約束〜もう一度あの場所で〜(43〜48)



2006/04/23(日) 約束〜もう一度あの場所で〜‥43

「それが?」
「久我沼は、どうも副理事の時代からある組織と手を組んでいたらしいんだ。
さっき職員を奪ったと言ったが、実際のところは本人の意志で久我沼に付いて行った可能性があるんだ。」
「本人の意志?」
「そうだ、研究所の中でも変わり種とうか、狂信的というか‥そう云うタイプの人間で、平和な研究を喜んでしていた訳ではないらしい。」
 鈴菱の研究所では出来なかった研究が出来る。研究員達は、その為に久我沼と共に姿を消した可能性があった。
「拉致ではないということか?」
「ああ。拉致されたにしては、身辺整理でもしたかのように色々整えられすぎていたそうなんだ。おまけに、奪われたそれぞれのウイルスの研究者。出来すぎだろ?ちなみに連れていかれた奴はこの3人、これはそれぞれの資料だ。」
 丹羽は、写真と簡単な経歴等が印された資料を封筒から取出し、中嶋の前に広げた。
「‥‥ふうん?」
「久我沼はこいつらを土産に、組織の幹部に抜擢された。そして事件直後からの約2年間、中国に居たことまでは調べが付いてる。ただその後のはっきり足取りが掴めねえ。」
「なぜ?」
「オヤジの部下が、その組織に潜入捜査員として潜り込んでいたんだ。2年間中国に居て、その頃は、李我王と名乗っていたらしい。中国籍も存在していた。」
「‥ふん‥そんなもの、偽造しようとすれば幾らだって作れるんだろ?」
「まあな。」
「それで?なぜ消息がつかめない?」
 中嶋は、新たにボトルの封を開け互いのグラスに注ぐと、ゴトンッと音をたてテーブルにボトルを置いた。
「‥ヒデ中国語読めたっけ?」
「簡単なものならな。」
「読めるか?これ。新聞のコピーだ。」
 中嶋が険しい顔で記事を読み始めると、丹羽は苦いものを飲み込むようにバーボンをゴクリと飲み下す。
「‥‥バスの転落事故?‥死亡者‥李我王‥‥死亡?」
「そう、その後に日本人名があるだろ?それが捜査員だった男だ。勿論偽名だけどよ。」
「なんだと?それじゃあ‥。」
「これで久我沼が本当に死んだとは思えねえ。バスは完全な事故だったらしいが、捜査員の素性がばれて消された可能性がある。」
 バスの乗員乗客すべて死亡。この記事が本当なら、捜査員を殺すためだけに関係の無い人間を多数巻き込んだ事になる。
「‥。」
「その後、別の人間が潜入捜査を始めたんだが、久我沼のはっきりした情報は掴め無かった。」
「‥‥まったく分からないのか?」
「まだはっきり裏が取れた訳じゃないんだが、目撃情報がある。」
「なんだと?」
「‥久我沼は今日本にいるかもしれない。」
「かも?」
「ああ、別件で捜査していた方の情報なんだ、久我沼らしい人物‥というだけで確証はねえ。」
「‥別件‥。」
「ああ。なにせこの事件は一応事故となってるからな、目立った捜査が出来ねえらしいんだ。おまけに久我沼の脅しのせいで、鈴菱からは圧力がかかっていたからさ、だからおやじの奴、和希にも上にもずっと内緒で調べていたらしいんだよ。」
 竜也とその直属の部下達は、特殊任務として上層部にも内密に動く事の出来る権限があった。それを利用し竜也は久我沼を追い続けていた。
 事件として捜査する事が出来ない。久我沼を犯人と知りながら、追い詰めることが出来なかった。その事実だけが竜也を動かしていた。
「そうか‥‥。」
「どうした?」
「‥この家族は、この状態では遺体は‥。」
「吹き飛んで、殆どなにも残っちゃいねえ。辛うじて残った骨の欠片が数片。」
「そうか‥そうだろうな。‥何の関係もない人間をこんな‥ただの逆恨み‥鈴菱を苦しめるためだけに‥。」
「ヒデ?」
「‥俺達が殺したようなものだな‥。」
「ヒデそれは‥。」
「違うと言い切れるか?
あの時俺達は、ゲームのように久我沼を追い詰めることに夢中になった。
学園の為なんてつもりさえなく、ただの暇つぶしのひとつとして、証拠集めに奔走して、あいつを追い詰めた。」
 依頼したのは和希だった。『久我沼が副理事長の地位を利用し悪事を働いている、その証拠を掴んでほしい。』その依頼を受け、優秀な捜査員と化した二人は久我沼に悪事の証拠を突き付け、結果久我沼は学園から姿を消した。
 久我沼の悪事を表沙汰にせず、それだけの処罰としたのは、鈴菱と学園の体面を考えてと云うよりは和希の優しさからだった。
 久我沼とそれに携わった人間への恩赦。それが裏目に出たのだ。
「ヒデ。だけどそれは。」
「‥‥俺達は理事長の、鈴菱の依頼を引き受けただけにすぎない。けれど、その為にこの家族は死んだんだ。」
「‥それは‥そうだけどよ。」
 同じような苦しみを5年前、和希は味わった。そしてその苦しみから逃げるように日本から飛び出したのだ。
 それを竜也はただ見送ることしか出来なかった。第二第三の事件を起こさない為に、目を瞑って何も無かった事にするしか出来なかったのだ。
 それは今の二人も同じだった。
 事件を知らず過ごしていた。事件の発端は自分達の行動にあったというのに、その為に何の関係も無い人間が何人も命を落としていたというのに、なにも知らずに、久我沼という男の存在さえ忘れて生きていた。
「なにも出来はしない。そんな事はわかっている。
ただ、罪だと自覚しただけだ。それだけだ。」
 無表情に言い放つ中嶋を、遣り切れない思いで丹羽は見つめた。
 悔やんでも意味は無い。取り返しのつかない結果。 あの時和希の依頼を受けなければ‥そんな事を考えても仕方がなかった。悔やんでも何も出来はしない、捜査権限すらない自分達には何も出来はしない。
 竜也の話を聞きながら、丹羽はそう自分に言い聞かせていた。
 けれど、同じ言葉を中嶋に言い聞かせることは出来なかった。
「‥あのさ、ヒデ?」
 話さなければ良かった‥と悔やみながら、それでも何か言わなければと丹羽は言葉を探した。



