約束〜もう一度あの場所で〜(25〜30)



2006/04/05(水) 約束〜もう一度あの場所で〜‥25

「そう言うなって、ほら見てみろよ。ケイタの顔。」
 丹羽の言葉に中嶋は、ケイタの寝顔に視線を移した。
 涙の跡はあっても、中嶋の左手を握り眠る顔は、安らかだった。
「‥‥。」
「ここに来た頃は、こんな風に眠ることすら出来なかった。小さな物音にも、ただの風の音にも怯えて、泣きながら目を覚ましてた。
でも今は違う。こうしてお前の傍でなら眠れるんだ。今日みたいに酷い目にあった日だって、おまえの傍なら安心して眠れるんだよ。
 これは進歩だろ?ほんの僅かなことかもしんねえけど。それでも進歩じゃないのか?」
 丹羽の言いたいことは、中嶋にもよく分かっていた。
 焦る事は負けに繋がるのだ。焦りは隙を生む。本庄は、その隙を決して見逃す人間ではない。
 中嶋達の、ほんの少しの心の隙間をついて、本庄はケイタを攻めてくる。今日のような脅しはその布石でしかない。
 ケイタは、それにずっと苦しめられてきたのだ。
 だが3年の間、二人は無駄に時間を過ごしていた訳では無かった。
 本庄からケイタを救うために、竜也の手を借りて、秘かに捜査し、準備をしてきた。ケイタを救うためには、本庄を逮捕しただけではだめなのだ。組織全部を潰さなければ、ケイタは第二、第三の本庄に脅され続ける。
 その為に中嶋は、常にケイタの傍に居るため、勤務先の病院の入っているビルを買取り、住居を移し、丹羽は探偵事務所を開いた。自分達の生活をすべて変えた。ケイタを救う、その為にすべてを変えた。
 その為の努力を今、台無しにする訳にはいかなかった。
 ケイタを救うためのチャンス。それを逃す訳にはいかなかった。
「そうかもな。」
「ケイタはもっと強くなれるさ。あいつがどんなに脅しても負けねえ位に強くなる。だから俺たちが負けてちゃ駄目なんだよ。焦っちゃ駄目なんだよ。」
「ククク。」
「なんだよ。」
「いや、お前に慰められる日が来るとはな。俺も落ちぶれたもんだ。」
「慰めてねえよ。別に。俺はそこまでお人好しじゃねえ。」 
 拗ねたように丹羽が、唇を突き出し眉をしかめる。どうやら照れているらしいその顔に、中嶋はクククと笑いながら、煙草をもみ消した。
「そうか?」
「おう。」
「ふうん?それにしても、当面の問題は、鈴菱の莫迦をどうするかだな‥。」
「ああ、そうだな‥。なんであんなにはまっちまったかね。」
 そういえば、『ケイタを捜して欲しい。』丹羽にそう依頼してきた時の和希は、少し様子が変だったのだ‥と今更ながら丹羽は思った。
「あいつが俺に依頼をしに来た日、違和感っていうか、変な気配あったよな?」
「そうだな‥あの時は久しぶりにあったせいで雰囲気が変わっているせいかと思っていたんだが‥そうじゃなかったんだな。」
 言いながら、中嶋は嫌なことを思い出してしまっていた。
「なあ、哲ちゃん?」
「なんだよ、恐い顔して。」 
「嫌なこと思い出さないか?鈴菱のあの顔。似ていると思わないか?」
「似ている?なにと。」
「篠宮。」
「は‥?‥‥あ。」
 中嶋にその名を言われ、丹羽は瞬時に頭を抱えた。
「勘弁してくれ‥あいつと同じなんて‥最悪だぞそれ。」
「だが似ているだろう?いまの状況。」
「そういや、熱でもあるのか?って感じにふらふらして、ケイタの事を説明してたけどよ。だ−−−!!そういや似てる。そっくりだ。」 
 言いながら丹羽は、どんどん焦ってきてしまう。考えれば考える程、昔の篠宮と今の和希は似ている。
「ケイタにはまって破滅するって?」
 苦い記憶だった。ケイタにはまって破滅しかけたあの男の話は、二人の間の禁忌と言っても良かった。
「ああ、こう言っちゃなんだが、堅物の度合いは同レベルだろう?あいつも篠宮も。」
 苦々しい記憶。
 ケイタが客を取り始めてすぐ、どういう運命の悪戯か、篠宮がケイタの客となった。
「あの堅物の寮長が、なんでああなっちまったのか俺には今だに信じらんねえよ‥。」
 篠宮紘司は中嶋達の母校、ベルリバティ学園で同じく時を過ごした人間だった。真面目で堅物、几帳面を絵に描いたような人間と評価されながら、その反面、同級の岩井の為にお粥をつくったり‥と世話好きな一面も持つ、物静かで頼りになる男だった。
 中嶋とは別の大学で医療を学び、医者となってからは若手外科医のホープとして活躍していた彼が、どういう訳だかケイタにはまった。
「たしかどこかの医療機械会社の接待か何かだったっけ?」
 それがケイタと篠宮との出会いだった。
 ある医療機器のメーカーの営業がケイタの存在を知り、篠宮との接待の席に呼んだのだ。
「そうだ、篠宮は医局のやつらに信用があって、だから色々と接待やなんだと誘いがあったらしい。まあ、あいつの性格でそれを受けて楽しんでいたとは思えないが‥。実際「子供になんてことをさせる!!」って大騒ぎになったらしいしな。」
「そこで大騒ぎしといてはまるのが、あいつらしいといえばそうだよな。」
 ため息をつきながら、思い出し、またため息をつく。
「ケイタを更正させようとして、自ら客になり、ミイラとりがミイラの言葉通り、ずるずるとはまったんだもんなあ。
あげく心中騒ぎだろ?頭痛いよ。」
 ケイタを買い続け、恋い焦がれて抜け出せなくなった篠宮は、ケイタの仕事が許せなくなってしまった。

