猫耳メイドの啓太くん 最初のおはなし −下− |
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ところがある日のこと。ついに事件が起きてしまいました。 和希さんのお父さんである鈴菱会長の家では、年始に招待してもらった答礼の意味を込めて、1月の終わりにお客様をお呼びします。 その鈴菱家恒例、冬のパーティの前日。カメラマンに教えてもらったエステに行っていた啓太くんが、しょんぼりと帰ってきました。耳はすっかりうなだれてしまい、しっぽなどまるでロープのように、ただぶらさがっているだけです。「今日は仕事を休ませて欲しい」とだけ篠宮さんに告げ、とぼとぼと屋根裏の部屋に向かうその後ろ姿は、思わず抱きしめたくなるくらい可哀想なものでした。 驚いたのは篠宮さんです。嫌な思いをした猫耳はすぐに姿をくらましてしまうと和希さんから聞いて、啓太くんの様子に気をつけていたのです。今の啓太くんは、すぐにいなくなってもおかしくないように見えました。とりあえず気のきくメイドをドア前と窓の下に配置し、急いで和希さんに報告しようとしたとき。血相をかえた和希さんが帰ってきました。 「啓太は? 帰ってきたか?」 「はい、先程。じつはその伊藤ですが……」 「いや。わかってる。支配人から電話が入ったんだ」 啓太くんは今日、エステのエントランスホールに入ったところで、何者かに泥水を浴びせられたのです。クロークに預けるためにコートを脱いだ、まさにその瞬間のできごとでした。もちろんすぐに暖かいシャワーを浴び、汚れをきれいに落とすことはできたのですが、背後からいきなりそんなものをかけられて驚かないはずがありません。啓太くんはすっかり怯えてしまったのでした。 「明日、親父の家のパーティだろう? うちと勘違いして、啓太のお披露目をすると思った輩がいるらしい」 猫耳のお手入れができるエステサロンはそれほど多くはありません。その中でも啓太くんが行かせてもらっているサロンはまさにセレブ御用達。通っているのは、やはりセレブな方々にかわいがられている猫耳ばかりです。だからこそメイドとはいえ鈴菱のお屋敷で可愛いがられ、自分たちでさえ受けさせてもらえない最高級のお手入れをしてもらっている啓太くんに嫉妬していたのです。それでも今まではお披露目をしていなかったこともあり、無視をきめこむ程度ですませていました。でも自分たちのご主人さまが鈴菱家のパーティの話をしているのを聞くと、もう我慢ができなくなってしまったのでしょう。仲間たちと共謀して実行に移したのでした。ちなみにしっぽの毛をチョンとやってしまわなかったのは、鈴菱を怒らせるのが怖かったからです。いくら啓太くんがいなくなってくれても、自分たちまで追放されてしまっては意味がありません。 そんな話を和希さんから聞かされて、篠宮さんは怒りを感じずにはいられませんでした。他のお屋敷にいる猫耳は大抵がマスコットです。取り立てて何の仕事をする訳でもなく、ご主人さまが周囲に自慢したいから雇っている、ただそれだけの存在にすぎません。でも啓太くんは違います。毎日毎日、朝から夜まで。篠宮さんに言われてグルーミングをするとき以外、一所懸命お仕事をしています。猫耳が嫌うお風呂掃除も、しっぽや耳が濡れないよう、すっぽりと覆えるレインウェアを買ってやったら、ちゃんとできるようになりました。今ではお屋敷の誰よりもお風呂掃除が上手です。そして。メイドのプロである篠宮さんでさえ不思議に思うくらい、いつもにこにこ笑っていました。周囲の者まで幸せにしてくれるあの笑顔を、身勝手な嫉妬で奪うなんて。篠宮さんには赦せそうにありませんでした。 でもそんなことより、今は啓太くんです。どうすればまた、あの笑顔を取り戻してやれるのでしょう。部屋に入って様子をみようとした和希さんを、篠宮さんはほとんど無意識といった状態で止めていました。 「ここでご主人様に入って来られては、叱られていると思ってしまうかもしれません。それは逆効果なのではないか、と」 「……ああ。それもそうだな」 こんなに啓太くんを心配していても、力になってあげたいと思っていても、今はそっとしておくのがいちばんなのです。何よりも大事なのは、猫耳を追い詰めないことなのです。 啓太くん本人の部屋の前でいつまでも話している訳にもいかず、その場をメイドに任せた和希さんは、篠宮さんを連れて部屋に戻りました。