KOI-GOKORO〜夏の日の出逢い〜



2.天使の誘惑


 店からそう遠くない、このマンションは、親が用意してくれたものだった。店の開店祝いとして、つくづく甘い親だった。
 年を取って出来た一人息子。可愛い奥さんと、可愛い孫が出来るのを楽しみにしたまま、両親は亡くなってしまった。
「広いね、あれ?一人暮らし?」
「そ、ひとり。」
 4LDk、広いバスに、カウンターの付いた対面式のキッチン。ファミリー向けの部屋。実際他の部屋には全て夫婦、子供連れって奴らが入居している。
「風呂に入れば?汗かいたろ?」
「あ、うん。」
「バスルームはその扉の奥、タオルは棚の中、あるものなんでも使っていいから。」
 部屋の掃除も洗濯も、まめにやっている。店の掃除もだ。女よりもその辺は神経質だと思う。片付いていないと落ち着かない、そういうタイプだ。
「さてと。」
 守也をバスルームに追いやると、TVをつけ、着替えて、ビールをグラスに注ぐ。 
 深夜のTVは、頭を使わなくてもいいくだらない娯楽番組か、通販だ。アルコールが入った莫迦な脳みそは、それぐらいしか受け付けないと、作り手側が思っているのだろう。
「さっぱりした、ありがと、せんぱい。」
 Tシャツに、短パンの姿で守也は隣に座り込む。
「守也も何か飲む?」
 湯上りの、なんとも言えない甘い香りに、俺は年甲斐も無くドキドキしてしまう。
「ビール。」
「子供はダメ。」
「飲めるってば。弱いけど。」
「・・・・じゃ、一杯だけだぞ?」
「うん。」
 差し出したグラスの中身を、守也は嬉しそうに口に運ぶと、くうっ・・。と飲み始める。
「おいおい、幾らなんでもそれって。」
「うん、美味しい。」
 にっこりと、笑う。だけど、みるみるうちに耳や頬がピンク色に色づいてくる。
「うわっっ。」
「え?」
「守也、赤くなるの早すぎだよ。」
「え?赤い?」
「うん・・・・。ていうか、バスケやってるって言ってなかったっけ?運動部でなんでそんなに色が白いんだよ。」
 半そでから出た、細い腕、きゃしゃな首。ピンク色に色づいて、妙な色気で誘っている。
「事務所の人が、絶対に焼いちゃダメだってさ。だから、僕はUVケアに関してはプロだよ。」
「事務所?」
「うん、雑誌の読者モデル。「ピープルピープル」って雑誌知ってる?十代の向けのファッション雑誌。」
「ああ。」
「もともと、僕ある写真家さんの専属のモデルしてたんだ。モデルって言っても、事務所に登録してたとかじゃなくて、父親の知り合いの写真家さんが、子供で、あまり他所で撮った事のない子供を捜してて、それで偶然俺がその人に気に入られただけなんだけどね。」
「へえ。」
「雑誌モデルは、その写真家さんが撮った僕を見て、編集部の人が気に入ってくれたのがきっかけ。」
「モデルって日焼けしちゃいけないのか?」
「女の子はそうかもしれないけど。普通男はそんな事言われないんだよ、でも、僕は雰囲気とあわないから、ダメだって言われててさ。酷いだろ?ロードワーク行くのに日焼け止めめちゃくちゃ塗ってさあ。帰ると汗でドロドロになってて、気持ち悪いったらないんだよ。」
 プンと膨れて、守也は愚痴を言う。
「くすくす、大変だな。・・・でも、意味分かるよ。」
「え?」
「守也、日焼けしてるイメージないよ。」
 色白で、可愛くて、はかなげ。それが守也のイメージ。
「そう?」
「うん、だからさ・・・・。」
 笑いながら、唇を重ねてしまう。そっと、抱き締めて。
「せんぱい。酔ってる?」
 腕の中で、守也が驚いて眼を見開いている。
「いや。可愛いな守也。」
「・・・・。」
「長谷とキスしたことないの?」
 知らぬ振りで聞いてみる。
「冗談。あの人、僕にそんな気起こした事なんかないよ。」
「俺にされるのは、嫌かな?」
 そんな気起きない?あいつが?それこそ何かの冗談だろう?きっと、今頃あいつは・・・・まあ、そんな事わざわざ守也に教える事じゃないけどさ。
「・・・せんぱいと、始めて逢って?それなのにOK?いくらなんでも軽すぎない?」
