちなんだ?」
「どちらでもありません。たぶん。」
「ふうん?なら俺は力になれんな。」
あっさりと竜也は言った。事件になりそうなネタなら部下にまかせる事も容易に出来るが、和希の、鈴菱の次期トップのプライベートという事ならそうはいかない。警察といえども人間の集まりなのだ。たとえ極秘として命じたところで話は尾鰭がついてすぐに広まってしまう。
「そうですか。」
「こっちの2つと関係する話なのか?」
「するかもしれないし、しないかもしれない。ただ確認したいんです。」
 下を向いたまま和希は答えた。
「確認?」
 下を向いた和希を見つめながら、竜也は昔を思い出していた。昔、同じようにこの部屋で竜也と和希は向き合いながら話しをしていた。何度も何度も、絶望的な報告ばかりが続き、その度和希は同じように下を向いたまま「1%でも希望が残っているならそれを信じさせて欲しい。」と竜也に吐いたのだ。
「ええ、確認です。偶然なのか運命なのか、それを確認したいんです。」
「そうか。でも俺じゃ無理だ。その代わり良い人間を紹介してやるよ。」
「良い人間?」
「ああ、新宿なら丁度良い。あいつの庭みてえなもんだ。」
 竜也からの紹介と知れば嫌がるかもしれないが、他にいい人間を思いつかないのだから仕方ない。
 竜也は苦笑いしながら頷いた。
「結構使えるぜ。信じてくれていい。」
「あの‥。それは?どんな人‥。」
 和希は素直に承諾出来ずにいた。見知らぬ人間に頼める話では無いのだ。
「探偵さ。」
「探偵?でも。」
「大丈夫。秘密は守る、口は固い男さ、俺みたいにな。」
 片目をつぶり竜也が笑う。
「あの?でも‥。」
「大丈夫だって。例え相手が天下の鈴菱だろうが何だろうが同じさ。他人の秘密を売ったりしねえ。安心していいぜ。それにあんたも良く知ってる人間だしな。」
「誰何ですか?本当に信じても‥。」
 よく知っている、その言葉に和希は首を傾げるしかない。5年近く日本に居なかったというのに、竜也は誰の事を言っているのだろう?
「ああ、俺が保障する。探偵の名前は丹羽哲也。俺の息子だ。なんの粋狂か知らねえが、突然そんなもん始めたのさ、もう3年になる。自分の息子ながら飽きねえ野郎だぜまったくよぉ。」
 言いながら竜也が笑いだす。
「え?王様?」
和希は目を丸くして、笑う竜也を見つめ続けた。

××××××

「じゃあお願いします。」
 竜也に頭を下げ、和希は車に乗り込んだ。
「あんたが今は傍にいるのか?」
 車のドアを閉め、反対側のドアに歩いていく岡田を、竜也が止め聞いた。
「今は?ええ、私が傍におります。ずっと和希様の傍に。それが?」
 訝しげに竜也を見る、和希より何才か年下の男。こいつはそう言えば、あの頃も和希の後を影のようについて歩いていた‥と竜也は思い出して笑った。
「いいや、なんでもない。坊っちゃんをヨロシクな。ボーヤ。」
「あなたに宜しくと言われる覚えはありません。失礼します。」
 頭を下げ足早に車に乗り込んでいく年若い秘書の様子を、竜也は苦笑いしながら見送った。 
「あの男を一緒に失ったって事が、なにより不幸だよなぁ。あいつじゃ代わりにはならねえ。」
 去っていく車を見送りながら、竜也は車中の和希の心中を思い、深くため息をついた。

※※※※※※※※※※

王様が出てくるところまで入りませんでした‥。
王様は探偵なんてものをしています。年令は20代後半。明日は王様と中嶋さんがでる予定です。さて?中嶋さんの職業は?