※※※※※※※※※※

実は、この篠宮さんとの話と、中嶋さんがケイタを拾ってから今の生活になるまでの話、全部書いてみたのですが、あまりにも長いので、詳細をカットして説明に変えたのです。
でも、自分的にケイタを世話する中嶋さんが気に入ってるので、この連載が終わったら、番外編として中嶋さんの一人称に書きなおしてUPしようかどうしようか、皆様、痛い系話を読むのは嫌かしら‥と思いつつ。それよりもこの連載いつ終わるんだよ‥と自分に突っ込み入れる私です。
連載まだまだ終わりません。皆様もそろそろ飽きてきた頃かと思いますが、どうぞお付き合い下さい。
よろしくお願いします。



                    ◆          ◇          ◆



2006/04/06(木) 約束〜もう一度あの場所で〜‥26

 客としてしか自分と接しないケイタに焦れ、他の男に抱かれるケイタに焦れた。
 そして事件は起こった。
「そうだな‥でもな?たぶん今回はそれ以上だぞ。」
「どうして?」
「あの時は、本庄はなぜか篠宮の執着を嫌って、あいつの予約を一切断っただろ?そしてケイタから引き離そうとした。だが今回は逆だ。なぜか、近付けようとしている。」
 予約を断られ、ケイタに逢うことが出来なくなった篠宮はさらに思いを募らせ、ケイタの素性を調べ、御苑のこの家に辿り着いた。
 突然ケイタの前に現われた篠宮は、『君が他の男に抱かれるなんてもう耐えられない。ケイタ‥俺と一緒に死んでくれないか?』そう言って、ケイタを殺そうとしたのだ。
 あの時、中嶋が阻止しなければ、篠宮は確実にケイタを殺していただろう。
「それに‥‥。」
 今は郷里に戻り、小児病院の外科医として生きている篠宮の事を考えながら、中嶋は紫煙を吐く。
 篠宮はケイタに魅かれ、人生を狂わせた。だがあの時、もしもケイタが篠宮を選んでいたら何かが変わっていたのだろうか‥そう思いながら、もしも‥の仮定は意味が無いと気付いた。
「それに?」
 中嶋の言葉に、知らず丹羽の声は低くなっていた。
「ケイタの様子も変なんだ。鈴菱の事を気にしすぎている。」
「どういうことだ?」
「篠宮の時は、ケイタにとってはただの客でしかなかった。あいつが何を言おうと、ケイタは気にしてはいなかった。
 感情の無い、本庄の命令通り動く人形のままだった。」
「今度は違う?」
「ああ、鈴菱を怒らせた事を気にして、悩んでいた。
言っていただろう?もう一度逢いたいと思っていた‥と。」
「そういえば、ケイタが客相手にあんな反応したのは始めてかもしれないな。」
 思い出す。本庄に脅され動揺していただけで無く、ケイタは和希にも怯えていた。和希を怒らせてしまった自分に怯えていたのだ。
 それは、本庄の命ずるままに人形として仕事をしていた、今までのケイタにはありえない反応だった。
「今までケイタは、客に対して、優しかったとか恐くなかったとか、そういう感想しかなかった。自分の為に金を使わせるのが嫌だ‥と言いながら、本庄に逆らう事など考えもしなかった。」
「それが、和希には駄目と言った‥か。」
 事実、中嶋達に和希との事を話す間、ケイタは酷く辛そうだった。
「まさかケイタ、和希に惚れた訳じゃねえよな?」
「さあな。」
「‥なあ、もしもそうなら、あいつの力使えないか?」
「力?」
「天下の鈴菱だぜ?ケイタ一人を守る位‥無理か。」
「無理だな。鈴菱がケイタに本気だとして、あいつにそこまでの根性はない。
それに俺は、あいつを信用できない。
忘れたのか?あいつが大義名分を振りかざして、副理事長を学園から追い出したあの時、あいつは俺たちになんて言った?『学園を守る為だ、俺はこの学園が大切なんだ』そんな事を言っておきながら、たった数年で自分は理事長を辞めたじゃないか。
 そんな人間が信じられるか?
 確かに今はケイタにのぼせてる状態だ、話せばケイタを守ろうと動くかもしれない。だが、もし飽きたら簡単に放り出すぞ。
 本庄やケイタの父親が脅しをかけてきたら、それだけで嫌になって放り出す。あいつはそういう人間なんだよ。」
 苦々しく言い放つ中嶋に、丹羽はこっそりとため息をついた。
 昔、学園にいた頃、久我沼副理事を失脚させるため、二人は和希に力を貸した。
 自分達がいる学園をテ久我沼が好き勝手にしている事が疎ましかったのは事実だが、それよりも理事長就任1年目にして、学園改革に乗り出した和希に、ほんの少し好感を持っていた事が手を貸す理由となった。
 若さ故の、青臭い教育論には辟易したが、それでも学園や生徒達を大切に思う和希の姿は、中嶋の目にも好ましく映ったのだ。
 だが和希はたった数年で学園から姿を消した。
「‥でも、たぶん何かが変わるぜ?ケイタとあいつと俺達‥そんな気がする。」
「‥変わる?」 
「ああ、なんかそんな気がする。」
「野性のカンか?ふうん?」
「ヒデ!!人を動物みたいに言うなよっ!」
 中嶋に茶化され、丹羽が大声をあげた。
「しっ。ケイタが起きる。」
「あ‥スマン。」
 慌てて丹羽の口を押さえ、ケイタの顔を覗き込んだが、遅かった。
「ん?中嶋‥さん?」
「目が覚めたのか?」
「ふあっ。‥‥。中嶋さん‥ホットケーキ‥。」
 寝呆け声で言いながら、身体を起こすと、目を瞑ったまま中嶋に手を伸ばす。
 目を閉じたまま、ふにゃりと笑い、ケイタは中嶋に甘えた。
「ホットケーキ‥?ああ、朝になったら作ってやる。」
 小さな子供の様な仕草に苦笑いしながら、中嶋はケイタを膝に抱き上げ毛布で包んだ。
「へへ‥‥。ふあぁっ。」
 欠伸をしながら、ケイタは中嶋の首筋に頬を擦り寄せる。目は閉じたままだった。ちゃんと起きたわけではなく、寝呆けているのだと気が付いて、丹羽が笑った。
「こら、くすぐったい。」
 中嶋も仕方なく笑いながら、ケイタの髪を撫でていた。だが、
「‥俺のこと捨てて‥。」
 突然のケイタの言葉に、中嶋は凍り付いた。
「え?」
「俺‥強くなったから、一人でも平気だから‥もう平気だから‥。だから、だから‥捨て‥て‥。」
 目を閉じたまま、ケイタは涙を流していた。笑いながら涙を流していた。
「ケイタ?」
 中嶋の声に答える事無く、ケイタは呟き、笑い顔を作った。
「平気‥俺‥もう‥‥‥迷惑かけた‥くな‥‥。」
 声にならない声を呟きながら、ケイタは夢の中に意識を落としていった。
「‥ヒデ?」
 中嶋の腕の中で、ケイタはすぅすぅと寝息を立てていた。涙が流れて中嶋の肌に落ちた。
「平気な訳ないだろう‥。夢の中でまで、無理して笑うんじゃない。」
「‥。」
 その声にはっとして、丹羽は中嶋の顔を見つめた。