                    ◆          ◇          ◆



2006/05/02(火) 約束〜もう一度あの場所で〜‥44

「なんだ。」
 けれど中嶋の瞳の暗さに、丹羽は躊躇し黙って立ち上がると、ドスンと中嶋の隣に腰を下ろした。
「なんだ?」
「別に?いいだろ?たまには、この話は終わりだ。」
 話さなければならない事は他にもあった。
 和希が、亡くなった啓太をどれだけ大切に思っていたか‥とか、久我沼の脅しに屈しる事がどれだけ不本意だったか‥とか。
「たまには俺に優しくしてもいいんじゃねえか?ん?ヒデ。」
 和希はケイタを本当に思っている訳じゃない。亡くなった啓太の代わりとしか思っていない。
 それが丹羽の結論だった。けれどその事を中嶋に話す訳にはいかない。
 遣り切れない想いを隠すように、丹羽は中嶋を誘った。
「俺だってたまには、お前と楽しみたいって思ってるんだぜ?」
 にわりと笑うと中嶋は、やれやれと云った風にグラスの中身を干して、丹羽を見つめた。
「どうしたいんだ?」
 丹羽の座興に付き合う事にしたのか、中嶋は口の端をあげて笑い、丹羽の頬に冷たい指先を這わせ始める。
「さあな、お前次第かな?」
 にやりと笑いながら、丹羽は竜也の顔を記憶から消すのに必死だった。
『なあ?哲也、俺はな坊っちゃんに、和希さんに幸せになってほしいんだ。あんな作り笑顔じゃなく、本心から笑える人になって欲しい。
坊っちゃんが昔、小さな啓太に逢った時あの人は本当に幸せそうだった。
 障害の多い出会いだとは思ったさ、同性でかなり年も離れてる。だけどな、俺はそれでもその思いを応援したかったんだよ。
 何も欲しがらず、ただ自分の義務だけを当たり前の様にこなしていた坊っちゃんが唯一欲しがった、大切だと思った人だから、俺はその思いを実らせたいと思っていたんだ。
けれど、今回は違う。
ケイタはいい子だ。それは俺も知ってる。だけど、あの子じゃない。
 これが普通の恋愛なら、俺は止めない。応援もするさ。けどな?身代わりとしての思いがいつまで続く?
その為に仕事もなにもかも放り投げて、金を注ぎ込んでのめり込む事が幸せなのか?俺にはそんな気持ちは理解できねえよ。』
 苦しそうに竜也は丹羽に言葉を吐いた。
 いつだつて余裕の顔で、丹羽を翻弄し、強気の笑顔で先を歩いていた父親が、苦しそうに心の中をみせた。
 力が足りなかった。目の前にいて、笑っている犯人を捕まえる事も出来ず、事件を事故として処理することしか出来なかった。
 そしてその為に和希を苦しめることになった。
 その為に和希は啓太を忘れられないのだとそう竜也は思っていた。
「でも。お前もいいかげん年だしな。ケイタを抱いた後じゃ無理だよな?」
 非難するように中嶋を煽る事しか丹羽には出来なかった。
「ほお?俺を年寄り扱いするのか?良い度胸だな?」
 プライドを刺激され、中嶋の瞳が光りだす。
「ふふん?図星じゃねえのか?」
 中嶋を煽りながら、丹羽は竜也の言葉を忘れようと必死だった。
『なあ、二人を引き離しちゃくれねえか?
 影を追うことしか出来ねえなら、それは不幸だ。和希さんにも、ケイタにも不幸でしかねえ。
 いいや、たとえ相愛だとしても、大企業の後継ぎと男娼じゃ先が見えてる。
 そんなの不幸だろ?なあ、哲也。だから傷が浅えうちに、ふたりを、和希さんを諦めさせてくれねえか?
 ‥‥なあ、どっちに転んでも、行く先は泥沼の不幸。こんな出会いを一体誰が仕組んだっていうんだ?
神様って奴に慈悲はないのかよ。
 俺は神様を信じちゃいねえが、今度ばかりは運命って奴を呪うぜ。