                    ◆         ◇          ◆



2006/03/15(水) 約束〜もう一度あの場所で〜‥5

3、後ろ姿


 教えられた住所は御苑近くの小綺麗なビルだった。一階の病院横の入り口を入り、インターフォンを押すと和希は腕時計を見た。
5時を少し回っていた。
「‥あれ?」
 少し待っても返事はなく、和希はため息をつきながらもう一度ボタンを押した。
『ぴんぽーーんっぴぃんぽ−ん』
間延びした音がしただけで返事はやはり無い。
「やっぱり留守か‥。」
 昼間、何度電話しても留守番電話にもならなかったから、留守かもしれない‥と覚悟はして来ていた。だが‥
「実際留守だと途方にくれてしまうものだな‥どうしよう。」
 そんな事を、下を向いたまま考えつつ外に出ようとして、和希は何かにぶつかった。
「おっと。」
「あ、すみませ‥王様!」
「なんだ?お前か早いな。」
 早い‥の言葉に和希は首を傾げて丹羽を見た。
「え?」
「おやじから話来たのついさっきだぜ?そんなに急ぎだったのか?」
「え?竜也さん?」
「ああ、お前の話を聞いてやれってさ。相変わらずあの親父は勝手なんだよ。人の都合もお構いなしなんだからよ。」
「すみません。」
丹羽の不機嫌そうな話し方に和希は頭を下げた。
「まあいいけどよ。来いよコーヒー位入れてやる。」
「いいんですか?」
「親父の紹介ってあたりは面白くないけどな、まあいあさ。」
 丹羽は笑いながら鍵を取出すと、ドアを開け和希を促した。
「あれ?ここ‥」
 ポストを見て和希は首を傾げた。2件分しかない。
「ああ、2階までが病院、後は居住スペースつまり俺の家だ。だからポストは2つ。」
 和希の視線に気が付いて説明する。
「ひとりで住んでるんですか?」
「いや。」
 エレベーターで3階まで登り2つ並んだドアの左側を開ける。
「不思議な作りですね。ドアが2つ?」
「この部屋は俺の仕事場だからな。向こうは玄関もあるし普通の作りになってる。」
「仕事場‥。」
「ああ、依頼主の話、喫茶店で軽く聞けるのばかりとは限らねえしな。」
「そうですね。」
言いながら和希は部屋の中を見渡す。
窓辺に置かれた大きなグリーンとどっしりとした木製の家具、丹羽の趣味とは少し違う気がしたけれど、なぜか落ち着く。
「良い部屋ですね。」
「古いだけさ。それに俺の趣味で揃えた訳じゃねえ。」
 コーヒーを入れながら、丹羽がなぜか照れたように言う。
「?」
「俺は家具なんざどうでもいいからな。ほらよ、コーヒー。」
「ありがとうございます。」
 コーヒーカップを受け取りこくりと一口飲む。いい薫りだった。
「で?探したい人間ってのはどんな奴なんだ?」
「15、6の少年です。くせのある明るい色の髪の、大きな瞳が印象的な‥名前はケイタと言う筈です。偽名でなければ。」
「ケイタ?」
 名前を聞いた瞬間、丹羽の表情が変わった事に和希は気が付かなかった。
「‥で?他には?まさかそれだけで見つけろとか言うんじゃないだろうな?」
「あとひとつ。彼は‥その‥男娼らしいんです。」
「男娼?」
「ええ。あの‥これだけで探せますか?」
「さあな‥やってみないことには分からんな。
 で?お前そいつに逢ってどうするつもりなんだ?」
「どうするって?」
「鈴菱の、大会社の跡取りが15、6の子供探してどうするつもりなのかって事だよ。」
「わかりません。」
「わからねえ?」
「ケイタとは、ほんの数分一緒に居ただけなんです。少し話をしただけ、ただそれだけなんです。
だけど気になる、どうしても忘れられそうになかった。だからもう一度逢いたいんです。」
 ケイタと出逢ったあの夜、眠れないまま朝を迎えて、ケイタを探そうと和希は思った。
 偶然の出逢いだった。
 偶然ケイタはあの部屋にやってきた。予約がキャンセルになっているのも知らずに客を訪ねて来たドジで泣き虫な男娼として。
 その出逢いがただの偶然なのか、それとも運命だったのかそれをもう一度逢って確かめたかった。
 ケイタという名前。
 別れ際の言葉。
 それも偶然なのか‥ただの偶然でしかないのか、確かめたかった。
「一目惚れってやつかよ?お前。」
「一目惚れ‥そうかもしれません、でも違うのかも‥もしかしたら俺は奇跡を信じたい‥それだけなのかもしれません。」
 昔、和希が信じたくても叶わなかった1%の希望。ケイタがもしかしたら、その希望なのかもしれない。そんな筈は無い。それは分かっていて、それでも信じてみたかった。
「奇跡?ふん相変わらずの甘ちゃんだな。」
 突然背後で声がして、和希は驚いて振り返った。
「あなたは!」
「久しぶりだな、生きていたのか?元理事長。」
 紫煙を吐き出しながら笑う長身の男。
「中嶋さん!え?じゃあ王様が一緒に住んでいる相手って中嶋さんなんですか?」
「そういう事になるかな?おい、ヒデもう下終わりか?早いな。」
「ああ、今日は客が少なくてな。あとはじいさん一人で十分だ。」
「下?え?病院ですか?」
「そうだが?悪いか?」
 驚いて和希は中嶋を見つめた。黒のタートルの上に羽織った白衣。医者と言われれば納得はするが、中嶋の昔をよく知る人間には、なにかのプレイの為の衣裳に見え無くもない。
「‥あなたが医者‥ですか。」
 もともとが優秀なのだから、医者でもなんでも望みのままになれるだろうけど、でもまさか町医者になっているとは思わなかった。無遠慮に中嶋の姿を見つめながら和希は思った。

