漂う人彷徨う人



(3)ゆびきり



「ねんねんころりよおころりよ ぼうやはよいこだねんねしな ぼうやのおもりはどこへいった あのやまこへてさとへいった 
 さとのみやげになにもろた でんでんだいこにしょうのふえ」

 遠くから低い声で歌う声が聞こえていた。
「どこだ?ここ。」
 ほんのりと明るい。だけどここがどこなのかわからない。
 見たことがあるような風景。なぜか心が休まる気がする。
「ねんねんころりよおころりよ・・・。大丈夫だよ。『    』大丈夫怖くない。安心して眠って良いんだよ。」
 この声・・・啓太?
「啓太?」
 どこにいるんだろう。こんなに見晴らしのいい場所なのに。啓太の姿がどこにも見えない。
「ごめんね。ケイタ。我侭して・・だから・・・だから。」
「・・・・大丈夫だよ。怒ったりしないから、謝らなくても良いんだよ。ね、楽しい?和希はやさしいだろ?」
「和希はやさしかった。とっても優しかった。ねえケイタ。僕に和希をちょうだい?」
「え?」
「和希の傍にずっといたい。僕、ずっと和希の傍にいたい。」
「でも・・・。」
「だめなの?」
「駄目だよ。」
 啓太の声が重なる。
 二人の啓太が話をしているのか?これは夢?
「ケイタはずるいよ。皆に優しくされて愛されて。大好きな人がいるのに、他にもなんてずるいよ。僕は一人だったのに、ずっと一人だったのに。」
「そんなこと思ってない。俺は中嶋さんだけしか欲しくない。」
「じゃあ和希を頂戴。僕に和希を頂戴。」
「それは・・・。」
「嫌なの?ケイタは和希も自分のものにしておきたいの?」
「そんな事言ってない。俺は和希を友達以上に思ったことないから。
 和希は俺のお兄ちゃんで友達。俺と中嶋さんのことを一番理解してくれて、応援してくれてるんだ。それだけだよ。」
「・・・・和希はそう思ってないよ。」
「え?」
「和希はケイタが好きなんだ。僕にはわかる。和希はケイタを欲しがっている。友達だなんて思っていないよ。」
「そんな筈ないよ。」
「・・・ケイタは本当に気がついてないの?それとも気がつかない振りしているの?その方が都合が良いから?だから・・。」
「違う!違う!!俺は俺は・・・。」
「僕が和希をもらっても良いよね?だって今は僕がケイタなんだから。誰も僕がケイタじゃないなんて思わない。誰も違うなんて気がついてない。
 ケイタ?僕がこのままケイタの振りをして生きても良いよね?誰もケイタが変わったなんて気がつかないんだから。良いよね?啓太。」
「そんな。」
「ケイタが悪いんだから。和希をくれないから。ケイタが素直にうんって言ってたら、僕は和希を連れて行くだけで終わらせたのに。」
「和希を連れて行くなんて駄目だよ。そんなことさせられないよ。」
「ケイタは僕を怒らせることしか言わないんだね?いいよ。君は一生ここにいればいい。僕がケイタになるから。
 夢だったずっと。たくさんの友達と学校に通うこと。夢だったんだ。
 自分の望むままに好きな場所に行く。雨に濡れるのも、走ることも自由に出来る。
 ずっとずっと夢だったんだから。だから、ケイタに邪魔なんかさせない。」
 夢だった?啓太、どういうことなんだ?
「和希は気がつかない、皆もね。器だけしか誰も見てないから。気がつかない。だから僕がこのままケイタでいる。いいよね?ケイタ。」
「そんなの駄目だよ。」
「・・・・・・・でも誰もケイタを必要としてないよ?必要なのは啓太の器だけだ。器だけでいいなら、中身が誰でもかまわないよね?」
 なんの話をしているんだ?啓太の中身?
「そんなこと・・・・・。」
「ケイタ?泣いてるの?」
「・・・・君がかわいそうだから。」
「え?」
「寂しかったんだね。一人で寂しかったんだね。」
「・・・・ケイタ?」
「もっと早く出会えてたらよかったのに。俺たち。きっと仲良くなれたのに。」
「何を言ってるんだよ。」
「でも、俺の体を君にあげることは出来ないよ。ごめんね。俺の体はね中嶋さんのものだから。俺の心も体も中嶋さんのものだから。」
「中嶋さん?それがケイタの大切な人?」
「そうだよ。だから・・・。」
「じゃあ、中嶋さんが気がつかなかったら?そしたら僕にこの体をくれる?そしたら僕に和希をくれる?」
「・・・・中嶋さんは気がつくよ。」
「そんな筈無いよ。だって今まで誰も気がついてないもん。」
「それでも中嶋さんは気がつくよ。俺にはわかる。」
「信じてるんだ?へええ?」
「信じてるよ。俺は中嶋さんを信じてる。だって俺の大切な人だから。」
「ケイタの一番大切な人?」
「一番じゃないよ。」
「え?」
「唯一。俺は中嶋さん以外いらない。中嶋さんは俺のすべてなんだ。」
「・・・・・・じゃあこうしようケイタ。」
「なに?」
「中嶋さんがもしも君に気がつかなかったら、その時は僕がケイタになる。
 ケイタ自信があるんだろ?中嶋さんなら気がつくって思ってるんだろ?」
「自信あるよ。」
「じゃあいいよね?ケイタ。」
「・・・いいよ。」
「約束したよ。ケイタ。約束は絶対なんだからね。」
 啓太の笑い声が響く。
 約束?啓太が約束した相手は一体誰なんだ?
 俺は、俺たちは誰と一緒に居たというんだ・・・?
 啓太?啓太は今・・・。
「啓太・・・。」
 窓から差し込む光にまぶしくて目が覚めた。
「あれ?ここ・・・。」
 啓太の部屋?あれ・・俺どうして?
「あ、そうか昨日啓太が倒れてそれで・・。」
 心配だったから啓太の部屋に泊まったんだ。
 ベッドサイドに椅子を持ってきて、眠る啓太をずっと見ていた。
「いつの間に眠っちゃったんだろ?なんだか長い夢を見ていた気がするんだけど、どんな夢だったんだっけ?覚えてないなあ・・・。」
 椅子に座ったまま眠ったせいで、体が変に疲れていた。
 夢、何を見ていたんだっけ?
 啓太が出てきた気がする。でも・・・・思い出せない。
「・・・あれ?」
 ベッドに寝ているはずの啓太がいなかった。
「いつの間に起きたんだろ?啓太?」
 バスルームを覗いても啓太の姿はない。
「どこにいったんだろ?具合大丈夫なのかな?」
 どこかで倒れていたら大変だ。
「どうしよう。」
 ドアを開き、寮の中を走り回る。
「こら!遠藤!」
「あ、篠宮さんおはようございます。」
「何を朝っぱらから走り回ってるんだ?」
「啓太がいなくて。」
「いない?」
「ええ。知りませんか?」
「そういえば、外に出て行くのを見かけたけど?」
「外ですね、ありがとうございます!」
「廊下は走るなよ!」
「はい。失礼します。」
「あ、おい走るなって・・・まったく。」
 ぺこりと頭を下げ俺は、篠宮さんの声を背後に聞きながら、全速力で走り出した。