 困惑したように、守也は身体を硬くする。
「くすくす、ダメならやめるよ。ね、長谷に気を使ってる?くすくす。長谷が言ってたよ。君は天使だって。」
 おしいな、けっこうガード固いのか?
 素直に此処に来たくせに?なあ、それはポーズなのか?
「天使?クス。ねえ、悪いのは、置いていった長谷さん?」
 少しだけ困ったように、首を傾け、だけど誘うように、そっと指先で俺の頬に触れながら、薄く唇を開く。
「せんぱい、僕を甘やかしたいの?」
「そ、たっぷりとね。」
 困ったような瞳も、たった一杯のビールで染まった頬も、湯上りの甘い臭いも、俺の身体を熱く誘っている。
「クスクス。長谷さんともしたことないのに、いいのかな?」
 言いながら、笑いながら、守也は手を伸ばし、背中に腕を回しだす。
「守也を置いていった、あいつのミスだな。」
 クスクスと共犯者の笑みを浮かべ、守也の唇を指先でそっと撫ぜる。やわらかい唇だ。うっとりと、何度か撫で回すと、小さな舌がチロリと出迎えた。
「ふふ、じゃあ、せんぱいに甘やかしてもらおうかな?沢山。ね、せんぱい。いいんでしょ?」
 長い睫に縁取られた猫のような瞳が、少しずつ欲情に染まって行く。そうして、囁く声までが甘く響きだす。
「ああ、いいよ。」
 余裕のある振りで、笑って言うけど、微妙に声が掠れているのが、我ながら情けなかった。
 何のことはない、年甲斐も無く、緊張しているのだ。
 9つも年下の人間相手に・・・・この俺が・・・・。
「・・・・。」
 薄ら笑いを浮かべ、守也にキスをする。
 するりと舌を滑り込ませると、一瞬ビクンと肩を震わせた後、しっかりと舌を絡めてきた。甘く舌を吸い、歯茎をなぞるように舌先で触れていく。下唇を甘噛みし、そして・・・どんな行為にも、守也は動じることなく受け入れて、反応をするので、俺はこの先どう攻めたものかと、思案しかねていた。
 ハードに責めてもいいのか?こんな子供相手に?
「・・・唇が濡れて、色っぽいよ守也。」
 でも、この眼は・・・子供のそれじゃない。
 薄く開いた唇から、覗くピンク色の舌が誘っている。
 こんな子供がいるのか?たった15で?
 俺が子供の頃って何をしていた?あまりにも昔過ぎて思い出せない。育った環境も結構特殊だったからな。
 でも、子供だった。年相応の。普通の子供。
「・・・・・せんぱい、凄く上手・・・僕、うっとりした・・・。」
「大人だからね、守也は誰にならった?」
 中学生にしては、慣れすぎたキスだ。・・・・これ以上のことも、そうなんだろうか?
「そんな事、内緒に決まってるよ。」
 ペロリと舌先で唇を舐めながら、守也が笑う。
 誘ってる?こんな子供が?
 おいおい、守也?日焼けが君のイメージじゃ無いなんてどころの話じゃないぜ?こんな風に誘うイメージそれこそどこにもなかったじゃないか。
 君は長谷の天使なんだろ?いいのか?ここでそんな風にしていても。きっと今頃あいつは・・・。
 誘われるままに、再び唇を重ねながら、今頃一人の部屋で落込んでいるであろう友人の姿を思い浮かべ、そしてやめた。 
 どうだっていい、そんな事。
 今考えなきゃいけないのは、どうやってこの先を楽しむか、それだけの筈だ。
 早く抱きたい。この美しい人形を、一秒でも早く抱いて、自分のものにしたい。
 こんな気持ちになるのは久しぶりだった。ただの欲じゃない、そう、はまっている。守也自身に。
 行為がしたいんじゃない。守也が欲しいんだ。
「守也?」
「・・・・・・。」
 大きな瞳が誘うように濡れている。
 綺麗な瞳だ、まるでガラス球の様に光を放って、そして・・・・。
 柔らかく甘い守也の唇を味わいながら、抱き上げベッドに運ぶ。焦っているのを気づかれたくなかったから、だから、なけなしの理性を総動員して、わざとゆっくりと指先を動かした。
「くすぐったいよ。」
 Tシャツの上をサワサワと動く指の動きに、ピクンと身体を震わせながら、守也はくすぐったそうに笑い声を上げる。
「・・・・。」