 なんで俺はこんなに無力なんだ?なあ、哲也。
 俺はなんて無力なんだろうな‥。』
 竜也の言葉が、苦悩の顔が頭から離れない。
「言うようになったな?哲ちゃん。」
「言うさ、こんなふうに言えるのは俺だけの権利だからな。」
 余裕の振りで、笑うしかなかった。
 ケイタを愛しいと思えば思うほど、その体を抱くことは苦痛なのだ。
 中嶋にしろ、丹羽にしろ、所詮強い雄でしかないのだ。
 だから求めるということは、欲に支配されての行為でしかない。
 けれどケイタを抱くときその欲は姿を消す。
 ケイタを抱くのは、ケイタの心を癒すため、それだけなのだ。
 欲望のままケイタを抱いたりはしない。
 愛しいと思う気持ちも理解しない、好きという気持ちも、愛情も何も知らないまま、恐怖とともに肉欲だけを教えられた幼い体、その心を癒すためだけにケイタを抱く。
 ケイタを買う他の男たちと同じように、肉欲に溺れて行えば、ケイタの心は壊れてしまうだろう。
 だから意識して、細心の注意を払ってその体を抱くのだ。
 この場所は恐くないのだと、ケイタを守るための場所なのだと理解させる為だけにその行為を繰り返すのだ。
 それは母親が赤ん坊を抱き締め、乳房を与える事に似ている‥そう丹羽は感じていた。
「権利を主張するのか?図々しい男だな。」
 クククと喉の奥で笑いながら、噛み付くようなキスで中嶋は丹羽を挑発する。
「図々しい?当然の権利だ‥‥ん。」
 強気でいいながら、中嶋の唇を受ける。
 優しさの欠けらも無い行為。
 馴れ親しんだ煙草と酒の匂いに丹羽は酔いながら、挑戦的に中嶋の行為を受ける。
 与えられるのとは違う、奪い合うような口付け。
 医者となり中嶋の本来の性格は姿を変えたように見えた。
 ケイタと出会い、本当は優しい男だったのか?と驚くほど、生活のすべてが変わった。
「こんなんじゃわかんねえな。ヒデ。俺を満足させてみろよ。」
 その優しさが心地いいなんて、丹羽は認めたくはなかった。
「その言葉、後で悔やんでも遅いぞ。」
「するか、ば−か。」
 だから暗い瞳など見たくは無いのだ。認めたくないのだお互いの弱さを。
「莫迦はお前だ。哲也。」

※※※※※※※※※※

連載再開しました。
中丹羽要素入れようとして挫折してます。とほほ



                    ◆         ◇          ◆



2006/05/03(水) 約束〜もう一度あの場所で〜‥45

 中嶋の言葉に心地よく酔いながら、丹羽は竜也の言葉を心の中で思い出していた。
『神様って奴は、人が抱えきれねえ試練は与えないって言うらしいじゃねえか。哲也?
 そうだとしたら、これは乗り越えられる試練だって言うのか?
 自分の力が足りねえと地団駄踏んで、遣り切れねえ想いを歯を食い縛って耐えて、そうして暗い気持ちのまま生きていくのが試練なのか?
 この世は闇だと思いながら、なんの救いも見いだせねえまま生きていく。それが神様ってぇ偉い奴が与える試練なのか?なあ哲也。
 坊っちゃんが何をしたっていうんだ。あの人はただひたすらに正しいと思う道を歩いてきただけなんだ。
 なにも望まず。同じ年の子供が当たり前に過ごす日常からも隔離されて、生きてきた。
 小さな啓太は、たった一つの坊っちゃんの夢だった。希望だったんだ、それなのに‥それなのに久我沼は奪ったんだよ。ささやかな幸せを、あの人から奪ったんだ。
 だから、許せねえんだよ、俺は‥あいつだけは許せねえんだよ。』
 暗い瞳で竜也は遠くを見ていた。
 和希と共に、ずっと竜也も苦しんできたのだと丹羽はその時感じていた。