※※※※※※※※※※

王様と中嶋さんやっと登場。中嶋さんの職業‥悩んだんですが医者です。話の設定上中嶋さんが医者だとものすごく都合がいいもので‥(妄想の結果ともいう)



                    ◆         ◇          ◆



2006/03/16(木) 約束〜もう一度あの場所で〜‥6

「何か言いたいことがあるならはっきりと言葉にしてもらおうか?ん?」
 和希の視線に気付き、中嶋が睨み返す。
 気が短いのは相変わらずだ‥とそれすら懐かしく思いながら、和希は慌てて返事をした。
「いえ、まさか貴方にまで逢えると思っていなかったもので‥驚いただけです。」
「ふん、別にお前に逢いたくてこの部屋に来たわけじゃない。仕事が終わって帰ってきただけの事だ。」
 嫌味を言いながら、中嶋は脚を組み和希の前に座った。煙草と消毒薬の匂いが、和希の鼻孔をかすかに刺激した。
「こいつに依頼か?お前が?」
「ええ。」
「鈴菱の中に使えるのがゴロゴロいるだろう?
それとも何か?またお家騒動にでも巻き込むつもりか?」 
「いいえ、今回はプライベートです。ですから社員を使う訳には‥。」
 言いながら和希は苦笑する。
 昔、こういうやりとりを常にしていた時がある。中嶋が『お家騒動』と茶化した一件。和希が経営している学園で起きたそれを、彼らの手を借りて納めたのだ。 
 あの頃の二人は、まだ制服を着ていた。そして和希は、まだ希望という言葉を信じて生きていた。
 たった数年前の事が和希には、ひどく昔に思えた。
「まあいい、どうせこいつは暇なんだ。」
「あ、ひで−な−!俺だってこう見えて忙しいんだぜ。」
「そうだったか?」
「おうっ。食料品の買い出しに、部屋の掃除だろ?マロンの散歩に‥。」
「マロン?」
「犬だよ。」
「犬‥。」
「そ、可愛いんだぜ、頭いいしな。」
「早くその忙しいってカテゴリーの中に、料理も加えて欲しいもんだ。」
 呆れたように中嶋が口にする。
「それはヒデの担当だろ?俺にその才能はねえよ。」
 からかう中嶋にむっとして丹羽が答える。
「中嶋さんが料理ですか?」
 和希は話についていけず、目を丸くするしかない。
「上手いもんだぜ、こいつもともと器用だからな。」
「お前が下手すぎるんだ。
トーストを炭に出来るお前が、俺には理解できん。」
「ああ、あれはなるんだよ、不思議とな。技術やコツはねえ。ほっときゃああなるんだよ。」
 二人の遠慮の無い会話を、和希は羨ましく聞いていた。気やすく何でも言い合える人間、そんな相手は和希の周りには居ない。
「全く、ト−ストは炭。スクランブルエッグはカチカチで卵の殻だらけ、果てはレトルトのカレーを爆発させる始末だ。こいつに料理させていたら、命がいくらあっても足りない。」
「カレーが噴火?」
 一体どうやったのだろう?と首を傾げる和希に、言い訳するように丹羽が言った。
「だってよお。本に夢中になって‥大体あれはケイ‥。」
 何かを言い掛け、和希の視線に気付いて止めた。
「いや、なんでもねえ。それよりお前の連絡先、まだ聞いてなかったな。」
「え?あぁそうでしたね。今は西新宿のホテルに泊まっています。ここです‥携帯の番号は‥。」
 突然話題が変わったことを訝しく思いながら、和希はホテルの名前やルームナンバー等をさらさらとメモに書き、丹羽に手渡した。
「OK、連絡する。そうだな‥3日後には必ず。それでいいか?」
「はい。お願いします。」
「ああ。」
 話が途切れ、和希は仕方なく立ち上がった。
 旧交を懐かしむ為に来たのでは無い。話が済んでしまえば長居する理由が無かった。
「そうだ‥探偵料は?どうしたら‥。」
「え?あぁ。そうだな‥‥。」
 和希の言葉に丹羽は困ったように考え込み、中嶋を見た後ぼそりと吐いた。
「おやじに何か奢ってやってくれ、今回はそれで良い。」
「え?」
「それで良い。」
「え?それじゃ‥困ります。」
 慌てる和希に、丹羽は視線を合わせず言葉を続けた。
「いいんだよ。今回の件はそれでいい。‥兎に角3日後に連絡する。だから‥。」
「だから?」
 何かが変だった。さっきから丹羽は視線を和希に合わせようとしない。
「だから、ここにはもう来ないでくれ。」
 絞りだすように、丹羽はそう言った。
「え?」
「‥‥。」
「俺は、俺たちはもうあんたと係わりたくねえんだ。」
「王様。」
「すまねえ。連絡はする。必ず。」
 苦しそうに、丹羽はそう言うと和希に背を向けて部屋を出ていってしまった。