ふたりで善後策を考えようとしたのです。でも、どう考えてもいい方法がみつかりませんでした。やはり啓太くんには何もしてあげられないのでしょうか。自分で立ち直るまで待つしかないのでしょうか。愛らしく立った耳やようやく出てきはじめた毛づやらしきものを、こんなことで失ってしまっていいのでしょうか。 今度のことで啓太くんが毛づやを失ってしまったとしても和希さんは何も困りません。もともとお披露目をする予定などなかったのです。どこかの奥様方以外、誰も望んでいなかった予定が白紙に戻るだけ。耳が垂れていようと毛づやがなかろうと、啓太くんは啓太くんなのですから。 でも啓太くんは違います。猫耳は年老いてきた姿を見られるのをとても嫌います。いくら和希さんがずっとずっと働いていて欲しいと願っても、いずれお屋敷を辞め、どこかへ去っていくでしょう。そのとき。毛づやを失い耳も垂れた、仲間たちからさえ侮られる姿で行かせるのは、どう考えてもしのびないものがあります。啓太くんにはその後の人生の方が長いに違いないのですから。そして何より啓太くんは鈴菱のお屋敷に来なければ、そんなことにならなかったのです。猫耳ひとりの人生を狂わせてしまったことに、和希さんはひどい自責の念にかられていました。 こうなったら毛づやはどうあれ、垂れてしまった耳だけは、何としても取り戻してやらなくてはなりません。啓太くんが猫耳として生きて行かなければならない以上、そしてまだ若い猫耳を預かった者としての責任からも、それは絶対に必要なのでした。 「やはり中嶋に相談するしかないようだ」 それは……と言いかけた篠宮さんも、小さく頷き返しました。 「そうですね。中嶋なら一般論で考えることもできるかもしれません」 すぐに中嶋さんが呼ばれました。クリスマスから正月にかけて使ったすべての銀器を今日中に点検する予定だった中嶋さんは、中断して呼び出されたことで、不機嫌さを隠そうともしていませんでした。でも和希さんたちから啓太くんの話を聞いてもっともっと不機嫌になったので、和希さんはちょっと驚きました。啓太くんはとっても中嶋さんを怖がっています。だから中嶋さんの方でも、啓太くんに冷たい感情しか持っていないのだろうと思っていたのです。でも目の前の中嶋さんを見ていると、それが勝手な思い込みだというのがよくわかりました。中嶋さんは今、とても怒っていました。これならなんとかなるかもしれません。 「……方法は、ないわけでもない」 中嶋さんが眼鏡のブリッジを押し上げながら言いました。 「もし今夜中に啓太が自信と毛づやを取り戻したら、明日の会長のパーティに連れて行けるか? もちろん、俺が同伴する」 「そりゃあ願ってもないけどね。親父からはパーティのたびに、君を連れて手伝いに来いとうるさく言われてるんだから」 「じゃあ決まりだ。今から明日の昼過ぎまで、俺と啓太の仕事はオフだ」 和希さんにも篠宮さんにも否やのあろうはずがありません。駄目でもともとという気分もあります。こうして啓太くんの運命、もとい毛づやと耳は、本人のまったくあずかり知らぬところで、中嶋さんの手に委ねられたのでありました。 部屋の隅で啓太くんは、布団にくるまって、ただ震えていました。紺色のニー・ハイソックスをはいたまだ細い脚だけが、毛布の外で八の字になっていました。最初はベッドの中で震えていたのですが、それだと背中から泥水を浴びせられたときのことを思い出し、怖くてたまらなくなってしまったのです。でもこうして部屋の隅で壁に背をもたれさせていると後ろからは誰も何もできないのがわかり、ちょっとだけ安心できるのでした。 誰にも言いませんでしたが、啓太くんは自分に泥水を浴びせた犯人を知っていました。セレブなお家に出入りをしつつ、『ジュウドウドウコウカイ』というユニットを作ってバラエティ番組などに出演している猫耳3人組です。啓太くんがあのエステサロンにはじめて行ったとき、田舎育ちで勝手がわからずにいる啓太くんを思いっきり馬鹿にしたのです。でもそのすぐあと、支配人が出てきて挨拶をし、店長が担当するとわかったところから、露骨な無視や嫌がらせがはじまったのでした。啓太くんのバックに鈴菱がいると分かってからは、嫌がらせは収まるどころかさらにエスカレートしていきました。だから啓太くんはエステに行くたびにひどい仕打ちをうけていたのを、誰にも言えずに今日まで我慢していたのです。