漂う人彷徨う人



(7)覚醒


 ククッと喉を鳴らし、中嶋が答えた。
「トモキ・・?」
「ど、どうしてそれを。」
 うろたえている。まさか、まさか・・・・。
「さあな。」
 正解なのか?
「約束だ。啓太を返してもらおうか?ん?トモキ。」
 冷ややかな口調。紫煙を吐き出しニヤリと笑う。
 知っていた?中嶋は名前を知っていたのか?でもなぜ。
「なんでそれを・・・。」
「ねんねんころりよ おころりよ・・・・。啓太の下手糞な歌のせいだ。あの時啓太はお前の名前を呼んでいた。子守唄を歌いながらな。」
 さらりと歌うのは子守唄。中嶋さんに一番似合わない歌だと思う。
「それは・・・・え?じゃああの時?」
「ふん。」
 子守唄・・・啓太の・・・なんだろう何かがひっかかる。
「あなたはあの場所に来たの?ケイタとあなたのつながりはそんなにも深いものなの?」
「啓・・・トモキ?」
「あそこは啓太の心の狭間。生と死の境目の場所。
 例え夢の中だとしても、あそこへ行けるのはケイタと深い縁で結ばれた人間だけ。繋がりが本当に深く強くなければ、もし夢に見ても忘れてしまう。
 だから僕はケイタをあそこに閉じ込めた。ケイタの体が欲しくて、僕があそこに閉じ込めた。あそこなら誰にも手が出せない、そう思ったから。」
 啓太を閉じ込めた?
「啓太はまだあの場所にいるんだな?」
「うん。あそこで眠っている。
 僕がケイタの体から出て行かない限り、啓太はあの場所で眠り続ける。自分から起きるなんて事、出来ない位の深い深い眠りだよ。」
「じゃあその眠りをといてもらおう。今すぐに。」
「・・・・・。」
「トモキ。お願いだ啓太を返してくれ。」
「あいつはお人よしの莫迦だからな。
 だから、貴様にしなくてもいい同情なんてものをして体を貸したり、俺がもし分からなければ・・なんて約束までしたようだが・・。
 だが、それももう終わりだ。」
 約束?啓太がしたのは・・・・なんだろう知っているような気がする。
「・・・ずるいよ。その話を知っていたなら僕を見破れて当然だよ。名前を知ってて当然だよ。そんなのずるいよ。
 それじゃ賭けにも何もならないじゃないか。」
「知らないとは言っていないぞ?俺は言ったはずだぞ?『知っているなら縛れるんだな?』と。」
「そんなのずるい。ずるいよ。」
「ずるいずるくないなんて話はどうでもいい。
 啓太の所有者はこの俺だ。啓太の過去も未来も全部俺のものだ。あいつを所有する権利を誰にも譲ってやるつもりはない。
トモキにも勿論鈴菱、お前にもな。」
 ギロリと中嶋の瞳が俺を見据える。
 威嚇。啓太は誰にも渡さないという意思表示。
「な・・・。」
 迫力に押され、俺は思わず後ずさってしまった。
「トモキ。お前がどんな生涯を歩んできたかなんて俺には関係ない。
 お前がどれだけ寂しい思いをしてきたのかも、鈴菱にどれだけ固執しているかなんていうのもな。
 それはお前自身の問題だろう?啓太のことを巻き込んでどうする?」
 静かな口調。だけど、伝わってくる。中嶋の怒り。啓太の優しさを利用したトモキへの怒りが、怖いくらいに伝わってくる。
「だって、だって・・・。」
 中嶋の瞳が光る。この男のこんな顔を俺は今まで見たことがなかった。
 自分より遥かに年下の人間、それを怖いと思ったのは始めての事だった。
「だってじゃない。ふざけるのも大概にしろ。全く、往生際の悪さはどこかの犬以上だな。」
 始めて見た日からずっと、どこか冷めた目で世の中を見ている感じがしていた。
 なんでもそつなくこなし(私生活を知らなければ)真面目で沈着冷静な副会長で十分通る人間だった。
 自分以外の人間のために怒りを表す、そんな事をするタイプの人間には到底見えなかった。
 すべてを計算し、利害を考えて冷静に動く、それこそが中嶋だと思っていた。啓太がこの学園に来るまでは・・・。
「中嶋さん・・・。」
 中嶋の本気の笑いも怒りも、啓太が来てから初めて見た。
 ある意味周囲に壁を作って生きていたのだと、啓太をそばに置く中嶋を見て思いついた。
 どんな時でも余裕の笑みを浮かべやり過ごすそんな男が、啓太が傍に居る時だけは本当の自分を見せていた。
 笑いも、怒りも啓太にだけは偽ることなく見せていたのだ。
 計算も偽りも無い姿、今がまさにそうだ。
「とにかくお前は賭けに負けたんだ。負けたら啓太を返すそういう約束だった筈だな?」
「でも。」
「約束は絶対。そう言ったのはお前だろう?」
「そうだけど、確かにそうだけど。」
「・・・・たく、お前が約束を果たさないならそれでもいい。方法なんぞいくらでもあるからな。」
「中嶋さん・・・どうす・・。」
 どうするつもりなのだろう?七条の話が本当なら、霊感の無い俺たちに浄霊することなど出来ないはずだ。
「寝ているなら起こせばいいだけの話だ。啓太!」
 タバコの火を消し、携帯式の灰皿にねじ込むと、中嶋は啓太の名前を叫んだ。
「え?起こすって・・な、中嶋さん?」
「無理だよ呼んだって。ケイタは眠ってる。
 生と死の境界の場所でケイタは深い深い眠りについている。僕以外の誰にも起こすことなんて出来ない。」
「啓太!お前がそのままでいる気なら俺はもう知らないぞ。」
 中嶋さんなにを・・。一体何をするつもりなんだ。
「俺はもう知らない。お前の事も忘れる。それでいいんだな。」
 何をするつもりだ。
「お前がいたことも全部忘れる。俺は金輪際お前の存在を思い出しもしない、それでいいんだな?啓太。」
 うわ・・・脅してる。中嶋さん脅してるよ。
「三つ数える間に戻らなければ、俺はもうしらん。
 お前の体はトモキのものだ。そしてそれと同時に俺はお前を忘れる。いいな!啓太それでいいんだな!!」
 そんなの無茶すぎる。
 そんなんで起こせるわけが無い、それじゃトモキの思うつぼじゃないか。
「中嶋さん!!」
「ひとつ!」
「無茶だよそんなの。中嶋さん!」
「ふたつ」
「無理だよ。啓太は起きない。目覚める・・・・・なん・・・・え・・?」
 必死だこの人。
 人には弱みなんて絶対見せない。余裕のない顔なんて絶対に見せないこの人が必死になってる。
「み・・・。」
「嫌です中嶋さん!」
「啓太?」
「ったく。やっと起きたか。」
 ニヤリと中嶋が笑う。
 そんな・・・。
「ケイタ嫌だ、起きないで。」
「やだやだ!中嶋さんが俺のこと忘れるなんてやだ!!」
 啓太の顔がゆがむ。本当の啓太と、偽者の顔が重なって見える。
 声が重なる。啓太とトモキの声が同時に聞こえてくる。
「それでいい。啓太。お前が俺のものだというなら、ずっと俺のものでいたいのなら戻って来い。
さあ!!」
「中嶋・・・さ・・・・。」
「嫌だ!ケイタ!嫌だーーーー!」





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