12、回る歯車

「‥‥和希‥さん?」
 ドアを開けると不安そうな目をしてケイタが立っていた。
「いらっしゃい。ケイタ。」
 抱き締めたい気持ちを堪え、和希は微笑んでケイタを迎え入れ、ソファーをすすめた。
 二回目の逢瀬。
 ぎこちなく微笑む和希の顔を見つめながら、ケイタは本庄へ連絡をすると深く息をついた。
「昨日はごめんねケイタ。」
「え?」
 携帯電話をポケットに仕舞ながら、ケイタは小首を傾げて和希を見つめる。
「昨日、連絡もしないで‥ごめんね。」
 大きな瞳がいつもとは違い、自分だけを見つめる事が嬉しくて、和希はケイタの隣に座り、細い指先を握る、なのに。
「気にしないで下さい。和希さんの都合に俺は合わせるだけですから。
連絡とかそんなこと気にしないでください。」
 ケイタはあっさりとそう言って笑うから、和希は逢えることが嬉しいのは自分だけなのだと少し悲しくなってしまう。
「和希さんて忙しいんでしょ?王様が言ってましたょ。
だから、毎日なんて‥。
え‥‥和希さ‥ん?」
「迷惑なのかな?毎日行くのは迷惑?」
 知らず指先に力が入り、和希の表情は険しくなっていた。
「もし迷惑ならそう言ってくれないか?ケイタ。」
 愚かだと思いながら、和希は衝動を抑えられなかった。
「い、痛い‥和希さん‥。」
「迷惑なのかな?俺が毎日ケイタに逢いたいと思うのは‥どうなんだい?」
 ぎゅっと指先を握られ、ケイタが痛みに顔を歪めていることにも気付かぬまま、和希は言葉を続けた。
「いたっ‥和希さん痛いっ!手を離してください。」
「迷惑なのか?ねえ、ケイタ‥俺の気持ちは‥迷惑でしかない?」
「そんな事言ってません‥ただ‥和希さんが大変じゃないのかなって‥それだけ‥。」
「本当に?」
「はい‥だから離して‥。」
「え?‥あ!ごめん。い、痛かった?ごめん、俺‥。」
 泣きそうなケイタの顔に気が付いて、和希は慌てて手を離すと、髪をかきあげ煙草に火を点け、「ごめん‥」ともごもご口の中で言いながら、無意識に煙草をもみ消した。
「和希さん?煙草吸わないの?」
「え?あ‥俺‥なにやってるんだ?
あの‥え−と‥ごめん‥またケイタを怯えさせたのかと思ったら、動揺して‥なにやってるんだろ、俺格好悪いね。」
 顔を赤くし、和希は指先でライターをくるくると弄びながら、ため息をついた。
 俺はケイタの客でしかない、ケイタの気持ちが俺に無いことくらい理解している筈なのに、あの家に歓迎されている訳では無いと分かっているのに、それを認めたくないなんて、恥知らずもいいとこだ。−−−自己嫌悪に陥りながら、和希はライターを弄ぶ。
「ごめんね‥その少し情緒不安定なんだ。昨日から。」
 うまい言い訳の言葉が見つからず、和希は苦笑いを浮かべケイタに告白した。
「情緒不安定?」
「そう、だから‥ちょっと‥元気がないというか‥色々過敏になっちゃうと言うか‥。」
 いい大人が、そんなことで八つ当りしたのかと思うだろう、でも怯えられるよりはその方がいい。ケイタに怯えらた瞳を向けられるよりは、呆れられた方がマシだ。あまり前向きでは無いことを考えながら、和希は煙草に火を点け、今度はゆっくりとその煙を吸い込んだ。
 心が揺れているのは本当の事だった。
 昨日、和希は眠れず夜を明かした。いくらアルコールを流し込んでも、やすらかな眠りは訪れてはくれず、暗い気持ちのまま朝を迎えたのだ。そして寝不足のまま昼の時間を過ごしケイタを出迎えたのだ。
「辛い‥んですか?」
 和希の言葉に、ケイタは小さな声で問い掛けた。
「‥辛い?そうだね、辛いのとは違うのかもしれない。‥なんだろうね。」
「悲しいことがあったの?」
「そうだね‥それとも違う。昨日ね、亡くなった友達に逢ったんだ。」
 ケイタに話したら、少しは気持ちが楽になるだろうか?そしたら眠る事が出来るだろうか。−−−ケイタを見つめながら、和希はぎゅっと拳を握る。話すことすら苦痛だった。
「え?」
「ケイタ?抱き締めてもいい?俺が恐い?」
 その言葉に和希の顔を見つめ、ケイタはゆっくりと首を横に振った。
「ありが‥え?」
 無理矢理に笑顔を作り、ケイタの肩を抱こうとして、和希の動きが止まった。
「‥和希さん悲しそうな顔してるから、俺なにも出来ないけど、抱き締めることは出来ますよ?」
 細い腕でケイタは和希を抱き締めていた。
 優しく抱き締め、子供をあやすように背中をぽんぽんと叩く。
 優しく繰り返す振動に、和希は耐え切れず目蓋を伏せた。





