Sweet,Sweet, Honey Moon |
〜 8. 眠れない夜 〜 |
三輪、船木、矢島。 正月以来になるけど元気ですか。 俺は今、BL学園の先輩たちと一緒にイギリスのチェスターという街にいます。 今日はドライブに連れて行ってもらいました。北ウェールズのコンウィから A470という渓谷沿いのすごくきれいな道路を走り、スランゴレンを通って 高速道路のM6に入り、最後はリバプールで夜景を見るというおまけ付でした。 どういうルートかはまたネットかなんかで地図を見て。俺がナビしたんだ。 途中で軍放出グッズの店を見つけたので、みんなに空軍のカレンダーを おみやげに買いました。 かっこいいから楽しみにしててください。 啓太 |
絵はがきを全部書き終わると、思ったより遅くなってしまっていた。お世辞にも筆まめとはいえない啓太は、友人たちに絵はがきを書くのを今日までサボっていたのだ。気がつくと旅行もあと4日しか残っておらず、ドライブの途中で慌てて絵はがきを買い求めたのだった。明日出したとしても、啓太が帰国するまでに相手には届かないだろうが、少なくとも英国の消印で送ることはできるからだ。中嶋には「ウェールズのはがきをイングランドから出すのか?」と皮肉られたが、もうなりふりはかまっていられなかった。だいいち啓太の友人にイングランドとウェールズの区別のつく人間がいるとは思えないから、その点は問題ないのだ。ただ、ウェールズのはがきを取り扱わなければならないイングランドの郵便屋さんには、涙を飲んでもらうしかないだろう。 啓太に頼まれて先にバスを使った中嶋は、ベッドルームで昨日買った本を読みながらニュースを見ているようだ。今日は朝から運転のしどおしだったので、それでも中嶋なりに疲れを休めているということなのだろう。啓太は絵はがき全部に切手を貼って赤ペンでAIR MAILと書き終えると、きれいに重ねてテーブルの上に置いた。ひとつの仕事を終えた満足感があった。が、啓太には今夜、もっと大事な仕事が残っていた。 啓太はこの旅行に連れてきてもらったお礼を、きちんと中嶋に言いたかったのだ。中嶋に先にバスを使ってもらったのもそのためだ。一緒に入ったりしたら、昨夜一昨夜と啓太を求めてこなかった中嶋がそのまま……、という可能性が高く、そうすると啓太にはもはやお礼を言うだけの余裕はなくなってしまうのに違いなかった。すっかり見慣れてしまったこの部屋に泊まるのも、あと1日である。その明日には丹羽と篠宮が合流してくるのだ。何が何でも今夜中にお礼を言っておきたかった。 バスタブに湯を張った啓太は、思いついて、いくつか並べられているバスオイルのうち、RELAXと書かれてあるものを入れてみた。そのときは気がつかなかったが、湯の中に身体を浸すと、それは最初の夜に中嶋が入れていたのと同じ香りだった。 ―― 俺がリラックスできるように、このオイルを入れてくれたのかな……。 香りはいとも簡単に記憶を呼び寄せてしまう。啓太は湯の中に浸っているというよりは、あの日の幸せな記憶の中に浸っていた。この気持ちの千分の一、万分の一でもいいから中嶋に返したいと思った。 パジャマを着てベッドルームに行くと、やはり中嶋はテレビを見ながら本を読んでいた。テレビでは明日以降の天気も晴れだというようなことを言っているらしい。日本とは少々趣が違うものの、天気予報の画面はやはり天気予報にしか見えなかった。 「おまえと来るとさすがに違うな」 中嶋が眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。 「この時季はわりと雨が多かったりするんだ。強い雨じゃないが、降らないにこしたことはない」 「俺、旅行先で雨になったことはないですから」 「やっぱりな」 啓太はドアは開けたまま、電気だけを消した。スタンドはついているので部屋の中はそれなりに明るく、中嶋も本に眼を戻している。ドアを開けたままなのは最初の夜がそうだったからで、それが習慣のようになってそのままつづいていたのだった。