最悪の3日間      最終回




 中嶋のことばどおり啓太は、数分後には自室に戻ってきた中嶋の腕の中にいた。そしてベッドのヘッドボードにもたれかかった中嶋に身を預けて、和希のマンションに着いたところから出生届けの提出を見届けたところまでを、ゆっくりと語った。時間はたっぷりあった。中嶋は時折相槌をうつだけで、啓太の語るに任せていた。
『あの学園に預けたら、この子もあそこの学生になれるような気がして』
「あの人はそういって和希に謝ってました。和希はマルセリーノじゃあるまいしってぼやいてましたけど、それ以上は責めたりしませんでした。本当はものすごく腹を立ててたんですけど」
 中嶋は「そうか。ご苦労だったな」とだけいうと、たった今、語り終えたばかりの啓太のくちびるにくちづけた。そっと押し包むようなくちづけは、数日ぶりの激しいものではなく、啓太をいたわるような穏やかなものだった。やがて啓太は自分の方から顔を離すと、満足げなため息をついた。
「ああ……。やっと終わったんですね」
「いや。まだだ」
「え!? まだ、って……?」
 啓太のボタンをはずし始めた中嶋が、くちびるの片端をつり上げた。
「おまえへのご褒美が残っているだろう。それを受け取るまでは終わらせんぞ」
「中嶋さん……」
「何がいいか考えたか?」
 そう言いながらも中嶋は、とても片手だけとは思えない手際のよさで、啓太の衣服を次々とはぎとってはベッドの下に落としていった。啓太は中嶋が脱ぐのを手伝いたいと思ったが、それをご褒美の中に含めてお願いしていいものかどうか迷っているうちに、中嶋はさっさと自分で脱ぎ捨ててしまっていた。
 あらためて抱き寄せられると、憎らしいくらいに落ち着いている中嶋の胸の鼓動がすぐ耳元に聞こえてきた。
―― 中嶋さんをドキドキさせてみたい。
 決して口にはできないお願いを思いついて、啓太はほんのちょっとだけ可笑しくなった。
「うん? どうかしたのか」
「いえ。ちょっとお願いを思いついただけです」
「そうか。じゃあいってみろ」
「えっと、まず……」
 啓太は指を折って数え始めた。
「明日の朝。何時になるかわからないですけど、目が覚めたとき、こうやって抱いていてください」
「何だ。そんなことか。わかった。ひとつめは了解した」
「それから、えっと、これからは朝まで一緒にいさせてください。明け方に部屋に連れて帰ったりせずに」
「俺は別にかまわんが、おまえは本当にそれでいいのか?」
「?」
 啓太は身体を起こそうとしたが、腕に力を入れた中嶋がそれを許さなかった。だから啓太は中嶋がどういう意味でそれを言ったのか、聞いてみるタイミングを逃してしまった。
「あれは俺なりの歯止めのつもりだったんだが……。まあ、おまえがいいなら俺は何も言わない。そのかわり、あとになって文句をいうなよ」
「……? はい」
 何か含むような中嶋の言い回しは気になったものの、啓太はあえて聞くのをやめた。中嶋は朝までここにいていいといってくれたのだ。啓太にはそれで十分だった。
「それだけか?」
「あ、えっと、その……」
「いくつでもいいと言ったろう。何かあるなら全部言ってしまえ。明日になったらきいてやらんぞ」
「……はい…………」
 何かを言いたそうにしながらも、啓太はまだ言いよどんでいた。口に出せないことばの代わりであるかのように、啓太はゆっくりあげた左手を中嶋の胸にのせた。そしてためらいながらすべらせていったその手は、臍の下あたりで止められた。
「……中嶋さんの……、舐めて、みたい……」
「啓太?」
「やらせてください、俺……」
 一瞬、驚いてしまった中嶋だったが、啓太の必死の様子に、ふっと表情を緩めた。
「好きにすればいい」
「……」
「どうした。やってみろ」
 あっさりと与えられたご褒美に、啓太は却ってとまどってしまっていた。自分からお願いしておきながら、有難く受け取るには心の準備が必要だったのだ。それでも啓太は息を吸いこむと、身体を少しずらしていって、今はまだおとなしいその部分を手に取った。自分もまったく同じものを持っているのに、見る角度が違うせいか、全然知らない、何か未知の物体のように思えた。
「何をしている。舐めたいんじゃなかったのか」
「あ、はい……」
 促されて口に含んではみたものの、どうも勝手が違った。座りなおしてみたり位置を変えてみたりしたが、やはり上手くいかなかった。中嶋がいつもしてくれていることを、思い出そうとすればするほど、頭に血が上るばかりだった。
「……おい」
 啓太のしようとすることを興味深そうに眺めていた中嶋だったが、いいかげんうんざりしたように声をかけた。
「何がしたいんだ、いったい」
「……すみません。何か中嶋さんの足が邪魔で……、うまくいかないんです」
「まったく。手のかかるやつだな、おまえは。フェラひとつ満足にできんのか」
 ため息をつきながらも、そういって身体を起こした中嶋は、ベッドの端に腰を下ろすと軽く足を開いた。
「これでどうだ」
「……はい……」
 ベッドから下りて、啓太は中嶋の足の間にうずくまった。ただそれだけのことなのに、どうしようもないくらい心臓がばくばくいっていた。震える手で眼の前にあるものを持ち上げた啓太は、ちゅっと音をたてて先端にキスをした。それからゆっくりと舌でなぞり始めた。まずは舌の先だけで丹念にかたちを確かめてみる。手で握るよりもよくわかるような気がした。
―― これが中嶋さん、なんだ……
 気がつくと啓太は、夢中になって舌とくちびるを這わせていた。たとえ1mm四方といえども舐め残したりすることは、中嶋に対する冒涜のように思えて、丁寧に丁寧に舌を這わせつづけた。
 やがて手で支えなくてもよくなった頃、啓太はそれを口に含んだ。猛り始めていたそれは、上手くできない啓太をからかうかのように踊った。その後を追って口に含んでは、必死になって動かしている啓太の顔を、中嶋の手が上に向けさせた。太く重くなっていたものに舌を押されている啓太は、真っ赤な顔をして、眼の端に涙をためていた。
「ああ……。その方がいいな」
「な、かじま、さん……?」
「おまえの下手くそな舌遣いより、その顔の方がはるかにそそられる」
「……」
「どうした。不満か? 誉めているんだがな。おまえは本当にいい表情をしているぞ」
 ひどい言われかただと思ったが、口の中のものが邪魔で何も言えなかった。しかし顔をあげていくらもしないうちに、中嶋が質量を増したのも事実だった。誰よりも啓太自身がそのことを一番よくわかっていた。だが、少なくとも中嶋は、自分の表情で感じてくれている。それがわかって、啓太はさらに激しく舌を絡ませていた。