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                    ◆         ◇          ◆



2006/04/07(金) 約束〜もう一度あの場所で〜‥27

「哲。」
 中嶋の声が低く響いた。
「ああ、わかってる。ケイタを守る。俺達は必ずケイタを救う。もうこんな風に泣かなくてすむように。」
 頷いて丹羽はケイタの髪を撫でた。
「守る。今度こそ絶対に救ってみせる。」
 何かが変わる、そんな気配がした。

8、甘い夢、甘い時間

「うわぁっ。おいしそ−!」
 ぽ−んとフライパンから宙を飛び、皿の上に乗せられた小麦色の食べ物に、ケイタは歓声をあげた。
「凄い凄い!!中嶋さんてなんでも作っちゃうんですね!」
 朝、目が覚めてからずっとケイタは中嶋がホットケーキを作るのを、目を輝かせて見つめていた。
 粉を溶いて、ジュウッとフライパンに流し込むと途端に甘い匂いが立ち上る。『ふつふつと表面に穴が開き始めたら、ひっくり返すんだ‥』と言いながら、中嶋が、片手でフライパンを軽く揺すり、ぽ−んとホットケーキを返す様は、前にテレビで見た手品みたいに鮮やかで、ケイタは飽きる事無く、焼けるまでの時間を楽しんだ。
「お世辞はいいから、早く席に着け、冷めるぞ。」
「へへへ。すっごく美味しそう!!クロ。マロン。見て見て!!中嶋さんが作ったんだぞ、凄いだろう?」
 足元にまとわり付く、黒猫のクロと、遠巻きに見つめている、ゴールデンレトリバーのマロンに自慢しながら、ケイタはホットケーキの匂いを胸に吸い込んだ。
「いい匂いっ。」
「なんだ?甘ったるい匂いだなあ。」
 ドアが開いたとたんに響く丹羽の声に、クロが反応して駆け寄った。
「お、クロ。なんだよ、今日は早起きだな。お前いつも寝てばっかりいるくせに、どうしたんだ?」
 クロを抱き上げ笑う丹羽を見て、ケイタは首を傾げながら中嶋に問い掛けた。
「王様、クロとはあんなに仲良しなのに、海野先生のところのトノサマには絶対に近寄らないんですよ?変ですよね!」
「そうだな。哲?トノサマにもそうやって笑ってやったらどうだ?きっと仲良くなれるぜ?」
 中嶋にしては珍しく、声をあげて笑いながら、丹羽をからかうから、思いっきり眉をしかめて、丹羽は拒絶した。
「冗談だろ!ヒデ!お前言っていい事と悪い事があるだろ−が!!」
「王様?」
 きょとりとした声に慌てて咳払いをすると、丹羽はケイタの皿にバターの欠片を落とし、トプトプとシロップをかけた。
「それはかけすぎだろう?」
「いいんだよ。な、ケイタ。」
「はいっ!!いただきま−す!‥(もぐもぐ)‥うん!美味しいっ!!」 
 口一杯に頬張って、もぐもぐと幸せそうに食べる姿を、二人は複雑な思いで見つめていた。
『もう平気だから‥』
 そう言って、泣き笑いしたケイタの姿は今の顔からは想像できなかった。
「なあ、覚えてないのか?」
「寝呆けてたからな‥なんとも言えないな。」
 こっそりと話ながら、ケイタの様子を観察する。
 顔色も良い。食欲もある。幼い言動が目立つが、それでも身体は健康そのものだと中嶋は思った。
「哲?クロとマロンに餌をやってくれ。」
「OK。クロ!カリカリとカンカンどっちにするんだ?‥マロン!よしよし、待て。‥水とあとは‥。」
 甲斐甲斐しく2匹の世話をする丹羽の様子を、ケイタは嬉しそうに見ていた。
「ケイタ?美味いか?」
 ミルクをカップに注ぎながら、中嶋が尋ねる。
「はい。とっても美味しいです。中嶋さんもどうですか?」
「俺はいい。」
「なんだよヒデ。食えよ。な、ケイタ。美味しいもんは皆で食いたいよな?」
「はい!」
 こくりと頷くケイタに満足しながら、丹羽はにやりと笑った。
「哲ちゃん?トノサマを二、三日預かってこようか?」
「それは悪趣味だろーが!」
「悪趣味?」
「ククク。あのなあケイタ。こいつは猫が嫌いなんだよ。」
「クロも猫ですよ?」
 素直な疑問を口にするケイタに、大仰なため息をつきながら丹羽が答えた。
「クロは特別。
ケイタ、頼むから海野先生のとこに行くたびに、俺のところにトノサマ連れてくるのは勘弁してくれよ?」
 ケイタが通う、心療内科の医師、海野の病院にはトノサマという名の大きな猫がいた。ペットセラピーと言えば聞こえはいいが、待合室の中を、我が物顔で歩くトノサマに出会うたび、丹羽は必死に悲鳴を飲み込んでいたのだ。クロで多少の免疫がついて、倒れたりすることは無くなったものの、苦手であることに変わりはなかった。
「いいじゃないか、クロを抱っこできるんだ。他の猫も同じく可愛がってやればいいだろう?」
「トノサマ大きいから嫌なの?」
「ククク。さあな?どうなんだ?哲ちゃん。」
「知るか。クロは頭も良いし可愛いから好きなんだよ。それだけだ。」
 不貞腐れて答える丹羽を笑いながら、中嶋は自分と丹羽の朝食を作りテーブルに並べた。
「クロは好き?あの‥好き?」
「おう。ケイタもこいつの事好きだろう?」
 ある雨の夜、ケイタはクロを拾った。
 生まれたばかりの、目も開いていない子猫は、濡れた段ボールの中で弱々しく鳴いていた。
 ケイタはそれを見過ごすことが出来ずに拾ってきてしまったのだ。『雨に濡れながら鳴く姿が自分みたいで辛かった』としょんぼりと段ボールを抱えたまま呟くケイタに、丹羽は「猫は嫌いだから、元居たところに置いてこい」とは言えなくなってしまった。
 そしてクロと暮らし始めるうちに、丹羽は、この小さくてよたよたした生きものが可愛くて仕方なくなったのだった。未だに他の猫はダメなのだが、そういう訳でクロとは仲良しなのだ。
「はい。俺ねクロもマロンも大好き。だけど中嶋さんと王様のことはもっともっと好きです。」
「そうかそうか。」
 ぐしゃぐしゃとケイタの髪を撫で回しながら、丹羽が椅子にどかりと座る。
「あ−いい天気だな‥。」