そのときと違うのは、天蓋から流れ落ちる布が、邪魔だという理由で中嶋の側だけ天蓋にはね上げてあるところくらいだ。 「テレビ消してもいいですか?」 「ああ」 テレビを主電源で消した啓太は、足側の方からベッドに上がった。そのままヘッドボードにもたれている中嶋の膝の上にぺたんと座りこむ。 「?」 中嶋が読んでいた本をおろした。ひそめられた眉に怯みかけた啓太だったが、今夜ばかりはやめるわけにいかなかった。両手を伸ばしてはずした中嶋の眼鏡をサイドテーブルに置く。啓太が真剣な顔をしているのを見て、中嶋は啓太の好きにさせることにしたらしい。ほんの少し細めた眼で啓太の顔をじっと見返している。そんな中嶋の肩に手をかけた啓太は、最初はそっと確かめるように、それからあらためてくちびるをかさねた。中嶋の舌はいつものように啓太の中に入っていこうとせず、逆に啓太の舌を自分の方に引き入れた。促されたように啓太は、ていねいにていねいに中嶋の口の中をなぞっては舌をからませる。それは今の啓太にできる精一杯のキスだった。 やがて顔を離した啓太に中嶋は、笑いを含んだ声で「珍しいな」と言った。中嶋にキスをねだることはあっても、こんなふうに啓太から仕掛けてくるのはめったにないからだ。いつもはきつい眦がほんの少し緩められていて、それでも中嶋の機嫌がいいのがわかった。啓太は身体を起こすと中嶋の膝の上に座りなおした。本を脇に置いた中嶋が、啓太の腰をやんわりと抱いた。 「あの、俺……。中嶋さんにお礼が言いたくて……」 「礼? 何の礼だ」 「この旅行に連れてきてもらったこと」 中嶋は何故そんなことで礼を言われるのかわからない、といった表情をしていた。それはある意味、とても中嶋らしかった。 「それは俺が勝手にしたことだ。むしろ付き合わせてしまった俺の方が礼を言わなきゃならんだろう」 「付き合わせたなんて、そんなこと……」 「いや。おまえはいつも、俺といるのに見返りなど求めない。だが俺ときたら……。マンションだの旅行だの、モノを与えるしかやり方を知らないんだ……」 「見返りなんて、いるはずないじゃないですか !!」 自嘲気味にくちびるを引き上げる中嶋に、驚いたように啓太が言った。 「こうやって一緒にいさせてもらってるのがどれほどうれしいか。マンションに俺の部屋まで作ってもらってどれほどうれしかったか……。でもっ。それより何より中嶋さん、ここに貴方がいてくれてるだけで、俺は貴方が想像できる何万倍も幸せなんです!」 「そうなのか?」 「そうです。それに中嶋さんはこの街に来てからずっと、俺のためだけに時間を使ってくれました。これ以上の見返りなんてないです……」 思わず力説してしまったことに気づいたのか、ここでことばを切った啓太は少し恥ずかしそうに微笑った。中嶋の右手がゆっくりと上がっていき、啓太の頬に触れる。啓太はその手に自分の手を重ねた。 「だから……、ね、中嶋さん。有難うございました。旅行に連れてきてもらって、チェスターに来て……。本当に俺は幸せ者です」 どちらからともなく顔が寄せられ、くちびるが合わせられた。おねだりをしたわけでもないのに、欲しいときにキスがもらえるようになったのは、この街で最初の夜を過ごしてからだ。次第に激しくなっていく中嶋の舌を受けとめながら、これって中嶋さんのものになれたっていうことなのかな、と啓太は思った。 「ねえ、中嶋さん……。しても、いい……?」 「……ああ……」 啓太も中嶋も、キスとキスの合間に荒い息を吐きながらことばを交わしていた。ことばが口から出たとたん、それを奪い取るようにまたくちびるが重ねられる。 「ベッドの上で……、おまえに駄目だと言ったことはない……」 「はい……」 啓太を抱いたまま、中嶋がゆらりと身体を倒した。中嶋の上にのしかかった啓太は、もどかしそうな手つきで中嶋のパジャマのボタンをはずし、ズボンと下着を取り去った。中嶋は啓太の髪を撫でたりするほかは自分からは手を出そうとはせず、啓太のすることを見守っていた。 「うう……ん、んっ。……ん……」 啓太は夢中になって中嶋の硬度をたかめようとしていた。