「もういい」
 どのくらいそうしていただろうか。中嶋が啓太の顔を離させた。
「もう十分だ。挿れてやるから、ベッドに伏せろ」
「はい……」
 素直に返事をしたものの、事態がよく飲み込めていないのか、ぼーっとしたままの啓太の腕を掴んで、中嶋がベッドに伏せさせた。啓太は中嶋のものを含んでいた姿勢のまま、ベッドに上半身を伏せていた。覆い被さってきた中嶋が啓太の背にくちびるを這わせた。
 ゆっくりと刷くようなタッチでくちびるが上下する。掌は啓太の腕を撫で、胸で遊んでいたかと思うと、ときおり中心に戻っては啓太の状態を確かめる。息を吐くたびに、啓太のくちびるからは甘えたような声が漏れていった。
「ふ……、あ……んっ」
「いいのか? 啓太」
「は……い。すご……、は、ああ……っ」
 中嶋が首筋に顔を埋めたとき、啓太の声はピークに達した。もう一秒だって待っていられなかった。中嶋が欲しい。欲しくてたまらない。啓太の声はそう訴えていた。
「啓太。……啓太」
 首筋から顔を離さず、中嶋が囁きかけた。その声、その吐息までもが啓太に総毛立つような快感をもたらした。思わず弓なりにしようとする背を、上半身の重みで押さえつけながら、中嶋がつづけた。
「今日はおまえを……。何もなしで……、抱いていいか?」
「え……?」
「もっとも、これは強要していいことじゃないからな。おまえが嫌なら……」
 激しく首を振る啓太の顔を中嶋がのぞきこんだ。熱に浮かされたような顔をしながらも、啓太の眼ははっきりと中嶋を捉えていた。
「嫌なはず、ないじゃないですか。だって俺……、今までずっと思ってたんです。俺ってそんなに信用ないのかなあ、って……」
「啓太……」
「お願いはまだ聞いてくれるんですよね? だったら俺は、ありのままの中嶋さんが欲しい」
 もう中嶋も何も言わなかった。二、三度、啓太の部分を確かめたあと、ためらいもなく中嶋は一気に自身を埋没させた。啓太がたっぷりと唾液を絡めていたせいか、それとも取らされていた姿勢のせいか、啓太はいつもよりは楽に中嶋を受け入れていた。
「あ、なか……ん。いい。あ……。もっと。もっと……。はああ……っ!!」
「いくらでもくれてやる。さあ。欲しいだけ受け取れ」
 覆い被さってきた中嶋が、シーツを掴み閉めていた啓太の手に自分の手を重ねた。耳元で少し掠れた声が、何度も啓太の名前を呼んでいた。やがて自分の深奥に中嶋の迸りを受けとめたとき、快楽をはるかに上回る幸福感の中で、啓太は意識を手放していた。