でも、いくら嫌われている自覚があっても、やはりしっぽに泥水をかけられたのはショックでした。それも同じ猫耳に。 猫耳にとって、しっぽや耳に冷たい水がかかるのがどれほど嫌なことなのか。知りつくしている彼らが浴びせてきたのです。それも大嫌いな泥水です。腹が立つのを通り越して、啓太くんはただもう悲しくて仕方なかったのでした。本当だったら姿を消してしまうところです。でも啓太くんにはどうしてもここを離れたくない理由があったのでした。 突然。部屋のドアが開きました。一応鍵はかけてありましたが、もちろん、そんなものが役に立つとは思っていませんでした。使用人の部屋の合鍵くらいお屋敷の人なら何人も持っているからです。いずれ篠宮さんが仕事をするように言いにくるだろうとも思っていました。でも自分の悲しさに気を取られていた啓太くんには鍵を開ける音が聞こえず、思わず飛びあがってしまうくらい驚いてしまったのです。 啓太くんは篠宮さんがとても好きです。厳しくて小言もよく言われるけれど、でもまるでお母さんのように温かい気配りをしてくれるからです。きついメイドの仕事を今まで続けてこられた理由の半分は、篠宮さんがいてくれるからでした。 でも今だけは篠宮さんに見られたくなかったのです。仕事の量を減らしてまで通わせてもらっていたエステでこんなことになってしまい、垂れてしまった耳を見られたくなかったのでした。どうしようもなく申し訳ない気分に襲われた啓太くんは、頭から被っていた毛布を、より一層きつく巻きつけました。 「ごめんなさい、篠宮さん。俺、その、もうちょっとだけ……」 ただでさえか細かったその声は、毛布を通ってくぐもり、さらに情けないものになっていました。「胸を締めつけられるような」とよく言いますが、そんな表現がぴったりの声でした。 今日だけお休みさせてもらったら、明日はきっと朝から働ける。耳が垂れてしっぽもだらんとしてしまっているかもしれないけれど、それでも働けるようになる。だから今日だけはこうしていさせて欲しい……。 でもそんな啓太くんの願いは聞いてもらえませんでした。 「何が『もうちょっとだけ』だ」 むしり取るように毛布をひきはがされたことにも気がつかず、啓太くんはぽかんとした顔を、声が降ってきた方に向けていました。そこには同じ猫の耳をもつ誰かが立っていて、レンズを通した冷たい目で啓太くんを見下ろしていました。ドアを開けて入ってきたのがメイド長の篠宮さんではなく執事の中嶋さんだったと気づくのに、啓太くんは少し時間がかかりました。悲しすぎたのと驚きすぎたのとで理解が追い付いていなかったのです。中嶋さんはそんな啓太くんの様子に目をくれることもなく、容赦のない口調で続けました。 「何をいじけて縮こまっている。一生そうして逃げ続けるつもりか」 「違っ……」 「何が違う」 「俺はただ、今日だけ。今だけ……」 「だからそれのどこが違うのかと聞いているんだ」 中嶋さんに叱られている。啓太くんはそう感じていました。仕事をサボっているのだから叱られてもあたりまえだったからです。でも中嶋さんが言いたかったのはそんな些細なことではありませんでした。 「嫌なことがあればそこから逃げて。そこでもまた逃げて。地の果てまでも逃げ続けるつもりか」 「……っ」 「『今日だけ』も『今だけ』も。『この場所から』とどこが違う。踏みとどまって立ち向かわないなら同じことだ」 中嶋さんの言っていることはとても正しかったので、啓太くんには返せることばがありませんでした。啓太くんはここでのお仕事が好きでした。確かに朝は早いしお屋敷は広いし、メイドの仕事は大変です。でもここには和希さんや成瀬さん、篠宮さんなど、啓太くんを愛してくれる人たち。そして何より啓太くん自身が好きでたまらない人がいました。だからこそエステで嫌がらせをされ続けても姿を消すことなく今日までやってこれたのだし、今日のようなひどいことをされてもここに残りたい気持ちが揺らぐことはなかったのです。 猫耳をよく知る人なら、それをすごいことだと誉めてくれたのに違いありません。嫌なことがあるとそこにいられなくなるのが、猫耳族の基本的な性質だからです。でも他ならない同じ猫耳の中嶋さんが、それではいけないと言ったのです。逃げても何の解決にもなっていないのだ、と。そしてそれが正しいとわかっているので、啓太くんは何も言えなかったのです。 「……俺は……。