KOI-GOKORO〜夏の日の出逢い〜



3.囁く声、嘆きの声


 開店前の慌しい時間、その電話はなった。
「もしもし?守也です。今電話平気ですか?」
「ああ、もちろんだいじょうぶだよ。」
 甘い声。部屋からなのだろうか。低く音楽が流れているのが聞こえてきていた。
「せんぱいに気に入ってもらえなかった?」
「え?」
 拗ねたような声に、焦って大きな声を上げてしまう。
「マスター?」
「あ・・・。ごめん美里ちゃん、たばこ買って来てくれる?」
 テーブルを拭いていた美里が不審そうな声を上げるから、俺は慌てて必要も無いお使いを頼んでしまう。
「はい、いつものセットでいいですか?」
「うん、宜しく。」
 バイトを追い出し、守也の声を伺う。
 気に入られなかった?どういうことだ?
「守也・・・あの・・。」
 自分でも可笑しくなるくらい、焦っている。守也の機嫌、どうしてこんなに悪いんだ?
「長谷さん・・のこと。」
「・・・あ、ああ。」
 そうか、そのことか。
「別にいいけど、せんぱいがもう僕と逢いたくないって事なら仕方ないから。それだけ・・。」
「ちょ、ちょっと守也なんで、長谷に話した事と、守也と逢わないって事が結びつくんだよ。」
 冗談じゃない。なんでそうなるんだよ。
「ふうん?長谷さんに譲るつもりじゃないって事?」
「ないね。」
「くす。ふうん?」
「長谷と逢った?」
「まだ。クラスの子に伝言来てたけど、無視したから。」
 おいおい。
「ふうん。あ、そういえば、守也って桜の話知ってるのか?高等部の恋愛の・・。」
「・・・旧校舎の?」
「ん?」
 旧校舎って言った?今。
「知らない。なにそれ。」
 知らないって・・・でも、あの桜は確かに旧校舎のところに一本だけ咲いてた。隠してる?でも、なにを?
「・・・・・・・・・・・。」
「せんぱい?」
「・・・・・・・・・・知らないならいいんだ。変な事聞いてごめん。」
「変なの。開店前で忙しいよね、もう切ります。」
「いいよ、気にしなくて。」
「伝言、ちょっと予想外だったから、動揺したのかな?ごめんなさい。変な電話してしまって。」
「いや大丈夫。いつでも電話してくれていいよ。」
「うん、ありがとう。じゃ、おやすみなさい。」
 電話を切って考えた。守也は桜の話を知っている。だけど、一体誰にそれを聞いたって言うんだ?

++++++++++

 あの朝、俺は自分でもおかしくなるくらい、動揺して長谷を迎えた。ばれてもかまわない、そう思っていたけれど、でもそれが実際におきれば焦る。そう云うものだ。
 今にも泣き出しそうな長谷の前に、コーヒーを置くと、カップを持って自分もソファーに座る。
「どうして?」
「どうしてって?」
「何で守也がここに?」
 それはこっちの台詞だ。なんでお前が朝っぱらからここに来るんだよ。
「お前まさかずっとドアの前にいたわけじゃないよな?」
「違います!!朝、守也の部屋に幾ら電話しても出ないから。だから、気になって・・・それでもしかしたらって。」
 だからって、普通来るか?電話でいいだろうに全く。
「ま、いいけどね。」
「山崎さん。まさか・・・。」
「そうだな。」
 こうなったら仕方ないな。
「そうだなって・・・そんな。」
「言っとくけど、合意だよ。犯った訳じゃないぜ。」
 なんのフォローにもならないけど、でも一応・・・言ってみる。
「そんな・・・。」
「本当だよ。合意。」
 顔面蒼白。まさにその言葉の通り。
 こいつまさか、守也は純真無垢な天使だと、本気で思ってたんじゃないだろうな?
 まあ、外見はどう見たってそうだけどさ。
「でさ、なんでお前は手を出さずにずっと見てたわけ?」
 守也のあの態度、誘えば誰でもOKなんじゃないかって、俺は思うんだけどな。長谷の事は気に入ってるみたいだったし、誘えば断らないだろう?
「拒絶されたらって思ったら、いい先輩でいるしか出来なかったんです。守也に嫌われたくなかったから。」
 おいおい、これがあの長谷か?
「いい先輩ねえ。」
「俺にとって、守也って凄く守ってやりたいっていうか、なんていうか、始めて逢ったときに泣いてたせいなのかな?どうしてもか弱いイメージがあって、キスして泣かれでもしたら俺どうしていいかわからないですし・・。」
 おいおい、俺は中学生の恋愛相談聞いてるのか?
 それにしても、泣いてた?
「守也すっごい甘えんぼで、長谷さん、長谷さんって懐いてくれて。学校でもアイドルなんですよ。」
「なんで泣いてた?」
「わかりません。去年の春です。ほら、あるでしょ?高等部の旧校舎のところに一本だけある桜の木。あの下で泣いてたんです。たった一人で、地面に座り込んで。」
「桜?旧校舎の?ああ、あれまだあるんだ。ふうんじゃあ失恋したんだろ?違うのか?」
「何で失恋なんです?」
「あれ?今そんな話ないのか?あの桜が咲いてる時に、誰にも見つからずに、木の下で告白してOKの返事をもらうと、ずっと一緒にいられるってジンクスがあったんだよ。」
「知らないですよ、何なんですかその少女マンガみたいなの。」
「ふうん?俺らの頃は、恋愛の神様って言われてたんだけどな。なにせ、桜だろ?咲いてる時期短いし、誰にも見られずにってのが難しくってさ。成功した奴どれくらいいるのか知らないけど。旧校舎の桜のところに来てくださいっていうのが、まあ、告白してるみたいなもんだったんだけどな。」
「俺が知らないのに、年下の守也が知ってるわけ無いじゃないですか。・・・・それにしても、ショックだ。」
 そう言って長谷は、コーヒーカップをコトンとテーブルに置いて、大きな溜息をついた。
「・・・・別に、付き合おうって言ったわけじゃない。お前守也に話してみれば?」
「なんて?」
「なんてって・・・兎に角、あの子はお前が思っているよりも、余程根性座ってるから、それは間違いない。」
 あんなキス、その辺の子供が出来る代物じゃないって。
「・・・・あの、山崎さん。」
「なんだよ。」
「守也ってバージンでした?」
 こいつ・・・・本気で莫迦なのか?
「そんなの自分で確かめろ。」
 呆れて俺は、冷たくそう吐き捨てた。
 呆れる、たった15歳の子供に、男が二人翻弄されている。
 その莫迦な男の一人が自分だって事に、呆れていた。