※※※※※※※※※※

マイホームパパな中嶋さん‥‥きっと鮮やかな手つきでホットケーキを焼いてるものと思われます。



                    ◆         ◇          ◆



2006/04/08(土) 約束〜もう一度あの場所で〜‥28

 のんびりとした朝の食卓だった。
 甘いホットケーキとメープルシロップの匂い。コーヒーとトーストの匂い。レースのカーテン越しに、陽が差し込む窓辺には、マロンとクロが仲良く餌を食べている。
 昨日の夜の出来事が嘘の様だった。悪い夢を見ていたのかもしれない。そんな錯覚さえ起きてしまいそうな朝だった。
「なあ、ケイタ?‥‥。」
 和希の事を話さなければ‥と中嶋は口を開きかけ止めた。
「はい?」
「‥いや、後でいい。」
 話すのは、食事が済んでからでも遅くないだろう。−−−昨日のケイタの辛そうな顔を考えると、気安くしていい話だとは思えなかった。
「なんですか?あ、やっぱり一口食べたくなりました?はいっ!!」
 中嶋の心に気付かずに、いそいそとナイフで切り分け、グサリとフォークに突き刺して、ケイタは「美味しいですよ!」とにっこり笑って中嶋にフォークを向けた。
「ヒーデ?ほらほら、ケイタが食わせてくれるってさ。」
 にやにやと笑う丹羽に、ギロリと視線を投げても、丹羽も慣れたもので、気にせず笑い続けている。
「‥哲ちゃんに食べさせてやれ。こいつはな、ホットケーキが大好物なんだぞ。」
 ケイタを怒鳴るわけにもいかず、ヒクヒクと顔を引きつらせながら、怒りの矛先を丹羽に向け、中嶋が口の端だけを上げ笑う。
「じゃ、王様!はいどうぞ。」 
 中嶋の言葉を素直に信じ、天使の笑顔が今度は丹羽に向かう。
「へ‥?俺はいい!いらんいらん!!」
 力一杯の否定に、ケイタは項垂れた。
「王様‥いらないんですか?」
 ウルウルと瞳が潤むから、丹羽はヒクリと顔が強ばってしまった。
「ほお?哲ちゃんは、俺が作ったものが食えないんだな?ふううん?」
 中嶋の声に、今度は背筋に冷たいものが走る。
「いや‥食うよ。ケイタ食わせてくれるのか?美味しそうだなぁ‥‥。」
「‥じゃあ、あ−ん!して下さい!!」
「あ、あ−−ん‥‥‥っ!!」
 シロップがたっぷりしみ込んだ甘い塊の衝撃に、丹羽は思わずゴクリッと喉を鳴らし、噛まずに飲み込んだ。
「こ‥こここ‥。コーヒ−っ。っ!!あ、あっち−−っ!」
 慌てて飲んだコーヒーのあまりの熱さに、丹羽は悲鳴を上げ立ち上がった。
「王様!大丈夫ですか?コーヒー熱かったの?火傷しませんでしたか?俺、お水持ってきます!!」
 慌てて立ち上がり、ケイタがキッチンに消えると、
「朝っぱらから騒々しいやつだな。全く。」
 などと嫌味をいいながら中嶋がにやりと笑う。
「ふん。悪かったな煩くて。だいたいヒデが‥‥っと電話だ。もしも‥あんたか‥。」
「‥‥。」
 その瞬間、穏やかな空気が一変した。
「分かってるよ。今日和希が来るんだろ?念押しされなくても追い返したりしねえよ‥‥ん?」
 ガシャンとガラスの割れる音がして、丹羽が振り替える。
「ケイタ!」
「‥あ、あの‥あの。」
 持っていたグラスを落とした事にも気付かずに、ケイタは泣きそうな顔で丹羽を見つめていた。
「‥なんでもねえよ。じゃあな。‥ケイタ?あのな?」
 電話を切り、慌ててケイタに近づく。
「ケイタ、落ち着け。大丈夫だから、あのな?」
「和希さんが?どうして?」
「ケイタ。和希はお前に逢いに来るんだ。本庄がそれを許可したんだよ。」
 動揺させないように、ケイタが落ち着いた状態を見計らって話をするつもりだったのに‥。舌打ちしながら、中嶋は話を始めた。