                    ◆         ◇          ◆



2006/05/04(木) 約束〜もう一度あの場所で〜‥46

「和希‥さん?大丈夫?」
「うん‥少しこうしていてもいいかな?」
「はい。」
 気遣うようなケイタの声に、和希は目を閉じたまま聞いた。他人の温度が気持ちいい‥人というのは温かいものなのだと、和希は今更ながら感じていた。
「ねえ、ケイタ君は昔に帰りたいって思った事ある?」
「昔?」
「そう、時計の針を右にくるくると回して時を遡ったら‥昔に、あの頃に帰れるんじゃないかなぁって‥そんな事思った事‥ない?」
 ケイタの心臓の音が聞こえてきそうだ‥目を閉じて抱かれるという行為は、なんて静かなのだろう。
 このままこうして眠ってしまいたい。ケイタの傍ならきっと悪夢は見ないだろう。−−−ぼんやりと思いながら、和希は小さな声で話を続けた。
「昔に戻りたい‥そう思ったことない?」
「昔‥‥う−ん‥分かりません。そんなこと‥考えたことなかった。へへへ。俺ねあんまり難しいこと考え付く頭じゃないんです。」
 本心からか、違うのか、そう言いながらケイタはへへへと笑った。
「そうか。俺はね、もしもあの時に戻れるなら‥そう思ったことが何度もあるんだ。
くるくると針を右に回して、時間を遡ることが出来たならどんなにいいだろう‥て。」
 戻れるものなら戻りたかった。あの頃に戻りたい、和希は何度思った事だろう。
 和希は何度も何度も思ったのだ。いるはずの無い神にさえ祈った。もしも叶うのなら、どうかあの子が生きている時まで時間を戻して下さい。
 そうしたら、決してあの子を見殺しにしたりはしない。啓太の事も石塚の事も守ってみせる。自分の命も、なにもかも投げ捨ててでも守ってみせる。
 必ず、必ず守ってみせる。だから、神様。どうか時を戻して、あの頃に戻して。
 何度も祈った。悪夢に魘され夜中に目を覚ますたびに、一人きりのベッドで、啓太はもうこの世には居ないのだと思うたび、和希は自分の罪を自覚し神に懺悔し、そして祈った。
 けれど祈りが叶えられる訳は無かった。
「和希さん?」
「俺のせいであの子は死んだんだ。友達も‥俺のせいで死んだ。」
「え?」
 死、その言葉にケイタは一瞬体を固くした。
「昨日、逢ったんだ。友達に‥夢かと思ったけど、髪型も服装も違ったけど俺にはすぐに分かった。」
 ケイタに逢いに行く途中。和希は石塚そっくりの男を見たのだ。
 石塚そっくりの男が和希を見つめ立っていて、和希がその存在に気が付くと、きびすを返し去っていったのだ。
『石塚っ!!』
 和希は叫びながら、繰り返し名前を呼びながら、後を追い掛けた。
『石塚、待ってくれ!!石塚!!』
 何度読んでもその男は振り替える事もなく、和希は全力で走っているというのに、その距離は縮まらなかった。
 やがて人込みに邪魔され、和希は石塚を見失ってしまった。
『どうして‥石塚‥どうして‥。』
 新宿の雑踏の中、石塚の消えた街に和希は一人立ち尽くしていた。
 母親とはぐれてしまった子供が、泣きながら『ママ』と繰り返す様に、和希は『石塚』と名前を繰り返しながら、ただ立ち尽くしていた。
「あれは確かにあいつだった。夢でも幻でも無い‥なのに、なのにあいつは俺を置いて行ってしまったんだ。」
 追い掛けたのに、必死に追い掛けたのに振り向きもせず。幻みたいに消えてしまったのだ。
「人違い‥なんじゃ?」
「そうかもしれない。幻だったのかもしれない。」
 都合の良い白昼夢。現実の筈など無かった。
 5年前のあの時、和希との電話の途中で石塚の声は途絶え、久我沼ははっきりと石塚の死を宣告したのだ。生きている可能性など無かった。
 啓太をあんなにも簡単に殺してしまった久我沼が、石塚を殺さない訳がなかった。
 啓太と共に石塚を殺すことで、和希に確実にダメージを与える事が出来ると、あの時の久我沼は知っていた筈だった。
 和希にとって大切な人間。それが何より重要だったのだ。
 和希は啓太を愛していた。離れて暮らしていたけど、傍に居るいることは出来なかったけど、和希は啓太を愛していた。
 そして、石塚は和希の唯一の友だった。
 ずっと影の様に傍にいて、和希の気持ちを汲み取ってくれる人間。
 石塚は、和希が心を許して付き合うことが出来る唯一の友だった。
 その事を久我沼は理解していたのだ。二人を失う事で和希の心がどれだけ傷つくか、それを理解して実行した。そんな男が、石塚を助ける筈がなかった。 
 それに仮に生きているのだとしたら、石塚が和希に連絡しない訳がない。今まで何の連絡も無しに暮らしている筈がない。
 和希の呼ぶ声を無視して行ってしまうことなど、ある訳がなかった。
「幻なんだ、きっと‥俺が逢いたくて‥ただあいつに逢って謝りたくて‥だから、幻を見たんだ、自分に都合の良い幻を。」
 ケイタと逢うことは楽しかった。中嶋や丹羽の視線は冷たかったし、啓太への後ろめたさもあった。それでもケイタに逢いたかった。
 こんなことは不毛だと自覚しながら、それでも逢いたくなる。『また明日。』そう言って別れてまたすぐに逢いたくなる。声を聞きたくてたまらなくなる。
 これはもう恋なのだと、和希は自覚していた。
 自覚して、そして嫌悪していた。
 自分のせいで啓太と石塚は命を落としたというのに、こんな風に浮かれていていいのだろうか?
 何もなかった様に、新しい恋に浮かれていいのだろうか?
 俺はなんて酷い人間なのだろう。