はじめてさせてもらったときには足が邪魔で、中嶋にベッドに腰かけてもらったのだった。あれから4カ月。啓太は拙いながらも何とか、腰をかけてもらわなくてもできるようになっていた。それはもちろん、啓太の努力というよりは中嶋の忍耐の賜物だったのだが。 啓太はプールから上がってきたかのように汗びっしょりで、髪の先から滴り落ちる汗が中嶋の腹や腿を濡らしていく。見かねた中嶋がベッドの上に脱ぎ捨てていたパジャマで拭ってやったりしているのだが、それさえ気づいた様子はなかった。少しでも中嶋の熱を集めたい。啓太の頭にはそれしかなかったのだ。 「もういい」 どのくらいたった頃だろう。中嶋の手が伸びてきて啓太の顔を離させた。そうは言われても自信のない啓太は、自分の作り上げた屹立と中嶋の顔とを不安げに見くらべた。 「……どう、……ですか……」 「ああ。上手くなったな」 「……よかったぁ……」 本当にほっとしたように息を吐いた啓太は、中嶋の腹の上あたりに座りなおした。こうやって跨ると自分のものと中嶋の顔が思ったより近くにあって驚いてしまう。しかも中嶋の身体の幅だけ足が広がっているのだ。それをほぼ同じ高さから眺められるのはとてつもなく恥ずかしかった。耐え切れなくて、啓太は思わず腰を浮かせた。 「そのままじゃ無理だろう」 「……だけど……」 焦った啓太は中嶋の言葉に耳を貸そうとしなかった。だがいくら自分でやろうとしても無理なのは眼に見えていた。中嶋を握りしめ、己にあてがいはするのだが、慣らしても潤いを与えてもいないそこは、それ以上の侵入を拒んでしまうのだ。妙に頑固なところのある啓太は、放っておくと何度でもトライしつづけるだろう。その程度なら中嶋は維持できるだろうが、それではまた啓太を傷つけることになりかねなかった。中嶋は呼んでも気づかない啓太の太腿のあたりを軽く叩いて、自分の方に意識を向けさせた。 「啓太。キスをしないか」 「え……?」 真っ赤になった顔を上げた啓太はぼうっとしていて、中断されたことさえよくわかっていないようだ。 「何もせずにこうやってると、意外に退屈なんだな。いい子だからキスをさせろ」 「……はい……」 中嶋が腕を掴んで引き寄せると、啓太は思ったより素直に身体を預けてきた。が、中嶋の硬い腹でこすられ、さらに中嶋の熱とからみあった瞬間、啓太の頭は真っ白になっていた。張り詰めていたものが弾けてしまったのだと分ったのは、しばらくたってからのことだ。胸に飛び散る迸りを気にした様子もなく、中嶋はびくびくと震える啓太の背を強く抱きしめていた。失敗してしまった後悔とそれを上回る快感に、眼の端に涙をにじませた啓太は、中嶋のくちびるにむしゃぶりついた。 中嶋の手は啓太を宥めるように髪を撫でていたが、啓太が落ち着きを取り戻すとうなじに下がった。しばらく首筋で遊んでから背中をさまよう。そして狭間にたどりついた指先は双丘を押しわけると窄まりに触れた。思わず身じろぐ啓太をもう一方の手で押さえつけ、するりと中へ入りこませる。何度も何度も中嶋の指は啓太を押しひろげては甘い声を吐き出させた。 いつもならここで快楽の波に身を任せて置けばよかった。そうして中嶋が入ってきてくれるのを待ってさえいればよかったのだ。だが今日は啓太が始めたことだった。最後まで啓太がしなければならない。 最後の力を振り絞って身体を起こした啓太は、中嶋に支えてもらいながらゆっくりと腰を沈めていった。中嶋がいつもより大きく感じられたのは、姿勢の所為だけではないようだ。最初の夜のような狂おしいものではなかったが、中嶋は確かに、いつもより興奮していた。 ―― 中嶋さんが、俺で感じてくれてるんだ……。 自分の気持ちをほんの少しでも中嶋に返せて、啓太はとてもうれしかった。こんな程度ではお礼にもお返しにもならないけれど、啓太の精一杯の気持ちを中嶋はきちんと汲み取ってくれたのだ。中嶋は何も言わないが、啓太の中で息づく熱が何より雄弁に物語ってくれていた。 啓太は最後の仕上げにゆっくりと動きはじめた。いや。ゆっくりだったのはほんの最初のうちだけだ。