++++++++++

「ちょっと、マスター聞いてる?」
 皆藤の声に、現実に引き戻されるまで、俺は長谷と話した事を考えていた。
「勿論聞いてますよ。ね、美里ちゃん。」
「もっちろん。」
 にっこりと営業用スマイルで美里が答える。
「応援してるんですよ。あたし達。」
「応援?本当かよ。」
「ええ、勿論。皆藤さんが元気ないと淋しいじゃないですか。」
 美里は、大手会社でOLをやりながら『お金を貯めたいけど、キャバ嬢は嫌なんです。』と言ってバイトに来た女の子だ。
 年は確か、俺より1つ下だったと思う。
「あ、美里、これ奥のテーブルに運んで。」
「は〜い。」
 仕事はウエイトレスと変わりない、たまにカウンターの客に水割りを作って出す程度。だから、バイト代もそう高くはない。
「美里ちゃんは本当良い子だよな。」
「でしょ。」
「マスターの従兄弟なんだって?」
「いいえ、はとこです。あいつの母親が、俺と従兄弟なんですよ。でも、兄弟みたいに育ってるんですけどね、年も近いし。」
 会社にばれた時の用心のため、店でそう言う風に美里は振舞っていた。会社に黙ってバイトをしてましたっていうのと、親戚の店を手伝ってましたっていうのとじゃ、ばれた時の印象が
違うらしい。まともな会社に勤めた事のない俺には解らない感覚だったが、そう言う理由で、美里は安いバイトでも良いと判断したのだそうだ。
「ふうん?だからあんまり似てないんだ。」
「ええ、あいつは父親にそっくりな顔してるって言われてるし。」
 血の繋がりがないのだから、似てるわけ等無い。
 そんな変な言い訳に協力しようと思ったのはただの気まぐれだ、そして、店に女の子を置こうと思ったのも気まぐれ、二丁目の店・・という雰囲気を作るのが嫌だったから、だからだ。
 同類がたむろする店は、遊びに行くところだけで十分だ、そう思って美里を雇ったのだ。
「ふうん。・・・マスターも飲んでよ。俺すっごい酔いたくなってきた。今日はとことん付き合ってよ。」
「いいですよ。」
 頷いてロックグラスに氷を入れると、皆藤はドボドボとウィスキーを注ぎ始める。
「か、皆藤さん?」
「マスターは強いから大丈夫だよね。よぉし!!今日はとことん飲むぞぉ。」
「よし、じゃあ私も飲む!」
「美里ちゃん付き合ってくれるの?嬉しいなあ。」
 遠慮なしに、隣に座った美里に、皆藤は嬉しそうな声を上げるから、美里用のグラスをだし、俺は苦笑するしかない。
「元気だそうよ、皆藤さん。ほらほら、かんぱ〜い!!」
 グラスをあわせ、美里がにっこりと微笑む。
「うんうん、乾杯、乾杯。」
 美里につられ、皆藤が笑う。
 美里はこういう雰囲気を作るのが上手だった。
 明るく、その場を和ませる。周りの気配を上手く読んで行動する。そうしていつの間にか、話題の中心に居るタイプ。きっと、守也もそうだ。いいや、美里なんかよりきっと数倍そういう事
は上手なんだろう。自分の周りを、甘やかしてくれる人間で固め、中心で笑っている。周り全部が、自分を、守也の唯一の人間になりたくて、狙っているのに、それを綺麗に無視して、笑顔で甘い蜜だけを吸っているんだ。
「マスター?グラス空いてないよ。」
「え?はいはい。」
 守也と出逢って、まだたった3日間しかたってないというのに、気が付くと俺は守也のことばかり考えている。
 守也の姿、あの夜の事。そしてさっきの電話。
 グルグルグルグル、頭の中でそれらがエンドレスで回っている。守也の笑顔、誘うように開かれた赤い唇。まだ育ちきっていない、少年の身体・・・・。
「マスター!!」
「はいはい、飲みましょう。皆藤さん。」
 笑っていても、浴びるように酒を飲んでも。考えてしまう。
 守也のことを。