                    ◆         ◇          ◆



2006/05/05(金) 約束〜もう一度あの場所で〜‥47

「酷い人間なんだ、俺は‥自分だけが幸せになりたいと‥そう思ってる。」
 罪は重くて、重すぎて、一人で耐えていく事が辛すぎた。
「和希さん。」
「‥俺に何か文句を言いたかったのかもしれない‥。恨まれて当然なんだ。
 あ、ごめんねケイタ。変な話して。」
 困ったように眉根を寄せ自分を見つめるケイタに気が付いて、和希は無理矢理笑顔を作った。
「みっともないね、こんなの‥弱すぎて情けなさすぎて‥いい大人が何を言ってるんだか。」
 幽霊だ、幻だと言われてもケイタだって困るだろう。自己嫌悪に陥りながら、和希はケイタに詫びた。
「そんな事ありません。和希さん?情けなくなんかない。」
「ケイタ?」
「辛いことを我慢しないでください。
大人の人だって、悲しいときは悲しいって言って良いんですよ?」
 瞳を潤ませながら、ケイタは和希の背中を優しく撫でる。
「くす、ケイタの方が泣きそうだぞ?」
 突然の和希の告白に動揺しながらも、少しでも励まそうとするケイタの気持ちが嬉しくて、和希はそっとケイタの頬を撫でながら笑った。
 そういえば、啓太もそういう子だった‥あの子は他人の痛みに敏感な優しい子だった。
 ケイタの中に小さな啓太の影を見つける事が、和希の密やかな楽しみとなっていた。
 名前が同じだけの他人。
 それなのに、少しでも似たところを見つけては、こうして喜んでしまう。和希はそんな自分が可笑しかった。
 そんな自分が情けなさ過ぎて、笑い話にするしかなかった。
「‥茶化さないで下さい!も−っ!俺真面目に話してるのに。」
「ごめん。‥でもありがとう。」
 ケイタの気持ちが嬉しかった。
 たとえ名前が違っても、啓太に似たところが一つも無くても、きっと自分はケイタを好きになっていただろう。
 そう思うことは、苦痛で、そして幸福だった。
「ケイタの腕の中は暖かいね。」
 啓太を忘れることが出来るかもしれない。
 この腕が傍らにいつもあるのなら、辛い気持ちを持ったままでも、幸せを感じて生きていけるのかもしれない。
 もしもケイタが自分を思ってくれるなら、俺は‥。−−−和希がそんな幻想を抱く程、ケイタの腕の中は優しくて暖かかった。
「そうかな?俺体温低いんですけど‥。」
 不思議そうに首を傾げ、自分の手を見つめるケイタを笑いながら、和希はケイタの頬に自分の頬を寄せ囁いた。
「‥そうじゃなくて、ねえ、キスしていい?」
 罪を自覚しながら、ケイタに魅かれていく自分を、和希は止めようとはもう思わなくなっていた。
「え?‥あの‥はい。
くすくす。ね、和希さん?」
「ん?」
 笑うケイタを、今度は和希が首を傾げ見つめた。
 なぜ笑われているのか、理由が分からなかった。
「俺その為に来たんですよ?
してください、キス。沢山‥して?」
 無邪気にそう言って、くすくすと笑うケイタの姿を和希は茫然と見つめ、そして必死に冷静を装って頷いた。
「‥そうだね。くすくす‥そうだね。」
 無理矢理にでも笑わなければ、和希は頷けなかった。
「‥和希さん?」
「‥‥そうだよね、ケイタ。
 君は、俺に抱かれる為に来たんだったね。‥‥‥なのに承諾を取ろうとするのは変だよね?」
 それは確認だった。
 和希の立場の確認。ケイタの立場の確認。
 和希はケイタを買った人間で、ケイタはただの商品に過ぎないのだという確認だった。
「はい。」
 違うと言って欲しい、和希に逢いたくて来たのだとそう言って欲しい。けれど和希の望みは果たされる筈もなく、ケイタはコクリと頷いた。
「俺はその為に来たんですよ、和希さん。」
「‥そうだよね、くすくす。‥‥ケイタ?」
 素直に頷かれ、返事を聞かされ、和希はもう笑うことしか出来なかった。
「はい。」
 意識の違いは仕方の無い事なのだ、罪の意識に打ち拉がれる和希を慰める腕がどれだけ優しくても、暖かくても、それはケイタの優しさが、戯れに和希に与えてくれたに過ぎない感情なのだ。だから、ケイタの心がその行動の中に無くとも恨むことは筋違いだ。そう思いながら、和希はさらに自分を追い詰めようとしていた。
「俺に抱かれるのは嫌じゃない?」
 心が無いのなら、いっそはっきりと拒絶して欲しい。けれど、和希のその願いを、無邪気な天使は簡単に打ち砕く。
「‥‥‥和希さん意地悪ですね。」
 拗ねた様な顔で、甘えるような声でケイタは和希を責めた。
「どうして?」
 意識的にやっているのではないのなら、この子の正体は、黒い翼をもった天使だ。希望が無いのなら、期待を持たせないで欲しい。
 半ば呆れながら、和希はケイタを見つめるしかなかった。
「俺がどう答えても、和希さんはきっと怒ると思います。」
 和希の言葉に傷ついた顔をしながら、ケイタは和希を責める。
「嫌なんだ。」
「いいえ。」
 悲しそうに首を横に振り、ケイタは和希の言葉を否定する。
「俺が君に逢いに行くのも、君を抱くことも嫌‥。」
「いいえ。」
「‥‥じゃあ、嬉しい?
 俺に逢えるのも、キスされて、エッチなことされるのも嬉しい?」
 けれど、ケイタはさっきの言葉を否定しながら、逆の質問にも頷かない。
「‥‥。」
「ほら、答えられないだろ?
 嫌、なんだろ?いいんだよ、素直に本心を言ってくれていいんだ。」
 こんな問いは無意味だと、自虐的な行為だと理解しながら、和希は言葉を続けた。
「‥‥嫌じゃありません。」
 嫌じゃない。和希はそんな言葉を聞きたい訳では無かった。
「そんなのは答えじゃない。」
 答えを求める事が間違っているのだ。そう思いはしても和希は答えが欲しかった。
「‥でも‥。」
 けれどケイタは答えない。
 曖昧な言葉だけを呟き、俯くだけだった。