 

「啓太?」
「・・・あ、和希。」
 あちこち探しまわった後、俺はやっと学校の裏庭のベンチにぼんやりと座っている啓太を見つけた。
「どうした?」
「ん?空を見てたんだ。気持ち良いなあって。」
「そうだね。もうすぐ夏が終わるね。」
 隣に座り、啓太を見つめる。
「うん。もうすぐ夏が終わっちゃう。ねえ和希、綺麗な空だね。こういう日なら飛べるかもって思わない?」
「飛べる?」
「うん。飛べるかもしれない。青い空をぐんぐん飛んで。白い雲も越えてさ・・・高く高く飛ぶんだ・・・。」
 立ち上がり両手を広げ伸びをする。
「きっと気持ちよく行ける。どこまでも。ひとりでも・・・怖くない。」
 目を細めて太陽を見上げる啓太の顔。
「寂しいこと言うなよ。一人なんて。」
 その顔が寂しそうで、笑顔が綺麗過ぎて胸がチクリと痛くなった。
 啓太。なんでそんなに寂しそうなんだ?
「・・・・・寂しいかな?一人は寂しい?」
「寂しくない?」
「わかんない。寂しいかも・・・寂しかったのかも。」
 寂しい?中嶋が居ないから寂しい?なんだか様子がおかしいのはそのせいなのか?それとも違う理由なのだろうか?
「俺が居るだろ?啓太。」
 立ち上がり、髪を撫ぜる。
 本当は抱きしめたかったけど、それはグッと我慢して。思いをこめて髪を何度も撫ぜる。
「うん。ありがと。和希。」
 ふにゃりと啓太が笑うから、俺もつられて笑顔になった。
「・・・・啓太?」
「和希・・・あ、猫。」
 猫?啓太の視線を追うように振り向くとトノサマが遠巻きにこっちを見ていた。
「なんだ。トノサマじゃないか。」
「トノサマ・・・・ああ、そうだね。」
 トノサマは、じっと俺たちを見つめた後、どこかへと去っていってしまった。
 いつもなら啓太の足元に煩いくらいに擦り寄ってくるのに、今日はどうしたんだろう?
 ちょっと不思議に思いながら、その後ろ姿を見送っていたら、啓太が突然声を上げた。
「あ、飛行機雲!」
「え?」
「綺麗だねえ。」
 嬉しそうに見上げている。子供みたいにはしゃいで。そして振り向いた。
「ねえ、和希。」
「なに?」
「もしも俺が空を飛ぶときは。和希一緒に飛んでくれる?」
「え?」
「もしも、もしもだよ。」
「いいよ。」
 その顔があまりにも真剣だったから。俺は茶化すことが出来ず頷いた。
「いいよ。啓太。俺が一緒に飛んでやるよ。」
「本当に?」
「ああ。啓太一人じゃ寂しいんだろ?」
「・・・・・そうじゃないけど。」
「けど?」
「和希が一緒だったら嬉しい。」
「・・・・・わかったよ。約束する。啓太。」
「ありがとう。和希。じゃあ、じゃあ指きり。」
「え?」
「早く!」
「ったく。いいよ。ゆびきりげんまん嘘ついたらハリセンボンの〜ます。」
 可愛いなあ。啓太。本当に子供みたいだ。
「ゆびきった。」
 小さな子供みたいに誓い合う。小指を絡めて。
 空を飛ぶなんて。夢みたいな誓いを。
「約束だよ。和希。」
「ああ。」
 何も考えず、啓太の笑顔につられてしてしまったのだ、夢の誓いを。
 それが、どんなことになるかも気づかずに・・・・。
「約束だよ。和希。約束は絶対だよ。」
 啓太が繰り返し言った言葉に、俺は何も気がつかずに頷いたのだ。





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