中嶋さんみたいに強くないんです……」 なんとかそれだけ言った啓太くんは、顔を背けようとしました。逃げることを許そうとしない中嶋さんの目がとても怖かったからです。でもいつの間にかしゃがんでいた中嶋さんにあごをつかまれ、強引に目の中をのぞきこまれてしまいました。 「何故、顔を背ける」 「あ……。だって……」 「おまえはいつも俺を見ていたんじゃなかったのか? うん?」 啓太くんの顔がみるみる朱く染まっていきました。どんなに仕事がきつくても、誰にどんな嫌がらせをされようと、このお屋敷から離れなかった理由。それは中嶋さんがここにいるから、に他ならなかったからです。 でもその気持ちは誰にも話したことはありませんでした。同性である自分に思われたって迷惑なだけ。不用意に口にしてお屋敷から追い出されたり、不快に思った中嶋さんの方が引き抜きに応じたりしてしまったら……。 そう考えると、とても口になどできません。それよりはそっと物陰から中嶋さんの姿を目にできる方がよほど幸せに思えます。そしてそう考えた啓太くんは、たとえ想いがかなうことはなくても、好きな人の顔を見ていられる方を選んだのでした。 啓太くんのそこまでの想いに気づいていたのかどうか。中嶋さんは啓太くんのあごをつかんだまま立ち上がりました。引きずられるように啓太くんも立ち上がります。啓太くんを立たせた中嶋さんは、空いた手で啓太くんの腰を抱き寄せました。 「中嶋さ……、何、を……」 「こうして欲しかったんだろう?」 「違……。俺……」 「何が違う。いつもいつも、もの欲しそうな顔で俺を見ていたじゃないか」 中嶋さんは壁に押しつけると、あごを掴んでいた手で啓太くんのしっぽをふわりと撫でおろしました。 「ひぁ……っ」 「いい声だ」 耳元で囁かれたその声に、ぞくりと何かが駆け抜けました。そしてその瞬間。自分の方から中嶋さんに抱きついていたことに、啓太くんは気がついていませんでした。 「もう一度聞く。俺をずっと見ていただろう。なのに何故、俺を避けた」 「あ……。だ、だって……。う……ん、っ」 啓太くんに告白を促しつつも中嶋さんの右手は啓太くんのしっぽから離れません。表面だけを撫でているかと思えばきつく握りしめてみたり、突然のように毛並の中に分け入り荒々しくしごいたりするのです。そして今はいちばん敏感な先端だけを、親指の腹で撫でています。その緩急自在の手の動きに翻弄され、啓太くんは返事さえままならなくなってしまいました。 「だって? 何だ」 「な、かじまさんは耳だってぴんと立ってる、し……。し、しっぽ、は……」 「しっぽは?」 「は……、ぁん」 「しっぽだ。啓太。しっぽがどうした」 「ふ……。太くて。長く、って。ふさふさしてて……。それに……。そんな、に、つやつやしてる……」 「これがそんなにすごいか?」 言うが早いか、啓太くんのしっぽに中嶋さんのしっぽがからみつきました。 「ひ……っ!」 啓太くんの全身を快感が走り抜けていきました。せいぜいが中嶋さんにひねられたくらいしか経験のない啓太くんにとって、しっぽとしっぽがからみあう感覚にはひとたまりもなかったのです。目の前で白い光が炸裂し、身体が真空になげだされたような気がしました。中嶋さんに抱かれていなければ、その場に崩れてしまっていたに違いありません。 「思った通り。感じやすい身体をしているな」 肩で息をしながら啓太くんがぼんやり目をあけると、すぐそこに中嶋さんの端正な顔がありました。 「しっぽをからめただけでこれか」 しっぽ同士をからめたまま、中嶋さんの手はスカートの下に入り、啓太くんのもっとも敏感な部分をなぞりました。一度達した部分を、しかも下着の上からなぞられたのです。次から次へ。息をつく暇もなく送りこまれる快感に、ただでさえ赤くなっていた啓太くんの全身はさらに赤く染まりました。 「ぃゃ……。さわら、ない、……で」 あとはことばにできませんでした。くちびるをふさがれてしまったからです。……そう。中嶋さんのくちびるで。 突然の出来事に驚く啓太くんの口の中にするりと入りこんだ中嶋さんの舌は、まるでそれ自体が生き物のように動きはじめました。それでも啓太くんの願いは聞き入れられたようです。それ以上は何もせずスカートの下から出ていった手に、啓太くんはほっとしたように肩から力を抜きました。が。中嶋さんの舌に自分の舌を預けようとした瞬間。 「……!」 啓太くんの喉からしぼりだされた悲鳴は、中嶋さんのくちびるに吸いとられ、飲み込まれていきました。