「ね、痕つけたらダメだよ。クラブの時に困るから。うちのガッコ厳しいんだから。約束してよ?お願い。」
「ククク。分かったよ。約束する。」
「絶対だよ。」
 くすくすと笑いながら、守也は抱きつく腕に力をこめてくる。
「ん・・・。」
 首筋に舌を這わせ、耳たぶを優しく噛んでみる。小さな行為の繰り替えにし、守也は敏感に反応し、そして声を上げていくから、俺はどんどん身体が熱くなっていく。
「可愛いよ。守也。」
 思っていた以上に自分好みの反応に、ゾクゾクしながら、するりと手を滑らせ、服を脱がせてしまう。
「・・・・。」
 灯りの下に現れた、白すぎるくらいに白い肌に見とれながら、吸い付くような肌の感触を楽しんでいると、守也から不満の声が上がった。
「せんぱいも脱いでよ、ちゃんと。僕ばっかり恥ずかしいよ。」
「そうかな?」
「そうだよ。」
「それは失礼。」
 笑ってシャツを脱ぐと、守也は嬉しそうに抱きついてきた。
 自慢じゃないけど、登山で鍛えた身体だ。余分なものなんか何一つ付いちゃいない。
「あれ?・・・スポーツしてる?」
「登山。」
「え?山男?うわっ。見えない!!へえ?山男って始めて見たかも〜。へえ〜。貴重品だ。今時貴重だよねぇ?へええ?」
 クスクスと失礼な事をいいつつ笑うから、俺は不機嫌になって唇をふさいでしまう。
「ん・・・。」
 守也の小さな反応ひとつひとつに、俺の身体は熱く煽られてそうして急に、涙が出そうな程切なくなる。
「守也・・・可愛いよ。凄く可愛い。」
 やばいよ、凄くはまりそうだ。
 そもそも、こいつは長谷のお気に入りだってのに、俺がマジにはまってどうするんだよ。
「せんぱ・・・はや・・く。」 
 でも、でも・・・どんな理由をつけてもいい。
 手に入れたい。俺のものにしたい。
 この綺麗な顔に、その形のいい唇に俺の名を狂ったように呼ばせて、そうして夢中にさせたい。
「守也。守也・・・・。」
 熱に浮かされたように、名前を繰り返しながら、守也の身体を味わいだす。
 最初はそれでも子供だからと様子をみる余裕すらあった、だけどすぐに、なけなしの理性は吹き飛んでしまう。
「守也・・・。」
 天使なんです。そう長谷はいった。
 よく出来た人形のようだ・・・と俺は思った。
 生きた人形だ。見とれるほどの整った顔で、天使の様な無垢な笑顔を振り撒く・・・だけど、だけど・・・・。
「・・・・・守也・・・。店で逢った時、一目で好きになった。」
「ふふ・・僕を好き?・・・ふふふ・・・本当に?」
 だけど、どうだ?この姿は?この声は?
「せんぱい・・・焦らさないで。早く・・・もっと・・・早く・・・・。」
 甘い声を出し、ねだるこの姿は、どうだ?
「・・・守也・・・。」
「はぁぁん。・・・・いい。ね、早く・・・・ここ・・。フフ・・・僕はね、天使なんかじゃないよ。せんぱい。・・・・・分かる?僕はね・・・・死神・・・・せんぱいを地獄に引きづりこむ。悪魔の手先・・・・・・。ネェ、気づいて後から後悔しても遅いんだよ。せんぱい・・・・・止めるなら・・・いまだよ。」
 綺麗な人形が笑う。
 恥ずかしげもなく両足を広げ、誘いながら、そうして笑う。
「やめたほうがいいんじゃない?ねえ、後悔するよ?」
 細い指が、俺の指に絡みついて、そして熱い場所へと導いていく。甘い甘い声が、俺を狂わせていく。
 こいつは、天使なんかじゃない。
 こいつは、人形でもない。
 こいつは、こいつは・・・・・・・・。
「守也・・・・守也!!」
 狂わされる、俺は、きっと。
 骨の髄まで狂って、そうしてその時にやっと気が付くんだ。
 こいつは、妖だと。・・・・人の心を狂わせる。悪魔だと。
 だけど、気が付いたところでもう遅い。
 それでもいいと、思ってしまうから。
 守也が手に入るなら、何を失っても恐くない。そう思うから。
 だから、だから・・・・守也。
 ハマッテシマッタ、完全ニ。
 捕マッテシマッタ。妖ニ・・・・。
 俺ハ、俺ハ・・・・モウ抜ケ出セナクナッテシマッタ。
「守也・・・・。」