××××××

「何を考えている?」
「別に、何も。」
 夕食用のポトフを煮込みながら中嶋は、カウンターの向こうでソファーに座り、ボンヤリと煙草を吹かす相棒を見つめた。
 和希が帰ってから、丹羽の様子はずっと変だった。
「なあ、話どこから聞いてた?」
「奇跡を信じたい。」
「そっか‥。」
「甘い男だ、相変わらず。」
「俺のことかよ?」
 むっとして丹羽が言うのを笑いながら、中嶋はレンジの前のスツールに座り、ワインを飲んだ。
 料理をしながら酒を飲むのは中嶋の癖のようなものだった。
「両方だ。」
 丹羽が和希に『もう係わりたくない』と本心から言った訳では無いのは、すぐに気が付いた。そう言った瞬間、辛そうな顔をしたのは和希では無く丹羽の方だったからだ。
 何か理由がある、戯れに人を傷つけて喜ぶ人間ではないのは、中嶋が一番良く分かっていた。
「なあ、あいつが探したい奴って誰だと思う?」
「知らん。興味も無い。」
「そうも言ってらんね−んだよ。ったく親父の奴。」
「どうして?」
「あいつが探してるのはな、15、6才位の新宿で商売している男娼。結構良い値段。明るい癖のある髪の大きな目‥。」
「‥おい?哲まさか‥。」
 丹羽のあげる相手の特徴に、中嶋の顔色が変わった。
「そうだよ、あいつが探しているのは、ケイタなんだよ。」

※※※※※※※※※※

青森は寒いです。凍ります。ぶるぶる。
「人を愛して人は心開き傷ついてすきま風知るだろう。」と歌いつつ歩く夜の町。時代劇好きです。昔の杉さまは格好良かったなあ‥。実は今回のテーマソングです。歌詞全部知ってる方います?





7〜12 へ →


いずみんから一言

絶筆となった最後の連載をお届けする。
読みにくいかと迷ったのだが、結局、日記で連載されたときのまま収録することにした。
日々、みのりさまがつけておられるコメントを消すのがもったいなかった。
理由はただ、その一言に尽きる。
ただし拍手のお返事等は割愛させていただいている。
少々読みにくいかもしれないが、最後までおつきあい願いたい。
それと、この連載は毎日書かれたものではない。
体調が悪かったり仕事が忙しかったり(12時間労働で週に1度の休みもない状態)で
毎日は書けず、とくに後半は後日、日を詰めて書いておられた。
だから日付そのものにあまり意味はないことをご承知置きいただきたい。

「いいさ、それでも。生きてさえいれば……」と続く歌詞はなんて示唆的なのだろう。
この年。みのりさまは東京での桜が見られなかったんだなあ思いつつ。

作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。