××××××

 色良く焼けたトースト。ふわふわのオムレツに綺麗に盛られたサラダとスープ。フレッシュジュースにコーヒーというメニューを和希は機械的に口に運んだ。
 食欲などなかった。それでも兎に角口を動かし、皿の上の物を片付けると、和希はぼんやりと煙草を吹かした。
 窓から見える空は青かった。和希の暗い心を笑うように青く、日の光は柔らかく部屋の中に差し込んで、和希はますます憂欝になった。
 昨日ケイタを傷つけた事が気になって、和希はあまり眠れなかった。
 そもそも日本に帰ってからというもの、満足な睡眠などとってはいなかった。
 仕事をしていない今、体は全く疲れていないというのに、心は疲労しきっていた。ベッドに入っても眠りはすぐには訪れず、酒の力を借りて、やっとの思いで眠りについてもすぐに悪夢で目覚めてしまう。
「はあ。」
 朝目が覚めてから、もう何本目かも分からない煙草をもみ消し、新しいものに火をつける。
 昨日ケイタが帰ってから、父親に電話を掛けた。
 日本に帰り、父親の命令通り働くのを条件に、しばらく休暇を取りたいと提案し、了承が得られぬまま電話を切った。
 ケイタに逢いたい。休みを希望する理由はそれだけだった。
 昼間なら、毎日でも逢えるのだ。たとえケイタがそれを嫌がったとしても、それでも逢えるのだ。雇い主の許可は出ているのだから、堂々と和希は権利を主張できる。
 俺は嫌な男だ。最低の行為だ。嫌がる相手の時間を買おうなんて‥金でなんでも思うままにしようなんて、反吐が出る。−−−そう思いながら、朝一番で本庄の口座に金を振込むよう、秘書に指示する自分の愚かさを、和希は笑った。
 軽蔑されてもいい。それでもいいからケイタに逢いたかった。
「莫迦だな‥俺は。あの子は啓太じゃないのに。」
 なのに気持ちを止められない。ケイタに気持ちが傾いていく。傷つけたと分かっているのに、たとえ嫌だと言われても、逢いたいのだ。
 啓太ではないと分かっているのに、なのに魅かれてしまう。
 和希の名を呼ぶ甘い声、幼い顔で、快楽に耐える姿は妖艶で淫靡すぎる程だった。
 啓太ではないのに、誰より大切だった、愛しいあの子では無いというのに、和希の心は一晩中ケイタを求めた。

※※※※※※※※※※

最近お腹がすきません。胃の調子が激悪です。とほほ。



                    ◆         ◇          ◆



2006/04/09(日) 約束〜もう一度あの場所で〜‥29

「‥様。和希様?」
「え?‥うわっ!」
 不意に名前を呼ばれ、和希は咥えていた煙草を膝に落としかけ、慌てて立ち上がった。
「和希様。っ!!」
「岡田!大丈夫か?」
「だ、大丈夫‥です。」
 引きつった笑顔を浮かべ、岡田は手の中の煙草を、灰皿でもみ消した。
「驚かせてしまいまして申し訳ありませんでした。」
 深々と頭を下げる岡田を呆れたように見つめながら、和希は椅子に座りなおし足を組んだ。
「謝る前に、手のひらを見せてごらん?お前、火のついた煙草の温度を知らないの?」
 口から落ちた煙草を、とっさに手で受けとめるなんて‥何を考えているんだ。−−−半分非難を込めた和希の口振りに、岡田は恐縮して後ずさった。
「申し訳ありません。」
「怒っているんじゃないよ。そこまでしてくれなくていいと言ってるだけ。
咥え煙草でちょっと火傷したからって、お前を責めたりしない。」
 忠義なのは結構だけどね?限度があるだろう。−−−仕方なく笑いながら、和希は岡田の手を引き寄せる。手のひらの皮が赤く水脹れになっていた。
「ほら、酷い火傷になってる。すぐに医務室に行って手当てしてきなさい。痛むだろう?」
「いいえ、大丈夫です。
それに不用意に声を掛けて驚かせてしまった私が悪いんです。万が一、和希様のお洋服を焦がしたり、御脚に火傷をさせてしまったら‥私は‥。」
「ったく。石塚もそうだったけど、お前も頑固だね。」
「え?‥‥っ‥石塚さん‥ですか?」
 岡田の表情の変化に気付かず、和希は言葉を続けた。
「そ、あいつはね、ほら生真面目っていうか、仕事莫迦っていうか‥冗談すら通じないんだよ。学生の頃、結構それで苦労したなあ。」