                    ◆         ◇          ◆



2006/05/06(土) 約束〜もう一度あの場所で〜‥48

「嘘を付くのが下手で、よくこの仕事が勤まるね。」
 心にも無い嫌味を口にしながら、和希はため息をついた。
 嘘でも良かったのだ。
 ただ一言「嬉しい」と頷いて欲しかっただけなのだ。それが出来ないのなら、きっぱりと拒絶して欲しかったのだ。
 そうすれば割り切れたのだ。和希の心も割り切る事が出来たのだ。
「‥‥すみません。」
「謝る事じゃないよ。悪いのは俺だ。ケイタに甘えて、変な話して意味の無い答えを求めてる。
悪いのは俺だよ。」
 見当違いな話をしているのは自分の方なのだと、和希はちゃんと自覚していた。
 色街の閨での営みや、伽話に真実や心が無い様に、自分達の行為にも真実は無い。それを理解しながら、それでも心を求めてしまう自分が愚かなのだと、和希も分かっていた。
「和希さん。」
「くすくすくす。時間がもったいないね。
 君の体を愛しむ時間はいくらあっても足りないというのに。
 俺は無駄な事をしたね。」
 ケイタの体を抱き上げ、寝室へと歩きながら、和希は自分の愚かさを笑った。
「和希さん。」
 ベッドにケイタを下ろし横たえて、和希は首筋に顔を埋めた。
 甘い香水の香が和希の鼻腔をくすぐった。
「ごめんね、ケイタ変な事聞いて困らせて。
お詫びに、今度なにかプレゼントさせて‥?
そうだ‥香水とか‥どう?」
 首筋に唇を寄せながら和希は囁く。
 ケイタは仕事の時だけ香水を付けるのだと、なにかの話のついでに聞いてから、ずっとケイタに自分の好みの物をつけて欲しいと思っていたのだ。
 和希が贈った香を身に纏い、ケイタが自分に逢いにくる。
 耳の後ろ、手首、くるぶし。その香は、甘くケイタの体に纏わりついて離れない。自分の知らない誰かに抱かれている時も、香だけは共にあるのだ。
 香を嗅ぐたびにケイタは自分を思い出すだろうか、例え傍にいなくとも思い出すだろうか?
 他の誰かに抱かれているその時でも‥。−−−−−暗いその妄想は、和希の体を熱くした。
「ケイタ。貰ってくれる?」
 和希の囁きに、ケイタは頷いてそして目を閉じた。