++++++++++

「ん・・・・。」
 眼を覚ますと、腕の中で守也が眠っていた。
「可愛いな。」
 閉じたまぶたを縁取る長い睫、朝日にすける、茶色の柔らかい髪。よく出来た陶器の人形を思わせる白い肌。
 少女趣味だとは思うけど、このままだと、天使だと言われても素直に納得できてしまう。なのに、昨夜の事を思い出すと、それだけで体の芯が熱くなる。
 あんな気持ちになったのは初めてのことだった。
 いつまでも抱いていたい。このまま何度でも、声を上げさせて、その身体を・・・・。
「完全にはまったな。」
 長谷にばれたらどうするんだ?
 一回限りの遊びのつもりだったのに。
「まあ、仕方ないよ。なりゆきだ。」
 自分自身に言い聞かせ、そうして眠ってる守也の頬にたわむれのキスをする。
 もう時計は9時を回っている。クラブがあると言っていたのだから、そろそろ起こさないとまずいだろう。
「守也、起きろ。守也。」
「ん・・・・・。」
「おはよ。守也。」
「・・・え?・・・あれ?あ、おはようございます。」
 半分眼を閉じたまま、寝ぼけた声を出し守也は首筋に甘えたように擦り寄ってくる。
「まだ眠い・・ね、今何時?」
「9時。」
 その寝ぼけた様子があまりにも可愛くて、つい笑ってしまう。
「あ、起きなきゃ・・クラブが・・・・・・ふあっ。」
 そう言いながら、余程眠いのかそのままぐったりと身体をあずけて動けずにいる。
「バイクで送ろうか?だるいんだろ?」
 優しく身体を抱き、髪を撫ぜながら、そう囁く。
 一夜を共にした相手に、こんな言葉を囁くなんて、たぶん生まれて始めてのことだった。
「ん・・・ありがと・・ふあ・・・・。でも平気。うちの学校厳しいから、そんなの見つかったら即生徒指導から呼び出しだよ。」
「ふうん?」
 つまらない。不満を隠し、chuっと音を立てて唇を吸う。ついつい舌を差し入れると守也はしっかり反応を返した。
「目、覚めた?」
「うん覚めた。あ、シャワー浴びなきゃ。ふう。」
 上半身を起こし、ぐんと伸びをすると立ち上がって、俺が脱ぎ散らかしたシャツを羽織る。全然サイズのあっていないそれは、裾が長く、ワンピースのように守也の太ももを隠してしまう。
「でかっ。」
「ん?」
「せんぱい、これ大きすぎだよ。このシャツ。」
 不満そうに言う守也の、女の子のような華奢な手足が触ってくれと誘っている。
「可愛いよ。守也、女の子?」
 引き寄せ膝に抱きながら、頬にキスし擦り寄る。
 まだ離れたくないな。ずっとこうしていたい。
「男だよ!!」
 拗ねる姿も可愛いな、と思ってみていると突然、クテンと身体の力を抜いて、目を閉じてしまった。
「まだ眠い。だめだあ、身体がだるい。」
「おいおい、学校なんだろ?」
 ついつい太ももを撫で上げながら、それでも一応時計を気にしてみたりする。
「うん、日曜日だから、クラブは一時で終わり。」
 眠そうな声で守也が答える。
「眠そうだな。」
「うん・・・。」
「休めば?」
「それは駄目。もうすぐ試合あるし。僕レギュラーだし。」
「そうか、頑張れよ。ね、身体洗ってあげようか?」
「くす。だ〜め。そんな時間はありません。せんぱいHな事するつもりでしょう?・・・まったく、この手・・・駄目。」
 くすくすと笑って守也はそう言いながら唇を寄せてくる。
「キスはいいの?」
 ついばむようにキスしながら尋ねると、可愛い答えが返って来た。
「うん。せんぱいのキス気持ちいいから。許す。」
 そんな事言われたらやっぱり身体も洗ってやりたくなるんだけどねえ。だめなのか?
 ああ、俺もうボロボロだな。終わってるなこんな考え。
「ふふ、さてと急がなきゃ。」

++++++++++

「守也可愛かったなあ。」
 守也を送り出した後、汗で湿ったシーツをドラム洗濯機に放り込んでコーヒーメーカーをセットしながら、昨日の事を思い出していた。こんな経験始めてだ。
 一晩で、おかしくなる位に夢中になっている。
「ヤバイな。ヤバイよマジに。」
 あれは、長谷の超お気に入り。それなのに、相談された自分がこんなにマジにはまってたら、笑い話にもならない。
「しかし、あいつなんで守也に何もしないんだ?」
 守也の昨日のあの行動から言っても、誘われて断るタイプには見えない。初対面の俺にあんなに積極的になる位だから、守也が逆に長谷に誘いをかけてても可笑しくない位だ。
 ピンポーン♪ピンポーン♪
「ん?守也かな?」
 突然のドアチャイムに、慌てて、そして何も考えずに、確かめもせずドアを開ける。
「守也、どうした?何か忘れ物・・?」
 笑顔が凍りつく。
「長谷!!」
 ドアの前に立っていたのは、泣きそうに顔を歪ませた長谷だった。



※※※※※※※※※※

         ええと、エッチなところは一部、自主規制してみたり・・。
         最初からハードなのもねえ?(え?有りですか?)
         まだまだ話は続きます。どうかお付き合いクダサイね。





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