 それほど時間がたったわけではなかった。自分の内部にうごめくものを感じて、啓太はゆっくりと中嶋の腕の中に戻ってきた。自分をしっかりと抱きこんでいた中嶋は、つい先刻まで中嶋を受け入れていた部分を押しひろげようとしていた。
「な……に、やってんです、か」
「何だ。気がついたのか」
 ちょうどいい。そのまましがみついていろ。そういって中嶋は手元に置いていたティッシュを数枚抜き取ると、押しひろげたそこを拭うようにした。
「後始末だ。動くなよ」
「そんな……」
「ナマでやったんだ。当然だろう」
 行為そのものよりも「後始末」ということばの方が恥ずかしかった。恥ずかしすぎて身じろぐこともできず、啓太は中嶋の胸に顔を埋めたまま、じっと耐えていた。
「おまえの中に広がった俺のものは、おまえの中にできた小さな傷口から血管に入りこむ。今頃は新しい異物に対しての抗体が作られ始めているだろう。これはもう消えない。これから先おまえが誰と関係を持とうと、もう抗体が作られることはない。おまえが俺の元から離れていっても、抗体を消すことはできない。これは死ぬまでおまえが俺のものであるという証だ。そして俺の抗体を持っているのは世界でただひとり。おまえだけだ」
「中嶋さん……!!」
 思いもしなかった中嶋の言葉だった。中嶋が本気で自分のものにしてくれたのだ。この歓びをどう表現したらいいのかわからなかった。ただ何とかして中嶋に伝えなければならないと思った。啓太は中嶋の顔を引き寄せると、思いの丈をこめてくちづけをした。

 眼が覚めたとき、部屋の中はもう明るかった。眼の前に中嶋の胸があり、ついで左腕で抱き寄せられているのに気がついた。何が起こったのかよくわからないまま、啓太はゆっくりと身体を起こした。
「起きたか」
「あ、はい。おはようございます……」
 かなり前に起きていたらしい中嶋は、右手だけで読んでいたペーパーバックをベッドサイドテーブルに戻した。そしてまだきょとんとしている啓太を見て、くちびるの端をつり上げた。
「眼が覚めるまで抱いていろといったのはおまえだろう」
「……そうでした」
 思い出してみれば、確かにそんなことをご褒美としてお願いしていた。夜にはどうってことのないお願いでも、朝の光の中ではとんでもなく恥ずかしかった。
「それにしても中途半端な時間に起きたものだ。みてみろ。9時半じゃないか」
「……すみません」
「まあそれもご褒美のうちだろうからな」
「はいっ」
 中嶋は眼鏡を外すと、先刻閉じた本の上に置いて、布団をかけなおした。
「中嶋さん……?」
「食堂も閉まってしまったからな。少し寝なおして、それから街へ出よう。美味いランチを食わせてくれるビストロがあるんだ。その後は少しドライブでもするか」
「はいっ!!」
 そういって啓太も中嶋の横で丸くなった。そしていくらもたたないうちに、ふたり分の寝息が聞こえてきはじめた。捨て子騒ぎから四日目の朝。中嶋の日常は完全な平安を取り戻していた。 





いずみんから一言。

この長ったらしいものを最後までお読みくださって、有難うございます。
軽い気持ちで書き始めたら、400字詰めで150枚になっちまって(汗)。
でも、これでどうにか「ある朝のモノローグ」とドラマCDとをつなぐことができました。
気にしてたんです。実は(笑)。
それにしてもわたしの文章って、やっぱりWeb向きじゃない……。。



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