 懐かしそうに石塚の思い出を語る和希の顔を、岡田は無言で見つめていた。
「石塚はさ、お爺様が俺の護衛がわりに付けた男だろ?どこに行くにも付属品みたいに付いて回ってさ。お陰で俺は、羽目を外して遊ぶなんてしたことなかったんだぞ。」
 石塚の父親が、和希の祖父の秘書をやっていた関係で、石塚は幼い頃から、和希を補佐する為の教育をたたき込まれた。和希が中学生になった頃、石塚は和希の身の回りの世話を一手に引き受けるようになり、和希が働きだすと当然の様に秘書となり、常に傍に居た。
 そして、啓太の一件で命を落とすまで、和希の為だけに生きていた。
「いつも一緒に過ごしていたんですね。」
「あいつが勝手に付いてきたんだって。ずっ−と居るんだ。」
 大学を卒業して鈴菱の秘書室勤務となり、和希付きとなった岡田と、人生の半分以上を共に過ごしてきた石塚とでは何もかもが違っていた。
 石塚と共に働いたのは数年だったが、岡田はその事を痛感していた。
 和希は岡田を私用で使うことは無くとも、石塚には当然のように言い付けていた。石塚は、誰よりも和希を大切にしていたし、和希は石塚を信用して頼っていた。そして周りの人間は、和希の後ろには、石塚が居て当たり前だと認知していた。
「あいつが生きていたらって今でも思うよ。」
「そうですね。」
 和希の言葉に岡田は、握り拳を作り耐えた。力を少し入れただけで、火傷はヒリヒリと痛んだが、心の痛みに比べたらなんでもなかった。
「岡田?」
「私も思います。石塚さんがいてくれたら、どんなに心強いだろうって。」
 作り笑顔でそう言いながら、心の中で毒づいた。
 石塚が亡くなって、和希の前から姿を消したのは5年も前だというのに、なのに今だに岡田は石塚に適わなかった。
 和希の影のようにいつも傍に居た男を、人々はよく覚えていて、親子二代で鈴菱に遣えたせいもあり、今和希の傍にいるのは石塚では無く岡田だというのに、人々は優秀だった、亡き秘書を誉め不在を嘆いた。
 どんなに努力しても岡田は石塚に勝てなかった。比較され続けた。
 亡霊のように石塚は岡田の周囲にいつも居て、岡田の未熟さを笑っているのだった。
「岡田?‥提案なんだけど。」
「はい。」
「しばらく俺は仕事をしないでのんびりする事に決めたんだ。」
「のんびり?」 
「そう。だからお前も暫らく自由にしていてもいいよ。」
 和希の言葉は、鋭い刺のように岡田の心に突き刺さった。
「自由?」
「そうだよ。自由、休暇だよ。お前もずっと俺の我儘に付き合って疲れたろう?だから‥。」
 だから、なんだと言うのだろう?傍に居るのは邪魔だと言うのだろうか?−−和希の話を遮り、岡田は声をあげた。堪えることなど出来はしなかった。
「いいえ!」
 知らず拳に力が入っていた。水疱を爪先が傷つけ、体液が滲んでぬるぬるして気持ち悪かった。
 もう痛みは感じなくなっていた。心に刺さった刺がジュクジュクと痛んで、火傷の痛みなど気にならなくなっていた。
「休みなどいりません。私は和希様の秘書です。和希様が如何なる時も不自由な事が無い様にするために私は有るのです。ですから、ですから‥。」
「‥ふう、わかったよ。折角久しぶりの日本なんだし、お前だってやりたい事も行きたいところもあるだろうと思ったのに。いいの?あとでやっぱり休みが欲しいなんて言ってもやらないよ?」
「はい。」
「わかった。もう言わないよ。それより火傷の手当てを早くしておいで。」
「はい、和希様。」
 暗い目をして岡田は頷いた。ぽたりと落ちた赤い雫が絨毯に染みを作ったことにも気付かずに、岡田は和希の前から足早に逃げ出した。


9、ケーキと花束