++++++++++

「ふう、飲み過ぎた。」
 部屋に着くと、ソファーにしゃがみこむ。
「もう2時か。」
 胃が少しムカついている、あきらからに飲みすぎた。
「伝票整理しないとな。」
 打ち出したレジと、仕入れの領収書をパソコンに打ち込み整理していく。酔っていてもこれだけは欠かさない。
 あまり仕事を溜めるのは好きじゃないのだ。出来るものはその日のうちに片付ける。そういうタイプだった。
「よしOK、今月もまずまずだな。」
 店の家賃、仕入れ、バイトへの給料。その他の経費を差し引いても十分な黒字だ。両親が残してくれた不動産などの収入で食うに困る事は無いのだから、気楽に商売をしていたのだが、それでもこうやって利益が出ていれば素直に嬉しい。
 たぶん、俺は平凡な人間なのだ。
 ささやかな店を経営し、小さな利益を喜ぶ平凡な人間。
「皆藤さん、ちゃんと家に帰れたかな?」
 かなり酔っていた。もともとのボトルを飲み干し、さらに、新しく入れたボトルも一人で殆んど飲んで、さらに一本入れて帰っていった。
 俺は、その後に来た常連に飲まされたのだ。
「まあ、大丈夫だろう。」
 常連が多いとは言っても、一回で3.4万使う人間は、そう居ない。基本が軽い食事と酒の店なのだ。女の子が付いて幾ら、なんてのとは根本的に違う。
「・・・シャワー浴びて寝よ。ん?留守電?」
 ランプが点滅している。
 再生すると、聞こえてきたのは長谷の声だった。
『山岸さん、長谷です。あの一昨日はすみませんでした。さっき守也と電話で話しました。なんか、上手く言えないですけど、俺、どうも恋人にはなれないみたいです。はは・・・うん、でも、俺・・・・すみません、愚痴になりそうなんで、今度ゆっくり店で話します。失礼します。』
「・・・・。」
『もしも〜し、成島です!今度店の2周年パーティーやります!葉書出します!!差し入れ大歓迎〜!!じゃそういうことで!!』
『こんばんは!≪アラン≫の藤で〜す。久しくお目にかかってませんが、お元気でしょうか?噂は色々聞いてるんだけど?ぜひまた遊びに来てください。待ってま〜す。』
「はいはい。」
 家に掛けてくるなって。まあ、こいつらは仕方ないか。
 あと一件。どうせまたどっかの店だろう。
 ソファーにゴロンと横になる。聞いてるだけで疲れてきた。
『・・・・・・・・守也です。さっきは忙しい時間に電話してすみませんでした。ちょっと常識無かったよね。また連絡します。おやすみなさい。』
「も、守也!」
 録音の声に、慌てて身体を起こす。
「え・・・。なんだって?」
 自分でも滑稽な位に慌てて、もう一度再生する。
『・・・・・守也です。さっきは忙しい・・・・・・・・おやすみなさい。』
 少し掠れた感じ・・・甘い・・声。
「守也。・・・・・・・だめだ、俺。完全に終わってる。」
 留守番電話の声だけで、こんなにドキドキするなんて。
 今すぐ逢いに行きたくなるなんて。
 終わってるよ、完全に。
「守也・・・・どうしよう。マジに好きになってるよ。」
 声を聞いただけで、身体が熱くなってきて、何も考えられなくなってしまう。
 これじゃ、子供の恋愛だろう?こんな、こんなの・・。
「守也・・。」
 酔っているからだ、飲み過ぎたせいだ。そう言い聞かせても、違うって本当はわかってる。
「守也。」



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         まだまだ終わりません(>_<)すみません。本当にこの話長いんです。
          続きは来週にはUP出来ると・・・





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