数回動いてみただけで、あとは夢中になって動いていた。「凄いじゃないか」という中嶋の声が聞こえた気がした。もう中嶋の支えは必要なかった。中嶋の片手は啓太の動きに合わせて、啓太自身を激しくこすりあげていく。そしてもう一方の手はしっかり啓太の手と握り合わされた。 一気に登りつめた啓太は、それでも動きを止めることなく中嶋に訊いた。 「……ま……さん、も、いい……? ね……。俺、もう……」 「……ああ。いいぞ。いけよ。一緒にいってやるから」 「う……ん……」 啓太が中嶋の掌の中に欲望を吐き出すと同時に、中嶋も啓太の中に解き放っていた。中嶋の生命のしずくが身体中に染みわたっていくのを感じながら、啓太は中嶋の胸の上にぐったりと倒れこんだ。静まり返った部屋にふたり分の激しい息遣いだけが聞こえていた。 「よくがんばったな」 中嶋が啓太の耳元でそっと囁いた。痛みも恥ずかしさも何もかもが消え去っていくような一言だった。啓太は何か返事をしたつもりだったが、ことばにはなっていなかったかもしれない。それでも啓太には、中嶋に伝わっているという根拠のない自信があった。 啓太はいつもより以上に中嶋を身近に感じていたのだ。稚拙としかいいようのない自分の行為に最後まで付き合ってくれた。そのことだけをとってみても、中嶋には感謝以外の気持ちをもてなかった。しかも最後は自分と一緒にいってくれた。 「……有難うございます」 今度ははっきりと、啓太は口にした。 「……ああ? 今度は何の礼だ?」 「えっとね。……いろいろ」 「ふ……。おかしなやつだ」 中嶋は啓太の顔を引き寄せると小さくキスをした。 思い出をまたひとつ増やして、チェスターの夜は静かに更けていく。いろんな思いが交錯して、今夜はふたりとも眠れそうになかった。少し休んだら一緒にシャワーを浴びにいこう。それから夜が明けるまで話をしよう。啓太はそんなことを思った。 |
いずみんから一言 「ねえ……、中嶋さん」 「うん?」 「また……、しても、いい?」 「え゛!?」 ……とまあ、自分の中ではこんなオチがついている「新婚旅行シリーズ・Hあり編」でした(笑)。 なんかねえ、書きにくい書きにくいと思っていたら、Hを書いたのはちょうど1年ぶりでした。 「書いてないけど、やったのがわかるように」書こうとしてたんですね。 それがなんとなく「幕間」で完成できたかな、と思ったんでHを書いたんですが。 うーん。やっぱりブランクは大きかったです(涙)。 観光の方はそのうち追加で書くかもしれません。長くなったので切っちゃいましたが、何も書かないのでは集めまくった資料が化けて出そうです(爆)。 ちなみにふたりがドライブに行ったコースは次の通り。 チェスター → コンウィ。ここで早めの昼食を取るかもしれません。絵葉書の大半はここで買いました → 少し戻ってA470で南下。コンウィ渓谷線にそって走る → 森の中にあるベトゥス・イ・コイドでA5に入って、東へ。10キロも走らないうちに平地になります → スランゴレンで休憩。ここにはふたりが泊まっているホテルの裏手を流れているのと同じディー川が流れております → ひたすらA525を東に向かって走っていると、途中で英軍放出グッズの店を見つけて啓太がお土産を買います。みんなにはカレンダーを。そして中嶋に海軍用セーター、自分には空軍用セーターを買いました。車のキィを預けてくれた王様と篠宮さん、そしてラブスプーンのことを中嶋氏に教えてくれた岩井さんには陸軍用です。軍用セーターは雨や雪に負けないようにしっかりと編まれていて、革の肩あてとひじあてがついているのがとってもおしゃれ。海軍用はネイビーよりさらに濃いというか深い紺。空軍用はわりときれいな青です → ウェッジウッドで有名なストーク・オン・トレントの少し手前で高速道路のM6に入り、一路リバプールへ → 夕食は中華でした。ここの中華街は形骸化しているという話もありますが、まだまだ美味しい中華の店もあるようです。最後に港で夜景を眺めます → チェスターのホテルへ はい。中嶋氏、どうもお疲れさまでした !! |