 車を途中で降りて和希は散々悩んだ挙げ句、両手一杯のピンク色のバラの花を買い、御苑のビルへと歩いた。
 最初に目についた、季節はずれの向日葵は、啓太の好きな花だったのを思い出し、選ぶのを止めた。
 長身の若い男が、大きな花束を無造作に持ち歩く姿は、都会の街だろうと目立つらしく、道行く人の視線を感じながら、和希は黙々と歩いていた。

※※※※※※※※※※

中嶋さんや和希さんが花束持って歩いたら目立つでしょうね。




                    ◆         ◇          ◆



2006/04/10(月) 約束〜もう一度あの場所で〜‥30

 ケイタに逢ったら何を話そう。昨日の事を詫びてそれから‥。−−−眉間に皺を寄せ考えながら、和希はビルのインターフォンを鳴らした。
『はい。』
「鈴菱です。あの‥。」
『‥ああ、聞いてる。今そこ開けるから上がってきていいぜ。』
 歓迎されないのは分かっていたから覚悟はしていた。だが、インターフォン越しの丹羽の冷たい声は、覚悟をしていても嫌なもので、和希は肩を落としエレベータに乗り込むと、ゆっくりと昇るエレベータの中で、なんとか平静な顔を作る。
 昨日の様に、ケイタを怯えさせるのだけは嫌だった。
 和希の視線を避けるように、逃げるように部屋を出ていった。ケイタのその一連の行動を、和希は自分のせいだと誤解していた。
「謝ってすむならいいけど。」
 エレベータを降りて、先日通された事務所のドアのベルを鳴らすと、不機嫌そうな顔で丹羽が出迎えた。
「こんにちは。」
「ああ。入ってくれ。」
「おじゃまします。」
 先日と同じ場所に座り、隣に花束を置く。
 ケイタはまだ来ていなかった。
 どういう繋がりなのか、和希には分からなかったが、本庄が「ケイタと逢う場所」として指定してきたのは、丹羽の事務所だった。
 学生時代の丹羽や中嶋の思考と行動と、本庄はどうやっても共通項が無いように和希には見えた。
 電話で話すのみだったが、本庄からは嫌な気配がするのだ。憎しみに凝り固まったような。暗い気配。
 丹羽や中嶋が、たとえ仕事だとしても付き合う相手とはとても思えなかった。
「それは、ケイタにか?」
「ええ。気の効いたものが浮かばなくて。こういうの好きかどうか分からなかったけど。」
 変だったろうか‥と下を向く和希に、丹羽はやっと少しだけ表情を和らげ首を振った。
「花は好きだぜ。名前は詳しくねえけどな。好きなものっていうなら、甘いものだな。ケーキとかいつも幸せそうに食ってるし。あとは苺かなあ?」
「え?」
 丹羽のその答えに和希は首を傾げた。
 なぜそんなに、ケイタの事を良く知ったような口調で話すんだろう?−−−和希のその疑問は、丹羽にも通じたらしく、嫌な事を話すように、丹羽は顔をしかめ、声を低くして和希に告げた。
「お前がケイタに一度逢えば気が済むだろうと、そう思って黙っていたんだが、ケイタはここに住んでいるんだよ。俺たちと一緒に。」
「え?」
「あいつは、事情があって俺たちが預かってるんだ。」
「‥事情‥。」
「詳しい詮索は無しだ。ケイタの生まれも何も詮索しねえ。逢うときは必ず俺か中嶋と一緒。外で逢うのも禁止。それが本庄の出した条件だ。」
「わかりました。」
「それから、こっちは俺達からの条件。来るのは午後、逢う時間は1時間〜2時間。それ以上は駄目だ。」
「わかり‥ました。」
 頷きながら、ここに住んでいて、なぜケイタはあんな仕事をしているのだろう?という疑問を和希は感じた。
「それから、もう一つ。」
「なんですか?」
「ケイタを怯えさせるな。いいな?」
「え?」
「‥ケイタを呼んでくる。」
 奥のドアを開け、消えた丹羽の背中を、和希は茫然と見つめていた。

