漂う人彷徨う人



(8)暗闇へ落ちる瞬間


 突然啓太の体が閃光した。
 啓太の体を包み込んだ光は、次の瞬間空に向かってまっすぐに伸び、そして消えた。
「啓太。」
「俺は中嶋さんのものです。過去もこれから先の未来も、永遠に永久に中嶋さんのものです。
 だから、だから中嶋さん!!俺を忘れちゃ嫌です。」
 これは、啓太の声。本当の啓太の声だ。
「はん、だったらいつまでも寝てるんじゃない。莫迦者。」
 中嶋がいつもの口調で啓太に怒鳴る。
「はい。」
 啓太、戻ってきた。これは啓太だ。
「なかじ・・・。」
「ケイタが起きちゃった。もう戻れない。もうケイタを眠らせることができない。酷いよやっと、やっと
僕・・。」
「ごめんね。トモキ。」
「酷いよ・・・また僕だけを寂しい闇の世界に戻そうって言うんだね。酷いよ。
 ・・・・許せないナカジマさん。許せないケイタ。器を失ったら僕は闇の世界に戻るしかないのに。酷いよ。」
 トモキの声。
 どこから聞こえてくるのだろう。
 これは啓太の体から聞こえる声じゃない。頭の中に直接響いてくる。これがトモキの声?なんて、なんて哀しそうな声なんだ・・。
 伝わってくるのは、どうしようもない悲しみ。絶望。
「ごめんね、トモキ。でも、でも俺は中嶋さんのものなんだ。だからトモキ、やっぱり君に僕の体をあげるわけにはいかないんだよ。」
「酷い、酷い・・・・。また僕を独りぼっちにするんだね、いいよ。それなら僕にも考えがある。」 
「え?」
「トモキ?」
「何をする気だ?」
「ケイタを道連れにする。」
「え?」
「ナカジマさんは、僕の邪魔をしたから。だからナカジマさんの一番大切なものを奪ってあげる。
 大切なものを奪って、そうしてナカジマさんを絶望の闇へと連れて行ってあげる。」
 中嶋の大切なもの?一番大切なもの・・・?
「中嶋さんの大切なもの、それはケイタだ。ナカジマさんを悲しませるもの・・それはケイタの存在の抹消・・・そうだよね?ナカジマさん。
 だから、だから僕はケイタを道連れにする。」
「そんな・・・・トモキ・・・ひぃっ!」
 悲鳴と共に、ふわりと啓太の体が頭上高く舞い上がる。
「トモキふざけるのもいい加減にしろ。」
「ナカジマさん。あなたの大切なケイタをもらうよ。」
「トモキやめるんだ。お願いだ、啓太を返してくれ。」
「和希の頼みでもそれは出来ないよ。サヨナラ和希。」
 トモキが笑い、啓太の体は力を失いゆっくりと落ちていく。
「うわあぁぁぁぁぁっーーーーー!!!」
「啓太!!」
 啓太の悲鳴と、中嶋の声。
「っ!!」
 とっさに伸ばした中嶋の手は一瞬啓太の右腕を掴んでいた、だけど。
「中嶋さん!」
 落ちてきた人間の体を支えきることは、さすがの中嶋でも出来なかったのだ。
 俺が駆け寄って手を伸ばそうとした瞬間、ぐらりと中嶋の体が傾き、そして・・そして啓太と中嶋は抱き合うように落ちていった。
「そんな、そんな。」
 無常にも地面がドサリと鳴った。
「そんな啓太、そんな・・・・・。」
 全身の力が抜けて立っていることが出来ず、俺はヘナヘナと座り込んでしまった。
「啓太・・・。そ、そうだ救急車。早く。」
 力を振り絞り、手すりを越えると俺は一気に階段を駆け下りた。
「啓太!中嶋さん!!」
 寮を出て、裏手にある芝生に近づくと、重なり合う二人の上に浮かんだ、白い影が見えた。
「トモキ。」
 あれがトモキの本体なのか?
「トモキ。お願いだ・・・二人を助けてくれ。」
 そのためなら俺が連れて行かれてもいい。啓太を助けてくれるなら俺の命なんて何度だって差し出す。
「俺のほうが近くに居たのに。啓太・・・啓太・・・。」
 俺が先に手を伸ばせば、啓太を救えたかもしれないのに、なのに俺は体が動かなかった。
 中嶋のように手を伸ばすことを一瞬躊躇った。
 啓太を救うためなら・・・その思いは本当なのに、なのに俺は躊躇ってしまったんだ・・・。
「お願いだトモキ。助けてくれ二人を、二人を・・・。」
「・・・・殺せなかった。僕・・・僕は・・・・。」
 涙?実体のない幻のような存在なのに、泣いている様に見える。
「無事なのか?」
 見つめる・・・顔・・・・あれ?この顔見覚えがある・・・でもどこで逢った?いいや、逢ったんじゃない見たんだ・・・そう写真を・・・。
「眠っているだけ・・・。体はあちこち痛いかも知れないけど、でも眠っているだけだよ。大丈夫。」
 トモキの声?頭に直接響くような変な感覚だ。
 悲しそうな声だ・・・。心がぎゅっと締めつけられてしまう・・。
「和希ごめんね、僕は寂しかったの。寂しかっただけなんだ。いくら謝っても許してなんてもらえないよね。でも、でもごめんなさい。」
「トモ・・・・。な、なに・・・。」
 ぐるぐると世界が回る。なんだこの感覚・・・・。





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