××××××


「送っていこうか?」
 身仕度を整えたケイタに、和希はベッドの中から声を掛けた。
「いいえ。大丈夫です。」
 明るく答えるケイタを見つめ、あの二人の元に帰る事はそんなに嬉しいのだろうか?と思いながら、和希は自分を誤魔化すように煙草に火をつけた。
「中嶋さんか王様が迎えに来ているの?」
 過保護な二人の保護者なら、それぐらい遣りそうだ。仏頂面でケイタを甘やかす保護者達の顔を思い浮べながら、和希は紫煙を吐いた。
「いいえ?歩いて帰るんですよ。」
「遠いだろ?」
 ケイタの答えが和希には意外だった。
「いいえ。」
「じゃあ、タクシーでお帰り。」
 その言葉に、ケイタは笑いながら首を横に振る。
「車、苦手なんです。
 大丈夫、一人で帰れますから。歩くのは慣れてますもん。」
「でも‥。」
 当然の様に笑うケイタに和希は戸惑いながら承諾し、ケイタをベッドの中から見送る。
「気にしないで下さい。
それよりも、ちゃんと寝てくださいね?少し顔色悪いですよ?」
「ああ。」
 ケイタの言葉に頷きながら、眠れはしないと口の中で呟いた
「良い夢を。」
「良い夢を。」
 ぱたりとドアが閉まる。
 今まであった暖かさが消え、部屋の温度が急に下がったような錯覚を起こしながら、和希はため息をついて煙草をもみ消した。
 毛布を頭からかぶり、ケイタの香を思い出しながら、無理矢理に目蓋を閉じる。
「割り切って‥客だと割り切って‥それで満足するなんて無理だ。」
 笑顔で帰るケイタの背中を抱き締めて、この部屋に閉じ込めてしまいたい。
 その衝動を押さえる為に、和希はあえてベッドの中からケイタを見送ったのだ。
「無理だよ。割り切ることなんか出来ない。」
 ケイタの温もりの消えたベッドの中で、和希は孤独を噛み締めていた。


××××××


「今夜は風が強いなあ。」
 本庄への連絡を済ませ、人気の無い道を歩きながら、ケイタは空を見上げた。
 新宿の夜はネオンやライトが明るすぎて、星は殆ど見えない。
 月だけが光る空を見上げながら、ケイタは和希を思った。
「‥‥俺、また和希さんを怒らせちゃったんだ‥きっと。」
 嬉しい?と聞かれて、ケイタは頷くことが出来なかった。
 同じ質問を、他の客にされたのならケイタは笑顔で頷けた筈だった。
 所詮金だけの繋がりの営み。一夜限りの嘘は互いに承知の関係だ。
『好きだ』と言われれば『嬉しい』と答え。『良い』と媚びて『欲しい』と甘える。それが出来なければとても勤まる事では無い。
 なのにケイタは、和希の問いに答えられなかった。
 素直に頷けず、仕方なく『意地悪なんですね。』と答え『嫌じゃない』と答えるしかなかった。
「どうして素直に、うんて言えなかったんだろう。」
 和希に抱かれる事は、確かに嫌な事では無かった。
 優しく抱いてくれるし、無理なこともしない。元々ケイタの客達に、そう癖のある者は居ないのだけれど、和希はその中でも優しい部類に入る。そんな和希の相手が嫌な筈が無かった。
「‥‥きっと誤解しちゃってる‥。
 本当は嫌なのに、そうじゃ無いって言ったんだって、きっと誤解してる。」
 嫌では無い、けれど嬉しい訳でも無い。あるのは戸惑いだった。
 他の客を相手にする時と何かが違う。
 嫌ではないのに哀しい。辛くはないのに、どこか憂欝で、では逢いたくないのか?と聞かれれば、そうではないのだ。
 ケイタ自身がちゃんと理解出来ないその感情を、和希に上手く説明することが出来る訳も無く、結果として誤解を解くことが出来ないまま和希の部屋を出てきてしまった事が、ケイタは辛かった。

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香水をそういう発想で贈るのは暗いだろう?と思いつつ‥すみません。





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いずみんから一言

第43回と44回の間が一週間以上離れているのは、「君に送る心・前後編」と「甘い贈り物・前後編」そして「五月の櫻」が割りこんだからだ。
このあとにも何本かが割りこんでくる。……まるで何かに追われるように。
急がないといけない。と、思われたのだろうか。
日記の最後は25日付。
あともう20回分も残されていないのだと、何かが知らせていたのだろうか。
日記の残りが少なくなるにつれて、涙が増え、手が止まる回数も増えていく。

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