××××××

 怯えた顔をしている‥と和希は思った。
 丹羽と(仕事場を抜け出してきたらしい白衣姿の)中嶋とに連れられてきたケイタは、一度も和希と目を合わせようとはしなかった。
 中嶋の横にぴったりと寄り添って座り、着ている白衣の、右肘のあたりを握ったまま離さない。そして和希に決して視線を合わせようとしない。
「あのね?ケイタ。」
 何故ここに来てしまったのだろう?後悔しながら、和希はケイタと何か話そうと必死だった。
 後悔していた。
 何も考えず、ケイタに逢える、それだけの為に和希は来てしまった。なのに、
「は、はい。」
 逢いたかったその人は、和希に名前を呼ばれただけで震えているのだ。怯えて震えている。
「あのね、その‥。」
 正直何を話していいのか分からなかった。
 謝ろうと思っていた。昨日、脅すように命令して本庄に電話を掛けさせてしまったこと。それを兎に角謝って、機嫌を直してもらおう。そう思っていた。
 けれど、昨日の事が原因でこんなにも怯えているとは思っていなかったのだ。
「ケイタ?」
 そんなに恐い思いをさせてしまったのだろうか。−−−思いながら和希はケイタの名前を呼んだ。
「‥‥中嶋さん。」
 和希に名前を呼ばれ、ケイタは不安そうに中嶋の顔を見上げた。ぎゅっと袖を握りしめながら。泣きそうに見つめていた。
「服が皺になるだろう?」
 中嶋は、苦笑いしながら指をほどき、ケイタの腰を引き寄せた。
「あ。」
 一瞬和希の顔を見てケイタは狼狽えてしまう。
「あの‥中嶋さん。」
「ギャラリーなんぞ気にする必要はない。」
 和希が見たこともないような、優しげな瞳で中嶋はケイタを見つめ髪を撫でた。
「でもぉ。」
 中嶋の指の動きに甘えるような声を出すケイタに、和希の心は冷えた。
「ケイタ。あのね‥。」
「は、はい。」
 自分に視線を向けたくて、どうしても視線を向けたくて、和希はケイタの名前を呼ぶ。なのに返ってくるのは不安そうな返事だけだった。
 中嶋の腕の中で、不安そうに怯えた顔で自分を見つめる視線に、和希は焦れた。
「鈴菱?お前少しは大人になったほうがいいんじゃないのか?」
 そんな和希とケイタの様子に、意外にも中嶋が助け船をだそうとしていた。
 わざとらしく深いため息を付きながら、腕の中にケイタを守り、和希に口の端を上げただけの笑顔をみせる。
「それはどういうことですか?」
「別に言葉通りの意味だ。‥ケイタ?」
「はい‥あの‥。」
「あいつの顔が恐いのは地だ。気にするだけ損だぞ。お前が悪いわけじゃない。」
 中嶋の発言に、和希が怒りに震えていると、丹羽は困ったように笑いながら、3人を傍観していた。

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とうとう連載も30回、長すぎだ‥(T_T)

いつも読んで下さってありがとうございます。





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いずみんから一言

「へへへ(^-^) - みのり 2006/07/23(Sun) 17:41

 昨日、お見舞いに可愛い向日葵の花をもらいました。
 夏の花の代表ですね。
 ひまわりを見ると啓太くんを思い出します。」

和希が向日葵を買おうとしてやめるところ。
これを書いたときには、まさか自分が入院してお見舞いにその花をもらうことになるなんて、思いもしていなかったことだろう。
それを思うと胸が痛くてたまらない。

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