中嶋さんにはこうなることがわかっていたのに違いありません。大きな手でしっぽを2本、まとめて扱きおろしたのです。強烈なまでの快感にあふれだした涙を中嶋さんのくちびるが吸いとっていきます。目尻に信じられないほど優しいキスを落としたくちびるは、今度は垂れてしまったままだった耳を捉えました。熱い息を吹きかけ、甘噛みしては舌で形をなぞっていきます。啓太くんの口からは、もう意味をなさない甘い声しかもれてきませんでした。 「おまえは俺のものだ」 耳元で囁かれて、啓太くんは何度も何度も頷きました。だから自分を抱きあげる中嶋さんの手を感じても、抵抗などせずに身を委ねていました。 「おまえは何も考えなくていい。すべてを俺にまかせておけばいいんだ」 「……うん」 うっとりと目を閉じた啓太くんの耳に、「いい子だ」という、中嶋さんの満足そうな声が聞こえてきました。 翌日。 オフは昼過ぎまでだったはずの啓太くんの部屋のドアは、昼を大きく回ってからようやく開かれました。やきもきしていた和希さんや成瀬さん、そして篠宮さんの3人は、姿をみせた啓太くんの様子に声がでないほど驚いてしまいました。すっかり垂れてしまっていた耳が愛らしく立ち上がっていたばかりか、しっぽはまるでビロードのようなつやを放っていたのです。 「……いや。これは驚いた」 3人は似たようなことばをつぶやいたあと、これまた同じように口をつぐんでしまいました。昨日までとはまるで別人の啓太くんが、そこにはいました。 「昨日は申し訳ありませんでした」 深々と頭をさげる啓太くんの背中で、昨日はまるでたれさがったロープのようだったしっぽが、元気に跳ねていました。 「すっかり元気になったようだ」 耳は元通りだししっぽの毛づやは見違えるほどです。でも昨日のあのしょんぼりとした姿を心配していた和希さんにとっては、やはり啓太くんが元気になってくれたのがいちばんうれしいことでした。 「昨日は本当にどうなることかと思ったけどね」 「すみません。ご心配をおかけしました」 もう一度、ぴょこんと頭を下げる啓太くんに、和希さんは安心しました。どんな方法を使うのか不安もありましたが、やはり猫耳は猫耳同士。中嶋さんに任せて正解だったようです。成瀬さんも篠宮さんもみんな、口にこそ出しませんでしたが、同じことを思っていたのでした。 「よしっ。その分じゃあ今夜のパーティーは大丈夫だな。頼んだぞ!」 「はいっ!」 そう答えた啓太くんに、篠宮さんが駄目出しをしました。 「伊藤。いつも言っているだろう。そういうときは『かしこまりました』と言うんだ」 「あ、はーいっ!」 ぺろっと舌を出した啓太くんは、もう一度、ぴょこんと頭を下げたのでした。 「まったく、いつまであいつは新人気分でいるんだか……」 軽やかな足取りで中嶋さんのあとを追う啓太くんを見ながら篠宮さんがぼやきました。でもお小言とは裏腹に、篠宮さんはとても優しくて、そして嬉しそうな顔をしていたのでした。 鈴菱会長のパーティーには、啓太くんに泥水を浴びせたジュウドウドウコウカイの連中も姿を見せていました。みすぼらしくなってしまった啓太くんを見て嘲笑うつもりで来たのです。でもたっぷり一晩、中嶋さんに愛された啓太くんはお肌も毛並もつやつやしているし、ほんのり薔薇色に染まった頬は輝くばかりの愛らしさです。しかも中嶋さんに愛された自覚は自信となり、啓太くんのもつ田舎育ちの空気から、見事に泥臭さだけをだけを抜き取っていました。 そんな啓太くんには、地味なメイドの制服とフリルのエプロンまでが、魅力を引き立てるアイテムとなっていたのです。中嶋さんに寄り添って働く様子はまさに完璧な一対で、もはやジュウドウドウコウカイの3人組に目を向ける出席者は誰もいません。これには天下の鈴菱会長もすっかり満足し、和希さんは面目をほどこしたのでした。 でも。いくら注目を集めようと、メイドや執事はやはり使用人にすぎません。邪魔にならないよう壁際に寄って、控えていることだってあります。そんなとき。身体は会場の方を向いていても、彼らの背後でしっぽがそっと絡められていました。中嶋さんの力強いしっぽに自分のそれを委ねるたび、啓太くんは幸せそうな笑みをもらすのでした。 ![]() |
いずみんから一言。 |
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